神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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75.  後悔

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 テイト達は物陰に身を隠しながら、逃げるように馬車へと乗り込んだ。

 仲間の数はおよそ来た時の半数以下にまで減っていた。
 シンの誤算は、相手の魔法によりレンリの意識が奪われてしまったことだろうか。
 思えば、彼女が防ぐことのできる攻撃は全て目に見えるものだけであった。
 精神干渉魔法にもそれが適用されてしまったが故に、本来防げる筈だった攻撃も防ぐことができなかった。
 それが、この敗走の原因である。

 仲間達の空気は重かった。
 それは仲間を置いて逃げてしまったことに対する罪悪感と、それから、あの悪夢の所為であろう。
 相手の魔法によって意識が奪われた際の一瞬で脳裏に焼き付いた光景、浴びせかけられた言葉が、いつまでも胸を締め付けるのだ。
 程度は違えど、アレを見たのは自分だけではなかったのだろう。
 青い顔で身体を震わす彼らの姿を見ながら、自身も指先が震えていることに気が付いて、テイトは隠すようにその手を握り込んだ。

 辺りが暗くなってきたためこれ以上の移動は不可能だと判断し、逃げ果せた街で宿を取った。
 しかし、正直休める気はしなかった。

 置いてきた仲間達は無事なのだろうか、追っ手は来ていないだろうか、何故、こんなことになってしまったのだろうか。
 考えれば考えるほど、焦りや恐怖といった負の感情が増幅するようであった。

「不安か?」

 シンに問いかけられたが、テイトは返事をすることができなかった。

「すぐには追ってこないんだから、休める時にしっかり休め」
「……どうして、追ってこないって?」
「人質がいて、俺たちがどこに逃げ帰るかも分かってるんだから、向こうからしてみれば無理に追う必要が無いだろ」

 シンは普段通りの調子で告げた。

「俺たちがすべきことは、拠点で体勢を立て直して奴らを迎え撃つことだ」
「僕たちは、戦いたい訳じゃないのに……」
「あんた達がそうでも、向こうはそう思ってない」

 テイトはまだ酷い悪夢を見ているような気持ちだった。

「あれは、何だったんですか?」
「アレ?」
「議事堂で、幻聴を聴いたんです。きっと、僕以外の人も同じような目に遭って」
「ああ、魔法だ。カストル公爵家の人間がいることをもっとよく考えるべきだったな」
「……魔法?」
「精神干渉魔法だ。おそらく、トラウマを呼び起こすような」

 それを聞いてテイトはようやく納得した。
 だから、他の仲間達も青白い顔をしているのだ。
 思い出したくないもの、見たくないものを無理矢理目の前に突きつけられては、誰だって平気なわけがない。

「シンさんは、大丈夫だったんですか?」
「対個人に向けたものなら苦労したかも知れないが、対大勢に向けたものなら魔法としては弱いからな」

 シンはなんてことのないように言ったが、あの時の彼の焦りようを思い出してテイトは口を噤んだ。
 彼だって平気なはずなどないのだ。

「すぐに魔法は解除した。だが、呼びかけで意識が戻った奴は殆どいなかった。あんたみたいに身体に触れれば意識が戻る奴はいたが、それでも半分以下だ。……レンリは、逆に意識を失ったが」

 シンはその時の状況を語りながら、苦い表情を浮かべた。

 レンリには過去の記憶がない。
 ショックな出来事から自分を守るために防衛本能が働いてしまった可能性もある、と医者に言われたことを不意に思い出した。
 自分で消してしまいたくなるような過去を、彼女もあの時見たのだろうか。

「記憶を取り戻したとして、仮に守りの魔法以外も使えるようになるなら勝機はあるか、或いは……」

 今後の戦いについてぶつぶつと独り言ちるシンに反論しようと口を開きかけたが、結局テイトは言葉を紡ぐことなく口を閉じた。
 形振り構っていられない状況であることは分かっていた。
 多くの仲間を人質に取られ、拠点の場所も把握され、逃げ道などないに等しい。
 寧ろ、逃げずに相対しなければいけない。
 それも、今までとは相手が違う。
 相手は犯罪者の集団なんてものではなく、歴とした国の兵士なのだ。

「……どうして、こんなことに」

 陰鬱な気持ちがテイトを支配していくようだった。
 自分たちが一体何をしたというのか。
 危険な人物と命がけで戦い、国を民を守ろうとしただけなのに、それなのに。
 それが何故、国の兵士に反逆者だと見做されなければならないのか。

「……まぁ、相手が悪かったな」
「行かなければ、良かったんですか?」
「どうかな。それこそ、後ろめたいことがあるんじゃないかと糾弾されていたかもな」

 どっちを選ぼうと、未来は同じだったのだろうか。
 テイトは鬱々とした感情に頭を抱えた。
 あの魔法を受けてから、ふとした時にユーリやリサの責める声が聞こえてくるような気がするのだ。

「取り敢えず今日はもう寝ろ。明日も早くから移動するぞ」

 シンは早々と寝る態勢に入り部屋の明かりを消してしまったが、暗闇の中ではより一層二人の声が聞こえるような気がして、テイトはとても眠れるような状態ではなかった。

「……シンさんは、どうやって克服してるんですか?」
「過去は過去だろ」
「でも、過去は今に繋がってるじゃないですか」
「後悔したところで過去は変わらない。もう変わることがない出来事を反省するのは勝手だが、それで今を大切にできなきゃ意味ないだろ」
 だから明日に備えて寝ろ、と再度言われてテイトは一度口を閉じた。

 シンの言っていることは分かったが、分かったからといってそれを実行できるかは別問題だった。

「……命に、次なんてないじゃないですか。その時に守れなかったら、それで終わりなんですよ」
「誰かに守ってもらわなきゃ散る命なら、その場で守れたとしても結局違う場所で散るだけだ」

 テイトは更に話を続けようとしたが、急激に襲い来る睡魔に抗えずに意識を落とした。
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