聖黒の魔王

灰色キャット

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第3章・面倒事と鬼からの招待状

75・魔王様、異国の服に感心する

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 ――セツオウカ・首都キョウレイ 城内――

 今日はペストラの13の日。つまり今日から送魂祭というわけだ。
 13~15の日の間中ずっとお祭り騒ぎになり、日替わりで出店が変わるようになるとか。
 なるべく多くの者が祭りを楽しめるように、という配慮らしい。

 そして毎回その日の終わりに、首都から外に向かって流れる大きな川に、木で作った小さな船のようなもの流すのだとか。
『霊船流し』と呼ばれるその行事は、一人一回だけ行うことが出来ると言っていたかな。

 これは船が死者の魂を乗せ、ゆっくりと黄泉幽世《よみかくりよ》に向かうのだと言われているのだとか。その際、船に入る程度の小物を乗せるのはいいが、金貨などの貨幣や価値の高いものは乗せてはいけないという決まりがあるのだそうだ。
 これは黄泉幽世《よみかくりよ》には貨幣などは持って行けず、欲深い者はその欲を捨て去るまでは決してたどり着けず、次の送魂祭まで現世にて苦しい時間を過ごすことになるのだと言い伝えられているらしい。

 なんとも深い行事だとも思う。こういう文化を別の形でリーティアスに取り込むことが出来たら、また面白いかもしれない。

 そんな事を考えていたら扉の方からノック音が聞こえてきた。

「どうぞ、開いてるわ」
「失礼致します」

 入ってきたのはこれまた異国の服をきた鬼族の女性だった。昨日私とアシュルの身体を採寸してくれた人だ。
 紺色に近い長い髪の……スタイルの非常に良い女の人で、相当礼儀正しい。
 服は着物と呼ばれるらしい、セツオウカでは一般的なものを着ている。上の者から下の者まで様々な種類の着物があるらしいけど、ひとまず自分が着る物と鬼族の中でも上の位に立つ者の服の種類だけ覚えていれば問題ないのだとか。

 私の方もただでさえこの国の異質な文化についていくのにやっとなため、その辺りの配慮はありがたかった。

「お召し物がご用意できましたので、お持ちいたしました。よろしかったら着付けいたしますが……」
「ありがとう。この国の服は初めてだからお願いするわ」

 鬼族の女性が持ってきてくれた衣装は着物でも浴衣と呼ばれている種類のもので、南西地域に比べ今は暑い時期となっているこの国では、着やすく脱ぎやすいという服がよく売れるのだとか。
 確かにここに来てからは汗もかく。夜は夜で高地に位置する場所だから結構涼しいんだけど。

 こういうときはアシュルがそばに居てくれたら涼しいのかもね。水属性に適正があるし、昼の多少暑い時期でも簡単に涼を取ることが出来るだろう。二人で寝るなんてことになったら、アシュルの方が暑苦しくて嫌になるかもしれないけど。

 とまあ、だからか鬼の人が用意してくれた服も浴衣だった。黒がベースになっていて、赤色の花模様がなんとも美しい。他にも白や薄紫の綺麗な花がより赤と黒を強調しているように感じる。帯の方は黒色になっていて、装飾がないシンプルな感じが良い。

 浴衣にはこのセツオウカの象徴であり、名前の由来である……この国にしかない樹木に咲く花――桜と呼ばれる花が模様として組み込まれている。
 さらにこれは、寒い時期にのみ白くて綺麗な花を咲かせるという雪桜と呼ばれる種類のものを描いてるのだとか。それらはまるで、夜の闇に咲き誇る可憐な花々のようだった。

「……これまたすごいのが出てきたわね。とても服として着るものとは思えないくらい」

 息を呑むほど美しいその服を見た瞬間、そう呟かざるを得なかった。
 ドレスとは違うが、奥深く引き込まれるような色合い。私の人生の中でもあまりお目にかかれない美しさだ。思わずため息が出るほど、というのはこういう事を言うのだろう。
 というかこんなものを私は着るのか。『ヴァイシュニル』が膝より上の短いスカートだったときも結構恥ずかしかったが、これはまた違った気恥ずかしさがある。

 あまりに個性のある服だし、むしろ私が着させられてる感がでるんじゃないだろうか? 結構不安になってきた。

「ありがとうございます。他国の魔王様にそう仰られていただけると、こちらも嬉しく思います」

 私の反応に柔らかく微笑んでくる女性は自分の国の衣装が褒められたからか、どこか誇らしげな様子だ。

「だけど流石にちょっと気後れしそうになるわ。用意してもらってなんだけど、似合うかどうか、不安にしか思えないもの」
「大丈夫ですよ。きっとティファリス女王様に似合うと思います。さ、お着替えいたしましょう。
 あ、下着もちゃんと脱いでくださいね?」
「……え?」

 今、なんて言った? 下着も脱いで……だと……?
 あまりに予想外の話に話がついていけなくなってしまった。
 だって、下着だよ? いくら私の転生前が男だからといっても……いや男でも女性の目の前で裸になるのは別種の恥ずかしさがあるんだけど。

 いくら着付けを手伝ってもらう立場とはいえ、はいそうですかと裸を晒す度胸は私にはない。
 というかそのままその浴衣を着てお祭りに行くなんて出来るわけがない! もしかしてこの国の人達は皆下着も付けないで外を動き回ってるのだろうか……なんだか余計に気恥ずかしくなってきた。

