海の見える家で……

梨香

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十八 千客万来

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 智章、蓮、薔子、翔平の四人で食べるには多過ぎる量が出来上がり、古い台所の食卓の上は、山理盛りの料理が乗った大皿がびっしりと並んでいた。

 女王様のお褒めの言葉を待っていた翔平に、雷が落ちる。

「こんなに並べたら、食べるのも窮屈よ」

 ぽんぽん叱りつけている母に「座敷で食べたらいいのでは?」と提案する。

「そうしないと、お箸を置く場所もないわねぇ」

 薔子の許可が出たので「そうやな、宴会みたいで楽しいな、ほな運ぶわ」と、翔平がいそいそと運ぶのを智章は手伝おうとしたが、座敷から台所に来た蓮に止められる。

「翔平さんの好きにさせてやれや」

「宴会じゃないのに、張り切ってしもうて……蓮くんごめんな」

「かまへん、親父は賑やかなの好きやったから。自分の通夜には芸者を呼んでどんちゃん騒ぎをしてくれと言っていたぐらいや。でも、薔子さんに見送られて本望だやろう」

「あほな……こんなおばさんより、新地の若い子の方がええやろ」

 智章は、母が蓮に気を使っているのを見て驚いた。そんな気遣いなど持ち合わせてないと思っていたのだ。

 中の間に座敷机を二つ並べた上に、鰆の造り、里芋の煮っころがし、筍の炊いたの、鰆や筍の天ぷら、鰆のカルパッチョ、鰆の漬け焼き、筍ご飯、そして茶碗蒸しまでいつ作ったのか並んでいる。

「あっ、筍ご飯をお供えしても良いのかな? 昼に白ご飯はお供えしたけど……」

 新仏様にはお花も白だけと信高に聞いていた智章は、薄い茶色の筍ご飯を見て少し考える。

「お母さんは筍ご飯好きだったから、お供えしてもええと思うわ」

 ここにきてやっと翔平は新仏様が祀られているのに気づいたのか、謝りだす。

「ごめん! こんなんやから、薔子さんは俺を葬式に連れて帰ってくれなかったんやな。アホや俺は! 今から白ご飯を炊くから」

 慌てて台所へ行こうとする翔平を薔子は止める。

「あほか! この筍ご飯だけでええわ。それに、葬式に連れて帰らなかったのでは無いわよ。まさか亡くなるとは思ってなかったから」

 だから喪服も持って来なかったのだと、智章は納得した。

「ほんなら、お母さんに線香をあげてもええか? 俺みたいなもんが拝んだらあかんと思うてた」

 何となく母が翔平を連れて帰らなかった訳が理解できた。

 こう大騒ぎされたら、倒れた祖母が疲れるだろうと思ったのに違いない。

『まぁ、葬式に呼ばなかったのは煩いからかな? 後は、丁度良い機会だから小松原さんと相談するのに、翔平さんが居たら話もできなかったからだろう』

 何故、大阪で小松原に相談しなかったのか? と智章は不思議に感じていたが、大阪で会ったりしたら、それこそ刃傷沙汰になりそうだからだと納得する。

『それに俺の父親の一族と話を付けて貰うつもりだったのかもしれない』

 智章は、あの女子高校生が妹ではないかと思った時から、自分の父親が犯人で無ければ良いがと祈る気持ちだった。小市民的で殺人などする人ではないと薔子は言っていたが、追い詰められたら何をするかわからないのが人間だ。

『俺も、おばあちゃんが止めてくれなければ、あのまま電車に……飛び込む勇気があったかどうかは分からないけど……だから、俺の父親も何か思い詰めていたら、何をするか分からないじゃないか』

「この鰆、滅茶苦茶美味しいやん!」

「そうやろ? 薔子さんも食べてみて」

 蓮も翔平もぱくぱく食べていたが、薔子と智章は箸が進まない。薔子は小松原の死にショックを受けていたし、智章は会ったことの無い父親が殺人を犯してなければ良いがと悩んでいたので、折角のご馳走も味を感じない。

