1 / 1
第1話 日焼け跡とスポブラ、あるいは放課後の不文律 ①
しおりを挟む蝉時雨がうるさいく降る七月の午後。
俺の部屋のドアが、ノックもなしに乱暴に開かれた。
「あーっつい! マジで死ぬ! 涼、エアコン強めて!」
ドカドカと踏み込んできたのは、高校の女子生徒たちが黄色い悲鳴を上げる『王子様』こと、幼なじみの熊澤薫(くまさわかおる)だ。
部活帰り特有の、土と汗、そしてシーブリーズの混じった匂いが、六畳間の空気を一瞬で塗り替える。
襟足が刈り上げられたベリーショートの黒髪。日焼け止めを塗っても焼き付いてしまった小麦色の肌。そして、着崩したワイシャツの胸元からは、逞しくも華奢な鎖骨が覗いている。
天使の輪が煌めく黒髪から、玉のような汗が滴り、泥で汚れたエナメルバッグを床に放り投げると、彼女はそのまま俺のベッドへと大の字にダイブした。
「……お前なぁ、部活帰りならまずシャワー浴びてこいよ」
「んー、ムリ。動けない。お前の部屋の方が涼しいし。……あー、生き返るぅ~」
薫は男子野球部に混じってレギュラーを張る、正真正銘のスポーツ少女だ。
凛々しい眉に、スッと通った鼻筋。
女子なのに「王子」と呼ばれ、いつも世話を焼かされる俺が「姫」なんて呼ばれているふざけた関係。
だけど、今の俺にとって、彼女は王子様なんかじゃない。
「……ふぅ」
薫は俺の文句など意に介さず、ワイシャツのボタンを二つほど外して、パタパタと仰いだ。
その隙間から、白と黒のコントラスト――
ライン(境界線)がグラウンドの白線のようにキレイに引かれている。
「うっ……」
日焼けしていない白い肌と、機能性重視の黒いスポーツブラがチラリと見えて、俺は慌てて視線を逸らす。
幼い頃からの慣れとは恐ろしいもので、彼女には俺の前で肌を晒すことに警戒心がない。
第二ボタンまで開かれた襟元から、健康的な鎖骨が覗く。
日焼けした首筋と、シャツの下に隠れた白い肌。
普段みんなが見ている薫と、俺しか知らない薫のライン(境界線)
目をそらしても幼なじみの、意図しない誘惑は続く。
鼻腔をくすぐる匂い……。
制汗スプレーのシトラスの香りと、部活後の蒸気した体から立ち上る、甘酸っぱい汗の匂い。
それが混ざり合って、むせ返るような夏のフェロモンとなって部屋に充満している。
こいつは野球部のエースで、学校じゃ女子にキャーキャー言われる「イケメン女子」扱いだ。
だが、俺にとってはただの幼なじみで……そして、ここ最近は『ただの幼なじみ』のラインを大きく踏み越えてしまいそうになる。
「おい、涼。なんか冷たいもんない? 首冷やしたい」
「……冷蔵庫にポカリあるけど」
「取ってきてよー、姫ぇ」
「姫って呼ぶな」
つっこみを入れて、部屋のドアを開ける。
熱気と湿気が肌を焼き、湿らせる。
「あちー」
ったく俺はあいつマネージャーかよ。
昔は俺が王子様だったんだ。
あいつが俺のマネして。後から野球を始めたんだ。
ピッチャーのポジションまでマネして……。
いつの間にか俺よりうまくなって……。
中学、俺はキャッチャーになってこいつとコンビを組むようになってた。
王子と姫ってあだ名は中学生の時にはもう呼ばれていた……。
高校生……俺はもう野球をやってない……。
冷蔵庫からポカリを取り出し、階段をドタドタとあがる。
「ほらよっ」
ポカリをタオルに包んで渡すと、薫はそれを首筋に押し当てて「んあぁ……♥」と艶っぽい声を漏らした。
「うっ……」
変な声出すなよ……。
俺のベットで仰向けになり、エアコンの冷風とポカリの冷気で、火照った体を冷却する。
薫の小さく膨らんだ胸元が、呼吸をするたびに上下している。
「あふぅ……♥」
彼女の一挙手一投足が、俺の心を掻き乱す。
汗で透けたワイシャツとインナーが、スポーツブラのラインをくっきりと浮き上がらせている。
野球で鍛えられた身体は引き締まっているけれど、そこにあるのは間違いなく女子の柔らかさだ。
ユニフォーム越しだと目立たない胸の膨らみが、重力に逆らってなだらかな曲線を描いている。
「……ふぅ、外ばっか冷やしても、体の中心が燃えるように熱い……」
不意に、薫が上半身を起こす。
ベットと密着する背中に熱が籠もるからだ。
ポカリのキャップをひねり、勢いよく水分を補給する。
「はうっちべたっ」
傾けすぎたペットボトルから飲料水が零れ、水滴が零れ落ちていく。
透明な雫が、彼女の日焼けした首筋を伝い、白く無防備な鎖骨の窪みに溜まり、さらにその下――シャツの隙間の奥へと滑り落ちていく。
「わ、冷たっ! ちょ、涼! 拭いて! 背中まで垂れた!」
乾いてきたYシャツがまた、じわぁと染みのように濡れていく。
「お前なぁ……自分でやれよ」
「動きたくないんだってばー。ほら早くぅ」
薫が甘えたように上目遣いで俺を見上げ、顎をくいっと上げる。
こいつ本当に……無防備すぎる。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる