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第一章 醜いあひるの子

23  リーベヘンの離宮で

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 リーベヘンは首都ヘレナの北部にあり、高原の爽やかな気候が夏の避暑地として人気がある。白樺並木が美しいリーベヘンの奥には、王家の人々が夏を過ごす離宮が建っている。

 ジュリアはその離宮の中の、少し奥まった離れで、サリンジャー師と精霊使いの修行中だ。

「王宮では、火の精霊や、水の精霊を呼び集めるのは、人目につくので、この離宮にいる時に練習しましょう。特に、夏の間に、ウンディーネを実体化させるのを修得した方が良いと思いますよ」

 ジュリアは意味がわらなかったが、ルーファス王子とセドリックは、春に離宮で初歩の修行をしていた時の失敗を思い出して大きく頷いた。

「そうだなぁ、水の精霊を集めるのは、絶対に夏が良いよ」

 ルーファス王子の言葉で、全員で離宮の奥にある池に向かう。

「あのう、何故、夏の間に水の精霊を実体化する練習をした方が良いのですか?」

 サリンジャー師は、やっとジュリアが質問を自発的にしだしたのを喜ぶ。

「精霊を集めて、実体化させるのですが、失敗するとずぶ濡れになってしまいますからね。夏なら、多少濡れても風邪をひくこともないでしょう」

 春に風邪をひいたルーファス王子は、そのとおりだと賛成する。

「それに、ウンディーネは悪戯好きですが、水に引き込まれても、夏なら平気でしょう。あっ、ジュリアは泳げますか?」

 ジュリアは泳げるけれど、服が濡れるのは困ると思った。

「ウンディーネは悪戯好きなのですか?」

 サリンジャー師は、修行を始めた頃に、ウンディーネに湖に引っ張り込まれそうになったのを思い出した。

「ちゃんと精霊とコミュニケーションが取れれば、悪戯をされたりしませんよ。誰でも、呼び出されたのに、挨拶しても無視されたりしたら、腹を立てるでしょう。風や光のように、常に周りにいる精霊とは違い、水や火や土の精霊はわざわざ呼び出すのですからね」

 ジュリアは光や風の精霊達は常に見えるようになっていたので、サリンジャー師の言葉に頷いた。

「じゃあ、私達はまたずぶ濡れになるなぁ! セドリック、上着を脱いだ方が良いかもね」

 サリンジャー師やジュリアの周りには精霊達が集まるので、姿は見えるようになったが、実体化はできたり、できなかったりのルーファス王子は、始める前から失敗してずぶ濡れになると覚悟している。ジュリアはくすくすと笑い、その笑顔を見て、ルーファス王子とセドリックは、まんざら不細工では無いと認識を改めた。

『いつも、こんな風に笑っていれば、可愛いのに』

 二人がそんなことを考えているとは知らず、ジュリアは自分の周りを舞う風の精霊に見とれていた。

『これから、水の精霊を呼び出すの』

 実体化させて! とねだるように、ジュリアを魅了するが、後でと言い聞かせる。サリンジャー師は、ジュリアが巫女姫の娘だけあって、精霊に愛される存在だと感嘆すると同時に、そろそろ両親の最後についてや、イオニア王国の内乱について話さなくてはいけないと思った。


 離宮の奥にある池は、リーベヘンを流れる川を引き入れて造られたものだが、周りには木々が生い茂り、気持ちのよい風景がひろがっている。

 サリンジャー師と三人の弟子は、池の側でゆっくりと呼吸をして、精神を整える。池の上にキラリと水の精霊達が、精霊使いの存在に気づいて上がってくる。

「初めての時は、こうして水を手に取った方が実体化させやすいでしょう」

 サリンジャー師は池の前に膝づくと、手で水を救い上げてウンディーネを実体化させた。

『まぁ! 何て綺麗なんでしょう!』

 ジュリアは井戸の水を汲んだ時や、川のせせらぎに、水の精霊を見たことが何度もあったが、実体化したウンディーネの優雅な姿に感嘆の声をあげる。薄い水色のウンディーネは、半分透けていたが、伝説の人魚みたいに見えた。

