バイト先は後宮、胸に秘める目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~

西川 旭

文字の大きさ
45 / 56
第六章 蚕でも蜂でもなく

四十五話 女の決闘

しおりを挟む
 戌族(じゅつぞく)と私たちの睨み合いの中。

「あの棒きれ持ったサル女を抑えろ。邪魔だ」

  覇聖鳳(はせお)が横にいる邸瑠魅(てるみ)に言った。

「任せときな。決着をつけてやるよ」

 長弓を槍に持ち替えた邸瑠魅が、騎馬のまま翔霏(しょうひ)の前に進み出てきた。

「さあさあこの邸瑠魅さんが下品なサル女を退治するよ! 邪魔をしないでしっかり見ておきな!」

 邸瑠魅が名乗りを上げながら仲間の兵を脇に散らして、広い空間を作る。
 翔霏はいつもと同じ無表情で、手持ちの棍に歪みや亀裂がないかを確認していた。

「あんた、神台邑(じんだいむら)の翔霏って言ったっけね。馬は持ってないのかい? それとも乗れないのかい?」

 嘲るように放たれた邸瑠魅の言葉。
 せっかくの一騎打ちなら、騎馬同士で戦いたいとでも思っているのか。
 邸瑠魅は馬上にあって鐙(あぶみ)、馬に乗るための姿勢保持の足場をつけていない。
 よっぽど馬の扱いに慣れているんだろう。
 混乱した戦場にあって、鐙の紐が足に絡まることを嫌ってのことかもしれない。
 翔霏は邸瑠魅の言葉を、全く意にも介さずに。

「麗央那(れおな)、塀が今にも崩れそうだぞ。本当に大丈夫なのか?」

 目の前に立つ片目の女戦士よりも、後宮のことを心配してくれている。

「うん、気にしないで、思う存分やっちゃって」
「わかった」

 私の確認を取った翔霏は、ダン、と強く足を前に踏み、構えに力を入れて。

「一つ目のメス狗(いぬ)一匹か。まとめて来た方が手間が省けるんだが」

 お前なんかまるで眼中にない、という顔で、脇見をしながら言ってのけた。
 翔霏は一騎打ちという形式を信用していないのだろう。
 いつなんどき、他の兵が襲って来てもいいように、周囲への警戒を怠ることがない。

「コイツ! 舐めてんじゃないよーッ!!」

 大いにプライドを傷つけられた邸瑠魅が、鬼の形相で突進する。
 駆け抜けざまに槍の一振りを翔霏にお見舞いしようとするも。

「ほっ」

 くるりんと風車のように美しい側宙で、翔霏は槍の攻撃を難なく躱す。
 鮮やかに着地したその勢いのまま、まるで世界のホームラン王のような見事な片足立ちスイングで、したたかに馬の軸足の関節をブッ叩いた。
 バギィン! と嫌な音が鳴り。

「ブヒヒーーーン!!」

 邸瑠魅の乗っていた馬は大いに体勢を崩し、地面に倒れ込んだ。
 翔霏は戦闘中でもどこに注目しているのかわかりにくいので、邸瑠魅もまさか馬が狙われるとは思っていなかったのだろう。
 可哀想に、あの馬は骨が折れたか。
 競走馬なら予後不良の安楽死で、居酒屋の馬刺しに成り果てるところだ。
 知ってる? 馬の膝に見える関節は、実は足首なんだよ?

「ちぃッ!!」

 かろうじて、馬体の下敷きにならずに済んだ邸瑠魅が、槍を構え直そうとする。
 鐙がないことが幸いした形になるな。
 しかし、邸瑠魅には別の不幸が待っていた。

「ふんッ」

 翔霏が槍の柄を左足で踏んで邸瑠魅の動きを封じ、右足で顔面に膝蹴りを叩きこんだ。
 プロレスで見たことあるような、華麗ながらも烈しい挙動の、鋭く重い踏み込み膝蹴りだった。
 モゴッと鈍くて嫌な音が鳴る。

「ぶっぐ!」

 槍から手を放して後方に吹っ飛び、尻餅をつく邸瑠魅。
 馬も得物(ぶき)も失ったのだから、勝負ありだろうと私は思ったけど。

「……ち、ちっくしょう! 殺す! 絶対に殺してやる!」

 鼻柱を折られてボタボタと大量に血を吹きながら、邸瑠魅は腰に帯びた小ぶりな剣を抜いた。
 邸瑠魅がピンチだというのに、覇聖鳳は表情を変えず、助けにも出て来ない。
 塀を壊すための破壊活動を仲間に指示して、連続的な爆発音、衝撃音が周囲にこだましている。

