転生勇者が死ぬまで10000日

慶名 安

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第1章 転生編

第1章ー⑦

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 「お父さん!?」



 「ッッッッッ!!!!!?」



 宙を舞っていた父の右手が地面に落ちてくる瞬間を目撃すると、父は右腕を押さえつけて跪いてしまう。なにが起こったのかはわからないが、マズイ状況だということは理解できてしまった。



 「『これは失礼。貴方が急に攻撃の態勢に入ったものだから、無意識に防衛反応が働いてしまったようですね』」



 父が跪いてるなか、ローブを被っている人影のようなものが口を開いた。この声は女か? 少しだけ機械音が混じってるような気もするが。



 「『しかし、手を切断されて悲鳴を上げないとは少々驚いたよ。それとも、激痛で声が出ないのでしょうか?」』



 「…」



 ローブの女は、愉快そうな口振りで父に話しかけているが、父は激痛でとても声を出せる状況じゃない。自分でさえ、恐怖で声が全く出せないのだから。痛みでロクに話を聞ける状態でもない。



 「『おっと、まだ名を名乗っていませんでしたね。私は魔王軍幹部【十死怪】が一人、エイシャと申します。以後、お見知りおきを…といっても、もう貴方と話す機会はないでしょうけど』」



 「…」



 そんな父のことなどお構い無しに、ローブの女は自己紹介をし始める。十死怪って、どこかで聞いたことがある気がする。というかこいつ、さらっと魔王軍幹部って言わなかったか? ウソだろ?



 「…よ」



 「『ん?』」



 エイシャと名乗る魔王の幹部が自己紹介を終えると、父がようやく口を開く。しかし、父がなにを言っているのかは、自分でも聞き取れない。



 「…鉄より硬き…剣つるぎとなり、我が元に…顕現せよ!」



 「ッ!?」



 「【業火剣《ヘルファード》】!!」



 エイシャも父の言葉を聞き取ろうとしたのか、父の反撃に反応が遅れ、業火剣の一振をモロに喰らった。



 しかし、あの状況でよく反撃に入れたものだ。右手を失っているにも関わらず、苦痛の声一つも出さすに詠唱を唱えていたとは。



 「『ふむ、まさかこの状況で反撃してくるとは。相当の手練れと見た』」



 「ッ?!」



 だが、父の一撃を食らっていたはずのエイシャは、ものともせずに会話を再開していた。馬鹿な、父の剣でぶった切られたはずなのに。



 よく見ると、ぶった切ったはずの上半身が紙切れのような姿で宙に散らばっている。そして暫くすると、身体が元通りになっていく。一体どうなってるんだ、こいつの身体は。



 「だが、まだまだ私に敵うレベルではないですかね」



 「くっ」



 元通りになったエイシャは、父を見てあざ笑うように言葉を吐き捨てる。しかし、父は何も言い返さない。いや、言い返せないのか。それほどの相手だということは、自分ですら理解出来る。



 「あなた?!」



 「ッ!? ステラ!?」



 「お母さん」



 「ッ!!?」



 そんななか、外の異変に気付いたのか、母が現れる。片手を失った父の姿を見て驚愕のあまり、言葉を失う母。まるでさっきまでの自分を見ているかのようだ。



 「サダメ、お母さんと一緒にここから逃げなさい」



 「えっ?」



 そんな母を見て、父は自分に母と一緒に逃げるように促す。まさか、自分を犠牲にして自分達を逃がす気なのか?



 「『逃げても無駄ですよ』」



 「何?」



 「『貴方なら、もう既に気づいてる筈ですが…』」



 「!? まさか…これは…」



 しかし、エイシャの意味深な発言に、父は驚愕していた。一体どういうことだ?



 「くっ、魔障結界か」



 「『そのとおり』」



 「魔障、結界?」



 そんなことを思っていると、父から聞き慣れない単語が飛び出してきた。結界ということは、閉じ込められたということなのか?



