『バケツ姫と魔王の異世界伝説』 - これは 願いを込めた 罪滅ぼし -

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第4章 炎が呼び覚ます記憶

失われた願い (ナナ視点)②

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ニアンにすべてを打ち明けた翌日。

ニアンの提案で、気分転換に散歩に出た私は、行く当てもなく、ただただ足を進めていた。
今鏡を見たら、暗く沈んだ表情と、深く濁ってしまった瞳が、さらに気持ちを盛り下げることは確実だと思う。
心にぽっかりと穴が開いてしまったような喪失感で、何をするにも気力が出ない。
ふらふらと歩を進める私に、心配した何人かの人が声をかけてくれたような気がするが、灰色の景色に滲む彼らに、私には応えることができなかった。

そして気付けば、人の少ない通りを抜けて、少し開けた高台に立っていた。
柔らかい風に吹かれながら、沈んでいく太陽をぼーっと眺める。

「夕陽がきれいですね」

唐突に声が掛けられた。
その声は不思議と、今の私の心にも届いた。

数秒遅れて、これまで気配が一切なかったことに気付き、驚いて勢いよく振り返る。

そこには、私と同じくらいの年齢の少年が、眩しそうに夕陽を眺めて立っていた。
灰色の景色の中で、黄金色の光を受けて、彼の桜色の瞳が煌めく。
薄紅色の髪が風に吹かれて揺れている。

「……あなたは、誰?」

私はしばらく幻想的な雰囲気に見とれていたけど、ふと気になって聞いてみた。

「失礼しました。私はハイメと申します。好きに呼んでもらって構いませんよ。
…それにしても、ここから見える夕陽はきれいですね。よく来るのですか?」

声変わり前なのか、高く、それでいて柔らかい声が耳に心地いい。
ゆったりした声に、疲弊した心で精一杯構えていた警戒心が、あっけなく解されていく。

私は静かに首を横に振る。

「ううん。今日初めて来た」

ともすればそっけなく放ってしまったように聞こえる私の返事に、さして気を悪くした様子もなく、ハイメと名乗った少年は隣に座り込む。

「そうですか。私と同じですね。君も座りませんか? 立ったままでは疲れますよ」

ハイメに促されるがままに、私も地面に座り込んでみた。
そして無言のまま、2人でただ夕陽を眺める。

しばらくしてから、視線は動かさずに聞いてみる。

「……あなたは、どうしてここに来たの?」

私の言葉に、ハイメが苦笑したのがわかる。

「どうしてでしょうね。困ったことに、私はここに来るつもりなんて全くなかったんです」

そう言ってハイメは目を伏せた。
思っても見なかった答えに、私は怪訝な表情を浮かべた。

「…道に迷ったってこと?」

「そうであったなら、まだよかったんですが。残念ながらそうではないんです」

はっきりしないハイメの言葉に、私が追加説明を求めて聞き返そうとするも、それを阻止するようにハイメが言葉を続ける。

「君は、どうしてここに?」

はぐらかされて少し不満だったけど、素直に応えることにする。

「特に、理由があったわけじゃないけど…。気が付いたらここにいたの」

「そうですか……」

…………
………

2人の間に沈黙が訪れる。それを破ったのはハイメだった。

「なにか、悲しいことがあったんですか?」

虚を突かれて隣を見ると、ハイメの真剣な瞳が私を真っ直ぐ射抜いていた。

「……」

何も、答えられなかった。
瞳に涙が滲む。

答えられない私を見て、ハイメがふわりとほほ笑んだ。

「……長くなりますがすこし、昔話をしましょうか。
今から…そうですね、5000年以上前のことです。
幼くして両親を失った少年がいました。
彼は唯一の肉親である妹を養うために、懸命に努力します。
ですが運命は残酷で、ある日彼の妹は瀕死の重傷を負い、命の危機にさらされてしまいました。
妹が助かる見込みはないと勘付いていながらも、彼は妹が亡くなるまでの数日間、懸命に看病を続けました。
死の間際に彼の妹は、残り少ない命をつかって自分が生きた証を兄のために残したいと懇願しました。
少年は妹に少しでも長く生きてほしいと願い、妹の頼みを断りましたが、最後には、涙を流しながらも妹の望みを叶えます。
そして、大切な人を失った彼ですが、彼は生き続けることを選びました。
……彼がなぜそうしたのか、あなたにはわかりますか?」

