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20 ヨーク伯爵とサリンジャー伯爵
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ヨーク伯爵は、やっと着いたサリンジャー伯爵を出迎えて、書斎へと招き入れる。
「サリンジャー伯爵、この度は大変な目に遭いましたな」
未だ本調子では無いサリンジャー伯爵は、お供のサミュエル卿に支えられるようにしてヨーク伯爵の出迎えを受ける。
「いや、マクドガル卿に助けられて、こうしてヨーク伯爵に会え良かった。緊急に話し合いたいのだ」
顔色も悪いサリンジャー伯爵が、自分の不調を押して話し合いたいと望むのだ。緊急事態に決まっている。ヨーク伯爵は、マクドガル卿に救助の礼を言って下がらせる。
「サミュエル、書類をヨーク伯爵にお見せするのだ」
座ったままで、サリンジャー伯爵は指示する。サミュエル卿から書類を受け取ったヨーク伯爵の顔がどんどん厳しくなる。
「サリンジャー伯爵、これは本当なのか? サリン王国が我国に攻め入ろうとしているのは分かるが、あの小競り合いばかりしているバルト王国と手を組むとは信じ難い」
サリン王国はシラス王国の北に面している王国で、たびたび南下しようと戦争を仕掛けている。それを防ぐ為に北部にはノースフォーク騎士団を常駐させているぐらいだ。だが、サリン王国は隣国の遊牧民族のバルト王国とはしょっちゅう小さな戦闘を起こしているのだ。バルト王国の遊牧民は度々サリン王国の収穫物を盗みに来ては争いになっていたのだ。
「ヨーク伯爵、それだけでは無いのだ。次の書類も読んで欲しい」
あまりに衝撃的な内容に他の書類を忘れていたヨーク伯爵は、またもやそれ以上の打撃を受けてしまった。
「何だと、カザフ王国までが海軍力のあるペイザンヌ王国と婚姻を結ぶのか。これまで両国は常に国境線で争っていたというのに……北だけで無く、西も危機が迫っているでは無いか」
北部の危機も大変だが、西部を治めているヨーク伯爵には西のカザフ王国の動きの方が気持ち悪い。
「未だ、ペイザンヌ王国はカザフ王国の王女を貰うのを反対する貴族も居るが、時間の問題だろう。私は其方にこれを知らせてからサリヴァンのヘンリー王に報告をする予定だったのだ」
友が西の脅威を知らせてくれたのに感謝するヨーク伯爵だが、ふと気になった。
「何故、あんな嵐の中、馬車を走らせたのだ? それも危険な峠越えなど、普段の其方ならしないだろう」
サリンジャー伯爵は苦い顔をする。
「私はバルト王国から南下していたのだ。それにどうも、バルト王国はサリン王国とだけでは無く、カザフ王国とも手を結ぶつもりでは無いかとの疑惑が消せなくて、気が急いだのだ」
ヨーク伯爵は、サリンジャー伯爵の言葉の意味に気づいて、ゾクッとした。
「まさか、シラス王国の包囲網ができるのか! 何かバルト王国で異常があったのか?」
「バルト王国の馬をカザフ王国が買い付けに来ていた。よく見る風景に思えたが、そこに馬喰とは思えない貴族が混じっていたのだ。私は、その貴族に見覚えは無かったが、只者ではないと感じた」
西部を治るヨーク伯爵は、カザフ王国には何人もスパイを送り込んでいたが、全員が帰ってこない。つまり、スパイとばれて始末されたのだ。腕利きの魔法使いがいるのかもしれないが、カザフ王国は魔法使いが嫌いな筈だ。
「私もカザフ王国の内情がさぐれていないのだ。誰か優れた魔法使いを遣わすしかないかもしれない」
シラス王国の魔法使いの地位は高い。わざわざ魔法使いが嫌われているカザフ王国に行ってくれる者がいるか分からない。
「私もヘンリー王に言っておこう。あの国は危険だと勘が告げている」
ヨーク伯爵はサリンジャー伯爵の勘を馬鹿にはしない。長年、外交に携わって鍛えた勘なのだ。
「早くサリヴァンに行かなくてはいけない」
