「今さら運命の相手とか言われても無理です」〜最強少女は我が道を行く(はずなのに契約結婚の旦那様が溺愛してくる)〜

千典

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序章

第二話

「暗い話はここまでにして、今日は桐刃ちゃんに渡したいものがあるの。じゃーん! この新発売の味のドリンク、美味しいんだから!」
 彩は努めて明るく振る舞いながら、紙袋からお洒落なカップを取り出した。

「あ、これ……このお店、ここからだと結構遠いでしょう? わざわざありがとう、彩ちゃん」
 親友の細やかな気遣いが胸の奥にまで染み、桐刃は包帯に覆われていない方の目を細めて微笑んだ。学校の帰り道の途中にあるもの。そんな何気ない日常の一部を、彩はいつも病室まで届けてくれる。

 受け取ったドリンクの冷たさを手に感じながら、桐刃はふと、病室の窓の外に広がる遠い景色へと目をやった。
 桐刃たちが暮らす街の空には、不吉なほど巨大な「裂け目」が口を開けたまま静止している。

 かつての災たちは、大人の背丈ほどの小さな裂け目から這い出してくる存在に過ぎなかった。平安の世ではそれらは鬼や妖として恐れられ、術者たちは歴史の裏側で人知れずそれらを退け、人々を守り続けてきた。

 しかし、時代が進み、明治の世を迎えた頃、後に大門だいもんと呼ばれる巨大な亀裂が空に出現したことで、すべては一変した。それは裏の存在であった術者が表舞台に立つきっかけとであり、日本の歴史の転換点となった。歴史の研究家によると、大門の向こうには山のように巨大な災が待ち構えており、それがこちら側に出現していれば、日本は滅んでいたかもしれないとさえ言われていた。

 そんな絶望的な状況下で当時の五大名家の当主たちは、その強大な術と霊力をもって大門を封じ、日本の滅亡を防ぎ、平穏をもたらしたとされている。

 桐刃の元番である上宮秀磨の生家――上宮家もまた、その封印の儀に協力した一族であった。当時の功績により、一介の術者家系から一躍名家の仲間入りを果たした、いわゆる成り上がりの家系である。

 窓の向こうで鈍い光を放つ裂け目を見つめながら、桐刃は思う。かつて自分を呪ったあの龍型の災は強大だったが、あの裂け目の向こうにはそれさえ比較にならない恐ろしい災が今もこの世界を狙っているのだろうか。

 すべてを奪った呪い。自分を捨てた家族と運命の相手。人々や国を守り支える大きな家門の歴史。
祖母や親友との触れ合いでどれだけ心が明るくなっても、ふとしたことで思い出される過去の出来事が心に再び暗い影を落とす。桐刃は今の生活になってからずっと心の底から笑えずにいた。

「ところで桐刃ちゃん!夏休みは何かしたいことある?」
 そんな桐刃の心中を知ってか知らずか新作ドリンクを一気に飲み干し、一息ついたところで彩が身を乗り出してきた。その瞳は、2ヶ月近く先であるにも関わらず、早くも夏休みの解放感に期待を膨らませてキラキラと輝いている。

「彩ちゃん、まだあと2ヶ月ちょっとあるんだよ?でも、そうだな……宿題をどうやって終わらせようか、くらいしか考えてないかな」
 桐刃が少し困ったように苦笑しながら答えると、その瞬間、彩の表情が希望から絶望に叩き落とされたかのように凍りついた。

「……うわぁぁぁーっ!その恐ろしい言葉を思い出させないでー!」
 さっきまでの浮き足立った空気はどこへやら、彩は両手で頭を抱え、文字通り机に突っ伏さんばかりに狼狽え始める。

「聞きたくなかった!今の私には、呪いよりその言葉の方がダメージ大きいよぅ……」
「あはは、ごめんね。でも、リモートだと提出期限が厳しいから、私は早めに手をつけなきゃいけないんだ」
 大げさに悶絶する親友の姿を見て、桐刃も笑いを堪えられず、再び胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。

 桐刃はいつもこの時間がとても好きだった。全身を蝕む呪いの痛みも、自分を捨てた家族や運命の相手も、人々にとっての脅威である災の存在も、この瞬間だけは遠い世界の出来事のように思えるからだ。

 少女たちの他愛もない笑い声が病室に広がる。これこそ過酷な運命の中に置かれた今の桐刃にとって、何物にも代え難い、守りたい日常だった。
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