「薔子さん? 美味しくない?」

「いえ、少し疲れただけ……横になりたいわ」

 智章は母と翔平を何処に寝させたら良いのかと考えていたら、玄関から百合が飛び込んできた。

「智くん、あんた知ってる? 小松原さんが亡くなったのよ」

 玄関に出た智章に夕刊を突きつける。

『夕刊に載ったんだ……そういえば百合叔母さんには報せてなかったな……』

 智章は報せなかったのをどう誤魔化そうかと、夕刊を読む振りをして、少し時間を稼ぐ。

「百合、丁度良かったわ。ご馳走がいっぱいなのよ。上がって食べたら?」

「お姉さん! それどころじゃないでしょう。小松原さんが亡くなったのよ」

 薔子はちらりと智章を見て「報せてなかったの?」と頭を軽く小突く。

「百合叔母さん、ごめん! でも本当に大変だったから、報告するの忘れていた」

「ええんよ……どうせ私は保科の人間やもん」

「そんなことないよ。さぁ、百合叔母さんも一緒に食べよう」

 拗ねだした百合をどうにか座敷にあげる。そこには百合が見知らぬ翔平と蓮がいた。

「あっ、こちらが小松原蓮くん。そして、あちらが上野翔平さん。この人は母の妹の保科百合です」

 蓮はペコリと頭を下げたが、薔子の家族に会う緊張で翔平はゴチンと座敷机に頭をぶつけた。

「大丈夫ですか?」

 薔子は呆れて知らん顔をしているが、百合は甲斐甲斐しくひっくり返った皿などを片付けている。

「そんなことは俺がしますから」

「でも、お客様にそんなことはさせられません」

 蓮と智章は翔平と百合とでは尽くす者同士だから相性は最悪だと目配せする。

「百合、片付けは翔平さんにさせたら良いのよ。それより、保科の方は大丈夫だった?」

「まだお義父さんやお義母さんは気づいてないみたい。近頃は老眼で新聞もあまり読まないから……そんなことより、蓮くんは……大変でしたねぇ」

 蓮は黙って頭を下げる。どうも叔母は真面目で悪気は無いのだが、場の雰囲気を悪くするのが得意だと智章は溜息をつく。

「百合叔母さん、晩御飯はまだでしょ? 翔平さんがいっぱい作ってくれたから、一緒に食べましょう」

 翔平が張り切って新しい皿や筍ご飯などを台所から運んでくる。

「まぁ、これを全部翔平さんが作られたんですか? お姉さんは幸せねぇ」

 どうにか食べ始め、智章はホッとしたが「こんばんは」と玄関から信高の声がする。蓮を連れて来てから、すぐにお寺へ帰ったので心配になったのだろう。

「光龍寺さんか? 上がって貰えば?」

 玄関で話そうと思っていたが、母の一言で信高も通夜ならぬ宴会に参加することになった。

「ごめんな……なんだか大人数になって」

「いや、親父も喜んでいると思うわ。それに、俺もお寺さんに相談したいことがあったから好都合やねん」

 そういえば小松原の葬式を鞆で済ませてから、大阪でお別れ会をするとか言っていたなと、智章は二人を並んで座らせる。

 座敷机の一つには薔子、翔平、百合。もう一つには智章、蓮、信高と自然と年齢で別れて座ることになった。

 年配組は薔子が百合に事件の経緯を説明し、翔平が甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

「もしかしてあの男の人が?」

 コソッと尋ねる信高に「上野翔平さん」と名前を教える。目敏い信高なので、母の愛人とか言わなくても良いのは助かる。

「あのう、酒井家のお墓は何処にあるんでしょう?」

 ちゃっかりと鰆の造りをつまんでいた信高は、お寺関係の話なので真面目に答える。

「うちのお寺の墓地にあります。もしかして、小松原家の墓は無いのですか?」

 墓が無い? 智章には不思議に感じるが、都会では多いみたいだ。

「親父は二男だったし、親戚とは付き合いも無いから墓はこれから買わないといけないんです。お寺の墓地には同じ宗派じゃ無いと墓は建てられないのですか?」

「そんなに大阪の墓地は高いのか?」智章は心配するが、蓮は「違う」と苦笑する。

「親父は鞆で死んだし、この地に埋蔵してやりたかったんや」

 信高は少し腕を組んで考える。

「お寺の墓地だからなぁ。そうだ! 宗派を変えることに抵抗はありますか?」

「いや、父の実家の宗派というだけで、別に仏壇も何も無いし……でも、そんなのできるんですか?」

「本来は生きている間に極楽浄土に行ける儀式を受けるのですが、それを受けずに亡くなった人には遺族が送り五重を供えます。そしたら、極楽浄土に行けるわけです」

 凄く乱暴な説明だが、蓮は良い手があったと喜ぶ。

