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だって彼女はヒロインだから

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 授業が終わり、中庭に向かっている途中の事だった。お昼の時間が楽しみで友人と合流し、廊下で本を持っている同級生にぶつかり、彼女がよろけて本を落とした。

「ごめんなさい。怪我はないですか?」

 本を拾いながら謝罪すると、彼女の側に男性が駆け寄り手を差し伸べていた。

「大丈夫かい?エリザ」

「大丈夫よ。ヴォルフ」

 困った顔をしたエリザ様とヴォルフ様の姿が美しく見惚れてしまった。ぼんやりしていると、友人に小突かれて再び謝ろうと私は近づいた。

「君、気をつけてくれたまえ」

「いいのよ。気にしないでね。私がよそ見をしていたからいけないのよ」

「エリザ様、申し訳ございませんでした」

 ヴォルフ様が怖い表情で睨んできて、私達の表情が強張る。そんな私に気を使ったエリザ様に本を渡す、その時に手がうっかり触れてしまい柔らかな手だと思ってしまう。

 いつもならこれで終わるはずが、彼女の記憶が流れ込んできた。

 背を向けたエリザ様が手で口を隠すと口の端を上げ、ヴォルフ様に腰に手を添えられて何処かに向かう。その姿を友人は「素敵だわ~」といつものように彼女を持ち上げてあげる。いつもの私なら彼女の事を褒め称えていたが、今日はとてもそんな気分になれなかった。

 この世界が作られた世界で、エリザ様は転生者で悪役令嬢。断罪回避したら逆ハーレムになってしまった。と、知ってしまったからだ。分からない言葉が多いが、私達は脇役という頃が分かった。

 目をギュッと閉じて開けると、今までと違う光景が広がる。ひとりの少女に多数の男性が集まり、遠くから男性たちがいかがわしい目つきで見つめていた。

「エリザ。今日は僕に付き合ってよ」

「いいわよ。最近流行りのカフェがあるんだけれど、みんなで行きましょう」

 ひとりの少女を囲って、見目麗しい男性たちが一緒に歩いている。正直に感想を言うと気持ちが悪い。

「エリザ様は本当に可愛らしいわね」

「あの状況、羨ましいわ」

 適当に同意し相槌を打つ。今の私はエリザ様を羨ましいと思っている同級生に擬態している。名も無き脇役だから、私達に名前がないということに違和感を持たなかった。

 これが卒業するまで続くとなると地獄だ。
 真実に気がつかないまま生きていたかった。そんな事を知らず、私達モブは主役たちの邪魔にならないように端を歩く。

 今思えば違和感だらけの日々だった。王立学園の入学式の事だった。首席合格したはずの私は、入学式の挨拶が決まっていたのになくなった。生徒会長になった同級生の公爵令息が壇上で挨拶をしていた。

 近くにいた人が首を傾げていたが、私は特に何も気にしなかった。それからというもの、いくら勉強をしても名前が上位に書かれることがなかった。テストできちんと回答しているのに、点数が貰えないのだ。

 他の子達のテストの答案も同じような平均の点数。目立つ事が嫌いだから仕方がないが、勉強をしてもキチンと評価されないのは頂けない。

 エリザ・ベイリー公爵令嬢は出会った時は、品がなく我儘で顔だけの子だった。
 一言一言が鬱陶しいので皆から嫌われていて、人に怒りをまき散らすタイプ。

 それがある日突然人が変わったかのように、意欲的に行動し始めた。彼女に虐められたモブたちは、彼女が変わったと感心し、今ではすっかり過去のやらかしを許している。

 彼女に詰め寄られて泣かされた子達が恨まないわけがない。遠巻きにするとか、謝られても許さなくてもいいくらいだ。男の前では猫を被る典型的な嫌な奴だったから尚更だ。

(娼婦に貢いでいる人の方がまだマシね。対価を支払っているし)

 呆れたように集団を見つめると、近くにいた同級生に話しかけられた。私達はあの子と違って、目立つような特徴も可愛い顔立ちもしていない。同じような顔をしていて、何故か顔にモヤがかかる。慣れているので、どうってことはない。顔がハッキリして見えるのは主人公たちだけ。それか二番目くらいに出てくるキャラくらいだ。

 自分の顔が知りたかったら、エリザ様の友達になるしかないのだとしたらお断りだ。
 例えそれが断罪回避しようと思ったら、逆ハーレムルートに入ったとか迷惑でしかない。

 エリザ様は本来であれば、悪の限りを尽くし処刑されていたらしい。前世でプレイした乙女ゲームの世界に転生したら、悪役令嬢でしたらしい。

 今のエリザ様は、普通の大学生で交通事故で亡くなってしまった女の子。

 公爵令嬢で悪の限りを尽くすのも限界があるのにも関わらず、疑問を一切抱いていない事が疑問に思われる。家に引き籠っていればいいだけなのでは?と考えたが、その辺りはエリザ様しか分からない感覚なのだろう。

 そんなこと知るかっ!

 決まりかけていた婚約もなくなって違う男性に変更した子もいれば、婚約解消を水面下でしている子もいる。どうしてあの子だけが特別な存在なの?

 残りの学校生活を何事もなく過ごすために、私はモブに擬態しなければいけない。目立たず騒がず。そんな事を考えていると、必死で勉強を頑張っても意味がないと落ち込んだ。

 裏から点数が操作されてしまうくらいなら、平均点だけ取ろうと頑張るしかなかった。

 この時はまだ16歳。隠れて勉強をしているだけのモブだった。
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