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第4話 日焼け跡とスポブラ、あるいは放課後の不文律 ④
しおりを挟む首筋に、薫の濡れた唇が触れた気がした。
キス、ではない。
ただ、彼女が深く息を吸い込んだ拍子に、無意識に触れてしまっただけだ。
けれど、その柔らかく湿った感触は、俺の脳髄を痺れさせる。
「……涼、心臓」
「っ……」
「すっごい音、してる。……ここまで響く」
薫が俺の胸から顔を離さないまま、くぐもった声で呟く。
彼女の掌が、俺の胸板の上を這うように動き、心臓の真上で止まった。
トクン、トクンと早鐘を打つ鼓動が、彼女の掌を通して筒抜けになっている。
隠したかった俺の裸の気持に、気付かれてしまった。
「……当たり前だろ。こんな、くっつかれたら」
「……そっか。ボクも……すごいよ」
薫が俺の手を取り、自分の胸へと導こうとする。
普段の『王子さま』じゃない……。
可愛い女の子が、俺の手の平を、汗で湿ったインナーの上に置く。
ドクン、ドクン、ドクン。
俺以上に激しく、壊れそうなほど速いリズムが、指先から伝わってくる。
野球で走り回った直後だからじゃない。
これは明らかに、俺と同じ種類の興奮と緊張だ。
「……ね」
ようやく、薫が顔を上げた。
汗ばんだ肌同士が離れる瞬間、微かに粘着質な音が鳴る。
その卑猥な響きに、二人の肩が同時にビクリと震えた。
目の前にある薫の顔は、もう茹で上がったように真っ赤だった。
いつもは凛々しい瞳がとろんと潤み、口元はだらしなく半開きになっている。
乱れた黒髪が頬に張り付き、開いたシャツからは白い肌と谷間が露わになったまま。
それは『王子様』なんて高尚なものじゃない。
ただの、欲情を持て余した一人の女の子の顔だった。
「……涼のせいで、おかしくなりそう」
薫が潤んだ瞳で俺を睨む。
その視線は、責めているようで、どこか懇願しているようにも見えた。
蝉の声が、やけに遠く聞こえる。
部屋の中はエアコンが効いているはずなのに、二人の周りだけ、熱帯夜のような湿った熱気に包まれていた。
キスをするには近すぎて、友達に戻るには遠すぎる。
あと数センチ。
どちらかが動けば、幼なじみという境界線は、あっけなく溶けて消えてしまう。
「……薫」
名前を呼ぶと、彼女の肩がびくりと跳ねた。
期待と恐怖が入り混じった表情で、薫がゆっくりと瞼を閉じる。
無防備に突き出された唇が、微かに震えていた。
吸い寄せられるように、俺は顔を近づけた。
あと数センチ。
彼女の唇から漏れる熱い吐息が、俺の唇を撫でる。
思考回路はもう焼き切れていて、ただ本能だけが、目の前の無防備な幼なじみを求めていた。
――ポタリ。
その時、冷たい雫が俺の頬に落ちた。
薫の前髪から滴り落ちた、大粒の汗だ。
「……っ」
冷たさに思わず肩を震わせると、その振動が伝わったのか、薫がパチリと目を開けた。
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