聖黒の魔王

灰色キャット

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第6章・悪夢の王の奸計

139・魔王様、スライムに説明を受ける

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「よくもまああのレイクラド王を『レイちゃん』だなんて可愛らしく呼べたものね……」

 あの従者……確かライドムだったっけか。
 とてもじゃないけど、彼の目の前でそんな事を口にすれば、あの時のように激昂と共に叱責を受けること必至だろう。
 少なくともあんな気が触れてるんじゃないかと思うほどの怒号を好き好んで浴びたくはない。

「あら、だって今更レイクラド王だなんて呼ぶだけの知らない仲じゃないし……ライちゃんも別に仲がいいしね」

 ライちゃんってのは、ライドムのことだろう。
 そうやって飄々ひょうひょうと言いのけてるところがまたすごいというか、肝が座ってるというか……。

「それにしても……レイクラド王と同じくらい生きてるって言われても、ちょっと実感が沸かないわね」

 私はこの世界に生を受けておよそ20年かくらいだ。
 まだ100年にも到達していない私にとっては検討もつかない程長い時を生きているのだろう。
 正直彼女はそんな年月を感じさせないほど体つきをしているから逆に疑わしいほどなのだけれども。
 これがセツキとかだったらまだすぐに信じたかもしれない。

「ふふ、若いって言われてるって受け取ってあげる。それにしても本当に面白いわ。まるで惹かれ合うように貴女達に出会えるんだもの。つい思い出しちゃった」

 私のことをじーっと見つめているその目は、まるで昔のことを懐かしむようだ。
 そこには妖しい……色気を感じる目はなく、ただただ純粋な――悲しみをたたえた瞳だった。
 ……一瞬、ああ、彼女もそんな目が出来るのかとか思ったのは内緒の話だ。

「それじゃあ、ティファさまのことを知ってるのはレイクラド王とラスキュス女王の二人ということになるんですかね?」
「私はともかく、レイちゃんは知らないと思うわよぉ? 私は元々聖黒族の契約スライムだからわかったんだけど、レイちゃんはそんなことないからね」

 ということは上位魔王の中で私のことを知っているのはセツキとラスキュスの二人だけということになる。
 彼女にまで知られてしまったのは些か誤算ではあったけど、彼女が私と同じように聖黒族に関係しているのであれば、他の者に言いふらしたりはしないだろう。
 まあ、一応口止めしておこうか。なにか言ったところでこちらに損はないしね。

「貴女に限って無闇に言いふらしたりしないだろうけど……私は訳あって聖黒族ということは秘密にしているわ。だから――」
「もちろん内緒にしておくわ。私のことだって知ってるのはレイクラド王しかいないもの。聖黒族にとって、自分の種族が知られることがどれほど恐ろしいか……わかってるつもりだから」

 憂いを帯びた目をそっと伏せるラスキュスだけど、聖黒族だって知られるのはそれほど不味いことなのだろうか?
 リカルデの方は最悪バレる時はバレる、って感じだったんだけど……実際聖黒族を詳しく知っているであろうラスキュスの方はまるでそんな最悪は訪れてはいけない。絶対に他人にバレてはいけないというような雰囲気だった。

 それはアシュルも同じように感じたようで、私と同じ疑問を抱いていた。

「私がおばばさまとリカルデさんの話を聞いたときには、そこまで大げさなことじゃなかったはずなんですが……積極的に隠す必要はないですし、バレた時は仕方ない程度にしか思ってなかったんですけど」

 それを聞いて信じられないというような顔をしたのはラスキュスの方だ。
 相当衝撃的だったらしく、彼女の方では私達の常識――というか行動はかなり驚きのようだった。

「貴女達は自分達のこと、まるでわかってないのね」
「しょうがないでしょう。私は魔人族の両親から生まれて、覚醒して聖黒族に目覚めたのだもの。現代では聖黒族は文献の中でもほとんど記されていないほどの種族なんだから、知ることもできないから余計にね」

 私の言葉にアシュルが同意するようにうんうん頷いてるのを見ると、ラスキュスの方は妙に納得したと言うような表情を浮かべて、仕方がないなと親が子どもを諭すかのように優しい笑顔で私達に向かって自分の情報を少しずつ開示していく。

「まず、貴女達はなんで聖黒族が死に絶えたか…ってのは知ってる?」
「ええ……推測で書かれた事しか知らないのだけれど、確かその能力故に他種族に目を付けられた……とか、交わる毎に血を薄める結果になったとか、その容姿から腐った貴族のような連中の標的にされたとか……」

 私はリカルデ・スラムルから聞いた話と、本で知ることが出来た話を出来るだけ思い出しながらラスキュスに伝える。
 彼女の方ははうんうん頷きながら私の話を聞いていくれているようで、それに対して難しそうな顔をしてるんだけど……なまじ何をしても色っぽいせいで本当に話を聞いてるのか疑問に感じてしまう。

「その知識は大体正しいわね。高い能力を取り込み、国として力を底上げを図るのと同時に、その見目麗しい姿を鑑賞する……という行為をする魔王が多かったわ。
 その能力の割にはかなりの少数民族で、中々数が増えなかったのも希少性に拍車をかけていたわね」
「で、でも、それなら滅ぶなんてこと、なかったんじゃないですか? 能力があるということは、強いってことですよね? でしたら少なからず生き残っている方がいるのでは……」

 アシュルの言うことももっともだ。
 他国の魔王が目をつける程の強力な種族なのであれば、なにもここまで酷いことにはなっていないはずだ。
 少なくとも表沙汰になっていない生き残りなどがいて、それをラスキュスが知っていても不思議じゃない。

