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第一章 殺人鬼の不幸
なにかお困りですか
しおりを挟む馬車に揺られること3日間。
エールデンフォート近郊の、のどかな草原地帯はどこへやら、私たちの馬車は深き森に差しかかっていた。
背の高い針葉樹がおいしげり、それにともなって、小窓から吹きこむ風はよりつめたく、乾燥したものにかわっていく。
まだ2月も半ば。
エールデンフォートでもコートは必須だったのに、さらに北上してきたのだから、気温が寒くなっていくのは当然の帰結ではある。
だが、それにしてもーー。
「ねーエイデンさーん、寒いぃー、窓しめてー」
「ああ、ごめんよ、エイミー」
私の膝上で足をバタつかせる少女をひとなで。
側面の小窓をしめて、今度は御者台につうずる、馬車正面の小窓をあける。
「さむいー! なんで開けるのぉー!?」
ぽこぽこ叩いてくるエイミー。
しかたないので紫の髪の毛のうえに杖の先端をおいて、火属性式魔術をかけてやる。
「わぁー、温かいー」
大人しくなったエイミーを抱きなおして、私は冷風吹きこむ小窓に顔をちかづけた。
フード付きの赤コートを着込んだ、クリスの背中がそこに見える。
「クリス、平気か。この寒さはやや異常なように思える。こんなところで素材に死なれては困るから、私が御者をかわろう」
話しかけると、クリスは小窓に顔をちかづけて、赤色のフードをとり、愛らしい笑顔を見せてくれた。
「へっちゃらですよ、これくらい! 私は火属性の魔術は大得意なので、むしろ今はポカポカさせすぎて暑いくらいです。
それに、先生は痩せっぽっちで体力ないんですから、格好つけなくてもいいですよ、えへへ」
「別にそういう意味では、なかったのだがな。大丈夫ならそれでいい。こちらも最後のエイミーが寝込むまで、やや手間とりそうと考えていたところだからな」
私はそういって小窓をとじるべく、取っ手に指をかける。
「あの、先生」
「ん、なんだ」
小窓をしめようとした瞬間、クリスはやんわりとほそい白指を、あいだに挟みこんできた。
のぞく緋瞳をじっと見つめる。
「……あたしにもポカポカするやつ掛けてくれませんか? エイミーたちだけずるいです」
「おかしなことを言う。この子たちはまだ魔法を使えない、だから私が魔法をかけた。
クリス、君は火属性式魔術が得意なのだろう。暑いくらいだって、自分でいってたじゃないか」
「うぅ……いいから魔法をかけてくださいよ。先生のがいいんです」
わからんな。
クリスは、たまにこういった非合理的なことを、私に要求してくる。
いったいこれになんの意味があるという。
誰が唱えても、火属性一式魔術≪暖≫は変わらないのに。
「……≪暖≫」
「わぁ、温かいです。ありがとうございますっ!」
小窓の隙間から、先端だけだしていた杖をひっこめる。
「この針葉樹海まできたということは、セイ・オーリアも遠くはない。引き続き馬車をたのんだ」
「えらいですよ、先生。人に何かをお願いするときは、そういう態度でないといけません。
けして以前のように、『勇者なのだから馬車ひくのはあたりまえ』みたいな不遜な態度ではだめですよ~」
ここ数日で幾度となく指摘された記憶がよみがえる。
説教くさくなってきたクリスに、半顔をむけて私はそっと小窓をとじた。
「ん、先生!」
またしても阻止される窓閉じ。
「あれ、誰か倒れてますよ!」
「ほう」
緊迫したクリスの声。
だんだんと速度をおとして、ついには停車した馬車。
側面の窓をあけてあたまを出してみると、道脇の針葉樹の根本に、ひとりの男がもたれかかっていた。
分厚いローブ……もとは灰色だったのだろうか。
今は見る影もなく、その布地をまっかに染めている。
