『バケツ姫と魔王の異世界伝説』 - これは 願いを込めた 罪滅ぼし -

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第4章 炎が呼び覚ます記憶

失われた願い (ナナ視点)①

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朱色に照らされる庭、燃える家。
覚えのある誰かの叫び声、救急車のサイレンの音。
走り出し、だが大人達に羽交締めにされて動けない自分。
救急隊員の蘇生措置を受ける、火傷だらけの動かない誰か。
失われていく温度。
無意識に暖かさを求めて手を伸ばす。

その途端、今まで響いていた何もかもが聞こえなくなった。

真っ白な世界の中に、優しい声が響く。

『ねえナナ。また今度時間が空いたらさ、よもぎ団子作ってくれる?』

「あ……」

無意識に私の口から声がこぼれた。

強烈な刺激が、これまで遮断されていた記憶へのアクセス経路を、強制接続していく。

鮮明に思い出される、あの日の記憶。
胸を刺す孤独感、罪悪感、絶望――

兄を求めて叫んでいたのは、私だった。
あの日失われたのは、兄の温もりだった。


もう、私には何も残されていない。
もう、私には叶えたい願いがない。
もう、私には幸せを手に入れる権利がない。

私は、もう、生きていてはいけない。

…死にたい。


走馬灯のように流れる、自身の存在を否定する、願い。
私はそれに抗うことなく、流れに身をゆだねるように、生きる意志を手放した。


    ◇


意識が覚醒していくのがわかって、ゆっくりと目を開く。
その拍子に涙が一粒頬を伝った。
手放したはずの意識が、放棄したはずの命が、まだ私の胸で鼓動を続けていることに、罪悪感を抱いた。


お兄ちゃんはもう戻ってこない。


私は涙をぬぐって体を起こす。
でも、涙は次々と流れて、止まってくれない。
悲しい。寂しい。痛い。つらい。
涙が流れるほどに、胸に渦巻く孤独や不安が大きくなっていく気がして、私は自分の身体を抱きしめた。

「ごめんなさい……」

耳に、自分の声とは思えないほど細く震える声が届く。
ポタッポタッとシーツや服に水玉模様ができるのが、揺れる視界の中はっきりとわかった。

「…ごめんなさい。ごめんなさいッ、お兄ちゃん……」

大波のように激しく押しかけてくる後悔と罪悪感を、どうしたらいいのかわからない。

今さらどれだけ謝っても、届かないことはわかってる。
いくら呼んでも叫んでも、もう戻ってこないことぐらいわかってる。
でも、それなら、それなら私はどうしたらいいの?
あの日、ちゃんと『行ってきます』を言えばよかった?
せめて部活があることを伝えておけばよかった?

あの日に戻って最初からすべてをやり直したい。
私にできることなら何でもするから、あの日に戻してほしい。
いくら願っても叶わないこともわかってる。
だけど、それでも、私にお兄ちゃんを返して…。
私の家族…たった1人の家族。

「お兄ちゃん……ねぇ、お兄ちゃん……独りに、しないでよぉ…」

なんで、どうして。
そんな言葉がぐるぐると回る。

なんで、私ばっかり残されるの?
どうして、大切なものばかり失ってしまうの?

独りは嫌だ。
時間ばかりが長く感じて、埋もれてしまいそうになるから。

独りは怖い。
暗闇に深く深く沈んで、戻れなくなってしまうから。

独りは痛い。
後悔、罪悪感、寂しさ、今はもうない温もり。
その全てが胸を刺すから。

「誰か……お願い、」

助けて――

言葉にできない願い。
私はゆっくり目を閉じる。

≪ガチャ≫

その時、音がして、扉が開いた。

私は再び目を開き、視線だけを動かして扉を――扉から入ってくる人物を見る。

「起きたか! 良かった……」

そこには、金色の、温かい光が揺れていた。

彼は私が体を起こしているのを見て、明るい声を上げ、近付いてくる。
そして、髪に隠れていた私の顔を覗き込んだ。

「ッ⁉ どうした? なにか、あったのか?」

私の顔を見て、綺麗な碧色の瞳を心配げに揺らす彼。
私は口を開いて、何も言えず、そっと閉じる。

その一連の動作を見ていた彼――ニアンは、ゆっくりとベットに腰を下ろし、私の手を優しく握ってくれる。

「無理に話さなくてもいい。ただ、人に話したほうが楽になることもあるから、俺でよければ話を聞かせてくれないか?」

手に感じる温もりがじんわりと心にしみわたるのを感じて、私の心が少しだけ落ち着く。

私は、唇の震えを懸命に抑えながら、話し始めた。

盗賊をおびき寄せるために、放った火で火事になったこと。
レニのお兄さんを呼ぶ声がきっかけで、思い出した記憶のこと。
本当はもう、兄が死んでしまっていたこと。
その原因が自分で、どうしようもなく自分が許せないこと。
大切な人を、叶えたかった願いを、生きる権利を失ってしまって、消えてしまいたいこと。

途中で我慢できなくなって泣き出してしまったから、とても聞きとりにくかっただろうけど、ニアンは最後まで真剣な顔で私の話に耳を傾けてくれていた。

私が話し終わると、ニアンがそっと私を抱きしめてくれた。

いまだにボロボロこぼれる涙がニアンの服に吸い込まれる。
でも、それに気付いているだろうに、気にするそぶりも見せず、ニアンは私を抱きしめて。

「大丈夫、大丈夫だ、ナナ」

と言いながら、泣き止むまで背中をさすり続けてくれた。


    ◇


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