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319・広がる恐怖(雪雨side)
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雪雨は傷ついた自分の身体を見て恐怖を感じていた。ファリスの攻撃によって串刺しになったはずだが、痛みを一切感じない。何も感じない上に、動くことにも支障がない。だからこそ恐ろしい。
痛みがあるのならば我慢すればいい。戦いにおいて、痛みとは友のようなものであり、常に隣にあるものだからだ。
故に鬼人族は決して痛みを恐れない。特に雪雨はそれが顕著で、決闘の最中であればどのような痛みでも耐える事が出来た。彼が決闘で倒れるとき――それは自らの身体に限界が来た時以外にあり得ず、意識があるのならば如何なる苦痛も飲み干してきたのだ。
だが……そんな雪雨でさえ恐怖を覚える。本来感じるはずの痛みどころか、感覚すらもなくなっているそれは、本当に自分の身体なのかすら忘れてしまいそうな程の衝撃だった。
今までは痛みや多少の恐怖など、持ち前の勇気と戦いの欲求で飲み干してきた。雪雨にとってそれは当たり前の事だったのだ。
しかし――彼は今日、初めて自分の許容を超えた恐怖に出会った。あまりの恐ろしさに、手が震える。しかし恐怖に怯えた目は決してしない。それだけが彼に残されたささやかな抵抗だったからだ。
「……い、一体、何を……した……!?」
「何って……消しただけよ。わたしの邪魔をする奴は、誰であっても許さない。だからあなたは消えるの。ふふっ、ふふふっ」
どこか虚ろな笑みを浮かべるファリス。何を考えているのかまるで読めないそれに、雪雨は自然と一歩後退る。それに気付いた雪雨は己を恥じた。
こと戦闘に関しては随一であり、誇り高い鬼人族としての血が、直感的に目の前の怪物の危険な雰囲気に警鐘を鳴らす。今目の前にいるのは一番の危険人物なのだと。
「……一応チャンスをあげる。ここで降伏するなら――」
ファリスはわざとらしく【ヴァニタス・イミテーション】を掲げる。見せびらかし、強さを誇示する。普段の雪雨であれば、むしろより好戦的になるべき光景だ。しかし、今の彼は戦意を砕かれそうになっていた。故に今まで以上の勢いなどあるはずもなく、ファリスからは虚勢を張っているようにしか見えなかった。
「……鬼人族の俺が、この程度で『参った』……なんて言うと思ったか? 馬鹿にするなよ……!」
「どっちでもいいけど、あなたもこの剣で斬られたならわかるはずよ。結界具なんてもの、これにはなーんの意味もないって」
愉快だと言うかのようにファリスは自らの武器を軽く振るう。それだけで結界の外である観客席の壁に刃が突き立てられ、抜かれたそこからは何もない空虚な穴が広がっていた。
たったそれだけの事だったが、決闘をしている選手たちが結界具によって張られた一度だけ死を無効化する事が出来る結界を超えて攻撃する事は本来出来ない。
だからこそ、観客は安心して見る事が出来る。だが……ファリスの剣はそれを超えて攻撃する事が出来る事を証明してしまった。結界に何か影響を与える事もなく。
「わかる? 結界なんてわたしにはなんの枷にもならないの。この【カエルム・ヴァニタス・イミテーション】は結界具の効果なんて無視する事が出来る。……本当に、あなたの存在を消してあげる事が出来るの。わかる? その恐怖が。名誉も誇りも何もない。ただ、消えていくだけの恐怖が」
一歩。また一歩と近づいて力説するファリスに対し、雪雨は彼女と距離を取るように離れようとして――身体が思うように動かない事に気付いた。
確かに痛みを感じない……が、彼の身体には無数の刺し傷が存在し、その傷口はどれもがぽっかりと穴をあけた空虚だったが、確かに身体に影響を及ぼしていた。
「消滅したいのならお望み通り消してあげるけど……どうするの?」
雪雨はファリスに本気を見た。このまま戦えば、本当に消されてしまう。それだけの凄みが彼女にはあった。
常人ならば、ここで泣き叫び命乞いをするだろう。現に雪雨の頭の中にもそれがよぎった。ここで敗北を認めれば命は失わずに済むだろう、と。
今すぐにでもこの恐怖の中から逃げ出したい――そんな感情に支配されそうになる自分を、雪雨は思いっきりぶん殴った。
いきなりの状況に、きょとんと雪雨を見つめるファリスには、先程までの凄みはなかった。
(今ここで逃げ出したら……負けを認めちまったら、全部なくなる。戦いへの矜持も、誰よりも強くなるんだという気持ちさえも!!)
