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九話
しおりを挟む黄金の町シエンタール。
町の外に広がる黄金色の稲穂が美しく、その漣がまるで黄金の大海のように見えることからそう呼ばれる由縁らしい。
この町の特産品であり、アロスフィアさんの屋敷による影響で魔物の被害も少なく恵まれた土壌があるとのことでかなり品質の高い小麦が取れるらしい。
マルクート全土に出荷される小麦はこの国にとって重要な食料源である為、国からの支援も厚くここでは交易も盛んに行われているらしい。
ヒト種だけではなく亜人種も多くこの町で暮らしており、町行く人々や立ち並ぶ露店や商店を眺めるだけでも楽しめる。
が、人が増えればそれだけ多様な性格の者達が集まる。
当然性格の悪い者達も現れる。
「よう、兄ちゃん。 さっき見てたぜ。 かなり金を貰ったみたいじゃねーか。 ちょっと分けてくれよ」
「うひひひひ……あんなメイドといたってことは金持ちの使いっぱしりかなんかだろ? ちょっと盗まれたからって気にしねーだろ?」
もうあからさまなモブ顔の若者二人。
一人は白いタンクトップに筋肉質で元の世界でなら間違いなくケンカが強そうな二十歳前後の兄ちゃん。
もう一人は身長二メートルくらいありそうな二足歩行の……なんだろワーウルフって言えばいいのかな?
たぶん犬の獣人って言えば伝わるか?
灰色のシベリアンハスキーが立っている感じだ。
こっちは普通に怖い。
分かりやすくピンチだ。
なぜこんな状況に陥っているのか。
そもそもこの町に来たのはヘクトールさんがいつまで経っても現れないからだ。
必要なものはだいたいマーケットアプリのおかげでなんとでもなったのだが、生活に必要なもので魔石を使うものがある。
この世界は魔法による技術が発展しており、調理台やお風呂、洗濯に魔石が使用されている。
魔石は電池のような感覚で使用されており、魔石内の魔力残量が切れると使用出来なくなるらしい。
その電池となる魔石の補充もヘクトールさんにお願いしていたのに来ないものだから流石に残量が心許なくなった為に、エメリーさんと共にこうして町に出てきたのだ。
俺の場合ほぼほぼ物見遊山な感覚だったんだけど。
エメリーさんは知っている人は知っている程度の知名度らしいけどこの町では割と嫌われているらしく、俺が一緒にいると色々と面倒に巻き込まれるかもしれないからと、金だけ渡されて別行動になった。
流石に俺も大人なので迷子にはならんやろなんて思っていたんだけど、まさかチンピラに巻き込まれるとは。
そして厄介なことにこの世界のチンピラは間違いなく俺より強い。
このワーウルフさんなんてあのお手々の鋭い爪で俺の身体を簡単に引き裂けそうなんだけど……。
ふっ……いいだろう。
「これで全部なんで勘弁してください」
「えっ!? あ、おう、ずいぶん素直だな」
有り金をすべて取り出し男に渡す。
抵抗されると思っていたのか二人ともちょっと驚いた様子だ。
ケンカの仕方も知らないのに歯向かうわけないでしょうが。痛いのは嫌です。
「……おいベルク。 結構持ってるけど、ちょっとだけ返しとくか?」
「いくらあんだよ……うぇ!? ぎ、銀貨だけでも返しとくか」
ベルクと呼ばれた青年のほうがお金を見て目玉飛び出そうな程驚いてる。
俺もその金渡された時ちょっと驚いたよ。
だって白金貨十枚と金貨十枚、銀貨も十枚。
金貨と銀貨がいくらなのか分からんけど白金貨十枚ってことは日本円でほぼ一千二百万渡してるんだよ?
