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第一章 再誕者の産声
第23話 金属の箱
しおりを挟む「師匠! おはようございます!」
3ヶ月前と何も変わらない言い慣れた挨拶。
久しぶりのはずだが師匠は何も変わらずそこにいてくれる。
「おやおや、アーカム、今日も早いねぇ」
師匠はしわくちゃな顔に優しい微笑を貼り付けて、笑いかけてきた。
うむ、やはり3ヶ月前となんら変わらない。
「アーカム、少し話したいことがあるから、まずは中へお入り」
師匠の手招きに誘われてテニールハウスへと足を踏み入れた。
季節はすっかり冬。
ここではすでに暖炉を解禁しているようだ。
掘っ立て小屋にミスマッチな石レンガの暖炉の中で、薪がパチパチと音を立てて燃えている。
師匠に案内されふわふわの絨毯の上に設置された机につき、温かいティーをすする。
「して、師匠、話したいこととは何でしょうか?」
「おやおや、この3ヶ月、私が何をしていたのか、気になってると思っていったんだが、そんな気にならなかったかい?」
俺のための質問タイムを用意してくれたということらしい。ならば遠慮なく聞かせてもらおう。
「そうですね。では、師匠はこの3ヶ月なにをしてらしたんですか?」
「うむ。では順を追って話そうかねぇ」
師匠は3ヶ月の間、何をしていたか話してくれた。
端的に言えば、エレアラントの森の調査だった。
ここは3ヶ月前と同じ説明だ。
以前は、なんで師匠が森のことを気にするのかわからなかったが、今ならわかる。
俺の師匠テニール・レザージャックは狩人だ。
吸血鬼殺す手段を持つ強力な武力を保持する集団だとアディやエヴァに聞かされた。
きっと、そのことが関係しているに違いない。
つっこんで師匠に聞いてみよう。
「師匠、かりうーー」
「っと、まぁそんな具合に森を調査していたんだよ。そしたら、ずいぶんと不思議なものを見つけてしまってねぇ。この歳になってまで、あれほど仰天させられるとは思わなかった」
大事なことを話し出しそうだな。
質問は後回しだ。
「ほうほう、仰天するもの……ですか?」
「あぁ恐らくテゴラックスたちが森の深部から出てきてしまったのも、アレのせいだろうねぇ」
「師匠、もったいぶらずに教えてくださいよ」
師匠のじらしプレイが始まりそうだったので秒でキャンセルボタンを連打する。
「おやおや、せっかちだねぇ」
「師匠」
「ほっほっ、仕方ない。私の可愛い一番弟子には特別に教えてあげよう。ただ興味本位でアレに近づいてはいけないよ?」
師匠は人差し指を立て諭すように注意を勧告してくる。
俺はおざなりに手を振り厳粛な宣誓を口にする。
「わかってますって。わたくしアーカム・アルドレアは絶対にそのアレとやらに無断で近づきません……さぁ! なにですかっ、アレって?」
「わかった、わかった、でも本当に特別だからねぇ? 絶対に近づいてはいけないからねぇ? 私が森の奥で見つけたものは……そうだね、なんと言うべきか……恐らく金属の塊と思われる巨大な箱だ」
「金属の箱?」
「あぁ、中は空洞になっているようだったからねぇ。アレは箱と表現するのが正しいと思うねぇ。あぁ、それと表面にとある模様がほられていてね、写しを取ってきたんだよ」
そういって、師匠は大きな羊皮紙を取り出すと机の上に広げた。
机上の紙に視線を落としまじまじと見つめる。
俺が自分の脳が紙に写された模様に既視感を覚えている事に気づくのに、さしたる時間は掛からなかった。
「これは......どこかで……」
「こうしてみると……そう、まるで国旗のようにもみえるねぇ」
はぁ……はぁ……どうしたと言うんだ、俺。
国旗らしき模様見た瞬間から、やけに心臓の鼓動が大きく早くなったように感じる。
辺りが黒く塗りつぶされ、外界からのあらゆる刺激がシャットダウンされていく。
何でだ、どうしてこのシルエットに見覚えがある。
「はぁ……はぁ……」
暗澹に支配された空間で自分の心臓の鼓動の音だけが馬鹿みたいに響いている。
自分という存在がゆっくり分解され抽象化される。
存在の確立を否定されているような……途方もない不安が身体を、あるいは魂ともいうべき「俺」の本質を包み込んでくる。
なんだ、これは……意味がわからなねぇ。
事態は既に脳のキャパシティーを超えてる。
ーーwkwnkrb……
抽象化された混沌の中、何かが囁きかけてーーいや、喋りかけてくる。
もし魂というものがあるなら、今俺は自分の魂に話しかけられてるのだ、と確信を持って言える。
心、あるいは精神、あるいは脳の深い部分から何かを必死に伝えようとしてきているかのような感覚。
これを魂の叫びと呼ばずしてなんという。
ーーkzknkrbnrni……
だが、叫び声が何を言っているのか理解できない。
ーーokr,mwsms……
仕方ないじゃないか、わからないんだから。
ーーmuhjmttir……
なに言ってるかわかんねぇって言ってんだろッ!