 しかし彼女はゆっくりと首を振り、それを否定する。

「残念だけど絶望的ね。能力が高いと言っても鬼や竜人の覚醒魔王より遥かに勝っているというわけでもないし、色んな国と連携して国を治めていた……なんて事もなかったわ。
 むしろ複数の魔王が徒党を組んで狙い撃ちしたこともあったし、魔王の子どもをかどわかしてその国を脅迫したり、やりたい放題。確か離れた所に二つぐらい国があったはずだけど、聖黒族の希少性が増してくるとあっという間に滅ぼされてしまったわね」

 ……正直そこまでやられているとは思わなかった。
 徹底的な聖黒族潰しと言ってもいいほどの歴史。そこからの話は聞くに堪えない程の出来事だった。
『隷属の腕輪』や『魔封じの鎖』などで行動を制限したり、魔法が使えないように喉を切ってわざと跡が残る治療をして、声が出ないようにしたり……。
『隷属の腕輪』というのは元々抵抗力の弱った聖黒族に対して使われるものだという話も聞くことが出来た。
 というか、ラスキュスも契約スライムの一人だろうに結構あっけらかんとした様子で国が滅んだことを言ってくるとは思わなかった。

「あの、私、少し前に声が出せない状況に陥った時があったんですけど、その時は普通に使えましたよ?」

 アシュルが疑問に思っているのは、カザキリとの決闘のときだろう。『無音天鈴』と呼ばれる音が一切聞こえなくなる結界の中で、鈴の音だけが響き渡り、斬撃が飛んでくるという技だ。
 確かにあれも音が聞こえないという点では声が出せないというのとそんなに変わらない……ように見える。

「アシュル、カザキリの『無音天鈴』は声が出せないわけじゃなくて音が聞こえなくなるだけよ。ちゃんと声が出ている以上、魔法は発動するわ」
「え? そうなんですか?」
「そういうものよ」

 発動自体を阻害するような結界だったらもちろん魔法や魔導は発動しないんだけど、あれはそういう類のものじゃなく、純粋に音が聞こえなくなるだけのものだった。
『無音天鈴』の結界が途切れてきたときにアシュルの声が聞こえだしたのもそういうわけだ。

 魔法の発動は『発音』すること。聞こえていようが聞こえていまいが、言葉として紡ぎ出せれば発動する。
 逆に喉を傷つけられて声が出せないという『発音』出来ない状況に陥ってしまった場合、魔法は発動することができないというわけだ。
 ……魔導の場合は威力がかなり下がるが、発動可能だということはラスキュスには黙っておいたほうがいいだろう。切り札は多いほうが良い。
 私の説明に納得したアシュルに説明する手間が省けたと言わんばかりの表情をしているラスキュスが話を先に進めだした。

「話を続けるわね。当時は今と違って厄介な魔道具が多く出回っていたわ。当時の鬼族は陸の孤島の状態だったし、竜人族は我関せず。結局、聖黒族が表の歴史から滅ぶまで続けられてしまったのよ。最後の方なんて壮絶な奪い合いでいくつも国が滅んだと聞いたわ。
 確か、聖黒族の他にも銀狐ぎんこ族やいくつもの能力の高い希少種族が犠牲になったと聞くわね。
 その混乱の中で猫人族の覚醒した中でも、特に力を持つと言われている英猫族も、歴史の闇に消えたと言われているわ」

 銀狐族……ということは銀色の毛並みをした狐人族ということか? まるでフラフのような種族もいたものだ。
 それもそうなのだが、聖黒族の他にも希少種族の乱獲みたいな出来事の犠牲者がいたのか……。一部とはいえ、腐ってるところは本当にとことん腐ってる。

「もちろん、他種族と全く交流をしない生き方を選んでいる種族がいれば生き残ってる可能性もあるんだろうけど……いまさら躍起になって探すには眉唾すぎる話になるから、誰も手を出さないでしょうね。
 だから可能性があるとしたら人の全く行けない秘境のような場所……になら可能性があるかもしれないわねぇ」

 あくまで可能性の話だけど、という風に区切ってはいたけど本当に生き残ってるかどうかはわからない。
 希望的観測だけど、この世界でたった二人……ああいや、今は三人か。だなんて思いたくないし、そういう望みがあっても良い気がする。

「とまあ、そういう歴史があるし、今も聖黒族の存在を信じてる魔王もいる。下手に正体がバレたらどんな酷い目に遭わされるかわからないってことだけ知っていてほしいの。たとえ貴女がどれだけの力をもっていたとしてもね」

 ラスキュスの真っ直ぐな目が私を射抜く。それで私は、なぜ彼女がここに来て欲しがってたのかようやくわかった。
 きっと彼女も寂しかったのだろう。恐らくではあるが、国の中でも一人だけ逃げ延びてスライムの国を建国して……。
 一人ではなかったにしろ、同じ種族のスライムはいなかったのだろう。
 だから、きっと少しでも話しをしたかったのだろう。それと同時にもし聖黒族だと発覚した場合、どれだけ危険なことになるのかを忠告したかったのかもしれない。

 あんな妙に色っぽい体つきして雰囲気も纏ってるくせに根はまっすぐというか……随分と可愛げのあるスライムの女王様じゃないか。
 まあ、だからといって『夜会』での行為が許せるわけではない。未だに狙っていそうで少しばかり怖くもあるが、以前抱いていた彼女への評価は、少し良くなったことには間違いないだろう。
 彼女もまた、私やアシュルの仲間のようなものなのだから。
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