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第七章 魔法王国の動乱

新暦3062秋二月 泣き声の荒野の合戦 開戦

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 新暦3062秋二月
 
 しんしんと雪が降る日だった。ローレシア魔法王国北部ドレディヌスの町から、行軍がはじまった。早馬の通達で貴族派の軍勢が整いつつあると知り、王族軍がわずかに先手を打って荒野へ動き出したのだ。
 魔法王国は地理的特性上、夏二月~春一月のあいだ冷え込み、冬二月に最も厳しい寒さと、激しい雪が降り積もる。
 秋二月のこの時期は、あと二カ月ほどで暦上も冬になるという時期であるため、防寒をしっかりしなければ相当に寒さの厳しい時期となってきていた。

「クソ、思ったより遅い。ノロマじゃねえか、貴族派の野郎ども」
「やつらも生産に響かせたくはないのだろう。春には民兵を村へ返してやりたいはずだ」

 ドレディヌスから鳴き声の荒野までは2日ほどしか掛からなかった。
 総勢6万5,000近い軍勢は荒野に先立って到着していた小隊らの誘導のもとで効率的に陣を敷いていった。王族派の敷いた陣は丘陵のうえにあり、地理的な優位性をもっていた。
 最も高い位置に王の陣が敷かれ、そこから裾野へ広がっていくように、各軍の陣が敷かれていった。陣営は非常に広域におよんだ。6万5,000もの兵を収容する陣地は伊達ではなく、設営は1日がかりの大きな仕事であった。

 ほどなくして貴族派の軍団も丘陵の下方に出現し、矢も魔術も届かない2,000mほどの距離で陣地を展開、両軍のあいだには緊張感が走り始めた。

 泣き声の荒野に到着後2日、王の命により、戦闘配備が行われた。
 もっとも常に交代交代で15,000ほどの兵は貼り付けてあるので、戦闘配備と言ってものこりの兵を幕より叩き起こすだけなのであるが。

 エヴァリーンは丘陵の下方を望遠鏡をのぞいて観察していた。
 貴族軍の兵力は凄まじく、民兵騎士あわせて13万の大軍である。
 実に倍以上もある凄まじき圧に、エヴァリーンでさえ恐れを抱かずにはいられない。

 兵力だけを単純にぶつけあわせれば王族軍の負けは必須であるとエヴァリーンは固唾を飲む。
 だが、この合戦にはいくつか王族軍が優位な点もあるとも彼女は思っていた。

 ①丘陵地帯を抑えていること
  軍隊の規模ゆえに、貴族軍のフットワークがやや重いことを最大限に利用し、わずかにはやくドレディヌスより行軍したことで、地理的優位性を初めから確保できていた。高所のアドバンテージを取っている以上、どうしても攻める側はつらくなる。
  魔術や矢、また兵器を用いた遠隔攻撃も上からのほうが遥かに有利だ。

 ②防衛戦であること
  丘陵地帯を押さえたうえで王族軍は侵略からの防衛をすればよい。キンドロ領を侵略しようとしているのは貴族軍なので、王族軍は相手を壊滅させるのではなく、守ればよいため、必然と敵軍へ与える損害ノルマは侵略戦争よりも低く設定できる。

 ③騎士が精強であること
  王族軍の騎士は貴族軍のそれと比べ、地方よりの出世して上がって来た者が多いため、必然と練度は高くなっている。

 ④士気
 大義名分上、国家を守っているのは王族側であり、貴族側はあくまで叛逆しているため、軍全体の士気は王族軍のほうが高く、また維持しやすい。

 エヴァリーンはその実力を変われ、大きな戦力を託されていた。
 彼女の指揮する3,000はその3分の一が騎馬隊であり、残りも敵陣へ攻撃をしかけられる程度には訓練で見込みのある民兵が集められているのだ。

 ①丘陵地帯を抑えていること
 ②防衛戦であること
 ③騎士が精強であること
 ④士気

 以上四つがエヴァリーンの考える王族軍の優位性だ。
 ただ一方で貴族軍が持つ優位性も当然あるのだが……。

 (私の中隊は騎馬1,000を預けられたお父様の第3軍のなかでも最大の攻撃力を持つ突撃隊。騎馬で敵のしいた陣を突き破って、内側に入り、背後につづく兵たちの斬り込み口をつくるのが役目。でも、貴族軍の守りは硬そうね。貴族院より連れて来た魔術師、特にゴーレムたちが確認できる。元から軍に組み込まれている以外の魔術師の派兵は人間法違反なのに……。たぶん土属性式魔術の使い手もたくさんいるんだろうな。強引に破るのは骨が折れそう。でも、丘陵のアドバンテージを失う必要もないから、しばらくは出番はないかな)

 エヴァリーンは望遠鏡をしまい、第三軍の先頭で馬にまたがり、威風堂々とする実の父ハイランド・ヴァン・キンドロの背中を見やる。
 
(まさか父といっしょに戦場に立つ日が来るなんて……)

 そんなことを思っていると、貴族軍の軍勢から一騎が飛び出して、まっすぐにこちらへむかってきた。使者であると思われた。
 そのまま丘陵の真ん中をつっきり、王族軍の正面、中央にて王の陣営が敷かれた位置より数十メートルの場所まで来ると、大声で叫んだ。

「ポロスコフィン軍大将よりの宣誓であるッ! 正午より、我らは腐敗した王政を打倒するべく攻撃を開始するッ! 王よッ! この戦いは多くの民を傷つける愚かなる戦なりッ! 我々は大軍を壊滅させる準備ができているッ! 早々に軍を引き上げることを強く願うッ!」

 エヴァリーンは眉根をひそめる。

(何を言うかと思えば……よくもあんな宣誓を行うために駆けて来たものね)

 王族軍の軍大将ヴォルゲル王は右腕である『王の剣』マーヴィン・テンタクルズへ耳打ちし、マーヴィンは副官へぼそっとつぶやく、直後、使者の騎馬その足元に矢がビュンっと鋭く射られた。

 使者は顔色を蒼白に代えて「お返事受け取ったッ!」と言って、早々に退散していった。

 その後、正午きっかり、空へ一筋の火球が撃ちあがった。
 魔術により強力な火炎だ。魔法王国の儀礼的な開戦ののろしであった。
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