最凶聖女の地獄指導で覚醒した冴えない社畜、勇者パーティーに放り込まれダンジョン無双し魔王軍に挑む

ワスレナ

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本編

第33話 魔王城への道

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 大軍勢が撤退した魔界の荒野は、途端に静まり返った。

 つい先ほどまで耳をつんざいていた怒号も、剣戟も、呻き声も、もうどこにもない。

 残されているのは、黒く焦げた大地と、血の匂いと、砕け散った武具の残骸だけだった。


 国軍兵たちが相対した魔王軍の死体や戦列も消え失せる。

 ――国王は、意図してこの状況を作り出したのか?

 「……ここからは俺たち勇者の本来の使命だ。みんな、行こう」

 イグノールの言葉に全員が深く頷く。


 イグノールが聖剣の柄に手をやり、前を見据える。

 彼の背に迷いはなく、与えられた“使命”だけを胸に刻んでいた。

 クローディアも静かに頷き、バルドスは無言で盾を構え、メリエラは杖を握り直す。


 エレノーラ様の分身体はすでに消え、今ここにいるのは本体ただ一人。

 その眼差しは毅然と前を向き、けれどその横顔に、私は僅かな疲労の影を見逃さなかった。

「皆さん、これからが大変でしょうが、私も共に参ります。最後まで頑張りましょう」

「ありがとうございます、師匠。ここまでの戦い、大変だったのにお付合いいただいて感謝します」

「ふふっ。全然大丈夫ですよ、タクト。まあ、お腹が空くので人間って不便だなとは感じておりましたがね」

 エレノーラ様の言葉にみんな笑いだす。当たり前のことなのに、さらっと皮肉を言ってのけることに心がほぐれる。

「皆さん、ここからは空を飛んで進みましょう。身軽になったことの特権ですわ」

 エレノーラ様の提案にみんなが同意し、頷く。

「タクト、皆さんのサポートは貴方がやりなさい。甘えは許しませんわ」

「お任せください。師匠は後ろでどーんと構えて見守っていてください」

 エレノーラ様の豹変ぶりにイグノールたちは呆気にとられる。

「タ、タクト。お前、大丈夫なのか?」

 私は笑ってみんなに答える。

「ああ。こんなの日常茶飯事だから。心配するな」

 私は胸の奥に渦巻く疑念を押し殺し、みんなに『飛翔フライ』と二十種類の付与魔法をかける。

 この道の先に待つのは魔王城。

 そして、そこへ至るまでの試練もまた、私たちだけに委ねられたのだ。


 私たちは宙を駆け先へと進む。

 眼下には焦げ付いた大地が広がり、ところどころで魔王軍の残党が点在していた。

 だが、その中から翼を持つ悪魔の群れが飛び立ち、私たちに襲い掛かる。

 「散開しろ!」

 イグノールの号令で全員が散開する。

 クローディアは自らのレイピアを閃かせ、飛び掛かる悪魔を斬り払う。

 バルドスは空中で盾を構え、衝突してくる敵を強引に弾き返した。

 メリエラが空気を震わせる大規模魔法を詠唱し、雷光が走って群れを薙ぎ払う。

 私は後衛から味方全員の結界を厚くし、被弾した仲間を即座に癒やす。


 短期決戦で撃退したが、私の胸には重い疑念が募っていった。

 ――なぜ、兵がいない今に限って、これほど統率の取れた敵が現れる?


