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第六章 怪物派遣公社
幕間:作杖師オズワール
しおりを挟む「たーたー! ていやー!」
エーラは一所懸命に木剣を振る。
母エヴァリーンは温かい眼差しで見守る。
かつてアーカムに剣を教えた日々を思い出していた。
以前からちょこちょこエーラに剣を教えてはいたが、こうまで必死になることはなかった。
才能があるかどうかは、まだわからない。
はっきりしているのは兄のような怪物的なセンスは持ち合わせていないということだけ。
安心したような、淋しいような、なんとも言えない気分であった。
エヴァリーンとしては自分の手で納得して育てられると受け取ることにした。
アーカムの時は剣を握り始めた日から何かがおかしかった。エヴァリーンは自分が指導するには手に余る原石だとわかってしまった。
エーラになら幼き日、剣をはじめて取った自分を重ねることができた。
「立派な騎士になるためには体力を付けないといけないわ。さあ クルクマ10周よ、ついてこれる?」
「エーラ頑張るもん!」
窓の外で元気に走りだした母と姉を眺めて、アリスはほっこりする。
彼女は勉強机のうえの、本を小脇に抱えると屋敷を飛び出し、父アディフランツの魔術工房へ出掛けていった。
今日もそこで父が研究の編纂にはげむ傍らで、魔術の修練を積むのである。
皆が皆、新しい目標へ向かって歩き出していた。
新暦3060年春二月
アディフランツは途方もない作業のひとつを終えた。天才アーカム…アルドレアの遺した数々の研究、それらを記した論文。それらは無秩序に閉ざされた部屋に保管されていたり、謎の言語で注釈を打ってあったり、論法・論理が常人のそれではなく、やや難解な部分があった。
アディフランツはそれらを異世界での標準的な論文のフォーマットに直した。
生前のアーカムを知るアディフランツだからこそ、不明な箇所についても検証と論理の補強を行うことができた。
今日、アディフランツは王都へと旅立つ。
普段は20日に一度ほどの間隔でやってくる慣れ親しんだ行商人に手紙の郵送を頼むのであるが、今回ばかりは論文の価値が違う。
自分の足でしっかりと王都魔術協会へ届けたかった。
「行ってらっしゃい、アディ」
「お父さん気をつけてね! 必ず帰って来てね!」
「タスク『お父様を見送る』を完了です。アリスは工房に帰投します」
家族の温かい応援を受けて、父は馬車に揺られ、行商人と2人で都へのぼっていった。
馬で10日掛かる旅だ。
クルクマが辺境も辺境にあるので仕方のないことであるが、相変わらず王都に行くだけで一大事である。
王都に到着したアディフランツは、とりあえず普段出張の際に使っている宿屋へと赴き、部屋をとり、長旅の疲れを癒すことにした。
魔術協会へは2日目に足を運んだ。
「論文の提出ですね、確かに受け取りました。お疲れさまでした、アディフランツさま」
アディフランツのような地方の名もなき学者は、学会で発表をする場をたくさんもらうことはできない。そのため価値ある研究かを審査する場が設けられる。一度、協会に集約され、論文は専門家たちの下に読みこまれ、その価値を認められれば、協会は報酬を与えるのだ。
これは価値のない研究と価値のある研究を判断するうえで唯一の方法であり、また世界中に広がる魔術協会を学術への入り口にするために効率的なやり方である。
アディフランツは『アーカム・アルドレア』の名義で論文を提出した。
結果が出るのは早くて半年後。遅い場合は数年かかることもある。
学者という職業が裕福でないと仕事にならない由縁である。
「まずはひとつ、かぁ……うぅ~疲れた~」
はやく自分の息子天才アーカム・アルドレアを認めてもらいたい。
その一心で挑んだ数カ月の編纂作業であった。
アディフランツは残る1週間ほどを、王都で知人と会ったり、ちょっと遊ぶために使うつもりである。
風変わりな店の前にやってきた。
店内の様子がわからず、店前の壁がひどく汚された店だ。
看板には『オズワール・オザワ・オズレの杖専門店』と書かれていた。
店に入ると、視界いっぱいに小箱の積み重なった危うげな棚が映った。
地震でもあった日にも目を覆いたくなることになるだろう。
小箱の中身はスティックサイズの小杖である。
小杖以外にも、威厳ある中杖や、冒険者御用達の大杖などが置かれている。
どれにも法外な値段がつけられており、ひとつには30億マニーと書かれた値札のついた大杖もあった。
「相変わらずの商売をしているな、オズワール」
「なんだい、その非難したげな視線は。それはすべて適正価格だよ」
店奥から返事がかえってきた。
ピンク色の明るい髪色の男だ。
星をかたどったピアスを耳にしており、メイクも濃く、どこか軽薄な印象を見る者に与える。だが、その静かな眼差しは心を見透かすような深い見聞を宿している。
聡明な者であれば、彼が派手なメイクを落とそうとも、世にも謳われるかの天才魔術師であることに気づくだろう。
「久しぶりだね、アディフランツ。君は才能ないって昔から言われてたのに、まだ学者なんかやってるんだね」
「どうしてわかった?」
「その匂い。協会の受付嬢が好んでつけるヴィヴィの香水だ。あの香水はすぐに匂いが取れちゃうんだけど、君はいま目の前でわずか香しい。それはひとつ前の建物が魔術協会で、すぐにここへ足を運んだことを意味してるんだよ」
「キモイな普通に。全然匂いなんかしないじゃないか」
「うん、だから全部嘘だよ」
「……」
「まあリアクションのおかげで君がまだ学者なのはわかったけど」
アディフランツは「相かわらずつかめない男だ」と思った。
「お前になんか会いにくるんじゃなかった」
「別に会いに来てほしいなんて言ってないけどね」
「いや、そうだけど……はぁもういい。せっかく来たんだ。ひとつ頼みごとをしたくてな」
「新しい杖がほしいのかい? もしかして例の天才魔術師アーカム・アルドレア君かな? 今年何歳だっけ?」
「……アーカムはもう死んだよ」
アディフランツはオズワールにバンザイデスでの事件のことを話した。
「ああ、それは……可哀想に。すまないね、アディ、事件のことは流石に知ってるけど、そこであのアーカム君が亡くなってたなんて」
「いや、いいんだ。もう過ぎたことだ。……それより、オズワール、今日は娘の杖を買いに来たんだよ。アリスのほうだ」
「へえ、アリスちゃんも魔術師に?」
「ああ。それもかなりの才能を持ってる気がする」
「魔術師の親はみんなそう言うよ。たいていは……まあいいや。親バカで高い杖買ってくれるなら僕にとってこれほど嬉しい事はないからね」
オズワールはアディフランツの要望を聞きながら、山のようになった杖箱のうちひとつを選び出す。
「フーヴァの杖。一等級。杖身27cm。芯は魔傀儡フーヴァの削りだした炉心。土の魔力をよく通し、扱いやすく、反動軽減もついてるから小柄な女性でもふりやすい」
────────────────
フーヴァの杖
・消費魔力軽減20%
・魔力還元10%
・反動軽減 40%
────────────────
「それがアリスにはベストか?」
「ちょっとサイズが大きいかもしれないけど、成長を考えれば問題じゃないよ。大人になれば反動軽減系のオプションは必要ないけど、その時はまた高い金をはらって僕の店で買い直せばみんなハッピーだよ」
「俺の財布がハッピーじゃないんだが?」
言ってることは下世話だが、オズワールの杖選びは信用できた。
ゆえにアディは「それを貰おう」と二つ返事で購入を決めた。
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