優しい家族に幸せを

するめさん

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一話

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 「…………えぇ?」



 人の踏み込んだ形跡が全くない真っ白な砂浜。

 観光でいった沖縄の海よりも更に透明度の高い綺麗な海と遮るものが何もない果てしない水平線。

 太陽のようなものが見えるが、その横に更に三つの衛星なのか惑星なのか分からないもの。

 背後には平原が広がり、かなり離れた位置……信じられないほどに遠い場所だというのにここからでも見える巨大な樹。

 断言出来る。

 ここ日本じゃない。

 地球かどうかも怪しい。

 

 なんだか頭が少し靄がかかったような感じがあるが、今日の事を思い返してみよう。

 明日職場の皆とバーベキューをしようということになり、必要な物を購入しにショッピングセンターへ向かった。

 うん、そこまでは問題なかったな。

 購入したのは簡易バーベキューセット。

 安い炭に着火セットにゴミ袋。

 肉や野菜は同僚が持ってくるとの事だったので、他に飲み物類。

 五人程度なので大量に買う必要がないのは助かった。

 

 とはいえそこそこの大荷物なので大型のショッピングカートに全部乗せて、さぁ帰ろうとなったその時だ。

 ショッピングセンターを出た瞬間、まるで飛び込みをした時のような浮遊感とそこから落ちていく時の心臓が縮むような感覚。

 悲鳴を上げる余裕もなく、三十秒は落下していたと思う。

 死を覚悟……など出来るはずもなく涙を浮かべ喚いているとお尻に突然衝撃を受けた。

 めちゃくちゃ痛いんだけど骨折れてないだろうか?

 などと思い尻を優しく撫でながら視線を上げた所で冒頭に戻る。



 つまり気付いたらこの謎の海辺にいたのだ。

 

 「……いや、本当にここどこ?」



 ショッピングセンターは見当たらない。

 カートは残ってる。

 幸いさっき買ったショッピングカートやその中にいれた荷物も残っている。

 多少の時間は耐えられるかもしれないけど……精神的にキツそう。

 どうやったら帰る事が出来るんだろうか?

 これ夢じゃないんだよな?

 試しに頬をつねってみる。とても痛い。



 「夢じゃないのか……本当これからどうしよう」



 このままここで待機するにしてもアウトドア経験は皆無だから、そう長くはいられない。

 現代っ子な俺にとって何もない状況で、ただ過ごすだけというのは中々に辛いものがある。

 動くにしてもここが地球じゃないっぽいから無闇に動いたからといって、周囲に人がいない可能性だってあるし、なんだったら某宇宙人の映画の如くヤバイのが出てくる可能性だってある。

 そうなると洒落にならん。怖すぎる。

 

 「どこから落ちてきたかも分からん……帰る方法を見つけるにしてもすぐに見つかる気がしないし。 この椰子の実みたいなの食べる、いや飲めるのかな?」



 近くに生えた椰子の木のようなものに生えた実……のようなもの。

 未知の病原菌なんていたら身体がどうなるのか想像もつかない。嘔吐下痢程度で済めばいいけど、もし毒だったら命も危うい。

 

 ……突然の事に意味わからんうえに大ピンチじゃないか俺?

 これどうしよう。











 突然謎の世界に来てから三日。

 最初の場所から動かず、取りあえず魚を釣って焼いて食べる生活をしている。

 思ったより釣りが楽しいのがなんというか救いだ。

 バーベキューセットがあったのも大きい。

 人間衣食住のいくつかが足りなくとも、食が満たされるだけでもなんとかなるもんだなと思う。

 テレビなんかでよくある葉っぱを適当に組んで簡素な家を作ってみた。めちゃくちゃ不格好で強い風でも吹けば壊れても不思議じゃない。

 幸い……というべきなのか蚊みたいな虫が今のところいないのも本当に助かった。虫苦手だから。



 「お、きたかな?」



 見たこともない木の枝を竿に、植物の蔦を糸代わりとし手持ちにあった空き缶を切って削って作ったルアー擬きで釣りをしているのだけど意外と引っ掛かってくれる。

 

 「こいつ美味しいけど見た目グロいよなぁ」



 ここに来て最初に釣れた魚……いや、魚?

