醜いアヒルの子は白鳥になれるのか?

梨香

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第二章 白鳥になれるのか?

19  緑蔭城からの旅立ち

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 緑蔭城にもアドルフ王軍の敗退と、エドモンド公がシェフィールドを解放したと伝えられた。長い内乱が終わった報せに、城内には明るい歓声が響いた。

 北部の諸公も、ほぼ全員がエドモンド公に恭順を誓ったが、アドルフ王の行方だけが問題として残された。前王の死もしくは、退位が明確にならないと、エドモンド公が王座に就いても不安要素を残したままでは、治世に影を落とす。グローリアは夫からの手紙を読んで、苛立ちを隠せなかった。

「アドルフ王! あの無能な馬鹿王のくせに、逃げ足だけは早いのだから! 臆病な卑怯者め!」

 グローリアは息子を死に追いやったアドルフ王に、孫娘には聞かせられない悪態をついた。ひとしきり悪態をついたグローリアは、コホンと咳払いすると落ち着いた伯爵夫人の態度に戻る。部屋の紐を引っ張って、侍女にジュリアを呼びに行かせる。

「お祖母様、内乱は終わったのですね!」

 今日も負傷者の治療をしていたジュリアは、グローリアの目にはあっさりしすぎている茶色のドレスに真っ白な看護婦のエプロンをキリリとしめていた。

「ええ、長年の犠牲と苦労がやっと終わったのです。しかし、未だアドルフ王と精霊使いの長、そしてアドルフ王に取り入って甘い汁を吸っていた者達を捕らえて処分しなくてはいけません」

 ジュリアが処分と聞いて暗い顔をするのを、グローリアは抱き締めて言い聞かせる。庶民とは違う世界で生きていく孫娘に、上に立つ貴族としての強さを持たせたいと考える。

「アドルフ王は長年にわたり国民を虐げていました。この内乱は、貴方の両親が惨殺されたのが切っ掛けで起こったのは事実ですが、アドルフ王の圧政に皆が不満を持っていたからでもあるのです。この内乱で亡くなったり、傷を受けた人々に、アドルフ王は責任を取らなくてはいけません」

 ジュリアは自分の両親が内乱の切っ掛けだと、負傷者を見る度に自分を責めていた。お祖母様の言葉をジュリアは心で受け止める。涙を一粒流すと、ハンカチで拭き取る。

「早く平和になると良いですね」

 政治の難しい事はわからないが、人々が戦禍から逃げ惑うことが二度と無いようにとジュリアは願う。

「本当に早く落ち着いた暮らしに戻りたいですわ。でも、今はシェフィールドに精霊使いの家族を無事にお連れしなくてはいけませんよ。それに、エドモンド公が貴女に会いたいと仰ってます」

 侍女達に旅の支度を命じるお祖母様を、ジュリアは少し不安そうな顔で眺めていた。

「まぁ、ジュリア! 未だ、卑屈な事を考えているのでは無いでしょうね。アドルフ王をきっちり退位させたら、エドモンド公は王位にお就きになられます。貴女は王孫として注目を集めることになりますよ。自分を大切にしないと、周りに流されて馬鹿な結婚相手を選ぶ羽目になりますよ」

 ぼんやり立ち尽くしていたジュリアの両肩をがっしりと両手でつかみ、顔を見て言い聞かせる。アドルフ王の始末などは殿方に任せておけば良いが、孫娘の結婚は政治の道具にさせたくないとグローリアは考えていた。

 王孫のジュリアは、巫女姫になれる程の精霊使いの能力も持っている。野心を抱く貴族達は、ジュリアを嫁に貰おうと争奪戦が起こるのがグローリアには目に見えている。

『この件は夫のアルバートにも任せられないわ! あの方は、南部同盟のゲチスバーモンド伯爵として、ジュリアの結婚相手を選びかねないもの。それで不幸になるとは限らないでしょうが、ジュリアには好きな相手と結婚させてあげたいわ』

