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第二章 現界の超能力者
第37話 エヴァの怒り
しおりを挟むローレシア魔法王国 辺境の田舎町クルクマ。
その町の片隅にある掘っ立て小屋テニールハウス。
この小屋には元狩人のテニール・レザージャック 氏が住んでおり、彼はここで次世代の狩人になる予定の私アーカム・アルドレアに修行をつけてくれています。
普段のテニールハウスには指南役テニール氏と弟子の私、そしてボディガードの某柴犬しかいないのですが……今夜はちょっと雰囲気が違うようです。
「もうアークはあんたの所には行かせないわ!」
「……エヴァリーー」
エヴァが手元に置かれたカップの中身をを師匠にぶっかける。
「うぅぇえ!?」
「ちょま! エヴァッ! なんて事を! おち、おち、落ち着けエヴァ! ぁぁあ! す、すみませんテニールさんっ!」
「ぇぇ……」
頭がクラクラしてきた。
会話の雰囲気からなんとなく察していたが、これはとんでもない修羅場に居合わせてしまったものだ。
師匠にぶっかかったのは俺が淹れた熱々のティー。
エヴァは躊躇すらなかった。
つまりどういう事わかるだろうか?
エヴァがガチギレしてるって事だ。
こんなにキレたエヴァを見るのは初めてだ。
ほら、アディの顔色もあんなに悪くなってる!
どうすりゃいいんだよ、これ!
あぁもう、助けて! マイゴッド!
エヴァのかつてない怒り。
これには理由がある。
師匠は俺をポーション壺に突っ込み治療を終える後すぐさまエヴァとアディを呼びに行ってくれてらしい。
そして俺が長い気絶から目を覚ましてチョコレートを入れたりシヴァの生存確認をしたところで、ちょうど俺の両親がテニールハウスに到着したんだと。
その直後からエヴァによる尋問が始まった。
師匠は俺の顔を伺いつつも、正直に事の顛末をエヴァとアディに話していた。
森の奥で強力な力を持つ存在と戦闘行なった事。
そして俺の体に残る黒い傷跡の理由。
どうしてシヴァが微妙に縮んでいるのか。
洗いざらい師匠は隠すことなくエヴァに説明した。
ただ師匠がエヴァとアディに今回の事件の詳細を話す際、必要以上に師匠自身のことを卑下した説明を行なっているように感じた。
なぜ師匠はあんな言い方をしたのだろうか。
軍人を追い詰めることが出来たのは師匠のおかげだというのに……。
師匠や両親が面談をしている最中に、手持ち無沙汰になった俺は彼らの話を盗み聞きながらお茶の準備をする事にしたのだ。
そして熱々のお茶を淹れた俺は緊張の面持ちでティーカップを机へと置いたわけだがーー。
そこで事件は起こってしまった。
俺が淹れたティーを机に置いた途端に俺から流れるような動作でカップ受け取ったエヴァは、熱々のティーを師匠へぶっかけてしまったのだ。
多分「エヴァ怒ってるんだろうなー」という風には思っていたがいきなりぶっかけるなんて。
紅茶ぶっかけRTA(Real Time Attack)ではあるまいし、容赦なく熱々ティーをぶっかける発想は出てこないだろう。少しは冷ませよ。
はたから見たら事前に打ち合わせでもしているのかと思われる程、あまりにも滑らかな動きでエヴァが紅茶をぶっかけたので、なんだが俺までティーをぶっかけた共犯者みたいになってしまっている。
完全なる冤罪なんです。
師匠違うんです、誤解なきように。
俺は決して師匠を苦しめるためにこんな熱いティーを用意したわけじゃないんです!
「アーク! タオルを早く!」
「ぁ、は、はい!」
俺は棚から数枚の布を取り出し叩きつけるようにして師匠にかかったお茶を拭いていく。
師匠はエヴァにお茶をかけられてなお、微動だにしていたい。
「ありがとう、アーカム」
暗く沈んだ表情の師匠は力なくタオルを受け取った。
活力にみなぎっていた普段の師匠が、今は年相応のやつれた老人になってしまっていた。
一体どうしたと言うのだろうか?