私はハイメの話をじっくりと思い返し、質問の答えを真剣に考える。
でも、しばらく考えても答えにたどり着けず、あきらめて首を横に振った。

「わからない。大切な人を失って、どうしてまだその世界にいようとするの?」

私の問いに、ハイメは夕陽を見ながら静かに答える。

「彼の妹が、彼が死ぬことを望んでいなかったからです。
彼が大切な人の願いを叶えたかったからです。
まぁ、これだけだとありきたりですが」

その答えに私は視線を下げる。
お兄ちゃんは当然、私が生きて幸せになることを願っていたはずだ。それくらいわかっている。
わかっているけど……

「…それでも、私は、私が許せないッ!」

思わず、強い口調で怨嗟の言葉を発してしまった。

そんな私の態度に、ハイメは少し逡巡したように見えた。
彼の瞳に映ったのは憤怒の赤か、あるいは困惑の黒か……一瞬だったので見抜くことはできなかった。

心の色を隠すように少し目を伏せたハイメは、無理やり形作った笑みを浮かべて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…そうですか。今のあなたは、そうなのですね。
……ちなみに、先程の彼のお話には続きがあります。
彼の妹は、言葉通り、彼のもとに自分が生きた証といえる、大切な存在を残しました。
それがどのような存在であったのかを説明することは難しいですが、少なくともそれが存在していることが、彼が生きていくに足る希望となったのです」

その話を聞いて、私はさらに自分が赦せなくなった。

「……でも、お兄ちゃんには何かを残す時間なんてなかった!
…ぜんぶ、わたしのせいで……だから、私には何も残ってない。
もう、なにも…」

私の声は、儚く消え入りそうになってしまった。
それを聞いたハイメが、なぜか柔らかく微笑んだ。

「君のお兄さんは、最後まで、何を守ろうとしていたんですか?」

お兄ちゃんが守ろうとしたもの?

それは当然……そうだ、お兄ちゃんは、家にいるはずの私を助けようとして……。

……お兄ちゃんが守りたかったのは…私。
今までずっと2人で助け合ってきた、大切な家族だから。

そうだ。
わかったつもりでいたけど、全然わかってなかった。

お兄ちゃんが最後まで、命を懸けてまで守ってくれたのは、残してくれたのは、私の、この命だ。

「……君のお兄さんは、君の失敗を、恨んでいたと思いますか?」

燃える家の中で私を探して、いないと気付いた時、お兄ちゃんはたぶん……安心したんだと思う。
私だったら、そうだから。

私はこれから先、自分の失敗を忘れることはできないと思う。
でも、お兄ちゃんが守ってくれたこの命を、大事に守っていくことだって、絶対に諦めたりしない!

冷え切っていた心に、また小さな、それでいて消えない火が灯ったのがわかった。

私は、顔を上げた。

「どうやら、もうわかったようですね。それで、君はこれからどうするんですか?」

ハイメは柔らかく導くように問いかけてくれる。

「私は、私の大切な人の願いを叶えたい‼
長生きして、お兄ちゃんの分まで、幸せになりたいッ!」

もう、その答えに迷いはなかった。

新たな願いを見つけた私の瞳は、輝きを取り戻し、未来を見据えている。

暗い灰色だった景色はもう無い。
目の前には、鮮やかな夕陽が彩る美しい光景が広がり、薄紅色の髪を緩やかに風に揺らす少年が、私を見てほほ笑んでいる。

「あなたは、誰?」

「ふふ、ただの通りすがりです」

……そうだね、誰であっても構わない。
私はばっと勢いよく立ち上がり、ハイメに精一杯の感謝を込めた笑顔を向ける。

「ありがとう、ハイメくん! 私、また歩き出せそう‼」

そう言ったとたん、もう抑えが効かなくて、私は迷わずに突っ走って行った。

……と思ったけど伝え忘れたことがあるのを思い出し、全速力でハイメの元に戻る。
そしてハイメの両手を掴んだ。

「?、?」

ハイメが困惑している。
さっきまでの大人びた雰囲気とはちぐはぐで、ちょっとかわいい。

私はにっこり笑って、伝え忘れていたことをちゃんと告げる。

「私、ナナっていうの! ナナ・カンザキ! Eランク冒険者!
もし何か困ったことがあれば冒険者ギルドに来てね!
それまでにランク上げて、あなたの助けになれるように頑張るから!」

