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第一章 再誕者の産声
第9話 才能のない男
しおりを挟むあの日からしばらく経った。
何度も季節の変わり目を経験した。
この世界には、トニースマスという、クリスマス的なイベントがあった。
ノウ・トニーの降誕を祝う祭りらしい。
まぁそんなこともうどうでもいいのだけどな。
初のトニースマスを祝ったのもずっと昔のことだ。今となってはクリスマスモドキのイベントに匙な感慨も抱かない……いいや、抱けない。
もう2回、トニースマスは祝ったんだからこれは単なる慣れなのかもしれないけれど。
家の庭に腰を下ろしながら、俺は絶望の中にいた。
意味がわからなかったからだ、どうしてこんな目に俺が合わなければいけないのか。
どうしてこの理不尽な世界は俺に与える不幸の10分の1の幸福すら与えてくれないのか。
いまだに俺にはわからなかったのだ。
「なんでだよ」
なんでなんでなんでなんで?
「どうしてだよ」
どうしてなんでどうしてなんで?
「ふざけんじゃねぇよッ! どうしてなんだよっ!」
悔しさを声に出して吐き出す。
「ふざけるなッ! ふざけるなッ! ふざけるんじゃねぇぇよォォッ!」
庭の芝を蹴散らかす。あとで両親に悟られないよう片付けることすら頭の片隅に追いやって俺はただがむしゃらに暴れまくる。
「ふざけんなぁッ! いい加減にしてくれよォッ!」
涙が溢れて来た。もう無理だ。もう耐えられない。
「ふじゃげんなよぉ……うぐぅッ、ふじゃげんじゃねぇよぉ……うぐぅッ……」
鼻水と涙とで顔面はぐしょぐしょだ。
「ぅぁああああぁぁぁああぁぁッ!」
やがて俺のとめどない感情はたかが外れたように制御が効かなくなってしまった。いいや、思えばもうずっと俺はこんな壊れた状態だったのかもしれない。
いつからこんなになってしまったのか。
それすらも俺にはもうわからなかった。
ー
疲れた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
芝の上にあぐらをかいて座る。
自分の手に握られた、杖を見下ろし睨む。
役に立たない、ただのえだ。
この2年間、一度も魔法を吐き出さないえだ。
「……ッ! ふざけんなぁッ!」
俺は特別だったんだ。
「特別だったのにッ!」
彼らは期待していると言ってたんだ。
「言ってたんだよ……」
アーカムはなろうと思えば何にだってなれる、そんな天才なんだろう、と。
期待に応えなくては……。
心のどこかでそう感じていた。
魔法の才能は人並みにあると言われ、努力すれば一流になることもできると言われた。
そうして、1歳という幼い年齢で杖を贈られるという最大の幸福を受けることにもなった。
すべては両親に期待されてたからだ。
だが、蓋を開けてみればどうだろうか。
2年もの間ひたむきに魔法の勉強してきたのに、一式魔法の一番簡単と言われる火属性式魔法すら一度も行使できない……本当の無能。どんなグズだよ。
「ふざけるなッ!」
そうだ。思い出した。
2年前だった……地獄が始まったのは。
魔法を勉強し始めたあの頃。
なかなか上手くいかないと悩んだりした。
それでも、両親の与えてくれた家の魔術の教科書や、街の本屋で新調した最新の参考書を読み上達する可能性を探ったりしていた。
一般的な勉強方法で基本に忠実に行こうと考えた。
自分には才能が無い、地道にいくしかないからと。
詠唱を行い魔力の流れを感じて「現象」を起こす。
言ってることはわかったが、なかなか上手くいかなかった。
時折、魔法陣の勉強もしてみた。
とても複雑な魔術言語を使って描かれてるものなので、もちろん魔術言語の勉強もした。
魔術言語の法則はめんどくさくて難しかった。
一般的な魔術師が勉強しないのもうなずける難しさだった。
だが、俺は頑張った。
たくさんの時間をかけたんだ。
魔法陣も魔術言語もマスター出来たとは言い難い……けれど、持ち前の物覚えの良い柔らかい脳を使って、気がつけば魔法学全般に関してどんどん詳しく、そして理解できるようになっていった。
それでも魔法の行使にはカスリもしなかった。
本当にいろいろ試したのだ。
杖がダメなのか? 教科書が悪いのか? 練習方法が間違っているのか?