タオルで師匠を叩いていると、ふと俺は気がついた。
師匠の皮膚は濡れていたのだ。
そして火傷痕の上から痛々しくはれていたのだ。
「ぅ……」
これは直で食らっている。
師匠は熱々のティーをぶっかけられながらも鎧圧を使っていない。
「師匠……」
「いいや、いいんだよ。今回の事件は明らかに私に責任がある」
自らを戒めるように厳格な声音。
惨たらしい外傷は自分の罪の証だと言うのか?
眼前の老人の顔は左半分ほど真っ赤に焼けており、師匠の左目は白く濁り焦点が合っていない。
灰色の瞳からはすでに光が失われているのだ。
「……ッ! すみません!」
「いいや、アーカムが悔やむ事はない。これは私の力不足だ」
「ッ、そんなことは当たり前でしょうッ!? あんたは狩人として、そしてアークの先生としてその身を守る義務があったのに! うぅ……アークは、アークはこんなっ!」
エヴァが悲痛そう目で俺へ視線を向けてくる。
火傷の傷跡の事を言っているんだろう。
「それに! シヴァだってあんなに小さくなってしまっているわ!」
エヴァが暖炉の前で丸くなっているシヴァを指差しながら師匠に怒鳴る。
「エヴァ、シヴァは別にそんな小さくはーー」
「アディは黙ってて! シヴァが1度殺された事が問題よ!」
「ヒィッ!」
「ぉぃ……」
アディが秒で黙らされる。
もうちょい頑張ってくれよ。
「君の言っている事はまったくもって全て正しいよ、エヴァリーン……敵は柴犬さえ一撃で絶命させる事ができるくらいに強大な存在だった」
「だったら……だったら尚更よ! そらなら! なら! それほどの力を持っていてどうして! アークを逃してくれなかったの!? アークはまだ子供なのよ!?」
「…………本当に申し訳ないと思ってる」
「あぁぁ……うぅ、ぅう」
彼女の壮絶な怒りが、悲しみが、刃物となって傷だらけの師匠へ突き刺さる。
その心への凶器を受ける師匠は、ただ依然として目を伏せ強張った表情をするだけだ。
「うぅぅぐぅぅ」
師匠のその姿は、どこか罪を償うような、自らの過ちを叱責して非難されることを待つ咎人のように見える。
裁かれることを望んでいるのかもしれない。
「私は! 私はずっと嫌だった! あなたが……狩人どもが!」
エヴァの深くに溜め込まれた怨嗟はとめどなく溢れ出す。
「アディへ手を掛けたあの時からずっとずっとあなた達のことが嫌いだったのよ……それでも! それでもアディが言うからあなたが嫌いでも信頼してアークを預けたんです……それなのに、それなのに! それなのに! どうして! 守ってくれなかったんですかぁぁ……」
「…………本当にすまなかった」
「ッ! 謝罪が欲しいんじゃないわ!」
涙を流しながらエヴァは腰から杖を抜く。
「母さん!?」
「よせっ! エヴァ!」
とっさに隣のイスに座っていたアディがエヴァを羽交い締めにして拘束する。
「離してよ! この男は! きっとアークが半吸血鬼だからって! だから見殺しにしてもいいと思ってたんでしょう!? 丸くなったように見せかけてても、あんたは吸血鬼を殺すのが大好きなんだものね!」
「……」
エヴァは抵抗しているが、吸血鬼の血を引くアディの拘束を力で解けるはずもない。
無力感に苛まれたのかエヴァは次第に泣きながらその場にへたり込んでしまった。
「母さん……」
「うぅぅあぁ、ぁぁ、あぁ……っ」
母親の涙に込められた感情は複雑で、俺はそのすべてを理解するにはまだ若すぎる。
ただ、そんな若く未熟な俺でもエヴァの泣き崩れる姿から感じ取れるものはあった。
エヴァがこれまでどんな気持ちで俺のことを毎朝見送ってきたのか。
自分の夫を殺しかけた相手の元へ、毎日毎日、愛する息子を送りだして、いったいどれほど不安な毎日を送っていたのだろうか。
