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第五章 都市国家の聖獣
おとぎからやってきた怪物
しおりを挟むアーカムは馬の手綱を握りしめ、慎重に、町の中へと足を踏みいれた。
正門から見た限りでは町は機能を停止している。
だが、町の中を歩いてみれば、壊れていない家──あるいは壊れている家でも──、路地裏、教会、学校などの施設には、依然として人がいることがわかった。
それもごく当たり前のこと言った風に生活を営んでいる。
ただ、痩せて、弱っている者も多かった。
教会ではそんな痩せた民へ食糧をわけているらしく、行列をつくる者たちにスープとちいさな固いパンを配っていた。
アーカムとアンナが近くを通ると、皆が2人の身なりの良さに視線を向けてきた。
馬に積まれた荷物へも自然と視線がスライドしていく。
アーカムとアンナは言葉は交わさずとも、ごく自然と馬と積み荷を彼らの目から隠す様に歩調をあわせた。
2人はもう武器をしまっていた。
大きな災害がこの都市を襲ったことは間違いない。
ただ、すでにいくばくかの時が過ぎ、皆、この混沌にも、ある程度の順応を見せている。
直近の危険はないと推測された。
アーカムは乾燥肉の袋を手に取り、教会で食糧配給が行われている外で、物欲しそうに配給の列を眺めている老人へ近寄った。
「ご老人、すこしお話を伺っても」
「お、わしかね? その恰好……どうやら他所からやってきた旅人かな?」
「ご明察の通り」
老人はアーカムとアンナ、どちらを見ればよいのかわからないといった具合に、それぞれへ探るようなまなざしを向けた。
アンナは腕を組んで、馬によりかかり、話せる相棒にすべてを任せる姿勢をとる。
老人は自然とアーカムのほうを注視する。
「そうかい。であるならば、この町の状況には驚いたことだろう」
「直接に訊きますが、この町、クリスト・テンパラーに何があったんですか」
乾燥肉をこっそりと老人へ渡した。
「ことの発端を知るには、都市国家連合についての昔話をせねばなるまい」
「昔話ですか」
「都市国家連合をどれほど知っているのかな」
「多くは知りません。都市国家は13の都市からなる連合に加盟して、お互いに交易を活発に行ってるとか。その程度の知識です」
「合格レベルじゃな。ペグ・クリストファは君の知っている通りそれぞれ協力して生きてきた。お互いに、お互いが、重要なパートナーじゃ。だが……我々は裏切られたんじゃよ」
「?」
「より根本的な都市の成り立ちについて話そう。かつて古い大地に怪物たちがいた。人類の時代が来るより前じゃ。都市は人間たちを庇護し導く『聖獣』の祝福のもとによって生まれた。人々は聖獣を崇拝した。13の都市それぞれに聖獣がおり、彼らは一様に守護者であり、いにしえの救世主だ。ただ、これはあくまで伝説上のお話じゃ。もう長いこと誰も都市国家の聖獣たちを見てはおらん。……クリスト・テンパラーはその聖獣によって破壊されたのじゃよ」
荒廃とした街を見つめる。
老人は遠い目をしていた。
「聖獣は実在するんですか」
「はっはは、いい質問じゃな。正直言って、都市国家連合の多くの者は、もうそんな古い話を覚えてはおらんかった。聖獣への信仰も、ごく一部の人間の間で、細々と行われていただけにすぎん。おとぎ話じゃよ。吸血鬼やら人狼よりももっと影の薄いおとぎじゃ。しかし、今はもう誰も疑っておらん。天を貫くような巨大な聖獣がクリスト・テンパラーを踏み砕いた。みろ、あの破壊された城壁を。聖獣様はクリスト・テンパラーの王政府を完全に壊してしまった。王は死んだ。王の血族もどれだけ残ってることやら。この都市国家はおしまいじゃ」
「……。さっき裏切られたとか言ってましたけど、この町を襲ったのはどこの聖獣なんですか」
「わからぬ。だれも聖獣の姿と都市を結びつけることなどできないからのう。確かなことは、どこかの都市の聖獣がクリスト・テンパラーを破壊したというだけのこと」
「質問を変えます。その聖獣はどこへ行きましたか」
「ここからじゃ見えないが、町の反対側の最外郭の城壁が倒壊しておる。そこから入ってきて、そして、出て行った。……質問は十分か?」
アーカムは肘を抱え「ありがとうございます」と乾燥肉の袋ごと老人へ渡した。
「最後にひとつ」
「なんじゃ」
「聖獣を操ることはできますか。なんらかの魔術で」
「不可能じゃ。人間がどうこうできる領域の話ではない。神話の時代の末期に名を連ねるほどの怪物なんじゃぞ?」
「そうですか……ありがとうございました」
アンナとアーカムは老人へ別れをつげて、教会から離れた。
「アーカム、今度は聖獣をやっつける、ってこと?」
「違います。災害を避けて旅をつづけるっていうことですよ」
「……戦わないの?」
「話聞いてましたかね。スケールが違いますよ。町に残った足跡、それと城壁の穴。おそらく聖獣は体長数百メートル級のどんでもない怪物でしょう」
アーカムはどこか冷徹さをこめた声で、アンナのヒロイックな志をさとす。
(目的を見失うべきじゃない。俺たちは旅人にすぎない。困っている人を助ける便利屋じゃない)
「狩人は人類の守護者であるべきだよ」
「僕もその意見には同意します。ただ、良心だけで相手するには敵は強大すぎる気がします。それに聖獣だって守護者ですよ。僕たちより、多くを救い、守って来たはずです。どんな理由があって都市を攻撃したのかはわかりませんが……聖獣を敵とした場合、これはわかりやすい敵ではないんです。吸血鬼や悪魔とは違います」
アンナは腕を組み、首をかしげ「わかった。アーカムに従うよ」と納得した。
わかりやすい敵じゃない。という部分が響いたようだった。
2人はクリスト・テンパラーを早々に出立し、数日後、都市国家クリスト・カトリアへやってきた。
その道中、巨人の足跡が延々とつづいていた。
(聖獣とは人形の怪物なのか?)
アーカムは足跡を見るたびに、どんな見た目をしてるのか気になった。
「クリスト・カトレアには聖獣がいるんだ。ここ数日、その姿をいきなり見せてうろちょろしてやがる。どうにもおかしな雰囲気でな……夜に何かと争うように暴れ出すんだ。騎士団もどうにもできないから、家を壊されたやつは町を出ようとしてるくらいさ。まあ、もう大人しいんだが。……不吉なことの前兆には違いねえ」
道中で出会った者たちは皆、クリスト・カトリアから逃げてきた者たちだった。
聖獣がいるらしく、不審な行動を見せているらしい。
(行くなって言われても帰り道なんだよなぁ……)
前の町で満足に補給できなかったために、クリスト・カトレアへ寄らない選択肢は、それはそれで危険が伴うものであった。
アーカムはちょっと億劫そうにしながら「まあ、でも今は大人しいんだよな……」と自分に言い聞かせ、第二の都市国家へと到着していた。
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