ここまで焦っているサリンジャー伯爵を見るのは初めてだった。それほどシラス王国は危機的な状態なのだ。
「それは分かるが、せめて身体を休めてからにしてくれ。其方に何かあってはシラス王国が困るのだ」
サミュエルも黙って頷いている。
「私に命があるのは、シラス王国の危機を救えとの天の意思だろう。救助してくれたチビの魔法使いには礼をしなくてはな」
ヨーク伯爵は怪訝な顔をする。年老いたベケットだが、チビではない。むしろ背がひょろっと高いぐらいだ。
「サリンジャー伯爵、頭を打ったのでは無いか?」
ヨーク伯爵に心配されたが、大丈夫だと笑う。
「私は意識を失っていたが、サミュエルの方が未だ意識を保てていただろう。あのチビの魔法使いは誰だったのか? 薬湯も持って来てくれたから、マクドガル卿に仕えていると思うのだが……」
大丈夫だと言う割に、いつものサリンジャー伯爵とは違って名前も聞いていない。
「あの子はベケット様の弟子のアシュレイです。とんでもない子供ですよ。私はあの子に助けられましたが、あの子に二回も気絶させられました。空を飛ぶなんて鳥でもあるまいに二度と御免です」
サミュエルの言いようにサリンジャー伯爵は苦笑する。あまり覚えてないが、空を飛んだようだと感じていた。
「空を飛んだのか? 私は意識が朦朧としていたからあまり覚えていないのだ」
感謝しているのか怒っているのか分からないサミュエルの言葉に、ヨーク伯爵も苦笑する。
「それにしても、その子どもには興味があるな。優れた魔法使いはシラス王国の宝だ。大切に育てる必要がある」
「ああ、それにこの書類も探してくれたし、言っても無かったが衣装櫃も見つけてくれた。是非、礼をしなくてはいけない」
サミュエルは、衣装櫃が空から降って来た恐怖を思い出して震える。
「確かにアシュレイは厳しく指導してくれる師匠が必要だと思います」
ヨーク伯爵は、ベケットとアシュレイを呼び出す。礼をする必要もあるが、本人を見てみたいからだ。
部屋で昼食は未だかと待っていたアシュレイは、ヨーク伯爵の召使いにベケット師匠と共に呼び出された。
「きっとサリンジャー伯爵がお前の事を話したのだろう。なるべくなら能力について気付かれなければ良いのだが……」
サリンジャー伯爵だけなら意識が朦朧としていたから誤魔化せるかもしれないが、お供のサミュエル卿はかなりしっかりしていた。それにアシュレイが空を飛んだのも見ている。ベケットは拙いなと歯を噛み締める。
「ヨーク伯爵、お召しになられましたか?」
ベケット師匠の後ろでアシュレイも真似してお辞儀をする。
「ああ、サリンジャー伯爵を助けて貰ったお礼をしなくてはいけないからな」
ベケットは全てバレていると冷や汗をかく。
「そこのアシュレイ、もっと側に来い」
ヨーク伯爵に名指しされたアシュレイは、どうしたら良いのかと目で師匠に尋ねる。
「アシュレイ、ヨーク伯爵の命に従いなさい」
アシュレイは、マクドガル卿よりも立派な服を着たヨーク伯爵に恐る恐ると近寄る。
「ああ、この子だ。助けてくれて感謝しておるぞ」
ソファーにぐったりと横たわっていたサリンジャー伯爵は、側のサミュエルに礼金をやるようにと指示する。
「これは救助してくれたお礼だ。助かったよ」
サミュエルから皮の小袋を差し出され、アシュレイはぱっと顔を輝かせるが、貰って良いのかと後ろを振り向いてベケット師匠が頷くのを見てから受け取った。
ヨーク伯爵は、アシュレイがベケットを師匠として尊敬しているのに気づいた。自分の魔法使いのカスパルの弟子にしようと考えていたのだが、少し慎重に事を運ばないといけない。カスパルはヒューゴ様の弟子だし、ベケットはマリオン様の弟子なのだ。上級魔法使い同士の諍いの素を作ってはヘンリー王に叱られる。
そんな想いに耽っている横で、アシュレイはサリンジャー伯爵をじっと見つめている。