体がふわふわとした感覚の中、何かが「カチャッ」とはまった音がした。
ーー君が希望だ。頼んだぞ。
ー
意識が一気に覚醒へと向かっていく感覚。
体の内側から末端部分へと血液が充填され、身体が活動準備を終える。
ぼんやりした感覚からとたんに身体の触覚が働きだして、自分というものを認識できるようになる。
それらは自分が再び意識を取り戻せたこと喜びを俺に与えてくれた。
「まったく、あまり老人をびっくりさせるものじゃない。いきなり気絶しちまうなんてねぇ。ただでさえ短い寿命が縮んでしまうじゃないかい」
すぐ傍から聞こえてくる声。
見ればいつか見た位置関係で師匠がこちらを見下ろしてきていた。
どうやら俺はベッドに寝かせられていたらしい。
気絶していたのか。
「……ぁあ、すみません、ご迷惑をお掛けして。急に目眩がしまして」
頭部を抑え上体を起こす。
「ふむ。そうかい」
「……」
「……そうだ、いまチョコレートを入れてあげよう。王都にいったとき買ってきたんやつがあってねぇ。とっても甘くて美味しんだよ」
師匠はしわの多い顔をニコリと歪ませ居間の棚をごそごそといじりだした。
気を使わせてしまったようだ。
師匠はお湯を炊きなおすべく、いそいそと薪を台所へ運び始める。
冬の乾燥した空気の中、乾いた薪は燃えやすいだろうが……きっとすぐには戻ってこない。
師匠がチョコレートを入れている間、何が自分に起きたのか整理することにした。
ベッドから起き上がり、軽く伸びをする。
足裏にふわふわの感触を確かめながら、絨毯の上におかれた机に近づく。
目的のものはまだそこにあった。
机の上にある大きめの羊皮紙。
羊皮紙には師匠が、金属の塊と思われるものの表面に彫ってあったという模様の写しが描かれていた。
模様の上に羊皮紙を当て、その上から炭、あるいは石などで擦って写したんだろう。
元の世界で鞭持った考古学者の映画でそんな場面を見たことがあったのを思い出す。懐かしい記憶だ。
あの頃はまだ中学生だったか……。
まぁいい。それはさておき、確かに模様は国旗のように見える。
どこかで見たような気もしなくもない。
やはりこの国旗には既視感がある。
いいや、見覚えあることはさしたる問題ではないか。
師匠は、中に空洞があるようだとも言っていたな。
頭をひねり自身の記憶に記された不可解さを解決する仮定を作り上げていく。
世界を超えた漂流物、とかはどうだろうか。
人が転生するということは記憶を保持する何らかの因子が時空間を超える事が出来ると考えられはしないだろうか?
つまり質量を持つ物質が異世界転移してきてもおかしくはない……かも?
でも元の世界に金属の塊なんて……全然ある、か。
例えば、自動車なんてどうだ。
あれなら金属の塊と呼べるだろう。
中も空洞だし。
いいや、なんか違う気がするな。
この世界にも馬車はある。
師匠は王都に定期的に行ってるらしいし、自動車だったらもっと他に例えようがあったように思える。
金属の塊か。
何か手頃な金属の塊はあっただろうか。
そう例えば貯水タンクなんてどうだろう?
