転生勇者が死ぬまで10000日

慶名 安

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第1章 転生編

第1章ー⑮

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 「おんぎゃああ、おんぎゃあああ!!」

 「おお、おお、元気な子だー」

 小さな村で産まれた男の子。名をイノスと命名された赤ん坊には生まれつき高い魔力を有していた。





 「えっえっえっ、これは凄い。将来は優秀な騎士団員として活躍する未来が見えるわい」

 「ほ、本当ですか?!」

 「えっえっえっ、まあわしが実際に見てるのは魔筋だけなんじゃがのう」

 イノスは予言師ミエールから有望視され、3歳の頃から魔法や剣術の訓練に励んでいた。イノス本人も話を聞いており、寧ろ積極的に訓練に望んでいた。




 「爆ぜる焔よ、きゅうとして聚合しゅうごうし、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん、【火球《フレール》】!!」

 5歳の頃には魔力のコントロールを覚え、既に魔法をいくつか習得していた。同世代の子は魔力のコントロールだけで精一杯にも関わらず。




 「はああっ!!」

 7歳で卓越した剣術は年上の子でさえ歯が立たなかった。




 「おりゃあああ!!!」

 10歳、人一倍鍛えぬいた体術で村の番長として君臨し、悪さをする子には容赦なく制裁を加え、その度に父から怒られていた。




 「父さん母さん、俺、必ず学園に入って立派な騎士団になってきます!」

 15歳でソワレル魔法学園に入学。学園でも他の生徒にも引けを取らない実力で好成績を納めた。




 「イノス・レールステンです! 宜しくお願いします!!」

 18で学園を卒業したイノスは、念願の騎士団に入団。厳しい鍛練と共に街の治安維持活動に貢献する。




 「くっ、ここまで…か」

 20歳を迎えた時、人生で初めて死を覚悟する。とある遺跡の調査に向かった際、死毒竜《プトマドラゴ》の奇襲を受け瀕死状態まで追い込まれるも、【煉獄プル誘いしヴァ炎獅子レオン・アーマー】(後の煉獅子装炎獄誘灰武者)を土壇場で開発し窮地を乗り越える。




 「イノス・レールステン。今日から君をクルーシア王国騎士団副団長として任命する!」

 25歳を迎え、多くの実績を残したイノスは、王国騎士団の副団長に任命される。副団長に任命されたイノスは、更なる実績を積み上げていった。




 「あ、あの、俺と、結婚してください!!」

 30歳になったイノスは、2年程付き合っていたステラという女性と結婚を果たす。ちなみにステラは、イノスにとって初めて交際した女性である。




 「今まで、お世話になりました」

 その約1年後、騎士団を脱退。騎士団を辞めたイノスは、故郷であるドレーカに帰り自給自足の生活を送る。




 「お、おお、おおおおお!!!!!」

 それから3年、イノス達の間に第一子を授かる。子の名前をサダメと名付けた。産まれて来た我が子を見て、興奮のあまり一日眠れなかったそうな。



















                …アレ?

 なんで自分の過去なんて遡っているのだろうか? というか、ここはどこだ? たしか俺は魔族と戦ってた筈。

 「ッ?!」

 真っ白だった空間が突如炎に包まれ、空が夜のように黒く染まっていく。しかし、炎に包まれているおかげで暗くはない。

 にしてもこの炎、まったく熱くも痛くも感じない。なんだこれは、幻覚か? 奴の魔法は影魔法だった筈だが。こんなに手の込んだ幻覚を見せられるとは思えん。

 「…アレは…」

 終始頭の整理が追い付かないなか、目の前になにかの影が見えた。炎の勢いが凄く若干見えづらかったが、目を凝らして見てみると炎のように燃え盛るたてがみが見えた。アレは獅子か? 魔物に似たようなヤツは居るが、初めて見る類の物だ。

 「…」

 恐る恐る近づいて見るが、向こうは特になにもせず、こちらが来るのを待っているようだ。警戒している様子もないし、敵意はないのか?

 少しずつ歩み寄っていき、とうとう魔物の元まで近づいてみたが、襲って来る様子はまるでない。ここまで来てなにもしないところを見ると、敵ではないらしい。そもそも、俺の装備もなぜか消えているからとても戦える状況ではないのだが。

 「ぐるるるるる」

 「ひょっとして、これはお前がやったのか?」

 猫のような鳴き声を出す獅子の魔物に、俺は思い切って質問してみる。当然人語では返してくれないし、人の言葉がわかるかもわからないが、仕草や表情等でなんとなく理解するしかあるまい。だが、この光景を見て無関係とも思えんしな。

 「ん?」

 あれこれ考えていると、獅子の魔物は座り込んでしまった。なんというか、随分とマイペースな魔物だな。ここまで警戒心のない魔物も初めて見る。

 でもなぜだが初めて見た気がしない。どことなく俺の煉獅子装炎獄誘灰武者に似ている気がする。だが、あの魔法は俺自身で開発した魔法だ。初めて見る魔物を想像して作れる訳があるまい。それに獅子をモチーフにしているのだから似てしまうのも当然か。俺がモチーフにした獅子は昔読んだ本に出て来た架空の獅子だし。

 「…」

 座り込む獅子を見ていると、なんだか気が抜けてきた。そう思った俺は、獅子の隣に座っていた。

 特になにもする事がなく、ぼーっと上を見上げる。暗い空には星が一つもない。ここはどこか特別な空間なのだろうか。

 「…なあ、俺はこれからどうすればいいんだ?」

 ぼーっと見上げながら獅子に話しかけていた。みんなの事は心配だが、今の俺にはなす術がない。自分の魔力の感覚ですら感じないのだから、魔法だって使えない。少し強めに地面を殴ってみるが、殴った時の痛みはまったくないし、拳には傷すらつかない。

 「…ッ!?」

 今の状況がどういう状況なのか考えようと記憶を思い返していくうちに、不思議と涙が出て来た。この状況については理解出来ていないが、この場所がなんとなくそうなのではと考えてしまうと胸が苦しくなる。

 「…ああ、そうか。多分、そういうことなんだろうな」

 涙で顔がぐしゃぐしゃになる。後悔にどんどん押し潰されてどうにかなってしまいそうだ。

 「ぐっ、ダメだな俺は。大の男が号泣なんてみっともない。うん、そうだよな」

 しかし、後悔してもどうしようも出来ないと悟った俺は、涙を拭う。今の俺に出来る事は一つしかないのだから。

 「イノス、サダメ。どうか、お前達に神のご加護が在らん事を」

 「ぐるるるるる」

 俺は獅子と一緒に神に祈り続けた。燃え盛る業火のなかで、いつまでもいつまでも祈り続けた。
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