 だが、疑っても仕方ない。

 私たちはもう先へ進むと決めたのだから。

 魔王軍が卑劣な手を披露して牙を剥いても、それは当然のことなのだ。

 私たちは彼らの領域に踏み込んで戦っているのだから……。


◇ ◇ ◇


 同じ頃、王城の執務室。

 クラヴェール五世は重厚な地図の上に駒を並べ、撤退した方面軍の動きを一つひとつ確認していた。

 部屋には臣下も従者もおらず、ただ王の独り言だけが響く。

 「兵どもは十分に血を流した。民も納得しよう……勇者だけを残すには、これでよい。軍備増強で十分に我等も潤った」

 杯を傾け、赤い葡萄酒を揺らす。

 「国は象徴を欲している。勇者が死ねば悲劇の英雄となり、討伐に成功すれば次なる策を講じるのみ。いずれにせよ――民心はわしの手に転がる」

 地図上の魔王城に指を滑らせる。

 「エレノーラよ、貴様も所詮は神の代弁者、使い捨てよ。わしを嗅ぎ回るなら好きにするがいい……そしてタクト=ヒビヤ。奴は鋭すぎる、危うい芽だ。ふむ……」

 王は薄笑いを浮かべ、低く呟いた。

 「試すとしよう。彼らが魔王に至るまでに、どこまで役立つか。――そして、切り捨てられるかを」


◇ ◇ ◇


 魔王城へ続く黒い森の手前で野営する。

 私たちは焚き火を囲み、完全結界の中、疲労を癒やして眠りに落ちていく。

 私は眠れずに夜空を見上げていた。すると心の奥に、冷ややかに透き通る声が届く。

 『……眠れませんか、タクト』

 「……師匠?」

 『テレパスを使いなさい。これは極秘の交信です』

 私はためらいながらも心を開く。

 『……今回の撤退命令、やはり不可解です。兵を慈悲で救ったように見せて、実際は俺たちを孤立させただけだ。しかも敵の動きが噛み合っていた。……まるで通じているみたいに』

 エレノーラ様は少し沈黙した後、交信する。

 『……やはり、貴方も気づきましたか』

 エレノーラ様の声は淡々としていたが、その奥には冷たい確信がにじむ。

 『私は以前も言いました。国王を信用してはならないと。あの方の真意を、私が探ります。あなたは胸に留めておきなさい』

 私は深く息を吐いて伝える。

 『……お願いします、師匠』

 焚き火がパチっ、と音を立てる。勇者たちの寝息だけが響く夜に、二人だけが秘密を共有していた。


◆◆◆


 翌朝、私たち一行は黒い森を抜け、魔王城を遠望する場所にたどり着く。

「あれが魔王城か。禍々しいな。いかにもって感じだな」

 イグノールが目を細めながら心の内を明かす。

「ああ、しかも相当高くデカい建物だ。あの中に強力な魔物がうろついているのか……」

 バルドスがごくりと唾をのみ先の予想を語る。

 城の先端は黒雲を突き破り、瘴気が大地を蝕んでいる。


 さらに先へと進み、残党の魔物が森から現れる。

 私たちは広範囲攻撃を繰り出し、魔物たちを討ち払って先へと進む。


 その時、エレノーラ様の動きが止まり、表情に変化が伴う。

「師匠、どうされましたか?」

 気づいた私の問いに手を挙げ、みんなに事情を説明する。

「皆さん、残念ですが私の同行はここまでのようです……」

「何故ですか?」

「今、国王からテレパスで撤退せよとの命を受けました。申し訳ありませんが、ここは王に従い撤退します」

 一瞬みんなに動揺が広がる。

 私はそれを制し、エレノーラ様に答える。

「わかりました。ここまでご同行いただき、感謝します。どうかお体を休めてください」

「ありがとうタクト。後は頼みましたよ」

「はい。イグノールたちと必ず使命を果たして帰ります」

 私の言葉にイグノールたちも深く頷く。

「貴方たちならきっとやり遂げられます。心を強く持ち、共に力を合わせて最後まで戦いなさい。帰りを待っています」

「聖女エレノーラ、必ず期待に応え、魔王を討伐し帰還することを誓います!」

 イグノールがみんなを代表してエレノーラ様に雄々しく誓いを立てた。

「ええ、皆さんの帰りを心から待っておりますわ」

 エレノーラ様は優しく微笑み、私たちの前でテレポートを唱える。

 転移の魔法陣と青白い光がエレノーラ様を包み、大聖堂へと還っていった。


 これで、私たち五人だけが魔界に残り、魔王軍と魔王クライスラインに挑むこととなった。


◆◆◆


 翌朝。

 黒い森を抜けた先に、漆黒の十層にも及ぶ城塞が姿を現す。

 塔の先端は黒雲を突き破り、禍々しい瘴気を大地に垂らしていた。


 イグノールが聖剣を掲げる。

 「……行こう。俺たちの使命を果たすために」

 みんなが頷く中、私だけは胸奥に冷たい疑念を抱き続けていた……。
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