 顔はエビに近く身体は青魚のように青光りしており、尾びれがちょっとイカの下足っぽい。

 所謂キメラじゃないかと突っ込みたくなる見た目だ。

 食べるのに三時間ぐらい悩んだけど、背に腹は変えられないと言うことで念のため購入していた包丁とまな板を準備して、頭と尾びれを落として腹を開き内臓を取り出して開いてみたのだけど意外と中身は普通だった。

 寄生虫が怖いのでバーベキューコンロでしっかり焼いて食べてみたところ予想よりも遥かに美味しく、ゲソらしきものも試しに炙ってみたら旨味と甘味の強いイカだった。

 頭は怖くてまだ手を出していない。

 ナマコやタコを最初に食べた人も俺みたいに切羽詰まって仕方無く食べたんだろうな……なんて事を考えてしまった。



 「何匹か釣って干してみるか。 スルメイカも干してるんだし、このゲソも干したら保存食になるかも……多分」



 一日釣りばっかりしてるけど、意外と釣れるもので一回ルアーを投げると十分もあれば一匹釣れる感じだ。

 釣れるものは様々で見た目が怪しいものは結構多く、最初に食べたキメラ以外はまだ手をつけていない。

 見た目で絶対ヤバイと思うものは早々にリリースしている。

 多分いけそうと思うものはクーラーボックスに海水をいれてぶちこんでいる。

 初日にいれた魚がクーラーボックスの中でいまだに元気なのが凄い。生命力どうなってんだ。









 ここに来て更に一週間経った。

 人間意外と順応するもので、思ったより楽しく生活している。

 楽しく出来ている理由のひとつに身体の変化があるかもしれない。

 なんというかここに来てから衰弱するどころか、身体が元気になっている。ここに来る前は視力も一以下だったのだけど、今はかなり遠くまでハッキリ見える。

 元々運動不足気味の現代っ子だったのだけど今は身体が絞れてきており、ちょっと走った時の感覚も明らかに違う。

 百メートル十秒台を切ってるかもしれない。

 人間の身体の順応だけでは考えられない変化が起きている……気がする。

 正直ここで生活しているだけで自分が成長しているような感覚があり、それが自分に妙な高揚を与えてくれる。

 

 今日はその身体能力を活かして動物を狩ろうと考えている。

 正直魚ばっかりは飽きた。肉が食いたくて仕方無い。

 と言うわけで太い木の枝を槍に見立て、突いてみようと思う。正直魚を捌くのと違って動物を殺すのに忌避感はあるけど、生きる為だし仕方無い。そう仕方無いのだ。 



 陸地の方は少しだけ散策している。見える範囲には背の低い草原が広がり、更に遠くに林なのか森なのかいまいちハッキリしない場所がある。

 最初はその中に行ってみようかと思ったのだが、入って迷い出られなくなったら洒落にならない。

 探索感覚で入って遭難してしまったら大変だ。

 もう少し色々と安定してから入ろうと思っている。

 今はその手前のこの草原で動物を狩ろうと考えているのだ。

 実はこの茂みでウサギのような生き物をチラチラと見かけている。

 あれを捕まえて肉にしたい。



 「ふっふっふ……待っていろよ肉。 俺の口はもう肉の口になっているからな」



 魚を刻んだものを誘き寄せる餌としてウサギっぽいやつが食べにくるかも実験済みだ。

 既に設置して今はウサギが近付くのを待っている。

 本当は罠を使って簡単に捕まえたいのだけど、作り方が分からない。

 それっぽいのを作ろうとしたのだけど難しくて諦めた。

 自分の不器用さを呪うばかりだ。



 (お、来たな)



 待ちすぎて若干眠気が来ていたところに、草むらからひょっこりとウサギっぽい生き物が頭を出した。

 その可愛い顔が保護欲を掻き立てられるが、今はそんな事を言っていられない。

 周囲を警戒しながらゆっくりと出てきたウサギ。

 刻んだ魚に鼻を近づけて確かめた後、口をつけはじめた。

 

 (よしっ! 今だ!)