「アシュレイ、どうかしたのか?」
ベケットは自分には見えないが、アシュレイは病人には黒い影が見えると言ったのを思い出した。
「うん、今朝は大丈夫だったのに……黒い影が濃くなっている。どうしたら良いの?」
ベケットは馬車の振動がサリンジャー伯爵に堪えたのだろうと考えた。
「ヨーク伯爵、このままではサリンジャー伯爵の命に関わります。カスパル様をお呼び下さい」
この城にはヨーク伯爵に仕えるカスパルがいるのだ。余計な手出しは厄介事になる。
そんな事を話している間にも、サリンジャー伯爵の顔色は悪くなる一方だ。
「カスパルを呼べ!」ヨーク伯爵もこれはいけないと急がせる。
「カスパル、サリンジャー伯爵が……」
書斎に入ってきたカスパルは、サリンジャー伯爵を見るなり異変に気づいた。
「馬車は未だ早かったか!」自分の失敗を嘆くより、先ずは治療に専念する。
アシュレイはサリンジャー伯爵を覆っていた黒い影が吹き飛ばされて、ホッとしたが、またすぐに覆われてしまう。
「師匠、また黒い影が……魔法では無理なんだ。薬草を飲ませないといけない」
祖母が病に倒れた時も、魔法で黒い影を吹き飛ばしたらその時は良くなるが、根本を治さないとすぐに覆われてしまったのを思い出す。
「カスパル様、薬湯が必要です」
カスパルも気がついて頷く。
「私が薬湯を作る間、サリンジャー伯爵を看ていて下さい」
召使い達がサリンジャー伯爵を客間のベッドに寝かせる。ベケットとアシュレイはベッドの横の椅子に座って看護することになった。
「ねぇ、このお礼は師匠に預けておくよ。俺はお祖母ちゃんの肩掛けが買えれば良いから」
ベケットはお金を使った事があまりないのだろうと思って預かった。
「それとお前には帽子と服が必要だ。サリンジャー伯爵が回復されたら買いに行こう」
カスパルが薬湯を持って来たので、ベケットとアシュレイは客間から下がった。ここはヨークドシャーの城で自分達は出しゃばってはいけないのだ。
「ねぇ、師匠。お腹が空いたよ」
ベケットはアシュレイの師匠はとても大変だと溜息をついた。
「サリンジャー伯爵、この度は大変な目に遭いましたな」
未だ本調子では無いサリンジャー伯爵は、お供のサミュエル卿に支えられるようにしてヨーク伯爵の出迎えを受ける。
「いや、マクドガル卿に助けられて、こうしてヨーク伯爵に会え良かった。緊急に話し合いたいのだ」
顔色も悪いサリンジャー伯爵が、自分の不調を押して話し合いたいと望むのだ。緊急事態に決まっている。ヨーク伯爵は、マクドガル卿に救助の礼を言って下がらせる。
「サミュエル、書類をヨーク伯爵にお見せするのだ」
座ったままで、サリンジャー伯爵は指示する。サミュエル卿から書類を受け取ったヨーク伯爵の顔がどんどん厳しくなる。
「サリンジャー伯爵、これは本当なのか? サリン王国が我国に攻め入ろうとしているのは分かるが、あの小競り合いばかりしているバルト王国と手を組むとは信じ難い」
サリン王国はシラス王国の北に面している王国で、たびたび南下しようと戦争を仕掛けている。それを防ぐ為に北部にはノースフォーク騎士団を常駐させているぐらいだ。だが、サリン王国は隣国の遊牧民族のバルト王国とはしょっちゅう小さな戦闘を起こしているのだ。バルト王国の遊牧民は度々サリン王国の収穫物を盗みに来ては争いになっていたのだ。
「ヨーク伯爵、それだけでは無いのだ。次の書類も読んで欲しい」
あまりに衝撃的な内容に他の書類を忘れていたヨーク伯爵は、またもやそれ以上の打撃を受けてしまった。
「何だと、カザフ王国までが海軍力のあるペイザンヌ王国と婚姻を結ぶのか。これまで両国は常に国境線で争っていたというのに……北だけで無く、西も危機が迫っているでは無いか」
北部の危機も大変だが、西部を治めているヨーク伯爵には西のカザフ王国の動きの方が気持ち悪い。