 ルーファス王子とセドリックは、春に見た時よりもハッキリと見えるのは、自分達が修行した成果というより、ジュリアがいるからではないかと感じた。

「ジュリア、ウンディーネに池に引き込まれないようにしなさい。人間が水の中で生きられないと、ウンディーネは忘れがちですからね」

 ウンディーネに見とれているジュリアに、サリンジャー師はソッと注意した。ジュリアは池に乗り出しそうになっていたので、ハッとして後ろに下がる。

『ウンディーネ、私はサリンジャーといいます。夏の間は此処にいるから、よろしくお願いします』

 ウンディーネは、サリンジャーの挨拶を聞くと、嬉しそうにキラキラと水しぶきを水面に巻き上げた。

「さぁ、ルーファス王子から挨拶をして下さい」

 えっ、私から? と、ルーファス王子は慌てて上着を脱いで、木の枝にかけようとする。



「これこれ、初めから失敗すると考えていては、成功するわけがありませんよ」



 サリンジャー師の注意を受けて、上着を濡らすのを覚悟して、ルーファス王子はウンディーネに挨拶をする。



『ウンディーネ、私はルーファスと言います。夏の間に、色々と修行したいので、お願いします』



 ちゃんと挨拶が聞こえたのか、ウンディーネはピシャンと人魚のような尾ヒレで、水面を叩いた。



「わっ! 冷たい! やっぱり、上着を脱いだ方が良かったよ」



 顔に散った水滴をハンカチで拭きながら、ルーファス王子は大袈裟に愚痴る。セドリックとジュリアは、ウンディーネに水をかけられることなく挨拶を終えた。



「ねぇ、折角ウンディーネを実体化したのだから、何か頼んでみようよ」



 サリンジャー師は、顔に水をかけられても、前向きなルーファス王子に微笑んだ。



「そうですねぇ。では、ルーファス王子、あそこの野薔薇に水をやって貰いましょう」



「また自分からかぁ~、今度はセドリックからにすれば良いのに」



 そう言いながらも、ルーファス王子はウンディーネに頼む。



『ウンディーネ、あの野薔薇に水をやって!』



 聞こえないのか、聞こえても無視したのか、ウンディーネは素知らぬ顔だ。



「もう少し、熱心に頼んだ方が良いですよ」



 サリンジャー師はセドリックに、そうアドレスする。



「ウンディーネ、あの野薔薇に水を与えてくれませんか」



 ちらりと、こちらを見るが、水は野薔薇にかけてくれない。



「ジュリアはウンディーネに魅入られないように注意しなさい。ウンディーネは貴女を気に入ってますから、池の中に連れて行こうとするかもしれません」



 ルーファス王子やセドリックが試している間も、ジュリアはうっとりと見つめていたので、サリンジャー師は注意をする。



『綺麗なウンディーネ、あの野薔薇に水を恵んであげてくれませんか』



 煌めく水が野薔薇の茂みの上に注がれた。



『ありがとう、ウンディーネ!』



 ここまでは上出来だったのだが、ジュリアはウンディーネに手を掴まれてしまった。



『ウンディーネ! 駄目です!』



 サリンジャー師がとっさにジュリアを抱き止めてくれたので、池にはまらなくてすんだ。



「ジュリア、貴女はもっと気をつけなくてはいけません! この池ぐらいなら、溺れたりしないと考えていたら、大変なことになりますよ。それに、これから火や闇の精霊との修行をする時に、見とれていては危険です」



 普段は穏やかなサリンジャー師に、厳しい口調で叱られて、ジュリアは精霊達を使うには危険も伴うのだと、改めて実感した。



「すみません、精霊があまりに綺麗だったから、注意されたのに見とれてしまいました」



 ルーファス王子とセドリックは、精霊に愛され過ぎるのも問題があるのだと初めて知った。サリンジャーは、巫女姫の素質を持つジュリアをカリースト師に指導して貰いたいと、大きな溜め息をついた。



『ジュリアは自分の意思を強く持たなければ、精霊達に見いられてしまう。しかし、それと同時に、感情をセーブするということも身につけなくてはいけない』



 意思を強く持つのと、感情をセーブするというのは、逆のようにも思えるが、どちらも精神を鍛えるのが必要だ。サリンジャーは、今まで従順であることが美徳だったメイド根性を叩き壊す必要を感じた。
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