普通の魔術師がやらないようなことも試した。
魔法陣で魔術式を9割満たし、残りの1割をはっきりと大きな声でゆっくりと詠唱したりもした。
自分には才能がないからと人一倍努力してで取り組んできたつもりだ。
元いた世界でも、これほど熱意を持って物事に励んだことは無かった。断言できる。俺の人生で最高の熱量を投下した時間だったと。
俺はそれほどに魔法が使いたかった。
それほどに期待した魔法を使えるという現実に。
だが、もうなにも期待してない。
杖をもらった、初日こそ、よくわからない感じで魔法を撃ち出したようだが、完全に無意識。
なにを狙ったわけでもない。
みんな、使えるのに自分だけ使えない現実。
どんなに頑張っても魔法を使えない理由。
「……ぅぅ、ぅ、う」
なんとなく心当たりはある。
俺は転生者だ。
この世界の純粋な存在ではない。
だからきっと魔法が使えないんだ。
アーカム・アルドレアではなく、伊介 天成なのだから、この世界の法則たる魔法を扱えないのは当たり前なのかも知れない。
「ぁ、ぁ、く……ぅぅ」
それならさ。
「ぅぅ、う、ぅ……ッ! だったらさ期待なんかさせんなよォッ! なんだよ最初のやつはよォ! ふざけんなよ! 俺は2年間、2年間もこれまでこんな一生懸命やったことがないってくらい頑張ったのに! 全部無駄かよ! ふざけんなよッ!」
庭の芝たちにこれでもかというほど当り散らす。
彼らからしてみればいい迷惑だが、もうすこし俺の憂さ晴らしに付き合ってもらう。そうでもしなければ俺は本当にどうにかなってしまうのだから。
「ふざけんな! ふざけんな! ふざけげぇッ!?」
足をひねり地に膝をつく。芝に顎を打ち付け衝撃で舌を噛んだらしい。痛い。
「ふじゃけんにゃよぉぉ……」
今は両親はいない。
彼らの前でこんな姿は見せなくない。
「ぅぅぅぅ」
エヴァもアディもきっと失望してる。
心もぼろぼろだ。
なんて惨めなんだろうか。
「……ぁぁ」
思えば、以前こんな気持ちになったことがあったことを思い出した。
俺は……伊介天成はとても育ちが早い子だった。
元の世界の話だ。
もちろん異世界に転生してからのような規格外の程ではない。周りの子供より少し早く歩き、喋り、卒乳したくらいだ。
小学生に上がってからも、いろいろなことを上手くこなせた。今にして思えば当然だ。なんせ体が大きかったんだから。
クラスでは一番足が速く、運動もできた。
テストで良い点を取ると、両親は褒めてくれた。
天才だ、とそんな風に言われ、小学校低学年の頃はちょっとした神童として扱われたものだ。
だが、そんな神童はただの人になるのも早かった。
次第に物事を上手くやってるつもりが、周りと同じレベルになっていった。
運動ができたのも、周りの子供の体の成長が同じになれば、その差は埋まった。
両親は特に気にした風もなかった。
変わらず愛してくれてたと思う。
だが、自分は天才にはなれなかったんだと、当時はそのことばかり気にしていたのをよく覚えてる。
ただの人になってからは趣味を大事にする普通の学生として生きてきた。
中学生卒業まではそれなりに優秀な生徒として、頑張ってみんなのイメージを通してきた。
だが、高校では頑張らないようにした。
あいつは凄い……そんな風にに少しでも思われることを恐ろしく感じたからだ。
”凄いはずっと続かない”
そう知ってるはずなのに……そう知ってるはずだったのに、俺は優秀な息子としてあろうとしていた。
アーカム・アルドレアは天才でなければならない。
いつからだろう……そんな風に考え出したのは,。
やはり思い出せない。
あの杖先から、少しでも火が出てくれればきっとまだ頑張れただろうが……もうさすがに限界だ。
我慢強くないのによく2年も続けられたものだ。
自分を褒めてやりたい。
今日こそはやめてやる。
そう言い続けて、もう1年も経ってしまった。
そろそろ頃合いだ。
本当の本当に今日で終わりにしよう。
その日アーカム・アルドレアは魔術師を志すのを諦めた。
ー
数日後。
未練たらしく魔術の教科書をしばらく読み直してしまった。魔法は何もくれないというのに。
今日は本当に気分を入れ替えて町に出てみようと思う。今まで自主的に出掛けなかった町へ。
こう考えられるのも俺に余裕が生まれたおかげだ。
時間的にも、心の余裕という意味でも。
「ん? どうしたんだ? アーク」
「どこかいくのアーク?」
玄関に赴くとエヴァとアディが驚いた表情でこちらを振り返った。傍らにはうちの柴犬も待機している。
どこか狂ったように魔法を勉強する息子をずっと見てきたんだ。彼らが驚くのも無理はない。
「少し町を見てこようと思いまして。特にどこにいくという訳ではないですが」
どこか表情の明るい両親に向かって言う。
俺はどんな顔をしてるんだろうか。