「未だ、ペイザンヌ王国はカザフ王国の王女を貰うのを反対する貴族も居るが、時間の問題だろう。私は其方にこれを知らせてからサリヴァンのヘンリー王に報告をする予定だったのだ」
友が西の脅威を知らせてくれたのに感謝するヨーク伯爵だが、ふと気になった。
「何故、あんな嵐の中、馬車を走らせたのだ? それも危険な峠越えなど、普段の其方ならしないだろう」
サリンジャー伯爵は苦い顔をする。
「私はバルト王国から南下していたのだ。それにどうも、バルト王国はサリン王国とだけでは無く、カザフ王国とも手を結ぶつもりでは無いかとの疑惑が消せなくて、気が急いだのだ」
ヨーク伯爵は、サリンジャー伯爵の言葉の意味に気づいて、ゾクッとした。
「まさか、シラス王国の包囲網ができるのか! 何かバルト王国で異常があったのか?」
「バルト王国の馬をカザフ王国が買い付けに来ていた。よく見る風景に思えたが、そこに馬喰とは思えない貴族が混じっていたのだ。私は、その貴族に見覚えは無かったが、只者ではないと感じた」
西部を治るヨーク伯爵は、カザフ王国には何人もスパイを送り込んでいたが、全員が帰ってこない。つまり、スパイとばれて始末されたのだ。腕利きの魔法使いがいるのかもしれないが、カザフ王国は魔法使いが嫌いな筈だ。
「私もカザフ王国の内情がさぐれていないのだ。誰か優れた魔法使いを遣わすしかないかもしれない」
シラス王国の魔法使いの地位は高い。わざわざ魔法使いが嫌われているカザフ王国に行ってくれる者がいるか分からない。
「私もヘンリー王に言っておこう。あの国は危険だと勘が告げている」
ヨーク伯爵はサリンジャー伯爵の勘を馬鹿にはしない。長年、外交に携わって鍛えた勘なのだ。
「早くサリヴァンに行かなくてはいけない」
ここまで焦っているサリンジャー伯爵を見るのは初めてだった。それほどシラス王国は危機的な状態なのだ。
「それは分かるが、せめて身体を休めてからにしてくれ。其方に何かあってはシラス王国が困るのだ」
サミュエルも黙って頷いている。
「私に命があるのは、シラス王国の危機を救えとの天の意思だろう。救助してくれたチビの魔法使いには礼をしなくてはな」
ヨーク伯爵は怪訝な顔をする。年老いたベケットだが、チビではない。むしろ背がひょろっと高いぐらいだ。
「サリンジャー伯爵、頭を打ったのでは無いか?」
ヨーク伯爵に心配されたが、大丈夫だと笑う。
「私は意識を失っていたが、サミュエルの方が未だ意識を保てていただろう。あのチビの魔法使いは誰だったのか? 薬湯も持って来てくれたから、マクドガル卿に仕えていると思うのだが……」
大丈夫だと言う割に、いつものサリンジャー伯爵とは違って名前も聞いていない。
「あの子はベケット様の弟子のアシュレイです。とんでもない子供ですよ。私はあの子に助けられましたが、あの子に二回も気絶させられました。空を飛ぶなんて鳥でもあるまいに二度と御免です」
サミュエルの言いようにサリンジャー伯爵は苦笑する。あまり覚えてないが、空を飛んだようだと感じていた。
「空を飛んだのか? 私は意識が朦朧としていたからあまり覚えていないのだ」
感謝しているのか怒っているのか分からないサミュエルの言葉に、ヨーク伯爵も苦笑する。
「それにしても、その子どもには興味があるな。優れた魔法使いはシラス王国の宝だ。大切に育てる必要がある」
「ああ、それにこの書類も探してくれたし、言っても無かったが衣装櫃も見つけてくれた。是非、礼をしなくてはいけない」
サミュエルは、衣装櫃が空から降って来た恐怖を思い出して震える。
「確かにアシュレイは厳しく指導してくれる師匠が必要だと思います」
ヨーク伯爵は、ベケットとアシュレイを呼び出す。礼をする必要もあるが、本人を見てみたいからだ。
部屋で昼食は未だかと待っていたアシュレイは、ヨーク伯爵の召使いにベケット師匠と共に呼び出された。
「きっとサリンジャー伯爵がお前の事を話したのだろう。なるべくなら能力について気付かれなければ良いのだが……」