 貴族の結婚は、恋愛感情だけでは無いのはグローリアも重々承知している。しかし、赤ちゃんの時から苦労をしてきたジュリアには、本当の幸せを手に入れさせたい。祖母として、王や夫からも孫娘を護る覚悟を決める。

「シェフィールドでは食糧も不足していると聞いています。船には十分の食糧も積み込む手はずを取りなさい」

 緑蔭城の城主夫人としても、あれこれ留守中の指図をするのに忙しそうなお祖母様を何か手伝いたいと申し出る。

「まぁ、それでは家政婦のメイソン夫人を手伝って、リネン類の荷造りをさせて貰おうかしら? シェフィールドにもゲチスバーモンド伯爵邸はあったのですが、内乱が起こってからはアドルフ王に没収されていましたからね。憎らしい取り巻きが拝領したみたいですが、とっとと逃げ出しているでしょう。家具までは持ち出したりはしていないでしょうが、誰が寝たのかわからないシーツにくるまりたくありませんからね」

 ジュリアは家政婦のメイソン夫人を手伝って、まるで城ごと引っ越すような騒ぎに巻き込まれる。もちろん、ジュリア付きのルーシーや城中がドタバタしていた。

「ええっ、こんな物まで持って行くのですか?」

 緑蔭城から豪華な応接セットまで梱包されて、船に運ばれるのを見て、ジュリアは驚く。

「家具は有ると仰ってたけど……」

 何もわかってないお嬢様に、メイソン夫人は呆れて言い聞かせる。

「シェフィールドにお着きになれば、貴族達がぞくぞくとゲチスバーモンド伯爵家に押し掛けます。貧相な応接室になどお通しできませんわ。世情が落ち着けば、新しく応接室を調え直しますが、今は緊急に緑蔭城ので間に合わせるのです」

 勘の良いルーシーは、ジュリア様の求婚者が訪れるのを見越しての準備だと察して、浮き浮きする。華やかな社交界や、ドレスにパーティは侍女としての腕の見せどころだ。

「ジュリア様、忙しくなりますね!」

 メイソン夫人は、未だ理解できて無いお嬢様を心配したが、家庭教師のグレーシー先生が私物の荷造りをするようにと呼びに来た。この方は何人もの貴族の令嬢を教育して良い相手に嫁がせて来たのだと任せることにする。家政婦は、伯爵家の家事を取り仕切るだけで忙がしいのだ。セバスチャン執事と共に、城の召し使い達を急かして仕度をする。


「メイソン夫人、落ち着いたら城代のマーカス卿を帰らせますから、それまでは宜しくお願いしますよ」

 執事のセバスチャンは、シェフィールドで屋敷を調えるのに必要だ。領地の管理は城代のマーカス卿に任せることにする。

「えっ、ジョージ様はこちらに帰られるのですか?」

 城代なのだから、ゲチスバーモンド伯爵がシェフィールドに滞在される間、領地を管理するのが仕事だとお祖母様に笑われる。

『それは、そうなんでしょうけど……少し、寂しいわ……知らない人ばかりのシェフィールドで、ジョージ様がいらっしゃらないなんて……』

 少し不安そうなジュリアに、精霊使いの子ども達が話しかける。

「ねぇ、精霊達も連れて行くの?」

 自分を見上げる子ども達に微笑みかけて、ジュリアは頷く。

『精霊達! シェフィールドに行くわよ!』

 風の精霊達が船の帆に風を送る。勢いよく航行し始めた船に、見送りの人達から歓声があがる。

『ジュリア、いつまでも一緒よ!』

 マリエールは帆に風を送るのは、他のシルフィード達に任せて、不安そうな顔のジュリアを慰める。

『マリエール、お願いしとくわね』

 これから向かうシェフィールドで、どのような生活が待っているのかジュリアは少し不安だったが、側で笑っているお祖母様と、腕の中でくるくる回ってるマリエール、そして自分の忠実な侍女ルーシーがついているのだと、覚悟を決める。

 春真っ盛りの青空の下、一行を乗せた船は猛スピードでシェフィールドへ向かっていた。
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