「前は仲間を守るのに夢中だったからな。まさかいい勝負になるとでも思っていたのか?」

 挑発のつもりではない、翔霏の、おそらくは正直な感想。
 それが余計に邸瑠魅の怒りを呼ぶ。
 翔霏は無表情で相手をバチクソ煽り倒すから、余計に神経を逆撫でさせるんだろうなあ。

「調子に乗んな、このサル女がーーーーッ!!」

 咆哮を上げて邸瑠魅が翔霏に立ち向かおうとする、その間を置かずして。

「ぐぎゃんッ!?」

 翔霏が地面からいつの間にか左手に拾っていた、握りこぶし大の瓦礫を思いっきり、邸瑠魅の顔面に投げつけた。
 あれ、翔霏ってば地味に両手利きなのかな。
 左構えでも右構えでも、全く遜色ない動きをさっきからしてるぞ。

「良い所に当たったな」

 眼帯をしていない方の眼に瓦礫は直撃し、邸瑠魅の視界はほぼ完全に奪われた。
 翔霏は投打の二刀流もイケるらしい。
 生まれる場所が違えば年俸数十億円を稼ぐ名選手になっていたことだろう。

「ふ、ふざけやがって! 勝負の最中に、ガキみたいに石なんか投げてきやがって!?」

 邸瑠魅の言葉は、悔しさと同時に、混乱の感情を滲ませていた。
 おそらく邸瑠魅は、武人としてある意味「美しく、誇り高く」闘って、決着をつけたかったのだろう。
 武士が名乗りを上げて一騎打ちをする以上、卑怯なマネはしない、という感覚が戌族にもあるのだな。

「これだけ痛めつけているのに元気な奴だ。そこだけは褒めてやる」

 けれど軍人でも戦士でもない、小さな邑の民として怪魔を狩って生きてきた翔霏。
 彼女にとって、戦いは美しいものでも誇り高いものでもない。
 単なる生存のいち手段、生活の一部、日々の作業でしかないのだ。
 だから武器や蹴り技を使う延長で、馬の足だって容赦なくぶん殴るし、石だって躊躇なく投げる。
 そもそも翔霏は目の前の障害を蹴散らしているだけで、勝負や技比べをしてるつもりなんて、微塵もないのだ。
 路傍の石を蹴るのも、藪の草木をナタで払うのも、怪魔や邸瑠魅と戦うことも。
 翔霏にとっては全く同質の、延長上の行為でしかない。

「お、奥方を助けろ! 死なせちゃならねえ!」
「囲んで一斉に襲い掛かれ!」

 邸瑠魅が殺されそうになると危ぶんだ周りの仲間たちが、加勢して翔霏を襲い始めた。

「結局こうなるなら、はじめから大仰に恰好つけなければいいものを」

 群がる雑魚を文字通り風のような速さで薙ぎ倒しながら、翔霏が呆れた声を放つ。
 そのさまはまるで、人の姿を得たつむじ風だ。

「翔霏、後ろ!」

 少し離れたところから、翔霏を狙って火薬矢を放った奴がいる。

「む」

 私の声に反応した翔霏は、高速で飛んで来た矢の中ほどを素手で掴んで。

「鬱陶しい!」

 火薬の炸裂する先端部分を、近くにいる戌族の兵に、ダーツのように手投げした。

「あがぁっ!?」

 ボゴォン! と激しい音が鳴り、矢を投げつけられた兵の肩から上腕部分が、血と肉片をまき散らし、弾け飛んだ。
 飛んで来た矢を、手で掴んじゃうなんて。
 翔霏の強さはもう、常人である私の想像の範疇を軽く超えていて、神がかりと言えるものだった。
 そんな、自慢の親友の活躍とは裏腹に。
 ときを同じくして、とうとう後宮の塀は、ひび割れた部分に穴が開き、後宮内部に貫通した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能と追放された俺、死にかけて覚醒した古代秘術を極めて最強になる

仲山悠仁
ファンタジー
魔力がすべての世界で、“無能”と烙印を押された少年アレックスは、 成人儀式の日に家族と村から追放されてしまう。 守る者も帰る場所もなく、魔物が徘徊する森へ一人放り出された彼は、 そこで――同じように孤独を抱えた少女と出会う。 フレア。 彼女もまた、居場所を失い、ひとりで生きてきた者だった。 二人の出会いは偶然か、それとも運命か。 無能と呼ばれた少年が秘めていた“本当の力”、 そして世界を蝕む“黒い霧”の謎が、静かに動き始める。 孤独だった二人が、共に歩き出す始まりの物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

処理中です...