 「『魔障結界は魔力を特定の箇所に大量に発生させる結界です。人間は一度に大量の魔力を浴びると、著しるしく身体に異変をきたすそうですよ』」



 自分の疑問に対して、余裕の態度で説明してくれるエイシャ。人類の敵から教えを乞うのは複雑な気持ちだが、今の自分には聞き入れることしか出来ない。



 「『この結界は村の周囲を覆い、通常の空気の約10倍以上の魔力で満ちている。人間にはさぞやキツい環境でしょう。まあ、魔族である私達には関係ありませんが』」



 「け、けど、そんな結界、壊せば問題ないじゃないか」



 「サダメ…」



 魔障結界の事はなんとなく理解した。しかし、そんなものすぐに壊してしまえば関係ないはず。そう思った自分は、恐る恐るエイシャに問いかける。



 「『結界とは言っていますが、この魔障結界は半径1キロにもなる霧で出来ている。その霧は村に少しずつ流れており、さらに近づけば近づく程魔力の濃度が高くなり、人間がそれを吸えば毒になり、吸いすぎれば最悪死に至る。仮に魔法等で払ったとしても、霧は自ずと戻って来る。霧を吸わずに払いながら1キロ以上の道のりを進むのは、普通の人間ではほぼ不可能ですよ』」



 「…」



 だが、今さらになって聞かなければよかったと少しばかり後悔する自分が居る。霧は村中に流れているうえ、村の外にも半径1キロもある霧を発生しているのだ。毒を帯びた霧を吸わずにいれるなんて絶対に無理だ。現に今その霧を吸っていてもおかしくない。しかも、こっちには魔王軍の幹部が居る。こんなの絶望でしかない。



 「きゃあぁぁぁぁぁ!!!?」



 「!?」



 そんなことを思っていると、どこからか叫び声が聞こえる。母ではない。それに、一人だけではなく複数人の声が聞こえてくる。今度はなにが起こってるんだ?



 「貴様、一体なにを…」



 「『ああ、きっと彼等が働いてくれてるんでしょう』」



 「彼等? なんの話だ!?」



 叫び声を聞いて、父はエイシャに問い詰める。しかし、エイシャは冷静に父の問いかけに返す。



 「『私の部下達に女子供は捕らえて、それ以外は殺しておけと命じておいてたのですよ。今はその命令を遂行してくれている真っ最中なのでしょう』」



 「なん…だと!?」



 エイシャは淡々と話すなか、父のから怒りがこみ上げているような気配がした。ここまで怒りを露にする父は初めて見たかもせれない。



 しかし、父の気持ちは理解できる。このままだと、村の人達が虐殺されてしまう。どういうわけか、女子供は捕獲対象のようだが、村には親戚や見知った顔が大勢いる。そんな人達が酷い目に遇わされる姿なんて想像もしたくない。



 だが、断末魔のような叫び声が自分たちの家からもよく聞こえて来て足がすくむ。どうする。目の前にはヤバい敵もいるし、父は片手を失ってる。一体、自分はどうしたらいいんだ。



 「何が目的なんだ、お前達は?!」



 一人葛藤するなか、父は再びエイシャに問い詰めていた。



 「『目的ですか。大きな目的としては二つ。一つは拠点の拡大、そしてもう一つは【人魔じんま】の生成・及び育成ですね。おや? これだと3つになってしまうのでしょうか?』」



 「なっ、人…魔…?!」



 父の問いかけにこれまた素直に答えるエイシャに対し、父は人魔というワードを聞くと、驚愕し、さらに怒りで身体を震え上がらせていた。ついさっきまで見ていた父が面影も見せない程の憤怒の形相になっているのが背中越しでも伝わってくる。今まで見た父の表情のなかで、ここまで恐怖心を煽り立ててくる父は、金輪際ないのではないだろうか。父をそこまで変えてしまう人魔とは?



 「…人魔の生成、ということは、妻や村の女性達を利用するつもりか?」



 「『もちろんそうですが?』」



 「…そうか…」



 父がエイシャの答えを聞き終えると、数秒の間静寂の時が流れた。そのせいか、妙な緊迫感が自然と伝わってくる。



 「…サダメ、お母さんと一緒に居なさい。なにかあったら、お前がお母さんを守りなさい」



 「ッ!? お父…さん?」



 静寂が数秒流れたあと、父は自分に母を守るよう言ってきた。その口調はさっきの形相からとは思えない程優しい口調だった。その優しい口調が逆に胸をざわつかせる。なんだ? この胸のざわつきは。



 「来い、怪物。貴様は絶対に、俺が殺してやる!」
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