「もしかして酒井家の墓地の近くに空いている墓地はありませんか?」

「おっ、ナイスタイミング! 丁度、墓地を整備して、何区画か売りに出しているのですよ。酒井の後ろの墓地が空いている筈です」

 智章は商売熱心な信高に呆れる。

「蓮、少し落ち着いて考えた方が良い。鞆に墓を建てたら、墓参りが大変だぞ」

「でも、葬式までに宗派だけは決めておかんと……」

「まぁ、墓は満中陰まで考えたら良いと思います。それも一年ぐらいは木の卒塔婆で良いし。あっ、仏壇は満中陰にいりますよ」

 酒井の家には仏壇も墓もあったので、こんなことまでしなくてはいけない蓮に同情する。

「仏壇はマンションに置けるような簡易な物も多いから、よく考えて買ったら良いでしょう」

「何故、鞆に墓を建てたいと思うんだ?」

 智章は、蓮が一時の感情で大事な決断をしているように思えて心配になる。

「だって親父は薔子さんの側に居たいやろうと思ったんや。いつかは薔子さんは酒井の墓に入るんやろ? そしたら、親父は嬉しいんじゃないかなぁと……可笑しいかな?」

 信高と智章は「ううん~」と唸る。

「墓参りはキチンとするから!」

 蓮はこういった事は律儀にしそうだが、やはり大阪からは遠い。

 智章はまだ人生経験の少ない自分では判断ができないと、母や叔母に尋ねようとした。

「ねぇ」と声を掛けた時に、玄関で保科賢治の声がした。

「こんばんは! 百合は来ていますか?」

 本当に千客万来だと愚痴りながら、賢治を迎えに出る。

「智章くん、小松原さんって確か薔子さんの……」

 手に持っている夕刊で知ったのだろうと溜息をつく。

「ええ、母の再婚相手でした。今、小松原さんの息子の蓮くん、母、母の同居人の上野翔平さん、そして百合叔母さん、あっ光龍寺の和尚さんも来ています。いっぱいご馳走もあるので、一緒に食べませんか?」

 母と翔平は常識があるとは思えないので、百合と賢治に墓の件も相談に乗って貰おうと、座敷へと案内する。

 今回もカチコチになって挨拶するのかと思った翔平だが、男には愛想がない。それどころか妹の夫にすら疑いの目を向ける。

「なんだか雲行きが怪しいなぁ」

 若いグループは、翔平が賢治をライバル視しているのを危ぶむ。

「それ、夕刊? 親父の事件が載っているやな?」

 百合が持って来た夕刊とは違う社なので、どれどれと智章達はチェックする。

「こっちの方が詳しく載っているな……まだ財布やスマホは見つかっていないのか?」

 百合の方には写真は載っていなかったが、此方の方には常夜灯の近くの海を捜索している警察官の写真が載っていた。

「こっちのは地元紙だから。あれ……これは?」

 信高は小松原の事件の下に小さく載っている事故の記事を読んで驚く。

「智章! これ見てみろ!」

 何だ? と智章は読んで驚く。

「お母さん! この竹内一勧って人はお祖父さんなのか? 自動車事故で亡くなっているけど……」

 薔子は顔色を変えて、夕刊の記事を読む。

「竹内一勧(八十三歳)……自家用車の運転中に芦田川の河川敷に転落して即死……」

 会った事もない祖父が事故死していたが、智章は何も感じない。

「ねぇ、お母さんが嫁いだお寺って何処にあるの?」

 智章は鞆からの帰り道で事故に遭ったのではと疑惑を抱く。薔子が答える前に賢治が怒り出した。

「それにしても八十三歳の老人に運転させるとは危険だな。他の車や人を巻き込んだ事故を起こしたらどうする気なんだ。運動神経や目の視野も狭まるのだから、免許証を返上するべきなのだ」

 俊明の医者としての発言に、全員が機械的に頷く。百合は夫の意見に賛成する。

「普通なら家族が運転を止めるでしょう。うちのお義父さんも八十歳になる前から運転はしなくなったし」

 百合と俊明は未だこの事故の意味に気づいていないが、薔子と智章と信高は『もしかして……』と嫌な予感がしていた。

「なぁ、この竹内一勧ってお祖父さんが智章兄さんを跡取りに欲しいとゴネていた人なのか?」

 この件は知らなかった信高は、ハッと目を見開き、頭の中で組み立てる。

「もしかして……」

 悪い予感ほど当たるものだ。宴会は途中で中止になった。安田刑事が訪ねてきたのだ。

「夜分、お邪魔します」

 智章は重い足取りで、玄関まで安田刑事を出迎えに行く。蓮は智章を押しのけるように、前に出た。

「犯人が見つかったんですか!」

 安田刑事は暗い顔で「説明させて下さい」と頭を下げた。
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