そう、連絡先、大事!
私はマシンガンのように一気にまくしたててから、

「またねーーー!」

といって今度こそ宿に向かって駆け出した。


一人残されたハイメは、しばらく呆気にとられたように、私が走り去った方を見つめていた。
そして見えなくなった頃に、苦笑する。

「まったく、嵐みたいだ……。…あ~あ。これは少し、困ったな」

そう言ったハイメの顔は複雑そうに歪んでいたけど、私がこのことを知るのも、その理由を知ったのも、ずいぶん後になってからだった。


    ◇


まだ悲しい気持ちや寂しい気持ちはあるものの、どこか晴れ晴れとした気持ちで私は宿のドアを開ける。
するとすぐに、ニアンが駆け寄ってきた。

「おかえり、ナナ。……その、少しは気分転換になったか?」

心配と不安で揺れる瞳がきゅんとする。
眉尻が下がっていて、こう、控えめに言ってかわいい。
…自分が男の人にかわいいなんて感情を抱く日が来ようとは思ってもみなかった。
いやでもお兄ちゃんのことはかわいがってた気がする。
そういえばさっきのハイメもかわいかった。
いやいやでも、お兄ちゃんは家族だし、ハイメのことはよく知らないし、ニアンとはなんか別な気がする。

「うん! まだ完全に吹っ切れたわけじゃないけど、もう大丈夫だよ。
私、お兄ちゃんの分まで幸せになるって決めたんだ!
心配してくれてありがとう、ニアン!」

そういって私はニアンの胸に飛び込む。
ちょっと恥ずかしいし、すごい勇気は必要だったけど、私はお兄ちゃんの分まで幸せになるって決めたんだ。
だから、これから猛アピールである。

ちょっと最初からアピールしすぎ感は否めないけど、たぶん脈アリだから、遠慮はしないのだ。
そんなことを考えていたら、わたわたしていたニアンが背中に手を回してきた。
そして、優しく抱きしめてくれる。

「…元気になってくれてよかった。
どんなナナもかわいいけど、やっぱり笑った顔が一番かわいい」

んひゃぁ⁉

ニアン、シラフでこれなの?
もぉ!
いや、もちろん嬉しいよ?
すごく。

でも、でも恥ずかしい!
うわあああああああ!

って、なんか私、調子戻ってきたなぁ。
うんうん、これならイケる!
人生イケちゃうよ!

と、脳内で大騒ぎしていると、おとなしくなった私の顔をニアンが覗き込んだ。

ち、近いっ‼

「起きてすぐだし、いろいろあって疲れただろう。
少し眠るといい。……おやすみ、ナナ」

そう言ってニアンは私をベッドの上に優しくおろす。
安定の紳士だ。
かっこいい。

……ん?
なんでベッド?
おろすってどういうこと…?

私、宿の入り口にいた…よね?
あれ?
だめだ、そういえば眠くて頭が回らない…。

うとうとし始めた私を見て、ニアンがふんわりと笑う。

その笑顔に私の心臓は撃ち抜かれた。
いつも頼りがいあって男前なニアンの、安心したような気の抜けた笑顔。
いつもより少し低く柔らかい声。
かわいい。

恥ずかしくなった私は、それを隠すためそっと目を閉じた。
でもニアンが目元を優しく撫でてくれるのを感じて、ドキドキする。
いままでもニアンにはドキドキさせられてきたけど、それとは比べ物にならないドキドキだ。
こう、なんというか、胸がざわざわする感じだ。
えっと、いままでほわぁって感じだったのがキュン、ドキッになったような……。
なるほどわからん。

私はそんなしょうもないことを考えながら、意識を手放した。

前回と違い、輝く願いを胸に抱き、大きな幸せに包まれて。


    ◇


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