今日、夜遅くになっても帰ってこない俺のことをどれほど心配していたのか。
俺は全然理解できていなかったんだ、母親の気持ちを。
「すまなかった、エヴァリーン」
疲れきった老人の覇気のない声。
師匠は深く頭を下げ、謝罪をした。
「ぁぁ、うぅぅぅぁぁ……」
「すみませんテニールさん……今日のところはこの辺で……」
泣き崩れてしまったエヴァを優しく介抱しながらアディは言う。
「あぁ、そうした方がいいみたいだ」
「はい.。ほらアーク、シヴァを起こしてきて」
「……はい」
暖炉前で丸まっているシヴァを揺り起こす。
「ほら、行くよシヴァ」
「ぅぅわふっ!」
「それではテニールさんまた後日、日を改めて伺います。今日のところはこれで」
「あぁ……」
アディは最後にそれだけ言うとエヴァを抱きしめながら、ゆっくりとアルドレア邸への道を歩き始めた。
シヴァを連れてアディの後を追うように俺も歩き出す。
普段よりも何時間も遅いアルドレア邸への帰路。
もう宵も回ろうかという頃合いだろう。
テニールハウスを振り返る。
師匠が黙ってこちらを見据えているのが見えた。
その顔はひどく悲しそうで、悔しそうで、さまざまな感情が同居しているのだろうか。
そうだ、確か初めて会った時もこんな感じだった。
後ろを振り返ると師匠はこちらをいつまでも見つめているのだ。
真夜中の町、白く輝く雪道を歩いて家へと帰る。
空では三つ子の満月が冷徹な明るさ称えるばかりだ。
ー
8日後。
俺は森での一件以来テニールハウスへ行くことを禁じられた。
もちろんエヴァから直々に承った禁則事項だ。
エヴァは元から師匠の事が嫌いだったが、数日前の出来事のせいでその敵対的態度は確固たるものになってしまったのだろう。
もう二度とあの男を信用しない、と言い張って決して師匠を許さないという意志をエヴァは隠さずに表明し続けている。
アディは中立的な立場を貫くつもりのようだ。
だが、エヴァの態度に関してアディは特に何も言及していない。
心は愛する妻の味方なのか、それともただエヴァが恐いだけなのか……それは本人にしかわからない。
俺もエヴァを心配させていたことを反省してこの数日は外出すらしなかった。
ましてや剣すら振っていない。
まだ体が本調子じゃないのとたぶん剣なんて振ってるところを見られたらエヴァに怒られるからだ。
今のエヴァは、そんな野蛮な技術捨ててしまえ、とか平気で言いそうほど過敏になってからな。
ま、別にどうしても剣を振りたかったわけではないからいいんだけどな。
むしろ逆だ。
剣なんて振らなくていいのなら、振りたくはない。
汗かくし疲れるし、やっぱ性に合わないのだ。
では剣を振っていなかった俺は、この数日間ただ己の浅はかを反省しまくっていたのかと言うとそれも違う。
反省だけして家に引きこもっていた訳ではない。
常に俺の行動には10にも20にもさまざまな意味が込められている。
無駄な行動など何もありはしないのだ。
あ、でもやっぱ2つか3つくらいの意味が込められているってことにしておこう。
あんまり盛りすぎるのはよろしくない、
うん、謙虚にいこうな。
話を戻す。
では、俺は家で何をしていたのか?
もちろん、ちゃんと反省はしていたさ。
が、それだけじゃない。
家に引きこもってやっていたこと、それはーー。
「マジックだよ」
「……ぇ、にぃにぃ?」
「にぃにぃがおかしくなった……?」
目を点にして怯える双子の頭を優しく撫でておく。
お兄ちゃんはおかしくなったんじゃない。
ようやく普通になったんだよ。
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