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第二章 白鳥になれるのか?

17  エドモンド公、解放!

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 ジュリアを内乱に関わらせたくないとグローリアは思っていたが、夫のアルバートから手紙を受けとると、少し考え込む。確かに、こちらの情勢を囚われの身のエドモンド公にお知らせしたい。

「それに、ジュリアを緑蔭城に留めたままで、できることですもの……」

 ジュリアが水晶宮の精霊使いの人質の解放計画で、シェフィールドの郊外まで出向いた時は、無事に帰ってくるまで、グローリアは生きた心地がしなかったのだ。今回は、緑蔭城の精霊に、オルフェン城まで手紙を届けて貰うだけなので、夫の言うことに従う。

 ジュリアを自分の部屋に呼び出すと、夫からの手紙を渡す。

「この手紙をオルフェン城に囚われているエドモンド公に渡せば良いのですね」

 未だ会った事もない祖父なので、自分を孫と認めてくれるかはわからない。ジュリアがお祖父様と呼ばずに、エドモンド公と口にしたのを、グローリアは可哀想に思うと同時に腹を立てる。

「ジュリア、エドモンド公は貴女のお祖父様ですよ! 未だ卑屈な態度をしていますね。私の孫娘なのだから、ピシッと誇り高く頭をシャンとしなさい。看護をしたいと、私に逆らったみたいに」

 祖母に強く抱き締められながら、叱られて、ジュリアは未だ見ぬお祖父様に遠慮した自分の心の奥底を見抜かれたのだと反省する。

「私は、こうして緑蔭城で暮らしていても、未だ本当にゲチスバーモント伯爵家の孫だと信じられないのかも……父や母が生きていてくれたら、私の出自を信じられたのでしょうけど」

 グローリアは、ジュリアが捨て子として育った傷の深さを知り、愛情をたっぷりと与えて、時間をかけて癒していくしかないと溜め息をつく。

 しかし、ジュリアの疑惑を感じたマリエールは黙っていない。

『ジュリアは、フィッツジェラルドとエミリア巫女姫の子供よ! 二人から、赤ちゃんだったジュリアを手渡されたのだから!』

 ゲチスバーモントではなく、ゲチスバーグに間違って運んだ事は、マリエールには関係ないことみたいだと、ジュリアは溜め息をつく。

『だって、フィッツジェラルドは、風の精霊シルフィードよ、我が娘マリエールを無事に移動させておくれ! いざ、ゲチスバーグッ! って言ったのですもの』

 ジュリアは、父親の最後の言葉を聞いて、顔を青ざめさせた。

『マリエール! その時、父の周りには兵士がいたの?』

 マリエールは、その場面を思い出して、嫌な顔をする。

『ええ、巫女姫が呼んだから行ったけど、本当は近づきたく無かったわ。殺気に満ちていたのよ』

 ジュリアは、自分の息子の死の真相を推測するだけしかできなかった祖母に、マリエールの言葉を教えた。

「本当に、切羽詰まった情況で、貴女を私達の元に届けようと、最後の最後まで頑張ったのですね」

 いつもは気丈なグローリアだが、どれほど絶望的な情況だったのか知って、涙をハンカチで拭う。ジュリアも、父の最後の言葉が、自分を救おうとした言葉だったのだと、改めて確認できた。

「ゲチスバーモントと言おうとして、亡くなられたのね。私は捨て子として育ったけれど、父と母は死が目の前に迫った時にも、助けようと精一杯のことをしてくれたのだわ」

 サリンジャーから、推測された話は聞いてはいたが、真相をマリエールから聞いて、本当に両親に愛されていたのだと確信した。

『マリエール、赤ちゃんの私を救ってくれたように、内乱で苦しむイオニア王国を救って欲しいの。周りを南部同盟が囲んでいるオルフェン城に、手紙を届けて欲しいの。エドモンドお祖父様に、この手紙を届けて!』

 グローリアは、孫娘が手紙を空中に投げると、サッと風が吹き抜けて、手紙が消えたようにしか見えなかった。ジュリアは、マリエールが向かったオルフェン城の方向を窓から暫く眺めていたが、負傷者の看護に向かった。



 マリエールは、戦闘の真っ只中のオルフェン城にジュリアから渡された手紙を届けに行った。今度は、間違えずにエドモンド公にちゃんと渡さなければ! と気合いをいれている。

 小さな窓から一陣の風が吹き込んだ。血の臭いが立ち込めるオルフェン城に、シルフィードがやって来たのに、エドモンドとレオナルドは驚いた。

『おや、こんな戦いの場所に! よく来てくれたねぇ』

 マリエールは、とっとと立ち去りたいが、本人か確かめる。

『どちらが、ジュリアのお祖父ちゃんのエドモンドなの?』

 エドモンドは、ジュリアのお祖父ちゃん? と首を捻る。孫は一人もいない。

『私がエドモンドだが……ジュリアの祖父では無いから、人違いなのでは?』

 マリエールは、困ってしまう。血の匂いが大嫌いなのだ。

『貴方はエミリア巫女姫の父親でしょう? だったら、ジュリアのお祖父ちゃんよ! だから、この手紙は貴方に届けるわ』

 亡くなった娘の産んだ孫が生きていたのか!? 呆然としているエドモンドに、マリエールは手紙を渡すと、サッと消えてしまった。

「父上、まさか赤ん坊が……」

 震える手で、エドモンド公はゲチスバーモント伯爵からの手紙を開封する。ペーパーナイフすら無いのが腹立たしい。

「なんと! エミリアとフィッツジェラルドの娘が生きていたそうだ! 何故か隣国で育ったと書いてある。ジュリア! さっきのシルフィードを寄越したのは、ジュリアなのか?」

 南部同盟が水晶宮の精霊使いを解放した事や、シェフィールドからの王軍を足止めしている情況などが書かれていた。

「何故、姉上の子供がルキアス王国で育ったのですか?」

 戦闘が有利な点は、万が一オルフェン伯爵に手紙が渡っても、こちらに寝返って貰えたら良いと、詳しく書いてあったが、ジュリアの件はほんの少ししか書かれていない。

「さぁ、しかしジュリアは精霊使いなのだろう。さっきのシルフィードは、ジュリアが寄越したのだと思う」

 こんな戦場の真ん中に、精霊を送り込めるのは、巫女姫の血を受け継いだのだと、未だ見ぬ孫娘を誇らしく感じる。

「さて、この手紙の情報で、若きオルフェン伯爵を揺さぶってやろう! そこの看守、オルフェン伯爵と話がしたいと言ってきなさい」

 看守が、オルフェン伯爵にエドモンド公の言葉を告げると、側にいた城代は、そろそろ潮時だと忠告する。

「オルフェン城に援軍は来ません。どうやら、アドルフ王は退位させられそうですぞ。慎重に立ち振る舞わなくては……」

 城代に丁重な態度で連れて来られたエドモンド公とレオナルド公子は、いつもより堂々としていた。

「話とは、何でしょう?」

 老獪なエドモンド公に、水晶宮の精霊使いがアドルフ王を身限ったと告げられたエイドリアンは、この内乱は南部同盟の勝ちで終わりだと悟った。こうして、南部同盟の旗頭であるエドモンド公と、レオナルド公子は解放された。
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