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サイドストーリー1 ミミックの宝物

3 ミヨンの覚悟

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 さらに数日経ち、セレンが宝物庫に来たが、その日は少し様子が違った。
 いつものようにミヨンの近くに食べ物を置くも、何か考え込む事が多く、どこかそわそわしている。
 どうにも落ち着かなかったミヨンは魔法で文字を書いて聞く。

『どうかしたのか?』
「え? いや……うん、まあな」

 どうも歯切れの悪い返答が返ってきて、何か気晴らしになる質問は無いかとミヨンは考えた。

『……そういえば、妹はゲンキになったのか?』

 ミヨンからの思いがけない質問にセレンは表情を綻ばせた。

「勿論! もう家に帰って来ててな。リハビリがてら食堂の仕事も手伝っているんだ。入院生活が長かったから体力が無くて長時間は無理だけど。でもクロエの作る料理は美味しいんだぞ」
『オマエの作るリョウリは?』
「……わ、私は食べて味見をする専門なんだ。でも最近は家の手伝いもしてるからいずれな!」
『なんだヘタなのか。ナサケナイ』
「違う違う! 本当に時間が無かったんだって。冒険者をやりながら家事は大変なんだよ」

 セレンはしどろもどろ言い訳を始める。

『その様子だと、食堂のカンバンムスメはクロエだな』
「それは間違いない。あの子は私と違って可愛いし、料理の腕も上手い。自慢の妹だ。ただお願い事をする時に、上目遣いで迫るのはいただけない。あれは断れない」
『それは一度見てみたいものだ……ムリな話だが」

 冗談半分でミヨンは言ったが、セレンは暫く黙り込んだ。

「……なぁ、お前はずっとここに居るのか?」
『ン? そうだな……もう100年は経つだろう』

 外へは出ないが、宝物庫に来た者の会話を聞いたり、持ち物の中に新聞があり、それから大体の時間と世界の情勢は把握していた。

「100年……お前、プロの引きこもりだったんだな」
『……食うぞ』
「冗談、冗談だよ!」

 取り繕ったようにセレンが慌てた。
 そして来た時と同じように何か考えると、セレンはミヨンを見る。

「なぁ……お前、一緒に私と外へ出ないか?」
『……は?』

 セレンの真面目な声色が、それが冗談ではなく本気だと伺えた。

「冒険者になって辛い事ばっかりだったが、良い事もあった。いろんな土地の風景を見て、その土地の美味しい物を食べて知って。それは本当に楽しかったよ。あんたも、ここでずっと居るよりきっと楽しいと思うんだ」
『私はマゾクだぞ?』

 ミヨンの言葉にセレンは呆れた様に首を振る。

「やれやれこれだから引きこもりは。今の時代、大きい街だと魔族も含めて他種族同士が一緒に住んでるなんて珍しくない。人型で無かっても問題ない」
『そうなのか』
「だから……私と一緒に外に出て、食堂で一緒に暮らさないか? 家族には魔族の友達が出来たって話してるんだ。仕事が休みの日は旅行でもして、いろんな国に行って風景を楽しみながら飯を食うのも悪くない」
『……』
「それに、ミミックが居る食堂なんて良い宣伝になって、繁盛間違いなしだ! いつか食堂だけじゃなくて、宿も併設したいって家族で話しててな。そうなると働き手もいる……どうかな?」

 セレンの真っ直ぐな瞳がミヨンを見つめていた。

『……すまない。すぐにヘンジは出来ない。ここのミミックだからな』
「そ、そうか突然ですまないな」
『なぜ急にそんなハナシを?」
「近々私は冒険者を辞めて、食堂で家族と本格的に働く。だから次が最後になるんだ……ここへ来るのは」
『……そうか。良かったじゃないか、キケンことはしなくなって』
「だけど、どうしてもお前の事が気になってな。その……お前と居るとなんか楽しいし、恩もある。良かったらと思ったんだ。返事は今度でいいから考えといてくれ」

