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第二章 怪物殺しの古狩人

ようこそバンザイデスへ

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 バンザイデスへの道のりはのどかそのものだった。
 最初はエレアラント森林の緑がつづき、それを抜ければ平原だ。
 本当に辺境のなかの辺境なんだなぁと、ぼーっとする。
 変わらぬ景色を、馬車に揺られて眺めて4日。

 俺はバンザイデスに到着した。
 
「それじゃあ気いつけるんだぞアーカムさま」
「ありがとうございました」

 ここまで乗せてくれた老人と手を振って別れる。
 彼は魔法王国内にて、辺境から王都への物流で稼ぐ行商人だ。
 かつてアディも彼から魔導書を買ったらしい。
 これから冒険者ギルドへ寄って、護衛の冒険者を雇って、王都へと戻る。
 いま王都ではクルクマの隠れ特産品である薬草が売れるんだとか。
 たくさん稼いでほしい次第である。
 
「さてと、俺は騎士団の駐屯地に行くか」

 腰のベルトの位置をなおし気合をいれる。
 帯剣ベルトには、エヴァが10歳の誕生日にくれた鋼の剣、アディが新調してくれた魔法の小杖を装備している。

──────────────
・消費魔力軽減30%
・魔力還元10%
・魔力装填量増加45%
──────────────

 杖のスペックはこんな感じだ。
 杖は全部で6つの等級がある。
 この杖は2等級だ。昔使っていたディアゴスティーニの杖より上である。
 杖のスペックで大事なのは「魔力装填量増加」の項目だ。
 ここの数値だけ魔術の単発最大火力が増大する。
 現在使っているトネリッコの杖ならば、最大火力1.45倍と言ったところか。
 なかなか良い杖をくれたものだ、我が父は。

 ブーツのなかには短剣を一本仕込んである。
 エヴァやアディの冒険者時代の経験から「一本隠しもっておくと対応できる状況の幅がまるで違う」との教えからの用心だ。

 バンザイデスはとても大きな町だ。
 クルクマと比較しているせいかもしれないが、軽く数十倍の面積的大きさがあるようにすら思える。
 この町の特徴として鍛冶業が盛んだ。
 町中で職人たちが鉄器を打ったり、武器を鍛えたりしている。
 それもそのはず。ここには第十三騎士団のおおきな駐屯地があるからだ。
 王都から遠目にあるが、侵略の歴史をもつ危険な不良国家『ゲオニエス帝国』の方角にあるため、かの国の動向を監視するための要所なんだとか。

 ちなみにクルクマはゲオニエス帝国との戦争がはじまったら真っ先に略奪にあう村らしい。俺の故郷だいぶ世知辛れぇな、おい。

 ──しばらく後

 トランクを持ち直し、俺は騎士団の駐屯地へやってきた。
 石レンガの頑丈な建物立ち並ぶ迷路や、筋肉モリモリマッチョマンの変態のジャングルをぬけて、ようやくたどり着いたのだ。

 すでに3時間くらいかかっている気がする。

「こんにちは」
「こんにちは。どうしたんだい、ぼうや」
「テニール・レザージャックさんはいますか?」
 
 駐屯地の番訊いてきた兵は目を丸くして「いるけど、先生の知り合いかい?」と不思議そうに訊いてきた。

 世界に5人いるかいないかの剣の達人だ。
 俺みたいなガキが指名するのは相当に珍しいだろう。

「アーカム・アルドレアが来たとお伝えください」
「わかったよ。すこし待っていてくれ」

 門のすぐそばの案内所に通されて、しばらく待った。
 エイダムのこともあり、ちょっと居心地悪かったが、幸いにしてだれも俺をエイダム殺しの犯人として指さす展開にはならなかった。

 頂いたティーを啜っていると、黒い服を着た老人がやってきた。
 灰色の髪に灰色の瞳。しわだらけの顔だ。
 背筋がピンと伸びていて、全体的に筋肉の厚みがある。

 この人だ、と思った。
 
「やあ、君がアーカムかい?」
「はい。エヴァリーン・アルドレアの息子アーカム・アルドレアです」
「そうかい、そうかい。よく来たねぇ」

 テニールの横の騎士が不思議そうな顔をしている。

「あの、先生、この子は……」
「彼はこの歳で狩人流剣術二段を修める歴史に残る大天才だよ」
「っ、に、二段でありますか? それは……すさまじいですな」

 騎士は目を見開いて、ぺこりと頭をさげてくる。
 苦笑いで会釈してかえす。尊敬されてしまったか。ふふん。

「さあ、アーカム、こっちにおいで。どれくらい動けるかちょっとみて見ようか」
「え、もう訓練をやるんですか?」
「時間は有限だ。無くなってから後悔しても、決して返ってくることはない」
「……まさしく。その通りです」
 