お小遣いとかいうレベルじゃないから怖いわ。
「あ、あんた一応使いっぱしりなんだろ? 俺達が言うのもなんだがこの金額普通は死守するんじゃないのか?」
「そうなんですけど、二人とも強そうなので抗うだけ無駄かなと。 穏便にすませたいので」
「そ、そうか……なんか悪ぃな」
なんでそんなシュンとしてんだよ。ワーウルフくんなんか申し訳なさそうな顔してるよ。
さっきまでのちょっと怖い感じで凄んでた勢いはどうした。
いや、怖いから別にいいんだけどさ。
「ほらよ、銀貨だけは返しとくぜ」
「ありがとうございます」
ワーウルフくんの手から返ってきた銀貨十枚。
うーん……どうやってエメリーさんに言い訳しようかな。
いや一千二百万以上の金額を脅し取られたって言って納得してくれるかな。
でもどう見ても勝てない相手だし、下手したら殺されるし仕方無いよね。
こんな俺にお金渡したエメリーさんが悪い!そういう方向に持っていこう。
「あー……兄ちゃん、一応聞くがもしこれがバレたりしたらあんた殺されるか?」
「え? ……いや、たぶん殺されたりはしないですけど」
「そっか。 なんかあんたみたいな毒の無さそうな奴が俺達のせいで殺されたらちょっと罪悪感わくからな。 ムカつくやつだったら遠慮なくやるんだが……」
なんだこいつら。チンピラのくせに妙な優しさ見せる奴等だな。こっちが毒気抜かれるんだが。
「お金を取られてる俺が言うのもなんですけど、このままだと俺のツレが来るかもしれませんよ。 あの人傭兵で言えばAランクらしいですけど」
「Aランク!? ず、ずらかるぞラルフ!」
「お、おう!? あんた、悪ぃな!」
正直これ以上絡むのも面倒だったのでエメリーさんのランクを伝えたらベルクは顔面蒼白にして去っていった。ラルフと呼ばれたワーウルフくんは顔面毛むくじゃらなんで顔色は分からんけど。
去っていく二人の背中を見ながらふと視線を感じてそちらに目を向けると、子供が一人こちらを見ている。
ボロボロの服に伸ばし放題のくすんだ赤い色のボサボサの髪。
めちゃくちゃ薄汚れている感じを見るに孤児かな?
性別もよく分からないけど、百五十センチくらいの身長だけでみたら十四か十五歳くらいかな?
でもこの世界の基準はよく分からんからな。
「おっちゃん、お金盗られたのになんでそんなに落ち着いてるの?」
「落ち着いてる訳じゃないよ。 ただ諦めてるだけだよ」
声を聞く限りちょっと高めの声だ。少年か少女かいまいちハッキリしない。
けど透明感があっていい声してるな。歌とから歌わせたら魅力的な声質だ。
「そんなに簡単に諦められるならオレにも恵んでくれよ」
「……まあ、この際全額取られるのも少し残るのもあんまり変わらないか。 これだけしか残ってないからな」
あいつらにほぼ全額盗られたんだし、今更銀貨十枚残ってようが多分大差ないだろ。
罪は全部あいつらに丸投げしよう。
残った銀貨も全部手渡すと、心底おかしな奴を見る目をしている。分かる。俺もだいぶおかしいと思う。
自棄になっているだけかもしれん。
「あんたマジで頭おかしいな」
「うるさい。 今はちょっと自棄になってるだけだよ」
「ふふふっ、なんだそれ」
正直自棄になってるのもあるけど、現代日本で育った自分の感性でこの子をかわいそうなんて思ってしまっているのもお金を渡した理由としてはあるかもしれない。
これは多分良くない事だ。
この子にお金を渡して何か解決する訳でもないし、他にも同じような子供もいるかもしれない。
この子一人しか助けないのかと言われたら返す言葉もない。
いわゆる偽善というやつなんだろう。
「ただ渡されるだけだとなんか施されてるみたいで嫌だからさ。 なんだったら抱いていくかい? 病気なんて持ってないし」
……ちらりと胸をはだけさせてきた。
女の子だったか。
でもそういうのは勘弁してください。
「そういうのは別にいいよ。 今度俺が困ってるところを見かけたら助けてくれればそれでいい」
「はっ、抱く度胸もないヘタレかい? そんな機会があればその時は可能な限りで助けてやるよ」
なんか怒ってる。
度胸もないヘタレって言われても童貞としては好きな人相手がいいんだからしょうがないでしょうよ。
……度胸が無いのもヘタレなのも事実ではあるけど。
「おっちゃん名前は? オレはリフェルだ」
「ハルだ。 こっちだと、ハル・ウエキって言えばいいのかな? ハルでいいよ」
「へぇ……よろしくねハル。 あんた人が好すぎるというよりバカみたいだけど、オレがあんたの金を搾り取るまで死んじゃダメだよ」
「いや、どういう言い草だよ」
リフェルはそう言いながら薄暗い路地裏の奥へと去っていった。
うーん……自分でもバカだとは思う。
あと今度から何があるとしても絶対エメリーさんについていこう。
そう心に固く誓った。
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