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320・雄々しき漢(ファリスside)
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もはや満身創痍と呼ぶに相応しい状態で尚、鋭く鮮やかな斬撃の数々を放てる雪雨を、ファリスは信じられない表情で見ていた。
彼女は最初から雪雨を消すつもりはなかった。傷つけられた怒りで頭に血が昇り、【ヴァニタス・イミテーション】を抜き放ってしまったが、ファリスにとっては基本的に無価値で、存在する意味のない相手でも、そんな事をすればエールティアが悲しみ、怒りを抱いた状態での殺し合い発展する事がわかっていたからだ。
あくまで殺さずに痛めつける。それならば、エールティアは怒りこそすれ、全力で排除しようとはしないと踏んでいたからだ。
だが、本気である事を伝えなければ雪雨は引く事はないだろう。だからこそ渾身の表情で脅したはずだった。
その結果がむしろ雪雨の魂に火をつけるとは思わなかった。
(面倒ね。本当に消しても良いんだけど……)
一旦【カエルム】まで解放してしまった以上、抑え込むことは出来ない。かと言って、神偽創具の真価を発揮してしまったのだから、このまま引っ込めるわけにもいかなくなった。
真価を発揮するキーワードを口にすれば絶大な力を与えてくれる神偽創具だが、その代償に三日は使用を制限されてしまう。ローランのようにただ使うだけなら問題はなかったのだが、頭に血が昇っていたファリスは、全く気にせずに解放してしまったのだ。
今更ながら若干後悔しているファリスだったが、それでもエールティアにこの武器を解放する事はない以上、今使っても問題ないと思い至った。
その間にも一切の攻め手を緩めずに金剛覇刀を振るう雪雨に、ファリスは完全に気圧されてしまっていた。
最初は優勢だったはずファリスは、本気で消してしまおうかと考えるが、それでは結局エールティアと望む戦いは出来ない。そして……神偽創具の本来の力を発揮している間は一部分を短時間だけ強化する魔導以外は行使する事が出来ない。自然と魔力が吸われる為、そこまで回す余力がないのだ。
冷静な判断が出来れば、わざわざ力を誇示するような事はしなかっただろう。今の状況と雪雨の鬼気迫る攻めが彼女の判断を鈍らせていた。
「……消える事が、この世からいなくなることが怖くないの? 何も為せずに、何も出来ずに終わってしまうのが――!」
「そんなもん怖くて……鬼人族名乗ってられるか!! 俺は……俺様を見くびるな!!」
振り下ろされた金剛覇刀はファリスにかすりもせずに地面を砕く。確かに、圧倒的な気迫で怒涛の攻めを繰り出す雪雨だったが、それもほんの僅かな時間稼ぎにしか過ぎなかった。
最初こそは冷静さを欠いたファリスは攻めあぐねていた。このままでは雪雨を消しかねない。自分の望む未来の為に、それだけはする事が出来ない。そんな考えがグルグルと頭の中に回っているなか、雪雨の放つ大刀の一撃が容赦なく責め立ててくる。それが余計に思考を遮り、悪戯に時間を消費するだけの戦いが続いた。
あまりにも強すぎる武器を持っているからこその悩み――。
しかしそれも、少し視点を変えればあっけなく気付いてしまう。天啓が舞い降りたファリスが動くのは素早かった。
「どうした? 逃げ回るだけか? 一撃の女王様よ!!」
「……そう。慈悲を与えたつもりだったけれど、もういいわ」
ファリスの振るう【カエルム・ヴァニタス・イミテーション】は、たった一振りで雪雨の四肢付近の空間を歪ませ、刃を出現させる。突然に現れた四つの刃を一つは避け、一つは掠め、二つが左足と右腕を切断する。
「ぐっ……!?」
「残念ね。さあ、そろそろ終わりましょう」
片腕片足を切断されてなお、戦意を喪失していない雪雨は片足だけで無理やりファリスに近づき、薙ぎ払うように斬撃を放つ。
しかし、今まで避け続けていたファリスに体勢の崩れた斬撃が届くはずもなく……立て続けに放たれた斬撃に腕を切り落とされ、金剛覇刀を落としてしまう。
「【シャープクロー】」
もはやどうする事も出来ずに地面に倒れ伏した雪雨をファリスは見下ろし――決して侮ることなく彼の心臓に魔導によって強化された爪を突き立てた。
ファリスの爪が雪雨の心臓に深々と突き刺さった瞬間、結界の効果が発動する。
爪が引き抜かれた同時に雪雨の左胸が塞がれる……のだが、斬られた腕と足は戻らず、断面がそのまま残っていた。
『え……あの……』
結界の発動を確認し、勝利者の名前を告げようとしたシューリアから戸惑いの声が上がった。それも当然だろう。ファリスの武器で傷つけられた場所が癒されていないのだから。
「……言ったでしょう。意味ないって」
実況席にいるであろうシューリアに呆れた声を上げたファリスは、自らの神偽創具を手放し、どこかの空間へと戻す。
それと同時に雪雨の傷口から血が噴き出す。このままでは間違いなく失血死してしまうだろう程の流血だった。
「……【リ・バース】」
戸惑う観客達を無視してファリスが発動した魔導は、雪雨のあらゆる傷を見事に癒し、精神的に限界を迎え気を失った彼の身体を完璧に回復させた。
唖然とした空気が包む中、事を済ませたファリスは、黙ったまま静かに背を向ける。シューリアが声を上げるのも無視して、さっさと会場から出て行ってしまった。
『あ、えっと……しょ、勝者! ファリス選手!』