 今なら確実に貫ける。

 そう確信し立ち上がって槍を投擲しようとした瞬間。

 こちらに向かって何かが駆けてきたようで、地面を鳴らしながら馬の嘶きのようなものが聞こえた。

 地面の揺れるようなその響きにウサギが驚いて逃げていってしまった。



 「あぁぁぁ……俺の……肉……」



 動物性タンパク質……お肉が食べられると思ったのに。なんだよ、誰だよ邪魔しにきたのは。

 正直めっちゃ怒りそうなんだが……。

 地面を駆ける音は凄い速さでこちらに近付いてきている。

 荷物を見つけて持っていかれると困るので、片付けようかと思ったがこの速度だと間に合わない。

 仕方無い、荷物の場所で待つか……襲われたらどうしよう。

 

 息を潜めてお手製葉っぱのテントから隠れて覗き込んでいると、二頭の馬が……いや馬じゃない、なんだあれ?

 足が八本あるし普通の馬の三倍はデカイ。

 後ろに馬車を牽いてるみたいだけど、これまたデカイ。

 馬車なんて見た事ないけどあれはリムジン並みの……いやそれ以上に広いんじゃないんだろうか?

 かなりの速度で近付いてきたそれは、マイスウィートホームの近くで止まった。

 いやもう確実にロックオンされてるよなこれ。

 

 様子を見ていると馬車の扉が開いた。

 た、頼む……出来れば人間が出てきてほしい。

 エイリアンは嫌だエイリアンは嫌だ!プレデターも嫌だ!

 人生で一番のお願いをしているといっても過言ではないくらい祈ってる。



 「スフィア様、足元にお気をつけください」



 「ええ、ありがとうエメリー」



 先に降りてきたのは褐色銀髪メイドさん。属性モリモリ過ぎないかと突っ込みたくなったけど、実際にそういう存在を見るとそんな野暮な突っ込みが馬鹿らしくなるほど綺麗な存在だ。

 綺麗な銀髪を結い上げポニーテールにしており、褐色のうなじの色気が凄い。容姿も信じられないほどに整っており、怜悧な印象を受けるその瞳は月を映したような黄金に輝いている。

 メイドドレス……に似た服を着ていても分かるほどに世の女性が羨むほどの肢体が包まれているのが分かる。

 俺の語彙力じゃ表現しきれないほどのグラマーさんだ。



 その美人メイドさんにエスコートされて降りてきた女性もまた信じられない程の美人さんだ。

 こちらはアルビノのように真っ白な髪とどこか病的に見える青白い肌、血のような紅い瞳。先程のメイドさんは身長百七十はありそうだったが、このお嬢様は百五十といったところか。

 スレンダーな体型で瞳と同じ深紅のドレスが鮮やかで、肩から胸元までが開いており妖艶な色気と圧倒的な存在感に眼を離せない。

 どちらもテレビで見るような芸能人が霞むほどの美人さんだ。



 いや、でも取りあえず……エイリアンとかじゃなくて良かった。

 馬車みたいなのが来たから大丈夫かとは思ったけど、それでも何が出てくるのかは分からなかったから。

 ……あれ、そういや何で日本語なんだあの二人。

 どう見ても欧州系の顔つきだけど。それにここ地球じゃないと思ったけど、やっぱり地球?いや、そんな天体から明らかに違うのに同じとは考えにくいけど。



 「星が落ちたのはこの辺りみたいですけど……なにやら妙なのがいますね」



 「スフィア様。 私が確認してまいまります」



 スフィアお嬢様とか呼ばれた白髪の女性がそう呟き、こちらにジロリと視線を向けた。

 息がつまり、まるで心臓を掴まれたかのような不快感が胸を襲う。

 思わず声が漏れそうになった瞬間、メイドさんの姿が消えた。

 

 「貴方、何者ですか?」



 「え?」



 お手製マイホームに隠れていたのに突然家が吹き飛んだかと思うと、目の前にメイドさんが現れた。

 まるで瞬間移動かと驚く暇もなく両足に衝撃を受け、スパーンとそれは見事に転倒させられた。

 足払いってこんなに綺麗に転倒するもんなんだな、なんて思いつつ顔面から砂浜に突っ込んだ。いたい。

 急いで起き上がろうとするが後頭部を踏まれ起き上がれない。

 人によっては御褒美かもしれないけど、俺はノーマルなんであんまり嬉しくな……あれ、思ったより不快じゃない?



