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第六章 怪物派遣公社
速き一太刀
しおりを挟むあんたらに同情はするが、それは俺が得るはずだった利益をタダでやるという意味じゃない。
いくつもの理不尽があって、できるならそれをどうにかしたいと思うのが人情だし、できるなら俺だって苦しむ者を救いたいと思う。
だが、それは俺と俺のまわり以上に大切なことではない。
俺は俺とその手の届く範囲を守る。
とてつもないバケモノが跋扈していることを知っている。
ある夜、突然現れて、すべてを奪って行く脅威を知っている。
他人に無情の慈悲をあたえてやれるほど余裕はない。
「恨んでくれても構わない。俺はあんたらを踏みつぶしていく」
「威勢がいいことだ」
暗黒の末裔の剣士は短く息を吐く。
サッと重心を落とし、一気に迫って来た。
────
アーカムは迫ってくる黒獣の剣士へ《ウィンダ》を放つ。
「っ」
黒獣の剣士はたくみ剣で風を斬った。
実態のないものを斬ったところで弾道を完全に断つことはできない。
が、風の塊がほぐれたことで、《ウィンダ》は黒獣の剣士に強風をあびせる程度の働きしかしなくなった。
初撃を無力化された。
剣士の刃が肉薄する。
アーカムは夜空の瞳で術理にのっとってふられる剣筋を見切り、背後へ跳ぶ。
しかし、相手は剣気圧を纏っている。
単純な身体能力ではアーカムは敵わない。
それを補うため嵐の鎧をアーカムは展開。
全身に風をまとい、黒獣と自身のあいだに風域を展開し、近寄らせないとする。
強烈な風に巻かれ、黒獣の剣士は風に耐えるべくわずかに腰を落とした。
室内だと言うのに突風のように吹き荒れる風域に顔をしかめる。
「こいつ……っ、この魔術、それにさっきから詠唱してないのか……っ」
見たことのない魔術の行使に面食らっているようだ。
間合いを5mほど確保したアーカム。
嵐の鎧を維持しつつ、氷の魔術で拘束するべく魔力を編みあげる。
アーカムはメレオレの杖を持つ手をおおきく掲げ、すぐ横の壁を杖の柄で勢いよくたたいた。
膨大な魔力だからこそなせる力技。
空気が割れる音が室内にこだまする。
壁に叩きつけられたアーカムの拳を起点に、基礎詠唱式・生成によって生み出された氷結界が一気に展開された。
壁を、床を、天井を、縦横無尽に広がり、すべてを凍らせようと霜が伸びる。
室内にいた暗黒の末裔たちはもちろん、建物の外にいた者たちも一斉に逃げだした。
だが、それでは遅い。すぐに皆、凍り付くことになる。
完全凍結させた場合、重度の凍傷を相手に負わせることになる。
ゆえに威力自体は控えめだ。
アーカムは相手を拘束し、無力化するという用途でのみこの氷属性三式魔術《イルト・ポーラー》を行使したのだ。
だからだろうか。
黒獣の剣士はアーカムのわずかな躊躇が産んだ隙を縫って、見たことも無い魔術に機敏に反応をして見せた。
未知というのはそれだけで脅威だ。
相手が無詠唱で、世にも珍しい氷の神秘の使い手であったのならば、たとえ熟達の剣士であろうときっと何もできやしない。
この黒獣の剣士は違った。
動いて見せた。
それはこの剣士が尋常ならざる使い手であることの証でもある。
猛者は動きで語るのだ。
氷が自身を氷像に変えるよりもはやく踏切ると、嵐の鎧をものともせず剣の間合いまで迫った。
アーカムはそれまでの剣士がまるで本気を出していなかったのだと思い知った。
剣気圧の大きさが、氷を展開する前と後では倍以上に違ったのだ。
剣士が解き放った剣気圧のスケールはアンナのそれに匹敵しうる。
否、アンナの圧よりも強大だ。
それはすなわち剣術等級”四段”クラスの実力者であることを意味する。
アーカムは超直観を研ぎ澄まし、夜空の瞳を見開く。
剣士は刹那ののちに肉薄し、そして、放った。神速ともいえる一太刀を。
『アーカム! 速いのが来るぞ!』
超直観が叫んだ。
アーカムは夜空の瞳のおかげでその起動が見えていたし、相棒の警告のおかげで事前に致命傷になるだろう攻撃を知ることができた。
だから、対応できた。
『風霊の指輪』へ手をとっさに伸ばす。
かつて13歳の誕生日にアンナ・エースカロリより贈られた指輪だ。
今はジュブウバリ族から賜った宝剣アマゾディアを収納する”鞘”でもある。
アーカムは収納魔術でしまっていたアマゾディアを抜剣する。
アマゾディアと刃がぶつかる。
ガヂン。火花が散った。
致命の一太刀はアーカムへ届くまえに寸前のところで防がれた。
黒獣の剣士は目を大きく見開いた。
まさか防がれるとは思っていなかった。。
その一太刀はあまりに洗練されていた。
アーカムが知るどんな剣よりも速かった。
その速さを追求した剣の意志。
雷鳴のごとき後追いの斬撃音。
アーカムは悟る。──これが雷神流、その四段の剣か、と。
「ふんッ!」
黒獣の剣士は攻撃のテンポを崩さない。
一瞬だけつばぜり合うと、その体躯から放たれる強靭なパワーでいっきに剣を押しこんだ。
アーカムはたまらず吹っ飛ばされる。
建物の壁に叩きつけられたかと思えば、勢いのあまり壁が砕け、そのまま建物の裏口があった裏手の庭まで叩きだされてしまった。
ゴロゴロっと転がり、砂塵に塗れる。
アーカムは血を吐き、胸を押さえる。
壁に叩きつけられた時に、内臓のいくつかを傷つけていた。
『あばら骨が2本イカれたな。すごく痛そうだ』
他人事な直観の声は正しく、胸がズキズキと耐え難い痛みに襲われた。
剣気圧を纏っていない状態で、剣気圧によって強化された攻撃を受けたせいだ。
アーカムは痛みをまるで感じていない風に立ちあがる。
相手にダメージを悟らせない。
彼がこれまでに培った精神力のなせる業であった。
黒獣の剣士は建物の外まで追ってこなかった。
否、追うことができなかった。
凍てつく氷の力で胸元まで固められてしまっていたからだ。
アーカムはつばぜり合い吹っ飛ばされる瞬間、二回目の詠唱を終えていたのだ。
ゆえにアマゾディアとの接触面から黒獣の剣士の身体を凍らせた。
足元と手元。
二点から凍てつく波動に身を侵されれば、いかなる達人であろうと、抜け出すのは困難を極めるだろう。
「危ないところだった」
アーカムはホッと胸を撫でおろし、回復ポーションを一本グビっとあおり飲んだ。
「馬鹿な……この、俺が……」
「それじゃあ、ごゆっくり」
「ぐぬ! このガキ……っ!」
アーカムは剣士の横を通り抜け、室内へと戻っていった。
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