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第三章 路地裏のお姫様
第56話 屋根上の出会い
しおりを挟む昼飯時。
1週間も住んでいれば周辺の地理を把握できるもので、俺はレストランへの最短ルートをいくべく建物の屋根を駆けていた。
やはり地上のゴタゴタした大通りを馬車に気をつけながら歩くより、屋根を走ったほうがずっと速く移動できる。
「ふんふふん、ふーん」
オズワールに杖をかっこよく加工してもらったり、お金をたくさんもらえたりしたので、今はすこぶる気分がいい。
「さてっと、到着ーっと」
レストランの屋上、ではなく屋根上に到着した。
「ん?」
俺は困惑して訝しんだ。
たしかに目的の屋根上には到着したのだが、なぜか地上から7メートルのそこには先客がいたのだ。
全体的に黒を基調とした格好で丸メガネをかけたオールバックの渋いおっさん。
瞳は青く、髪は銀色、年齢は30代前後、アディと同じくらいの年齢に見える。
いや、髪のせいで実年齢より年をとって見えてるかもしれないな。
油断なく銀髪のおっさんを観察する。
雰囲気や立ち姿、こんな場所に佇んでいる男がただのおっさんなわけがない。
警戒は必須だ。
「……」
なぜ黙ったままなんだ。
男はこちらを値踏みするような視線で、頭のてっぺんから指の先まで舐め回すように観察してくる。
しかし、観察しているのは何もおっさんだけじゃないのさ。
俺だって相手の分析くらいできるんだ。
この男の着ているレザーコート、相当分厚い。
防具としての機能を期待して作られたものだ。
だがそれでいて、コートのたゆみ方から見て重量自体は大したことがないだろう。
機動力を殺してまで防御力を高める目的の装備ではないと見た。
男の腰には剣が2本差してある。
長剣と短剣だ。
杖も持っているな。
リュックなどのかさばる物は持ち歩いていない。
非常に身軽。
腰の革製の水筒から微妙に魔力を感じる。
きっとポーションだ。
明らかにプロ、まるで師匠みたいだ。
このおっさんの装備、いつでも戦えますって感じでおる。
「……」
流石にそろそろ喋ってくれてもいいんじゃないですかね?
俺の分析出来ることもう無いんですけど。
あとは、靴がピカピカに磨いてあるとか、微妙に口角が上がってるとか……ん? 笑ってるのか?
「ぁ、あの」
とりあえず話さないことには始まらない。
なんとなくこの人が何者なのか予想はついてしまうが、いきなりそれを口に出すともしかしたら不機嫌になるかもしれない。
それにもしかしたら俺のことを怒りに来たのかもしれないのだ。慎重になるべきだろう。
「どちら様でしょうか。こんな高所じゃ、春が近づいて来てるとはいえ寒いでしょう?」
「……ふっ」
あ、笑った。
案外ユーモアの通じる人物なのかもしれない。
これは怒られなくて済むかな?
「そうですね。こんな珍しい場所で出会ったのも何かのご縁ですね。挨拶をさせてください。僕のアーカム・アルドレアと言う者です。そちらは?」
明らかに、場にそぐわない自己紹介をして相手をゆすってみる。
もしかしたら怒られるかもしれないので、その時のためにも気を引き締めておく。
「ふぅん。8歳と聞いていたが随分とガタイがいい。圧の密度、技の練度、たしかに天才だな。とても将来が楽しみだ」
男はニヤリとすかした笑みを浮かべてゆっくりと近づいて来た。
「私はアヴォン・グッドマン。かつての狩人、テニール・レザージャックの弟子だった者だ。これから度々会うことになる。アーカム・アルドレア、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします、アヴォンさん」
男、アヴォン・グッドマンと固い握手を交わす。
予想通りの人物だった。
アヴォン・グッドマン、王都で俺の修行を手伝ってくれると師匠に聞かされていた現役の狩人だ。
てっきり俺から会いに行かなかったので怒られると思っていたのだが、なんか友好的なのでこのまま行こう。
わざわざ話を悪い方向へ持っていくことはない。
「ふぅん、最初にいくつか説明しておくことがある。よく聞いておけ」
アヴォンは指を立てて話し始める。
「まずその1。私は忙しい。よってお前につきっきりで修行を施すことはできない」
「はい」
「その2。数ヶ月に1度、お前と手合わせして、技術的改善点を指摘していく。もし2回目以降の手合わせで成長が見られないようだったら、
お前を狩人候補者から降ろすことになっている。もし脱落したのならそこで『狩人の試練』はおしまいだ」
「ぇ、は、はい……」
まじかよ。
狩人の試練って脱落制度あったの?
それともアヴォンがスパルタ系なだけ?
冗談きついぜ。
師匠はそんなこと言ってなかったのに。
アヴォン嫌だ、師匠が良いよ!
