最凶聖女の地獄指導で覚醒した冴えない社畜、勇者パーティーに放り込まれダンジョン無双し魔王軍に挑む

ワスレナ

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本編

第20話 鉱脈の聖女〜静謐なる技術者

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 ルシフォール公国――四方を山に囲まれた鉱山都市。
 灰色の岩肌と立ち昇る白煙、坑道から響く低い打撃音が、転移を完了した私を出迎えた。

「……着いたな」

 吐く息が煤に染まりそうな空気の中、私はエレノーラ様から託された紹介状を手に、山腹の大坑道へ向かう。

 坑道の入口は巨大な石門で守られ、そこから延びる線路を鉱石を満載したトロッコが次々と通り過ぎていく。
 油と鉄と石炭の匂いが鼻を刺す。
 その石門の脇に、背丈ほどの宝珠つちを肩にかけた少女が立っていた。

 灰銀色のショートボブ、額には鉱石飾り付きのゴーグル。
 無言で私を見上げ、淡い紫の瞳が静かにまたたく。

「……タクト=ヒビヤ」

 ボソッと短い声。
 まるで掘り出されたばかりの鉱石のように冷たく硬い響きだが、不思議と嫌な感じはしない。

「はい。あなたが、鉱脈の聖女……ミーナ=クラッセ様ですね」

 彼女はこくりとうなずき、無言で手招きすると坑道の奥へと歩き出した。
 慌てて私は手にしていた書簡をミーナ様へ手渡す。
 ミーナ様はきょとんとしながらも受け取ると、ふところへとしまった。

 ――沈黙。

 ただ、打ち付けるつちの音と車輪のきしむ音が響く世界。
 言葉がない代わりに、彼女の背中は確かな案内灯のように揺るぎない。
 エレノーラ様とのハデスでの経験が、早速役に立った。

 やがて奥の作業場に辿り着くと、ミーナ様は炉の前に立ち、つちを構えた。
 光る鉄の塊を一打、また一打。
 無駄のない動きは、美しいほど正確だ。

「……見てて」

 短い一言。
 私はうなずき、彼女の動きを目で追う。
 火花が散り、炉の熱が頬を撫でる。
 やがて、金色に輝く小さな鉱石を差し出してきた。

「これ……ルシフォールの心臓。あんたに預ける」

 宝珠鎚と同じ輝きを宿す鉱石は、手のひらでほんのり温かい。
 それは彼女なりの“信頼”なのだと、言葉を交わさずとも分かった。

 その時――地鳴りが響いた。
 奥の坑道から、岩のきしむ音と共に土煙が押し寄せてくる。

「……崩れる」

 ミーナ様は短く告げ、つちを握り直す。
 私は魔力を練り、岩壁へ防御結界を展開した。
 だが、崩落と共に現れたのは、鋼の外殻を持つ巨大なモグラの魔物――鋼穿獣《アーマード・モール》だった。

「地下の奥……泣いてたの、これ」

 ミーナ様はそう呟くと、私の前に躍り出た。
 宝珠鎚が眩い金色の魔力を帯び、魔物の鼻面を叩き潰す。
 衝撃で岩盤が震え、火花と鉱石の破片が舞う。

「私がつちで外殻を割る……あんた、芯を壊して」

「了解!」

 無詠唱で雷槍を作り出す。

「行けっ!」

 私の雷槍が裂け目へ突き刺さり、魔物は断末魔を上げて崩れ落ちた。

 静寂が戻る。
 ミーナ様は何も言わず、ただ崩落した道をじっと見つめている。

「……まだ、もっと深く泣いてる」

 その言葉は独り言のようで、しかし私に向けられていた。
 きっと、この公国にはまだ別の“問題”が眠っているのだろう。

 ミーナは腰のポーチから、親指ほどの小さな鉱石を取り出した。
 それは淡い紫光を放ち、内部で微細な魔法陣が回転している。

「これ……耳石じせき。鉱石の声、少しだけ聞ける」

 彼女は私の手のひらにそれを置いた。
 伝わる微細な振動は、まるで遠い地底からの呼吸のようだった。

「耳を澄ませば……静かな声も、届く」

 短い言葉だが、そこには深い意味を帯びていた。
 ――目に見えぬものほど、大事にしろ。
 それが彼女から私への教訓だと、すぐに悟った。

 私は鉱石を握り、彼女と視線を交わした。

 沈黙は、言葉以上に重く、確かな絆を生む。
 そう感じた巡礼の一日だった。


◇ ◇ ◇


 巡礼から三日後。
 ダンジョン第五十二階層を進んでいた最中、足元が突き上げられるような衝撃が走った。
 ただの揺れじゃない――大地そのものが呻いているような低い振動が続く。