すぐよこに安置される、魔法を使うための大杖は、なかばで折れて、使用不可能な状態。
特に目をひく、血のしたたる男の右肩には、大きな爪痕があり、およそ人以外のなにかと戦闘をおこなったことが推測された。
「よし、クリス、馬車をだすんだ」
「何言ってるんですか、助けますよ!」
御者台から飛び降りたクリスに、窓からだしていた首根っこをつかまれて、強制的に馬車から引きずりおろされる。
「痛っ……ぐっ、やれやれ、仕方がない。そこの男、私たちの声が聞こえるか?」
すれたコートとぶつけた膝を気にしつつ、片手間に満身創痍の魔術師へ診断をはじめる。
「ぁ、あぁ、だれか、だれか、いるの、か……?」
男はこちらをしっかり見ながら、空を掴むように手を伸ばしてくる。
視覚が効いていないようだ。
「安心してください! もう大丈夫です! さあ、これを飲んでください!」
「あ、ぅ、ぅ、うぅ……」
クリスは男のフードをはずし、その口へ美しい色の液体がはいった小瓶をかたむけ、わずかに粘性のある液体を飲ませようとしている。
透明度の高い、黄緑色をしたポーション。
熟達した錬金術師に精製されただろう高価な品だ。
こんな道端の死体に、つかってやる意味がわからない。
だが、きっと助けるつもりなのだろう。
彼女はまがうことなき勇者なんだから。
「ほら、飲んでください! 必ず助かりますから!」
「あぅ、ぁ、ッ、ゲホッ」
男の口からポーションが吐きだされる。
もはや自力で飲む体力すら、残っていないようだ。
この寒さ……黄金街道のルートとはいえ、何時間も放置されれば人なんて簡単に死ぬ。
それが手負いならば、尚更というものだ。
「クリス、なにをしている、それを貸せ」
「っ、先生」
もたもたしてるクリスの手から、ポーション小瓶を奪いとり、腰のホルダーからは杖を抜く。
「≪暖≫……ほら、よく傷口をみせろ」
男へ魔法をかけ、杖をふって体をごういんに浮遊させる。
「うがぁぁあッ、ぁあ……ッ」
「先生ッ! なにしてるんですか!」
「黙っていろ」
痛みにうめく男を、腰ほどの高さで浮かし、目のまえに持ってくる。
横に転がし、不衛生な灰色ローブをいちぶ魔法で引き裂いて、上半身を露出させていく。
肩の裂傷……傷は深く、筋繊維は断裂を起こしている。極めて不衛生だが、皮肉にもこの寒さが、腐食と寄生虫のたぐいから守ってくれたらしい。
まだまだポーション単体の治療範囲だ。
「幸運だね、君は。それではポーションをかける。やや痛むかもしれないが、我慢するんだよ」
男の肩口へ、クリスの黄緑色のポーションをかけていく。傷口によく染みこむようにゆっくりと。
ーージュワァァァア……
「ぁぁああッ、ぁ、ぁあ、ッ、ァァアアッ!」
「やかましい奴め。すこし黙っていろ」
ポーションを傷口に注ぎきり、瓶を逆手にもって男の頭へたたきつける。
小瓶は音をたてて、心地いいくらい綺麗にわれる……男の叫び声はピタリとやみ、
クリスが口元を押さえ、目を見張り、私と静かになった男を交互に見つめてきた。
「う、ぅぅ……先生、また、ひと、を殺して……っ」
「冗談はよしなさい。気絶しているだげだ」
勝手に殺されるあわれな男を、魔法で浮かしたまま馬車のなかへ。
出血した人間など、創作活動でもないかぎり、絶対にさわりたくない。
よって、男の監視はうちの娘たちにやらせる。
「クリス、馬車を脇によせるんだ。関わってしまった以上、この男に相応の礼をしてもらわなければ、私の精神衛生のバランスが保てないからな」
馬車にきたない男を乗せおえて、私は男の血つづく森の深きへと視線をむけた。
それに気になることもある。
この男には、はやく起きて喋ってもらわねば。
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