「その3。不定期で私がお前を襲う。手合わせとは別にだ。さっきも言った通り私は忙しいから、移動途中にお前を見かけたらちょっかいをかける程度に襲うつもりだ。
各手合わせの間に私の強襲が5回成功したら、お前を狩人候補者から降ろす。これは私の判断でだ」
「……はい」
なんか、どんどんハードになってくんだけど。
師匠のところにいれば勝手に狩人になれると思ってたのに、担当者が変わった瞬間から難易度爆上がりじゃねーか。
どういうことだ、狩人協会にクレーム入れるぞ。
「うぅ、ちょっと厳しくないですかね?」
「安心しろ。もちろん襲うといっても変な意味じゃないし、ベリーベリー手加減するつもりだ。
お前が師匠の言う通りの人物ならまず狩人候補者から降ろされることはない。今まで通り精進するんだ」
「……はい、頑張ります」
うーん、なんか複雑な気持ちだ。
この人なりのジョークを言ってるつもりなんだろうけど、いまいち笑っていいのかわからない空気だし、そもそも喋り方堅いなぁ。
まぁでも今まで通り頑張ればいいって言ってるんだから、あんま気負いすぎずに行った方がいいかな。
「とりあえずは、以上の3つの点だけ押さえておいてくれ。あぁあと当たり前のことだが、アヴォン・グッドマンが狩人である、
という情報は口外してはいけないぞ? 別に私だけではない。狩人になる者なら必ず護らなければいけない掟だ」
「はい、そこらへんのことは師匠から教えてもらっているので大丈夫です」
「そうか。ならいい」
アヴォンは俺の顔を見てニコニコと楽しそうに笑っている。
さっきからなんなんだろうか?
もしかして小さい男の子が好みとかじゃないよな?
頼むよ、アヴォン。
「うーん、やっぱりいいなお前。うん」
「ぇ、ぁぁ、えーと、ありがとうございます……?」
アヴォンは青い瞳で俺の目をしっかりと捉えてくる。
アヴォンには何が見えているんだろうか。
将来が楽しみとか言ってくれてたから、もしかしたら俺の将来の顔がこの人に見えているのか?
……いいや、まさかな。
「よし。それじゃ、さっそく第1回の手合わせを始めよう。今日を逃したら、しばらく私はこの街を離れる。手早く済ませよう」
「え、ここでやるんですか!?」
「やるわけないだろう。何を言っている」
「で、ですよね。冗談ですとも」
漫画などでのおなじみの「ここでやるんですか!?」をすげなく否定されてしまった。
ダメだ、アヴォンはまるでわかっていない。
「南第2区、グレナー区の遺跡街のある場所を修練場をとする。これを持て」
アヴォンはポケットから何かをとりだした。
指弾いて投げ渡してくる。
「指輪ですか」
アヴォンが渡してきたのは真っ黒な金属製の指輪だった。
青い文字で何かの記号が指輪の内周にも外周にも刻まれている。
魔術言語に見えなくもないが、微妙に違う気がする。
「その指輪は修練場へ入るための鍵だ。修行するなら別にどこでもいいんだが、手合わせしているところは極力誰にも見られたくはない」
「そういうことですか」
黒い指輪をさっそく右手中指にはめる。
ちょっと冗談をかまして左手薬指につけてもよかったが、アヴォンがガチでそっちの人だったら取り返しがつかないのでやめておく。
「付けた感じはただの指輪ですね」
「あぁ。鍵としての効果以外はなにもない」
狩人の秘密の道具だったら、何かあるんじゃないかと期待したが、本当にただの鍵のようだ。
指輪自体かっこいいし、指輪が鍵であること自体もかっこいいのでよしとしよう。
「よし、それじゃ2時間後にここに戻って来い。私は昼飯を食べる」
「はい、了解です! 先生!」
「あぁそうだな。先生が適切だろう」
狩人であるアヴォンのことを名前で呼びまくってると、いつか怒られる気がするので呼び名に先生を選択したが適切だったらしい。
アヴォンも口元をニヤリと歪めて、先生呼びを気に入ってくれたようだ。
もしかしたらアヴォンにとって俺が始めての弟子になるのかもしれない。
新米教師が生徒にはじめて「先生!」と呼ばれたときの感動を味わってくれてるんだろうか。
そう考えるとこの渋いおっさんもなんだか可愛く見えてくるな。
「また後で会おう。解散」
「はい!」
アヴォンの言葉を最後にその場は解散となった。
彼は昼飯を食べるって言っていたし、俺もおなかが空いているのでお昼をとろう。
本来そのためにこのレストラン「アンパンファミリ」まで来たのだ。
俺のような男が1人ではいるには少々抵抗があるレストランだが、料理は絶品だ。
屋上から飛び降り「アンパンファミリ」の入り口前に直行する。
「ん?」
しかし、妙な違和感を覚えた。
今、一緒に誰か降りてきたようなーー、
「……」
「……」
となりに立っていた男はこちらを気まずそうな顔で見つめていた。
俺も気まずい。
「お前もここか」
「はい、なんかすみません……」
となりに立っていたのは数秒前まで屋根の上にいたアヴォンだった。
「一緒に食べるか?」
「そうですね……」
そうして俺は家族向けレストラン「アンパンファミリ」の中へ、狩人とともに入店した。
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