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第五章 都市国家の聖獣

都市国家連合ペグ・クリストファへ

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 新暦3062年 夏三月

 夏一月以外は全部冬だったローレシア魔法王国の寒々しい気候へすこしずつ近づいてきた。

 フクスムリへ到着するなり、適当なカフェを見つけて立ち寄り、アーカムは地図とペンとカレンダー、それと大事なことをまとめた手記を手に、旅の航路とかかった時間、残りの物資などを確認する。

「この調子でいけば、今年の秋二月にはローレシアに帰れそうです」

 アンナは乾燥肉をくわえながら、アーカムの肩に手を置きよりかかり、身を乗り出してきた。
 いい匂いがする。
 そんなこと思いながら、アーカムは旅程をアンナに見せてあげる。

「アーカムがそう言うなら、そうなんだろうね」

 アンナにも手記を確認をしてもらい、アーカムは地図とカレンダーをたたみ、まとめて手記にはさんで、パタンっと閉じる。

 その後は、宿を取り、馬を預け、アーカムは物資の補充へ。
 アンナさんは拳闘場でお小遣いを稼ぎに。

 夜になって、アーカムが紙ぶくろを抱えて、相棒の様子を見に拳闘場へやってくると、案の定、アンナさんが60人以上の男たちを叩きのめしてチャリンチャリンしていた。

(これで61連勝、か。流石アンナ、つよつよだ)

 ほかの町でもわりと見てきた光景だったので、アーカムはもう何も言わない。
 
(吸血鬼のチカラを取り込んでるせいか、アンナは拳で物事を解決しがちだ。たまに思いっきり発散させてあげないといつか爆発して、被害者が出る。例えば俺とか。俺とか。俺とか。……だからごめんな、闘技場の犠牲者たち、俺はその子を止めないよ……)

 そんなこと思いながら、アーカムは保護者目線で、元気よく挑戦者の巨漢に血反吐を吐かせ、リングに沈ませる相棒を見守った。

「貴様、そうとうな使い手だな」
「ん。あんたも強いでしょ」
「ああ。俺は強いぞ。だから祈れ、主トニスへ、己の無事を」

 そう言って、茶色いコートを着た男がリングにあがった。

「神父さまが登壇だ!」
「よそ者をぶっ倒せ!」
「宣教師なんざ恐くねぇぞ! いけ、姉ちゃんなら勝てる!」

 聖神国でも最東端となると、ほかの町とは雰囲気が違う。
 トニス教徒以外の比率も増しているせいか、どこか浮ついている空気があるのだ。
 現に宣教師が賭博の現場へ堂々と参戦している。

 2人はかなりいい勝負をしたのち、結果、アンナが柔術で締め上げる形で決着がついた。

「信じられない……俺が負けるなど……司教さまに怒られる……」

 若い宣教師は自信を喪失し、呆けた顔をして、リングに伸びた。

 まわりのトニス教徒たちは静まり返ってしまっている。

「安心しなよ、あんたは強いよ」
「そうだな……俺は敬虔な信徒、神の意志を代行する者……」
「あたしに比べたら弱すぎただけ」
「……」

(アンナっち、それはフォローになってないと思います)

「アンナ、アンナ」

 小声で声をかけるアーカム。
 顔をあげ、目をちょっと大きく見開いて胸を張るアンナ。
 宣教師に肉弾戦で勝ったことに対してコメントを求めているらしい。

「すごいすごい。すごいから、はやくそれから離れてください」

 アンナの連勝記録はそこで終わり、アーカムは汗で濡れすけになって見てられないほど色っぽい相棒へコートを投げ渡し、闘技場の外へ出させた。

「宣教師は倒しちゃだめですよ」
「どうして。向こうから挑んできたんだよ」
「いや、こっちから挑む状況はありえないでしょう。そうじゃなくて、あんな倒し方したらどんなしっぺがえしをされるかわかったものじゃないです。なにより、疑われます。ささ、はやくはやく行きますよ」

 足早に宿に戻り、翌朝、2人は第六聖都フクスムリを出立した。
 
「感覚的にはもう聖神国を抜けたと言っていいでしょう」
「うん。それはよかったよ。あの国は窮屈だったからさ」

 アンナは梅色の髪を風になびかせて、後ろをかえりみる。
 聖都がずっと遠くでちいさくなっていた。
 
「アーカム、都市国家連合ってどんなところなの」
「名の通り、複数の都市国家がまとまって作り上げられた社会です。13つの都市があります。いまから行くところはクリスト・テンパラーと呼ばれる都市で、魔力鉱石の産出量で13都市国家の内で一番です」

 数日馬を走らせ、丘陵地帯をこえて、その向こうに都市ガ見えてきた。
 高い城壁に囲まれており、それが二重三重とつづいている。
 都市国家の拡張におうじて増築されたのだろう。

 2人はクリスト・テンパラーの入国のために都市正門へやってきた。
 
「衛兵がいないよ。どこかへ行ったのかな」
「……」
「アーカムはどう思う」
「……嫌な予感がします」
「勘?」
「はい」
「わかった」

 アンナは剣を抜き放つ。
 ここまでの道のりで買い替えた鋼の直剣だ。
 ジュブウバリ族の剣も腰にさげているので、やろうと思えば二刀流になる。

 アーカムもまたアマゾディアを抜いて馬を降りた。
 
 2人は慎重に正門からなかへ入った。
 荷物の検閲をする広々としたスペースがあった。
 馬車が3台縦に並んでもあまりある大きさだ。
 これが外壁の中だと思うと、その分厚さと、都市を絶対に守り抜くという意志に感嘆せざるを得ない。
 馬車の検閲スペースの横手には取調室があった。
 そこにも人の影はない。
 室内の様子から、ここにいた者は慌ててどこかへ行ったようだった。

「アーカム、こっちはいない」
「こっちもです」

 2人は顔をみあわせ、都市内へ入るための正門を見やる。
 
「どうやったらこの門開くのかな」
「たぶん、これですよ。ここにレバーがあります」
「なんでわかるの」
「勘です」

 アーカムはレバーを足で蹴り降ろす。
 すると、機構が動き出した。正解だったようだ。
 くさりがジャラジャラなって、門が持ち上げられていく。

「これは……。何かが起こったみたいですね」

 アーカムは都市の光景を見て、つぶやいた。
 正門は都の外周部にあり小高くなっていた。都市自体は鉱山の採掘の為か、若干のおわん型になっており、正門から都市国家の外郭の街並みと、第二の城壁が一望できた。

 都市の光景が平時ではないことはたやすく想像できる。
 なぜなら、都市のいたるところに巨大な足跡のようなモノがついており、荒廃とした破壊と滅亡後の文明の名残だけがそこにあったからだ。
 
(状況は不明だ。だが、計り知れないナニカがこの地を襲ったのは間違いない)

 アーカムの勘は新しい試練を告げてきていた。
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