 そんなことを考えていることが悩んだり顔を赤くしていたりと仕草で表してしまっていたのか、見かねた女性の方が軽く笑いながら私の問答に終止符を打ってくれた。

「はい、そちらの服に合わせた下着は浴衣には合いませんので……こちらで専用の下着をご用意させていただきました」

 クスッと私の反応に楽しげに笑った女性の顔がまともに見れなくなってしまった。そりゃそうだ。
 どこの世界に素っ裸に服を着るという文化があるというのか……あーっ、流石の私もこれには参った。本当にやらかしてしまった。
 しかしそうなると若干不満を感じる。もうちょっとしっかり教えてくれてもいいのに。
 明らかな不満の表情が顔に出ていたのか、にこやかに微笑まれながらも女性から謝罪を受けることになる。

「申し訳ございません。あまりにもティファリス女王様がお可愛らしかったので……ですが、緊張や恥ずかしさなどはなくなったでございましょう?」

 言われて気づいた。先程感じてたものはすっかり無くなっている。彼女なりの緊張の解き方だったんだろうか……これじゃあ怒るに怒れない。仕方ないからむくれたような顔でもして、少しでも抗議の意思を伝えるくらいしか出来なかった。

「はい、お祭りまで時間もございませんから手早くいたしましょう」
「……わかった。よろしくお願いするわ」
「ええ、お任せください」

 そこから服も下着も全て脱いで裸になった時は結構恥ずかしかったんだけど、女性の方は反応がうぶだとか傷一つない綺麗な肌だとか一つ一つ褒めたり触ったりと、恐らく私の生涯……転生前も合わせて初めての経験する程の恥ずかしさだった。
 着付け後に堪能したと言わんばかりに少々恍惚としてる女性の顔が、しばらくの間はちょっと忘れられそうになかった。……っていうか疲れた。





 ――





「うわぁぁぁ……ティファさま、すごく素敵ですぅぅ…………」

 着付けという辱めを無事終了させた私は日が暮れ始め、夕焼け色の空が広がる城門前で待機していたアシュルと合流した。
 アシュルの方は水色に川の流れを表したかのような涼し気な感じに、薄紅色の桜の花びらが舞っていたりして、その川に流されているような……そんな模様だ。薄紫色の帯の方には飾り紐が付けられているのがまた映える。その様は、まるでアシュルがセツオウカの水の精霊みたいな印象を与えてくれる。
 髪の方は後ろの方に束ねていて、髪飾りは――たしかかんざしとか言ったっけか? それを使っていて普段とは違った一面が見れてちょっと得をした気になった。

 そんな彼女が顔を赤くしながら両手を口元にやってなぜか涙目になってこっちを見ていたりして……なんというか普段と違う装いでそういう風に見られると、私の方も思わず照れてしまう。

「ありがとう。アシュルも似合ってるわよ」
「あ、ありがとうございます!」

 とうとう顔を隠してしまったアシュルだったけど……そんあ彼女を見ているとなんでか無性に自分の姿が気になってしまった。
 もしかしたらなにかまずいところが見えてるのかもしれないと足元やら背中やらをチェックしてたら、アシュルが慌ててそれを否定してきた。

「ティファさまティファさま! 何もおかしいところはないですよ。大丈夫です。むしろ最高です。ありがとうございます!」

 ぐっと拳を握りしめてガッツポーズを取っているけど……変なところがないんだったらよかった。
 そりゃ手伝ってもらったんだし、あるわけないか。

「なんともないんだったら良かったけど……あ、やっぱりアシュルの靴もゲタに変わってるのね」
「はい、お祭りの時は兵士や見回りの方以外はゲタを履くものだと言われましたので」

 そう言われて足元の方を見るとお互い木でできた微妙に高さのある奇妙な靴――ゲタを履いているのがわかる。
 普段は動きづらいということであまり用いられないんだけど、こういうお祭りのときだけはおしゃれとして履いてくる人もいるんだとか。
 歩く度にカラン、コロン、と独特の音が鳴るのがちょっと耳につくって人もいるらしいが、私はこの音は好きだ。

「あはは、なれない靴だからちょっと歩きにくいですよね」

 何度も何度も踏みしめるようにゲタを鳴らしながら恥ずかしいのを隠すように照れ笑いするアシュルはやっぱり可愛さに溢れてる。
 そんなアシュルを一通り堪能したところで、そろそろ肝心の祭りに繰り出すとしよう。
 このまま話し続けてもいいんだけど、いい加減行かないとお祭りに遅れてしまうからね。

「何事も経験よ。さ、早く行くわよ!」
「あ、ティファさま! ティファさまがお手を……!」

 はぐれたり転んだりすると危ないから、アシュルの手をしっかりと握って歩いていくことにした。
 最初は驚きと戸惑いに満ちた顔をしていたけど、理解が追いついたのかアシュルの方もしっかりと握り返してくれる。

「ティファさま、お祭り楽しみですね!」
「ええ、いっぱい楽しみましょう」
「はい!」

 そうして私達は陽が最後の輝きを話しながらゆっくりと沈んでいき、夜の闇が辺りに広がっていく中……その中でも一際輝く命ある光を目印に歩いていく。

 死者が生者と過ごす最後のひととき……せめて別れは笑顔で見送りたいと。終わりは悲しみに満ちたものではなく、愛しさに溢れたものを。
 そんな願いを込めた送魂祭の賑わいの中に、私達は飛び込むように溶け込んでいくのだった。
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