「馬鹿にするなよ。俺に――鬼人族に背を向ける敗北は無い!! 例え恐怖に心呑まれても……この魂は折れはしない! 戦いの中に散るのなら……悔いはない!!」
事ここに至っては人造命具に意味はない。金剛覇刀を振り回して構えた雪雨は、自らの死と引き換えに勝利をもぎ取る為、ファリスに突撃を繰り出す。
もはや死を恐れる事はなく、あるのは鬼人族としての誇り。最強を背負う為に戦い続けた男の姿。
その姿こそ、未知なる光景を突きつけられた観客達に広がった恐怖を打ち消す、勇猛果敢な姿だった。
理解出来ないのは、目の前で相対するファリスただ一人。雪雨は今、会場の全てを味方につけ、最期の戦いに挑む。
痛みがあるのならば我慢すればいい。戦いにおいて、痛みとは友のようなものであり、常に隣にあるものだからだ。
故に鬼人族は決して痛みを恐れない。特に雪雨はそれが顕著で、決闘の最中であればどのような痛みでも耐える事が出来た。彼が決闘で倒れるとき――それは自らの身体に限界が来た時以外にあり得ず、意識があるのならば如何なる苦痛も飲み干してきたのだ。
だが……そんな雪雨でさえ恐怖を覚える。本来感じるはずの痛みどころか、感覚すらもなくなっているそれは、本当に自分の身体なのかすら忘れてしまいそうな程の衝撃だった。
今までは痛みや多少の恐怖など、持ち前の勇気と戦いの欲求で飲み干してきた。雪雨にとってそれは当たり前の事だったのだ。
しかし――彼は今日、初めて自分の許容を超えた恐怖に出会った。あまりの恐ろしさに、手が震える。しかし恐怖に怯えた目は決してしない。それだけが彼に残されたささやかな抵抗だったからだ。
「……い、一体、何を……した……!?」
「何って……消しただけよ。わたしの邪魔をする奴は、誰であっても許さない。だからあなたは消えるの。ふふっ、ふふふっ」
どこか虚ろな笑みを浮かべるファリス。何を考えているのかまるで読めないそれに、雪雨は自然と一歩後退る。それに気付いた雪雨は己を恥じた。
こと戦闘に関しては随一であり、誇り高い鬼人族としての血が、直感的に目の前の怪物の危険な雰囲気に警鐘を鳴らす。今目の前にいるのは一番の危険人物なのだと。
「……一応チャンスをあげる。ここで降伏するなら――」
ファリスはわざとらしく【ヴァニタス・イミテーション】を掲げる。見せびらかし、強さを誇示する。普段の雪雨であれば、むしろより好戦的になるべき光景だ。しかし、今の彼は戦意を砕かれそうになっていた。故に今まで以上の勢いなどあるはずもなく、ファリスからは虚勢を張っているようにしか見えなかった。
「……鬼人族の俺が、この程度で『参った』……なんて言うと思ったか? 馬鹿にするなよ……!」
「どっちでもいいけど、あなたもこの剣で斬られたならわかるはずよ。結界具なんてもの、これにはなーんの意味もないって」
愉快だと言うかのようにファリスは自らの武器を軽く振るう。それだけで結界の外である観客席の壁に刃が突き立てられ、抜かれたそこからは何もない空虚な穴が広がっていた。
たったそれだけの事だったが、決闘をしている選手たちが結界具によって張られた一度だけ死を無効化する事が出来る結界を超えて攻撃する事は本来出来ない。
だからこそ、観客は安心して見る事が出来る。だが……ファリスの剣はそれを超えて攻撃する事が出来る事を証明してしまった。結界に何か影響を与える事もなく。
「わかる? 結界なんてわたしにはなんの枷にもならないの。この【カエルム・ヴァニタス・イミテーション】は結界具の効果なんて無視する事が出来る。……本当に、あなたの存在を消してあげる事が出来るの。わかる? その恐怖が。名誉も誇りも何もない。ただ、消えていくだけの恐怖が」
一歩。また一歩と近づいて力説するファリスに対し、雪雨は彼女と距離を取るように離れようとして――身体が思うように動かない事に気付いた。
確かに痛みを感じない……が、彼の身体には無数の刺し傷が存在し、その傷口はどれもがぽっかりと穴をあけた空虚だったが、確かに身体に影響を及ぼしていた。
「消滅したいのならお望み通り消してあげるけど……どうするの?」
雪雨はファリスに本気を見た。このまま戦えば、本当に消されてしまう。それだけの凄みが彼女にはあった。
常人ならば、ここで泣き叫び命乞いをするだろう。現に雪雨の頭の中にもそれがよぎった。ここで敗北を認めれば命は失わずに済むだろう、と。
今すぐにでもこの恐怖の中から逃げ出したい――そんな感情に支配されそうになる自分を、雪雨は思いっきりぶん殴った。
いきなりの状況に、きょとんと雪雨を見つめるファリスには、先程までの凄みはなかった。
(今ここで逃げ出したら……負けを認めちまったら、全部なくなる。戦いへの矜持も、誰よりも強くなるんだという気持ちさえも!!)
「馬鹿にするなよ。俺に――鬼人族に背を向ける敗北は無い!! 例え恐怖に心呑まれても……この魂は折れはしない! 戦いの中に散るのなら……悔いはない!!」
事ここに至っては人造命具に意味はない。金剛覇刀を振り回して構えた雪雨は、自らの死と引き換えに勝利をもぎ取る為、ファリスに突撃を繰り出す。
もはや死を恐れる事はなく、あるのは鬼人族としての誇り。最強を背負う為に戦い続けた男の姿。
その姿こそ、未知なる光景を突きつけられた観客達に広がった恐怖を打ち消す、勇猛果敢な姿だった。
理解出来ないのは、目の前で相対するファリスただ一人。雪雨は今、会場の全てを味方につけ、最期の戦いに挑む。
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