夏風はショートカットを撫でるように

あ゙あ゙あ゙あ゙(仮)

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第1話 日焼け跡とスポブラ、あるいは放課後の不文律 ①

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 蝉時雨がうるさいく降る七月の午後。

 俺の部屋のドアが、ノックもなしに乱暴に開かれた。


「あーっつい! マジで死ぬ! 涼、エアコン強めて!」

 ドカドカと踏み込んできたのは、高校の女子生徒たちが黄色い悲鳴を上げる『王子様』こと、幼なじみの熊澤薫(くまさわかおる)だ。

 部活帰り特有の、土と汗、そしてシーブリーズの混じった匂いが、六畳間の空気を一瞬で塗り替える。

 襟足が刈り上げられたベリーショートの黒髪。日焼け止めを塗っても焼き付いてしまった小麦色の肌。そして、着崩したワイシャツの胸元からは、逞しくも華奢な鎖骨が覗いている。


 天使の輪が煌めく黒髪から、玉のような汗が滴り、泥で汚れたエナメルバッグを床に放り投げると、彼女はそのまま俺のベッドへと大の字にダイブした。


「……お前なぁ、部活帰りならまずシャワー浴びてこいよ」

「んー、ムリ。動けない。お前の部屋の方が涼しいし。……あー、生き返るぅ~」

 薫は男子野球部に混じってレギュラーを張る、正真正銘のスポーツ少女だ。

 凛々しい眉に、スッと通った鼻筋。

 女子なのに「王子」と呼ばれ、いつも世話を焼かされる俺が「姫」なんて呼ばれているふざけた関係。

 だけど、今の俺にとって、彼女は王子様なんかじゃない。

「……ふぅ」


 薫は俺の文句など意に介さず、ワイシャツのボタンを二つほど外して、パタパタと仰いだ。

 その隙間から、白と黒のコントラスト――

 ライン(境界線)がグラウンドの白線のようにキレイに引かれている。

「うっ……」

 日焼けしていない白い肌と、機能性重視の黒いスポーツブラがチラリと見えて、俺は慌てて視線を逸らす。

 幼い頃からの慣れとは恐ろしいもので、彼女には俺の前で肌を晒すことに警戒心がない。

 第二ボタンまで開かれた襟元から、健康的な鎖骨が覗く。 

 日焼けした首筋と、シャツの下に隠れた白い肌。

 普段みんなが見ている薫と、俺しか知らない薫のライン(境界線)

 目をそらしても幼なじみの、意図しない誘惑は続く。

 鼻腔をくすぐる匂い……。

 制汗スプレーのシトラスの香りと、部活後の蒸気した体から立ち上る、甘酸っぱい汗の匂い。

 それが混ざり合って、むせ返るような夏のフェロモンとなって部屋に充満している。

 こいつは野球部のエースで、学校じゃ女子にキャーキャー言われる「イケメン女子」扱いだ。

 だが、俺にとってはただの幼なじみで……そして、ここ最近は『ただの幼なじみ』のラインを大きく踏み越えてしまいそうになる。


「おい、涼。なんか冷たいもんない? 首冷やしたい」

「……冷蔵庫にポカリあるけど」

「取ってきてよー、姫ぇ」

「姫って呼ぶな」

 つっこみを入れて、部屋のドアを開ける。

 熱気と湿気が肌を焼き、湿らせる。

「あちー」 

 ったく俺はあいつマネージャーかよ。

 昔は俺が王子様だったんだ。

 あいつが俺のマネして。後から野球を始めたんだ。

 ピッチャーのポジションまでマネして……。

 いつの間にか俺よりうまくなって……。

 中学、俺はキャッチャーになってこいつとコンビを組むようになってた。

 王子と姫ってあだ名は中学生の時にはもう呼ばれていた……。


 高校生……俺はもう野球をやってない……。 


 冷蔵庫からポカリを取り出し、階段をドタドタとあがる。

「ほらよっ」

 ポカリをタオルに包んで渡すと、薫はそれを首筋に押し当てて「んあぁ……♥」と艶っぽい声を漏らした。

「うっ……」

 変な声出すなよ……。

 俺のベットで仰向けになり、エアコンの冷風とポカリの冷気で、火照った体を冷却する。

 薫の小さく膨らんだ胸元が、呼吸をするたびに上下している。

「あふぅ……♥」

 彼女の一挙手一投足が、俺の心を掻き乱す。

 汗で透けたワイシャツとインナーが、スポーツブラのラインをくっきりと浮き上がらせている。

 野球で鍛えられた身体は引き締まっているけれど、そこにあるのは間違いなく女子の柔らかさだ。

 ユニフォーム越しだと目立たない胸の膨らみが、重力に逆らってなだらかな曲線を描いている。

「……ふぅ、外ばっか冷やしても、体の中心が燃えるように熱い……」

 不意に、薫が上半身を起こす。

 ベットと密着する背中に熱が籠もるからだ。

 ポカリのキャップをひねり、勢いよく水分を補給する。

「はうっちべたっ」

 傾けすぎたペットボトルから飲料水が零れ、水滴が零れ落ちていく。

 透明な雫が、彼女の日焼けした首筋を伝い、白く無防備な鎖骨の窪みに溜まり、さらにその下――シャツの隙間の奥へと滑り落ちていく。

「わ、冷たっ! ちょ、涼! 拭いて! 背中まで垂れた!」

 乾いてきたYシャツがまた、じわぁと染みのように濡れていく。

「お前なぁ……自分でやれよ」

「動きたくないんだってばー。ほら早くぅ」

 薫が甘えたように上目遣いで俺を見上げ、顎をくいっと上げる。

 こいつ本当に……無防備すぎる。

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