 「い、いきなり何を!?」



 「静かになさい。 スフィア様の前です」



 いやスフィア様と言われても知りません。

 ……このまま上向いたらメイドのスカートの中覗けるかな?

 あ、いやそれどころじゃないけど。



 「あらあら、可哀想だから足は止めてあげてエメリー。 貴方も頭を上げていいですよ」



 「承知いたしました」



 後頭部の重みが消えた。

 ちょっと残念な気持ちが芽生えているのが怖い。

 いや、それは取りあえず置いといて。



 「え、えっと……こ、こんにちは?」



 「あら、そう言えば挨拶がまだでしたね。 こんにちは不審者さん。 私はアロスフィア・アルルコル。 そっちは私の護衛兼メイドのエメリーです」



 スカートをつまみ上げとても丁寧に頭を下げるアロスフィアさん。めちゃくちゃ綺麗な声してるな。

 紹介されたエメリーさんも会釈程度に頭を下げる。

 いきなり蹴って転倒させられたけど意外と友好的なのか?



 「えー、あー……植木、陽です。 よろしくお願いします」



 「ウエキ、ハル? 不思議な名前ですのね。 ではえっとハルさんはここで一体何をしていらっしゃるのですか?」



 「……信じてもらえるかちょっと分からないんですけど……」



 第一接触は友好的と思うべきか、取りあえず今日までの出来事を洗いざらい正直に話してみた。

 アロスフィアさんはにこやかな笑みを浮かべたまま、頷いて聞いてくれているがエメリーさんは若干訝しげな表情をしている。

 そりゃそうだ。

 俺だって日本にいた時に「空から落ちてきました。ここがどこか分かりません」なんて言いながら海辺で野宿しているやつがいても信じない。



 「大変でしたのねハルさん。 んー……エメリー」



 「はっ」



 「屋敷の管理に人手が欲しいと言っていたわよね?」



 「え? あ、はい……え? まさか……」



 質問に対してやや戸惑ったような様子のエメリーさん。

 それに対し笑みを深くして返すアロスフィアさん。

 

 「ハルさん。 行くところも無いでしょうし、ここで生活するのがお好きなら止めませんけど、もしよろしければ私の屋敷に来ませんか? 折角の出会いですし、うちで働きながら帰る方法を見つけるのも良いと思うのですけど」



 マジで?

 いや、それはとても嬉しい提案なんだけど、本当にいいの?俺みたいな胡散臭い奴をいきなり迎えるなんて怖くない?

 

 「それは……嬉しいんですけど、良いんですか?」



 「ええもちろん。 貴方が星のようですし、面白そうですもの」



 「自分で言うのもなんですけど、俺が危ないやつだったらどうするんですか?」



 「うふふふふ。 危ないんですか?」



 「いえ、全くの人畜無害です」



 二十五歳童貞な俺に襲ったりとかそんなワイルドな勇気はありません。

 ましてやこんな美人二人の前だと正直キョドりそうです。



 「まあ私を傷つけたり殺したり出来る相手なんていませんし、殺せるものなら殺してみろ!です。 それにエメリーもいますので、もしハルさんが襲ってきても三秒で肉塊に出来ますもの」



 「スフィアお嬢様、三秒も必要ありません。 一秒でこの世から消し去ってみせます」



 「いや、突っ込むところそこじゃないから!? そもそも殺さないで!?」



 殺せるなら殺してみろ!ってところが内容はともかくめっちゃ可愛い言い方でときめいたのに、その後の言葉とエメリーさんのせいで別の意味で心臓跳ねたよ。恐怖で心臓が変な動きしたの初めてだよ。



 「ふふふ。 じゃあ私のところに来る、ということでよろしいですか?」



 「………………はい、お願いします」



 「はい、お願いされました」



 謎の世界に来て十日。

 初めて遭遇した現地人は怖いほどに綺麗で驚くほどに寛容で、優しかった。

 取りあえず言える事は、エイリアンやプレデターじゃなくて本当に良かった。

 まだ少し話しただけで、お互いに分からないことばかりだけど、それだけは心の底からそう思った。
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