 と、セレンは立ち上がると、いつもとは違うどこか含みのある笑顔を見せるとダンジョンを去って行く。

 その姿をミヨンはただ無言で見送った。
 本当は答えなど最初から決まっている事だった。
 ミヨンが魔族だとかミミックだからなどが問題ではない。
 なぜなら、宝物庫の番人はただの人殺しなのだから……。

******

 答えは決まっているが、どこかモヤモヤした物がミヨンの心に巣くっていた。
 できればもうセレンが来ない方がいっその事良いとさえ思っている。

「やぁ、居るか?」

 どこか遠慮がちの声が聞こえてミヨンが見ると、そこには大きなリュックを背負ったセレンが居た。
 最後の別れに多くの物を持って来た事が安易に想像が付く。
 ミヨンは手を振ると居場所を知らせた。

「全く、お前は本当に分かりにくいな!」

 勢い良く駆け寄って来たセレンは息を切らしながら言うと、リュックを宝物庫の隅に置いた。

「最後だからな。ちょっと多目に持って来た。好きな時に食べてくれ」
『分かった』
「……」
『……』

 短い会話の後、セレンとミヨンの会話が止まる……。
 お互い言いたい事はあったが言葉が出てこなかった。
 やがて意を決してようにセレンが口を開く。

「答えを聞きたいんだけど……どうかな? お前の事は必ず街のみんなにも分かってくれる。私が絶対に説得して見せるから」

 セレンの言葉が本気であるのはすぐにミヨンには分かった。
 ずっと一人で宝を守っていた。これからもずっとそうだろうと思っていた。
 嬉しかった……。
 それがミヨンの本心だった。

『すまない。ワタシは行けない。ミミックはタカラを守るのがシゴトだからな』
「私は……私はお前の宝にはなれないか? お前には本当に救われた、大切な友達で宝物なんだ」

 ミヨンがもし箱ではなく、人間だったら泣いていたのかもしれない。
 しかしミミックにそんな機能は存在せず、そして今だけはそれに感謝した。

『……ウヌボレルな。それはオマエのカッテな感情だ。ワタシには関係がない。だから……ワタシの事などキにするな』
「そうか、無理言ってすまなかった……」

 今にも泣きそうな表情でセレンが言う。そして、隅に置いたリュックに視線を移した。

「あのリュックの中に私の食堂のチラシを入れて置いた。もし、気が変わったらいつでも来てくれ。待ってる」
『そんな事はナいだろが……気がカわったらな」
「ああ、それで構わない……」

 そして、セレンはミヨンに片手を差し出した。
 その意図を理解したミヨンも片手を差し出す。
『オマエとの時間は、まぁまぁヒマ潰しになった。セレン……元気でな』
「最後の最後で、初めて名前を言ってくれたな……。お前は名も無いミミックだが、私の最初の魔族の友達だったよ。本当にありがとう……」

 と、二人が握手を使用とした時、

「危ない!」

 女性の叫び声と共に、一発の火球が二人の近くに着弾して小さな爆発を起こす。
 驚いて見てみると、そこには若く見える大柄な人間の男性とエルフの女性が居た。

「そこの君大丈夫か! 早くそのミミックから離れるんだ!」

 どうやら二人の冒険者はセレンがミヨンに襲われていると勘違いしたようだった。

「え? ち、違う! こいつはそういうんじゃ……」

 セレンが慌てて誤解を解こうとするが、その前にミヨンの大きな二本の手で掴まれると、冒険者たちの方へと力任せに投げられた。

「!!」

 投げられたセレンは突然の事に驚く。
 さらにミヨンは簡単な攻撃魔法を使うと、セレンたち三人に威嚇をした。

 この時、ミヨンはすでに覚悟を決めていた……。
 やってきた二人の冒険者が強い事は、相手の魔力や今までの経験からすぐに分かった。
 一対一ならなんとかなるが、複数ならまず勝てない。さらにそこにセレンが加わる。

 終わる時が来た……。
 しかしなぜかミヨンの心は不思議なくらい穏やかだった。
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