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第七章 魔法王国の動乱

ここでしか見えない物

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 俺が家族を救いたかったのは愛情というものをようやく知ったからだ。
 前世の俺は可愛くない子供だったと思う。
 外見的な話ではない。
 ああ、いや、違うか。
  外見的にもそれもう醜いったらありゃしないブサイクな人間だった。
 幼少の頃からずっとそうだった。もちろん親はそれでも愛してくれていたんだろ思う。とはいえ、そんなのは”今”、ふりかえってようやく気付けたことなんだ。
 
 俺が異世界で家族を大切に思うようになったのは、幼少の頃の彼らの途方もない愛に気が付いた時からだった。
 それまでこの世界が異世界であり、自分がコロンブスになってとごく科学的、理知的な興味でこの世界を観測していた俺は、両親の愛をまたもや見落としていたのだ。
 大人になって、人生を一度やり直して、セーブデータを引き継いで、そうしてここに来れたというのに、またしても俺は愛のなんたるかを見落としそうになった。
 そりゃあ一週目の人生が気が付かないさ。

 赤ん坊。
 何も生産しない、何の利益ももたらさない、手間のかかるだけの存在。
 そんな俺にエヴァもアディも無償の、無限の、大きな愛をもたらした。
 ふとその事実、その労力、まるで釣り合っていない等価交換の法則を意識した時、俺は親の偉大さ、愛というものの片鱗を知ったような気がしたのだ。

 飯を食わせ、下の世話をし、まるで他人にはとてもそんな面倒なことはごめんだろうに。俺を愛してくれた両親に膨大な感謝をした。
 一回目の人生では大人になって理解したつもりでいても、両親との不仲な関係上、そのことを直視する機会はなかった。
 
 もっとも、いくつかの疑念を抱きながら俺アーカムは育っていたのだが。
 というのも俺が、アーカムが手間のかからない賢い子供だから、両親はこれほどに世話をしてくれるのではないかという疑念だ。
 これはある意味では厄介なもので、俺が俺である限り、別の条件では、つまり普通の子供の世話の風景を観測することはできないのだ。

 ただ、双子が生まれたことでこの疑念も解消された。
 エヴァとアディ、ついで俺は双子の姉妹エーラとアリスに愛を注ぐということを、死ぬほどの苦労を通して経験した。
 夜泣きしまくるわ、家を散らかしまくるわで、本当に何度か首を絞めかけたが、それでも、どうしようもなく愛らしくて、守ってあげたくて、手間をかけてあげたい気持ちになる。
 それが愛というものなのだ。
 
 前世の俺なら鼻で笑って捨てただろう「家族の愛(笑)」と。
 俺は二度目の人生でそれを突きつめて考え、結果として理解した。
 それはどうしようもなく尊いものだ。
 この世界に真実の愛が存在するのなら、与えることが愛であり、真に信じるに値するものがあるとしたら、やはりソレなのだ。
 22世紀では見えなくなった真善美における窮極がそこにあると確信している。

 どうしてこんなことが起こるのか。
 思うに、高度に文明化しすぎると、もう見えなくなるのだと思う。
 家族で互いを繫ぐ意味が、外側の脅威にたいして、無条件で信頼できる仲というものが、必要ないからだろう。
 この世界ではまだそれは存在している。
 より克明に見える。これまでの経験を通して考えるに、文明レベルはもちろんだが、最大のファクターは恐るべき怪物たちがいるからだろう。もし怪物のおかげでその尊さが失われていないのとすれば、どれほどに皮肉なことなのだろうか。

 絶滅指導者クトゥルファーンと最後の瞬間をともにする覚悟をした時、そして長い旅の始まりを知った時、俺は俺を愛してくれた家族の下へ帰る使命を帯びた。
 それは必然的なものだったのだ。
 それがもっとも価値あるものだと当時から俺は信じていたのだから。
 人類が長い時間かけて進化してきた中で、培われてきた偉大なる遺産の輝きを、一度失えば二度と手に入らない、22世紀では手に入れることも、見つけることも、気づくこともなかったそれを決して奪われたくはなかったのだ。

 






























 私は死ぬのだろうと思った。
 冷たい雨が体温を奪って行く。
 血が、命の熱が、こぼれていくのを感じる。
 斬られすぎた。
 さっきまでの身体の軽さが嘘のよう。
 いまは全身が鈍い鋼のように重たい。
 熱と戦いの興奮で痛みをごく一時忘れ、限界を超えて動けていただけなのだ。