ビルの屋上に設置してあるあの円柱のやつだ。
あれならば、初見だと金属の塊としか例えようがない気もする。
それに中は空洞になっているだろう。
ただ、あれって、国旗とか掘り込まれるもんか?
やっぱタンクなんかも違う気がするな。
というかそもそも金属の塊とやらが、元々異世界で作られた物である可能性のほうがずっと高いかもしれないな。
タングじいさんの店「タングストレングス」では金属でできた甲冑だって置いてあった。
金属の塊なんて、別にこちらの世界でも作ろうと思えば作れるだろう。
それにもしその金属の塊が元の世界から来たものであっても、俺に何の関係があるって言うんだ。
俺は別に転生、あるいは転移したのが自分だけなんて考えてはいない。
記憶には多少問題を抱えて転生してしまったが、こういう異世界転生なんてものは大抵は当事者とは関係のないただの偶然……あるいは理由もなくたまたま起きてしまったり、主人公の力の及ばない超自然的な現象であったりするケースなのがお約束なはず。
偶然にも、車だか貯水タンクだかが異世界転移してきたところで俺には何の関係もないだろう。
さすがに、転生・転移した人がいたら会ってみたり、元の世界では何をしてたんですかって聞いてみたりしてみたいが……元の世界の粗大ごみなんて会っても仕方ない。
こんなファンタジー異世界に転生・転移した者は元の世界のことなんて気にせず、一切合財なんの柵にも捕らわれずにこちらでの人生を歩んでいけばいいのだ。
現に俺は異世界生活を楽しんでいる。
元の世界のことなんて、とっくに考えていない。
思考にいったん区切りがつくと、師匠がちょうど良いタイミングで戻ってきた。
手にはカップが2つ握られている。
「チョコレートだ。甘くておいしいんだよ。王都で流行っているらしいねぇ」
師匠がカップを差し出してくる。
見たかんじ、ココアよりもドロドロ感が強いように見える。
本当にチョコレートが溶けただけみたいだ。
「初めてだろう? 熱いから気をつけて飲むんだよ」
チョコレートと言うなの濃厚ココアを一口飲む。
「ぉお!」
「ほっほっ」
うん、確かにかなり甘い。
甘味を味わう機会がこの世界では滅多に無い。
甘いものは庶民の間では、高級な嗜好品だからだ。
ふだん甘味を味わえない分このチョコレートの甘さが素早く細胞に染み渡る。
「師匠、これ最高ですね!」
「ほっほっほ、そうだろう? なかなか値が張ったものだからねぇ」
「うまうま! 師匠、今度から修行終わりに一杯やりましょう。チョコレートを常備して置いてくださいね」
「おやおや、ずいぶん無茶なことを言う。破産させる気かねぇ?」
一瞬で無くなってしまったカップ中身を見て少々切ない気持ちになりつつゆっくりカップを置いた。
「アーカム、少しは落ち着いたかねぇ?」
「えぇ、おかげさまで」
「ならよかった」
師匠も最後の一口を飲み終えコップを置いた。
「それではアーカム、さっきのこと聞かせてくれるかい?」
師匠がこちらを伺うように見てくる。
いきなり気絶したらそりゃ気になるだろうな。
「……そうですね、わかりました。実はーー」
自分が転生者であることについて触れないよう、注意しながら説明を始める。
「ーーということなんですよ」
「……ふむ」
異世界のことを省くと要領を得ないわけわからない説明になってしまった。
師匠に伝えたことは主に2つだけ。
1つは、羊皮紙の模様がどこかで見覚えのあるものだということ。
もう1つは、金属の塊って怖いですよねぇ、と言ったものだ。
正直なところ失敗したと思っている。
自分でも理由のわからない気絶だったのだ。
気づかないうちに気絶して、気がついたら師匠が覗き込んでいた。
それを説明してくれといわれても、きっと異世界のことについて話したところで納得できる説明はできなかったように思える。
実際には、師匠に自分が転生者だと知られたくない、明確な理由はあるのだが……まぁその事は良い。
要領を得ない説明聞いた師匠は、腕を組んで目を閉じ、しばらく黙り込んでしまう。
金属の塊って怖い、は適当過ぎただろうか。
しばらくの間、沈黙が場を支配した。
