山田の記憶

とある、山田

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第七章

巻き戻し

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山田は今日も、6時半に起きる。

目覚ましの音が鳴るより少し前に目を覚まし、布団の中で天井を見つめるのが習慣だ。窓の外から差し込む淡い朝の光が、寝室の壁紙にぼんやりとした色を落とす。
ただその光は、まるで「昨日」と同じものだった。光の角度、明るさ、揺らぎまでもが、記憶と一致している。
(……デジャヴ?)

顔を洗い、電気ケトルで湯を沸かす。パンはトースターで軽く焼き、コーヒーを淹れる。

カップを持ち上げた瞬間、山田はふと、手元を止めた。
「……さっき、これをやった気がする」
気のせいだと思い直し、一口飲む。やはり味はない。ただぬるい液体が喉を通るだけだった。

再び時計を見ると、秒針が“止まりかけた”ように見えた。だが瞬きをすると、何事もなかったかのように動いていた。

「……妙だな」

作業服に袖を通す。ポケットに入れたメモは、三日前に書いた内容のままだった。昨日の分を書き直したはずなのに、どこにもない。

「……まあいいか」

通勤路。今日も同じ道。だがその風景が、既視感というにはあまりに「一致しすぎて」いた。すれ違う男が、同じ角度で自転車をこぎ、同じタイミングであくびをし、同じように携帯を落とした。

山田は立ち止まった。
数秒後、その男がまた現れる。同じ角度で、同じあくび、同じ携帯。

「……なんだ、これ」

工場の門をくぐると、佐藤がいた。

「おはようございます、山田さん。宜しくお願いします。」
昨日とまったく同じイントネーション。同じ抑揚。言葉の後に訪れる沈黙の長さまで、まるで“録音”のように一致していた。

「おはようございます……」

山田は、試すように返事を変えてみた。

「おはよう、佐藤君。今日はよく眠れたか?」

佐藤は、少しの間を置いて、

「おはようございます、山田さん。宜しくお願いします。」

同じセリフを繰り返した。
表情は昨日とまったく同じ。「反応」ではなく、「再生」に近い。

工場の中でも、それは続く。

今日の作業は布を染める工程のチェックだ。機械の稼働状況を確認し、異常がないかを細かく見て回る。

「温度は……正常。脱水機も、問題な――」

その瞬間、耳元で「カチ」と音がした。
すべてが巻き戻った。

気がつくと、山田は家の洗面所にいた。顔を洗っている最中だった。
鏡の中の自分が、こちらをじっと見ている。口元が動いた。

「おはようございます、山田さん今日も宜しくお願いします。」

佐藤の声だった。だがそれは、鏡の中から発せられた音だった。

手が震える。山田は洗面台に手をついて、深呼吸をした。
その時、背後から声がした。

「おはようございます、山田さん。今日も宜しくお願いします。」

振り返っても、誰もいない。

再び通勤路。さっき見たはずの男が、また自転車で通り過ぎる。今度は携帯を落とさなかった。その代わり、別の男が、代わりに携帯を落とした。すべてが「置き換え」られている。

山田は、混乱していた。

だが、周囲の人々は、まるで何も変わらない一日が続いているかのように、仕事をし、同じ挨拶を交わし、同じ道を歩いていた。

それでも山田だけは確信していた。

この一日は、もう何度目かの“やり直し”である――と。



最後までお読みいただきありがとうございました。
この物語は、「日常のかけらが少しずつ崩れていく恐怖」と「それでも朝はやってくる」という回復をテーマに描いています。
次の章でも、山田の変わらぬ朝に、少しずつ“何か”が混ざっていきます。
ご感想・応援コメント、お気軽にお寄せください。
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