 どこで間違えたのだろう。
 私の人生はこんなことになるはずではなかったのに。
 いや、嘆いても仕方のないことだ。間違えただの、間違えなかっただのとい話ではないのだろう。
 この世界にはどうしようもない抗えない力の巨大な渦があって、私たちなんてちっぽけな人間は、その巨大なうねりに逆らうことができないのだから。
 王や英雄でもないかぎり、判断のひとつやふたつが私のいまの状態を変えれたとは思えない。

 心残りがあるとすれば、やはりアディたちのこと。
 彼らは上手くやっているのだろうか。

 アディは臆病で、不器用で、ちょっと危なっかしい所があるからすごく心配。
 エーラは元気で、最近は剣に興味があって「ママにそっくりね!」と言ったら、嬉しそうに笑う。だけど飽きっぽくて、慌て屋さんで、やっぱり心配。
 アリスはとても賢い子。たまに心配になるくらい物わかりがよくて、あの子を見ていると、アークを思い出す。
 きっとお兄ちゃんのマネをして、お兄ちゃんの分までしっかり者になろうとしてるのね。でもひとりで頑張り過ぎちゃうこともあるから、たまには誰かがちゃんと見ててあげて、倒れそうになる肩を支えてあげて欲しい。やっぱり心配だわ。

 ああ、本当に心配なことばかり。
 私がもっとそばにいてあげられたらよかったのに……。
 戦争なんて、貴族の地位なんて、本当はどうでもいいの。
 祖国の存亡なんて、本当はどうでもいいの。
 もちろん悔しいし、不当な侵略なんて許せない。
 それでも、家族といっしょにいることのほうが比べるまでもなく大切。
 
 どうして残ってしまったのだろう。

 死の間際、私は心配と後悔ばかりをしていた。
 突き刺すような冷たさに打ちひしがれて、個人の無力さを唇から血がでるほどに噛み締めて、そうして死んでいく──。

 覚悟はとっくにできていた。
 マジック・ウィザーリンが私を包囲した時、心のどこかで「あぁ、逃げられないな……」って思っちゃっていたもの。
 でも、私はあの場所に帰るために諦める訳にはいかなかった。

 馬上から見下ろしてくるマジックをぼーっと見上げている。
 ふと、マジックが横を向いた。周囲の騎士たちも騒がしくなった。
 2秒後に迫っていたはずの死が振ってこない。
 泥を舐めるように首を動かす。何者かにマジックたちは攻撃されているらしい。
 だが、敵の居所をつかめていない。
 戦場の方角へ視線を泳がせて、姿勢を低くして、警戒しているばかり。

 やがて巨大な爆発音がした。
 マジックらは明確な敵を捕捉したらしい。

 首を動かすのが億劫だったのけど、顔をもたげる。
 白い外套をまとった者が雨降る空から下りて来た。
 ものすごい速さで魔術を放っている。それも連続展開だ。
 マジックも、騎士たちもまるで寄せ付けずにみんな倒してしまった。

 その顔に身の毛もよだつほどの懐かしさを感じた。
 だけど、そんなことがありえるはずがなくて、ただただ言葉を失っていた。

 死を目前にした最後の夢を、都合の良い幻覚を見ているのだと確信した。
 だから名前を呼んでしまうのが恐ろしかった。
 名前を呼んでしまえば、きっと泡のような夢から覚めてしまうから。
 それが恐かった。
 
 でも、それ以上に、確かめたかった。
 もしかしたら、これは現実? 問いかけと、奇想天外への期待を完全に打ち消せるほど、私は老成も達観もしていなかったのだ。

「アーク……?」

 白い息を吐きながら、恐る恐る震える声をだした。
 もう醒めないでほしいと願いながら。
 私の息子がふりかえる。
 ずいぶん大きくなった。
 すっかり男の子みたい、カッコよくなっていて……きっと女の子は放っておかないのでしょうね。あ、近づいて来た。
 手を握られる。温かい。生きてる? 現実? え?

「はい、僕です。いま帰りました」
 
 ありえない、でも、いる、この手の温かさが本物だ……。
 目の奥から熱が湧いてきた。
 まだ私の身体にもこんな力あったのか。
 そう思うほどに、深い場所から込みあげて来る。
 
「あぅ、ぅぅ、おか、えり……っ」

 えづきながらなんとか、なんとか……声にして、言葉にして絞り出した。
 親としてもっとちゃんと迎えてあげたかったけど。
 私にはそれが精一杯だった。
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