 その瞬間、インベントリの耳石じせきが異変を知らせ、紫光を明滅させた。

「……耳石じせきが」

 取り出して手のひらに載せると、頭の奥に声が響く。

 『――来て……間に合わない』

 間違いない、この声はミーナ様だ。
 私は息を詰め、勇者パーティーのみんなに素早く告げた。

「すまないみんな、ルシフォール共和国が危ないみたいだ!」

「あの国にも勇者はいるぞ?」

「避難誘導で動けないらしい。一緒に来てくれないか?」

「わかった」

 イグノールが剣を鞘に納め、クローディアがうなずく。

 私はミーナ様をイメージし、詠唱に入る。

「見つけた! グレーター・テレポート!」

 転移魔法が私たちを包み込み、視界が白光に飲まれた。

 転移先は混乱の渦中だった。
 鉱山都市の広場は避難民であふれれ、遠くの坑道から黒煙が上がっている。
 地面は断続的に震え、粉塵が舞う。

 そんな中、防塵マスクの奥からでも分かる紫の瞳――聖女ミーナ様が駆け寄ってきた。

「タクト……来てくれたのね」

「はい。状況は?」

「地下の奥……守り神が、目覚めた」

 短い言葉と共に、彼女は私の手を掴む。
 その力強さに、迷っている時間はないと悟る。

 封鎖された坑道を進むと、耳石じせきの震えは鼓動のように速くなった。
 やがて辿り着いたのは、巨大な石扉の先――地下神殿だった。

 そこに横たわるのは、金属装甲をまとった巨大な竜。
 全長は約十八メートル、鉱脈のように輝く魔力ラインが身体中を走っている。
 胸部のコア・ジオハートが不規則に明滅し、低周波の唸りが空気を震わせた。

「……封印、壊れた」

 ミーナ様の声が硬くなる。

「タクト……静かな声、聞ける?」

 耳石じせきを額に当てると、直接、声が流れ込んできた。

 『……痛い……熱い……』

 怒りではない、苦痛だ。

「修復できる」

 私は即答し、手短に作戦を告げる。
 皆は了解し、陣形を組み直す。

 【ガイア・ドラグノス】が咆哮を上げた。
 衝撃波で岩壁が割れ、粉塵が舞う。

 イグノールが飛び込み、聖剣アルノールを真一文字に振る。

「はあああッ!」

 刃が装甲を削り、火花が散る。
 クローディアがその隙を突いて尾を斬り払った。

「タクト、今よ!」

 尾の動きが止まり、バルドスの大盾が迫る脚を受け止める。

「ぐおおおお……! 持たせるぞ、早くやれ!」

 メリエラの詠唱が響く。

『大地の腕よ、鎖となりし足枷となれ――《アースグリップ》!』

 地面から岩の鎖が伸び、竜の脚を絡め取る。
 その間にミーナ様がつちを構える。

「……三打で外す。せーの!」

 ゴンッ! ゴンッ! ガンッ!
 固定具が弾け飛び、コアが露出した。

 私は即座に魔力を注ぐ。

「地脈よ、繋げ――地脈反転ジオ・リバース!」

 金色の魔力が亀裂を縫うように流れ込み、耳石じせきが共鳴する。
 しかし、最後の抵抗のように竜が前脚を振り下ろす。

「タクトォォ!」

 イグノールが割り込み、剣で衝撃を受け止めた。
 甲高い金属音と共に床が割れ、彼の足元から砂塵が舞う。

「お前の言う通りだ……こいつは守らなきゃならない!」

 その叫びに、ミーナ様のつちが最後の一打を刻む。
 コアがまばゆく輝き、竜の瞳が穏やかな金色に変わった。

 ガイア・ドラグノスは低く唸り、ゆっくりと地中へと沈んでいく。
 耳石じせきは、もう泣き声ではなく、静かな呼吸を刻んでいた。

 外に出ると、夕暮れの山は静かだった。
 ミーナ様が言った。

「……ありがとう。みんな、本当に地下の声を聞けた」

 彼女は金色の鉱石を手のひらに置く。
 それはガイア・ドラグノスのコアの欠片――地脈転移ジオシフトの加護を宿す石。

「これで……また、守れる」

 私は深くうなずき、耳石じせきと共にその石を握りしめた。
 守り神の呼吸は、もう泣き声ではなかった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【まめちしき】

【ガイア・ドラグノス】……古代の大地竜の魂を希少金属製の魔像に封じ込めた、地脈と鉱脈を守護する存在。

【地脈転移《ジオシフト》】……特殊移動スキル(地・金属属性派生)。地脈や鉱脈を「魔力の回路」として利用し、大地や金属内部を高速移動できる。
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