決闘場全体がなんとも言えない空気に支配される。ただ一つ言えることは――例え如何なる恐怖を振りまいても、鬼人族は雄々しく立ち向かうのだ……という事。
そしてそれが彼の命と身体を救ったという事実だった。
彼女は最初から雪雨を消すつもりはなかった。傷つけられた怒りで頭に血が昇り、【ヴァニタス・イミテーション】を抜き放ってしまったが、ファリスにとっては基本的に無価値で、存在する意味のない相手でも、そんな事をすればエールティアが悲しみ、怒りを抱いた状態での殺し合い発展する事がわかっていたからだ。
あくまで殺さずに痛めつける。それならば、エールティアは怒りこそすれ、全力で排除しようとはしないと踏んでいたからだ。
だが、本気である事を伝えなければ雪雨は引く事はないだろう。だからこそ渾身の表情で脅したはずだった。
その結果がむしろ雪雨の魂に火をつけるとは思わなかった。
(面倒ね。本当に消しても良いんだけど……)
一旦【カエルム】まで解放してしまった以上、抑え込むことは出来ない。かと言って、神偽創具の真価を発揮してしまったのだから、このまま引っ込めるわけにもいかなくなった。
真価を発揮するキーワードを口にすれば絶大な力を与えてくれる神偽創具だが、その代償に三日は使用を制限されてしまう。ローランのようにただ使うだけなら問題はなかったのだが、頭に血が昇っていたファリスは、全く気にせずに解放してしまったのだ。
今更ながら若干後悔しているファリスだったが、それでもエールティアにこの武器を解放する事はない以上、今使っても問題ないと思い至った。
その間にも一切の攻め手を緩めずに金剛覇刀を振るう雪雨に、ファリスは完全に気圧されてしまっていた。
最初は優勢だったはずファリスは、本気で消してしまおうかと考えるが、それでは結局エールティアと望む戦いは出来ない。そして……神偽創具の本来の力を発揮している間は一部分を短時間だけ強化する魔導以外は行使する事が出来ない。自然と魔力が吸われる為、そこまで回す余力がないのだ。
冷静な判断が出来れば、わざわざ力を誇示するような事はしなかっただろう。今の状況と雪雨の鬼気迫る攻めが彼女の判断を鈍らせていた。
「……消える事が、この世からいなくなることが怖くないの? 何も為せずに、何も出来ずに終わってしまうのが――!」
「そんなもん怖くて……鬼人族名乗ってられるか!! 俺は……俺様を見くびるな!!」
振り下ろされた金剛覇刀はファリスにかすりもせずに地面を砕く。確かに、圧倒的な気迫で怒涛の攻めを繰り出す雪雨だったが、それもほんの僅かな時間稼ぎにしか過ぎなかった。
最初こそは冷静さを欠いたファリスは攻めあぐねていた。このままでは雪雨を消しかねない。自分の望む未来の為に、それだけはする事が出来ない。そんな考えがグルグルと頭の中に回っているなか、雪雨の放つ大刀の一撃が容赦なく責め立ててくる。それが余計に思考を遮り、悪戯に時間を消費するだけの戦いが続いた。
あまりにも強すぎる武器を持っているからこその悩み――。
しかしそれも、少し視点を変えればあっけなく気付いてしまう。天啓が舞い降りたファリスが動くのは素早かった。
「どうした? 逃げ回るだけか? 一撃の女王様よ!!」
「……そう。慈悲を与えたつもりだったけれど、もういいわ」
ファリスの振るう【カエルム・ヴァニタス・イミテーション】は、たった一振りで雪雨の四肢付近の空間を歪ませ、刃を出現させる。突然に現れた四つの刃を一つは避け、一つは掠め、二つが左足と右腕を切断する。
「ぐっ……!?」
「残念ね。さあ、そろそろ終わりましょう」
片腕片足を切断されてなお、戦意を喪失していない雪雨は片足だけで無理やりファリスに近づき、薙ぎ払うように斬撃を放つ。
しかし、今まで避け続けていたファリスに体勢の崩れた斬撃が届くはずもなく……立て続けに放たれた斬撃に腕を切り落とされ、金剛覇刀を落としてしまう。
「【シャープクロー】」
もはやどうする事も出来ずに地面に倒れ伏した雪雨をファリスは見下ろし――決して侮ることなく彼の心臓に魔導によって強化された爪を突き立てた。
ファリスの爪が雪雨の心臓に深々と突き刺さった瞬間、結界の効果が発動する。
爪が引き抜かれた同時に雪雨の左胸が塞がれる……のだが、斬られた腕と足は戻らず、断面がそのまま残っていた。
『え……あの……』
結界の発動を確認し、勝利者の名前を告げようとしたシューリアから戸惑いの声が上がった。それも当然だろう。ファリスの武器で傷つけられた場所が癒されていないのだから。
「……言ったでしょう。意味ないって」
実況席にいるであろうシューリアに呆れた声を上げたファリスは、自らの神偽創具を手放し、どこかの空間へと戻す。
それと同時に雪雨の傷口から血が噴き出す。このままでは間違いなく失血死してしまうだろう程の流血だった。
「……【リ・バース】」
戸惑う観客達を無視してファリスが発動した魔導は、雪雨のあらゆる傷を見事に癒し、精神的に限界を迎え気を失った彼の身体を完璧に回復させた。
唖然とした空気が包む中、事を済ませたファリスは、黙ったまま静かに背を向ける。シューリアが声を上げるのも無視して、さっさと会場から出て行ってしまった。
『あ、えっと……しょ、勝者! ファリス選手!』
決闘場全体がなんとも言えない空気に支配される。ただ一つ言えることは――例え如何なる恐怖を振りまいても、鬼人族は雄々しく立ち向かうのだ……という事。
そしてそれが彼の命と身体を救ったという事実だった。
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