 まったく、本当の本当にその通りですね。
 俺はティーを一気に飲み干してテニールのあとに続いた。

「なるほどねぇ。確かにねぇ」
「? どうしたんですか、テニールさん」
「いやなに。エヴァリーンが言っていたんだよ。君は一つ教えたら百を汲み取ってくれるとねぇ。君は考えるのが好きなようだ。とてもいいことだよ」

 やってきたのは黄色くなった芝生の修練場だ。
 まだまだ寒い季節が続く。閑散としていてちょっと寂しい光景に見えた。
 すぐそばに武器ラックやら防具ラックがならんでいた。
 テニールは木剣を手に取ると、ひとつ投げ渡してくる。

 右手でしっかり受け取り、左手のトランクはそこいらに放る。

「なんだなんだ、テニール先生がやるのか?」
「見ろよ、10歳のガキんちょが先生に直接指導をしてもらいに来たって」
「本当だ、まだ子供じゃないか」
「さにあらず。あの子供は二段だ。狩人の二段だ」
「うっわえぐいなぁ……」
「悔しいが天才はいるもんだよ」

 テニールは「気にせずおいで。一本先取だ」と言って、ゆったり近づいてくる。

 俺は冷たい冬の空気を長く吸う。
 そして、短く息を吐く。
 芝生を深く踏み、勢いよく飛びこんだ。
 勢いそのまま、下段から斬りあげる。
 と見せかけ、横から水平斬り。
 目を丸くしながらも、手軽に受け止めてくるテニール。
 これくらいじゃ驚かないか。
 俺はすぐに引いて、斬り返そうとし──

 思い切り膝蹴りを喰らって吹っ飛んだ。

「おえええ! いっっったぁ!!」

 思わず木剣を放り投げ、唾液を吐きながらえづく。

「たんま、たんまです! 絶対に折れてる!」

 俺は芝生をタップして降参を示す。

「はっはは、いや、すまないねぇ。びっくりして思わず反撃してしまったねぇ。うんうん、お見事。これは私の負けだ」
「な、なんで、ですか?」

 俺は芝生に座る程度にもちなおす。
 ぎりぎり骨は折れてない。

「個人稽古で私が反撃したのは君がはじめてだよ」
「え?」

 あたりを見渡す。

「嘘だろ……テニール先生ってカウンターしてくんの?」
「俺、木剣受け止めてもらえたことすらねえけど……」
「膝蹴り使わせるってなんで、そんなことになるんだ?」
「フェイントが……上手いんじゃないか。いや、よく見えてなかったけど」
「適当言ってんじゃねえよ、カス」
「ただひとつ確かな事は……あのガキは特別だってことだろ?」

 まわりの騎士たちはざわざわしている。

「おめでとう、アーカム。君は今日からこのテニール・レザージャックが面倒をみよう」
「よろしくお願いします」
「ああ、長い付き合いになるだろうねぇ。ようこそ、バンザイデスへ。これからよろしくねぇ」

 テニールは俺の後ろへ視線をむける。

「アンナ、この子はアーカム。見ての通り大天才だ。君と相室にするからよろしく頼んだよ、いいね、もう頼んじゃったからねぇ?」

 テニールはそう言って「では、諸君、訓練を再開しようじゃないか」と言って、野次馬の騎士たちのほうへ向かっていった。

「ちょっとあんた」
「はい、なんですか?」

 首を向ければ女の子がいた。
 梅色の髪に、同色の輝く瞳。
 三角帽子と黒い外套を羽織っている。
 海賊みたいな格好だなと思った。

 少女はわずかに膨らんだ胸部装甲を、戸愚呂120%くらいの全力で主張するように、強く腕を占めて組んでそこに立っていた。
 実に不遜な態度である。

「あたしと決闘しなさい」
「僕がですか?」
「ほかに誰がいるわけ」

 木剣を足ですくってぽいっとパスしてきた。
 俺は悟る。
 静かな激情型だ、と。
 物言いは静かだが、明らかに怒りを内包している。
 俺にはわかるんだ。人の顔色をうかがうのは得意だから。
 まあ、相手の感情わかっていて配慮しないからボッチ、陰キャ、童貞の三重属性なわけですが。

「それじゃあ、今からあんたを殴るよ。3,2,1──」
「いや、そんな淡々と忠告されても」

 思いきり木剣で殴られた。

「怒った? かかってきなよ新入り。あたしが相手になってあげる」
「なるほどなるほど」

 やっちまったなあ。
 俺は動機さえあれば女だろうが泣くまで殴れんだぜえ?
 
「反撃してこないんだ。なにが天才なわけ? ただのいくじなしじゃ──」
「ほえ面かかせてやる、このメスガキっ!」

 俺は渾身の不意打ちで、少女の顔面を打ちかえした。
 バンザイデスでの新生活が幕を開けた。
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