サリンジャー伯爵だけなら意識が朦朧としていたから誤魔化せるかもしれないが、お供のサミュエル卿はかなりしっかりしていた。それにアシュレイが空を飛んだのも見ている。ベケットは拙いなと歯を噛み締める。
「ヨーク伯爵、お召しになられましたか?」
ベケット師匠の後ろでアシュレイも真似してお辞儀をする。
「ああ、サリンジャー伯爵を助けて貰ったお礼をしなくてはいけないからな」
ベケットは全てバレていると冷や汗をかく。
「そこのアシュレイ、もっと側に来い」
ヨーク伯爵に名指しされたアシュレイは、どうしたら良いのかと目で師匠に尋ねる。
「アシュレイ、ヨーク伯爵の命に従いなさい」
アシュレイは、マクドガル卿よりも立派な服を着たヨーク伯爵に恐る恐ると近寄る。
「ああ、この子だ。助けてくれて感謝しておるぞ」
ソファーにぐったりと横たわっていたサリンジャー伯爵は、側のサミュエルに礼金をやるようにと指示する。
「これは救助してくれたお礼だ。助かったよ」
サミュエルから皮の小袋を差し出され、アシュレイはぱっと顔を輝かせるが、貰って良いのかと後ろを振り向いてベケット師匠が頷くのを見てから受け取った。
ヨーク伯爵は、アシュレイがベケットを師匠として尊敬しているのに気づいた。自分の魔法使いのカスパルの弟子にしようと考えていたのだが、少し慎重に事を運ばないといけない。カスパルはヒューゴ様の弟子だし、ベケットはマリオン様の弟子なのだ。上級魔法使い同士の諍いの素を作ってはヘンリー王に叱られる。
そんな想いに耽っている横で、アシュレイはサリンジャー伯爵をじっと見つめている。
「アシュレイ、どうかしたのか?」
ベケットは自分には見えないが、アシュレイは病人には黒い影が見えると言ったのを思い出した。
「うん、今朝は大丈夫だったのに……黒い影が濃くなっている。どうしたら良いの?」
ベケットは馬車の振動がサリンジャー伯爵に堪えたのだろうと考えた。
「ヨーク伯爵、このままではサリンジャー伯爵の命に関わります。カスパル様をお呼び下さい」
この城にはヨーク伯爵に仕えるカスパルがいるのだ。余計な手出しは厄介事になる。
そんな事を話している間にも、サリンジャー伯爵の顔色は悪くなる一方だ。
「カスパルを呼べ!」ヨーク伯爵もこれはいけないと急がせる。
「カスパル、サリンジャー伯爵が……」
書斎に入ってきたカスパルは、サリンジャー伯爵を見るなり異変に気づいた。
「馬車は未だ早かったか!」自分の失敗を嘆くより、先ずは治療に専念する。
アシュレイはサリンジャー伯爵を覆っていた黒い影が吹き飛ばされて、ホッとしたが、またすぐに覆われてしまう。
「師匠、また黒い影が……魔法では無理なんだ。薬草を飲ませないといけない」
祖母が病に倒れた時も、魔法で黒い影を吹き飛ばしたらその時は良くなるが、根本を治さないとすぐに覆われてしまったのを思い出す。
「カスパル様、薬湯が必要です」
カスパルも気がついて頷く。
「私が薬湯を作る間、サリンジャー伯爵を看ていて下さい」
召使い達がサリンジャー伯爵を客間のベッドに寝かせる。ベケットとアシュレイはベッドの横の椅子に座って看護することになった。
「ねぇ、このお礼は師匠に預けておくよ。俺はお祖母ちゃんの肩掛けが買えれば良いから」
ベケットはお金を使った事があまりないのだろうと思って預かった。
「それとお前には帽子と服が必要だ。サリンジャー伯爵が回復されたら買いに行こう」
カスパルが薬湯を持って来たので、ベケットとアシュレイは客間から下がった。ここはヨークドシャーの城で自分達は出しゃばってはいけないのだ。
「ねぇ、師匠。お腹が空いたよ」
ベケットはアシュレイの師匠はとても大変だと溜息をついた。
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