「それは……すごくいいわね! 途中までお父さんと一緒に行ったらどう?」
「おお! そうか! ならお父さんと魔術協……あー仕事場まで、一緒に行かないか?」
やはり不器用だな、うちのアディは。
「ははっ、そうですね。仕方ないですから、父さんが迷子にならないようきちんと付いて行ってあげましょう」
俺は薄く笑いアディの横に並んで立った。
「ふふっ、そうね! おっちょこちょいなお父さんをお願いねアーク」
「なんか俺への信用低すぎない……?」
「わふわふ!」
久々の明るい笑い声がアルドレア邸に響きわたった。
ー
町の中央を流れる川が見えてきた。
ここを越えると武器や防具を売ってるレンガ倉庫や、魔術協会などがある町の中央部分に入る。
「あれ、あの人は……」
アディが目を細めふと呟いた。
橋の上で佇む人物見て言ったようだ。
「おやおや、これはアディフランツ。久しぶりだねぇ」
「はい、こんにちはテニールさん。お久しぶりです。この前のトニースマスではお会いしなかったので、丸々1年ぶりくらいですかね」
「おやおや、もうそんな経ったかねぇ。歳をとると時間の流れに疎くなる」
「はは、何を言ってるんですか。そんな老人アピールしないでくださいよ」
どうやら、このじいさんはアディの知り合いらしい。タングじいさんと比べたら、全体的に線が細く、老けて見える。
しかし、背筋はピンと伸びており、全体的に小綺麗だ。品のある紳士といった風情の老人だな。
断じて筋骨隆々な鍛冶場親父ではない。
「おやおや、ところでそちらがアーカム君でいいのかな? 話は聞いているよ、すごい天才らしいじゃないか」
「え、あ、はい、ありがとうございます……魔術の才能には恵まれませんでしたけど」
「ぁ、うぅ」
自虐的に皮肉ってみたがあまり具合がよろしくない。
アディがとても気まずそうな顔をしている。
このテニールじいさんとはしばらく会ってなかったらしいので、恐らく俺にナイーブな時期があったことは伝わっていないのだろう。
「おやおや、聞いてはいたけど、すごいねぇ。こんなはっきり喋れるなんてねぇ……それにアーカム君はその歳にして何か大きな悩みを抱えているね?」
テニールじいさんは覗き込むように灰色瞳をギラつかせる。
人を観察しなにかを探らんとする嫌な目だ。
「人はいつでも悩みを抱えて生きるものでしょう? テニールさん」
「おやおや、まったくその通りだねぇ。当たり前のことをしたり顔で語ってしまったよ。すまないねぇ」
テニールじいさんは「ほっほっほっ」と乾いた笑い声を響かせニコリと微笑んだ。
「では、テニールさんこのへんで。自分は仕事に向かう途中でして。また時間がある時、お家を訪ねさせていただきます」
「おやおや、律儀なことだ。そんなことしなくてもいいのに……まぁ私はだいたい暇してるから、いつでもおいで。鍵は開けておこう」
「はい、最近は仕事も安定してきましたので、近いうちに。じゃ、行こうか、アーク」
「はい、父さん。さよなら、テニールさん」
「あぁまたねぇ」
テニールじいさんにお辞儀をし、橋を越える。
しばらくして後ろを振り返ってみると、テニールじいさんは未だにこちらを見つめていた。
視線に気づくとテニールじいさんは笑顔で手を振ってきた。なんだろう……あのじいさんは。
近くても遠くてもやはり気持ちのよくない視線だった。
ー
魔術協会に到着した。
紺色のローブを着た大人たちが吸い込まれるように建物の中へ入っていっている。
「じゃ、仕事頑張ってください」
「あぁそれじゃなアーク。町の中央からあまり離れたらダメだからな。言わなくてもわかると思うが路地裏なんかも危ないから入っちゃだめだ。
お前は年の割にしっかりしてるが、それでもまだまだ子供だ。何かあったら魔術協会にくるか、すぐにソレを使うんだぞ?」
アディの言うソレとは、俺とアディのそれぞれの指に嵌められたリング状の「魔道具」のことだ。
この魔道具は消耗品で、使うともう片方のリングに信号を送ることができるという代物らしい。
「はい、わかってますって。僕は大丈夫です。シヴァだっているんですし、この3メートルを超えるバケモン柴犬に向かってくるような愚か者は、この町にいませんよ」
「わふわふ!」
シヴァのふわふわの背中をパシパシ叩く。
クルクマの町ではちょっとした名物犬だ。
彼女は時々家を抜け出して、町を自主的に散歩しているらしく、姿を見れるとその日はいいことがある幸運を呼ぶ犬として、町の皆に愛されているのだ。
「まぁそれもそうか。シヴァ、危なそうだったらアークを守ってやるんだぞ? それじゃ、行ってくるな」
「わふっわふっ!」
アディを見送り、シヴァとのぶらり旅が始まった。
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