叱られている様な気分になり、居心地が悪い。
なんども座りなおして師匠のアクションを待つ。
「わかった、怖がらせて悪かったねぇ」
「ぇ、ぁ、はい、大丈夫……です」
師匠は暗い表情をしている。
正直に話さなかった俺に落胆してるのだろうか。
「し、師匠、その金属の塊ってどうすんですか?」
気まずい空気から話題の変換を図るために質問をする。
「どうもしないさぁ。持ち運べるようなものではなかったしねぇ。今後も調査が必要だが、今すぐ危ないってわけではなさそうだった。とりあえずは放置ってところかねぇ」
そうか、しばらく放置か。
だったら今すぐ調査を焦る必要は無いだろう。
「まぁいずれ機会があったら、『狩人協会』に調査申請でも……だす……、あぁ
しまった」
「そうですか……って! そういえば師匠は狩人なんでしたよね!」
アディから話を聞いたのが3ヶ月前ですっかり忘れていたが、師匠に再会したら聞こうと思っていたリストの1つに、狩人の事があった。
昔読んだ本の中に出てきた、正義の秘密結社。
前々からすごく興味があったのだ。
「本当に狩人協会って存在してるんですねぇ! 師匠なら協会本部がどこにあるか場所知ってたーー」
「アーカム」
師匠は静かに、しかしはっきりと聞こえる声で俺の名前を呼んだ。
「狩人のことは……アディから聞いたのかい?」
師匠は穏やかな顔で聞いてくる。
同時に絶対に質問に答えなければいけないというプレッシャーを放っていた。
あ、この目、すごく懐かしい。
恐い目じゃないか。
「……は、い、そうです」
喉が引きつってしまい上手く声が出せない。
師匠は「うんうん」と納得した様子。
「それなら仕方ない。狩人にはいくつか掟というものがあってねぇ……その中に協会のこと、所属してる人物、もちろん本人も含めて周囲に知られてはならないというものがある」
身体の緊張がゆっくりとほぐれてきた。
師匠は徐々にプレッシャーを緩めながら、やっちまった、の顔をしている。
「私はもう狩人ではない。狩人の証である『人間のコイン』も返している……だがねぇ、やはり掟は守ろうと思う。さっきの発言は無かったことにしてくれないかい? 私も狩人をやめて久しいせいで気が緩んでいたんだねぇ」
師匠は完全にプレッシャーを解いて、いつもの柔らかい笑顔に戻ってくれた。
「あ、は、はい! さっきの話は忘れます! 誰にも師匠のことは言いません!」
早口にそう告げて敬礼。
これではビビリまくってるのがバレバレだな。
だが、そんな恥知ったことではない。
むしろさっきのプレッシャーを受けて漏らさなかった自分を褒め称えたい気分だよ。
よくやったぞアーカム。
「そうだねぇ、そうしてくれると助かる……まぁアーカムならいつか話してあげてもいいとは思っているんだけどねぇ。いつか君もお世話になるかもしれない」
「ひぃ! そ、そ、そのお世話って、ぃ、い、命を狩られる側って、こ、ことじゃ、ないですよねぇ?」
「ほっほっ! さぁ? どちら側になるかはアーカム……君次第だねぇ」
師匠はそういうと顔をくしゃっとさせて、今まで見てきた中で最も凶悪な笑顔で微笑み出した。
恐すぎて何にも笑えないんですけど。
とんでもなく不安な気持ちになる。
「え、えぇ、そ、そりゃりゃりゃ! けけ、け、健全な8分の1、は、半、きゅ、吸血鬼として、けんぜ、健全に、いき、生きていく、所存でありまるる!」
あ、これダメだ、絶対ふざけてると思われた。
「ほっほっほ! 冗談だよぉ。手塩をかけて育てた愛弟子に死んで欲しくなんかないさぁ。さぁ楽にしておくれ」
師匠は本当に楽しそうに笑っている。
冗談なのか冗談じゃないのか。
俺は疑心暗鬼になりながらゆっくり何も入ってないカップに手を添えた。
「は、はは、ですよね~……ですよね。ですよね?」
「ほっほっほっ」
楽しそうな笑い声がテニールハウスに響き渡る。
結局、師匠が俺の問いかけに答えてくれることはなかった。
第一章 再誕者の産声 ~完~
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