最強なのに自分だけ気づかない 無自覚チートの異世界ハーレムライフ

eringi

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第2話 初依頼はスライム退治のはずだった

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翌朝、太郎はいつものように朝日と共に目を覚ました。

「昨日はちょっと疲れたな……」

布団から起き上がり、伸びをする。体に痛みはない。当たり前だ。昨日はスライムを五匹——正確には「消滅させた」らしいが——倒しただけだし、牙狼も「消えた」だけだ。剣を振った回数は数えるほどしかない。

「普通の一日だったよな……」

そう言い聞かせながら身支度を済ませ、家を出る。街は昨日と変わらず活気に満ちていた。パン屋の前を通ると、リナが元気な声で呼び止めた。

「おはようございます、太郎さん! 昨日は無事でしたか?」

「おはよう、リナ。うん、無事だよ。スライム退治、ちゃんとこなしてきた」

「よかった! ……でも、ちょっと噂を聞いたんですけど」

リナは周囲をチラリと見回してから、声を落とした。

「太郎さんが魔物を触れずに倒したとか……本当ですか?」

「え? 誰から聞いたの?」

「あのお二人からですよ。昨日、足を怪我した冒険者さんたちが話してて……」

太郎はため息をついた。噂の広まりは早いものだ。

「あれは偶然だよ。魔物がたまたま弱ってて……」

「でも、五匹のスライムと牙狼が全部、偶然弱ってたんですか?」

「……たまたまだよ」

太郎は強気に言ったが、リナはにっこりと笑った。

「太郎さん、謙遜しすぎですよ。すごい力を持ってるのに、隠す必要ないじゃないですか」

「隠してないよ。本当に普通なんだ」

「はいはい、普通の太郎さんですね」

リナはからかうように言って、新作のパンを差し出した。

「これ、昨日の続きです。食べてください」

「ありがとう……」

太郎はパンを受け取り、一口かじる。美味しかったが、心の中ではため息をついていた。噂が広まると、面倒なことになりそうだ。

ギルドに到着すると、受付のバルトが太郎を見るなり苦笑いした。

「やれやれ、噂は広まるもんだな」

「……聞きました?」

「ああ。昨日の二人組が大騒ぎしてな。『神の加護を持つ少年を見た』とか言い出してさ」

「神の加護じゃないですよ。ただの偶然です」

「そうかもしれんが、人々はそうは思わない。昨日から何人かがお前を探しに来てるぞ」

「え? なんでですか?」

「魔物を楽に倒せる方法を知りたいとか、弟子にしたいとか……中には怪しんでるやつもいる」

太郎は頭を抱えた。

「面倒くさいな……普通に暮らしたいだけなのに」

「わかってるよ。だから昨日は内密にするって言ったんだ。だが、噂は止められん」

バルトは同情するように肩を叩いた。

「今日は低ランクの依頼だけ受けるといい。目立たぬようにな」

「……わかりました」

太郎は掲示板に向かった。昨日と同じく、スライム退治や薬草採取の依頼が並んでいる。安全で目立たない。これなら大丈夫だろう。

「これかな……」

太郎が手を伸ばしかけたその時、背後から声がかかった。

「あなたが噂の新人冒険者?」

振り返ると、二十代半ばくらいの男が立っていた。派手な鎧を身につけ、腰には装飾過多の剣を下げている。顔には傲慢な笑みを浮かべている。

「噂って何ですか?」

「魔物を触れずに倒すとか、わけのわからん噂だろ。本当かどうか試させてもらうぜ」

男は周囲に聞こえるように大声で言った。

「おい、みんな! この新人、自称『魔物を触れずに倒せる男』だってさ!」

ギルド内がざわついた。何人かの冒険者がこちらを見る。

「自称じゃないですよ。ただの偶然です」

「偶然? ふざけるなよ。だったら、俺と勝負しろよ」

「勝負? いえ、結構です」

「逃げるのか? やっぱり噂は嘘だったんだな。ただの腰抜けか」

男は大声で嘲笑った。周囲からも失笑が漏れる。

太郎はため息をついた。面倒なことになった。

「……わかりました。勝負しましょう」

「お? 覚悟決めたか。いい覚悟だ。ただし——」

男はにやりと笑った。

「街外れの森でやろうぜ。観客も呼ぶからな。噂が本当かどうか、みんなの前で証明しろよ」

「……森ですか?」

「そうだ。スライム十匹を相手に、触れずに倒せるか見せてもらう。ただし、武器は使うなよ。触れずに倒すんだろ? なら武器なんていらねえだろ」

理不尽な条件に、太郎は首を振った。

「それは無理です。武器なしでスライム十匹は危険です」

「逃げる言い訳か? やっぱり嘘つきだったんだな」

男はさらに声を張り上げる。周囲の視線が痛い。

「……わかりました。武器なしでやります」

「太郎!」

バルトが止めようとしたが、太郎は首を振った。

「大丈夫です。ただのスライムですよ? 運が良ければ……」

「運? ふざけるなよ。運だけで魔物は倒せねえ」

男は鼻で笑った。

「一時間後、街外れの森の入り口で待ってるぜ。逃げるなよ」

男は嘲笑いながらギルドを後にした。残された太郎に、バルトが心配そうに声をかけた。

「太郎、無理するな。逃げても恥じゃない」

「大丈夫ですよ。スライム十匹なら、何とかなるでしょう」

太郎はそう言ったが、内心では不安だった。昨日は偶然だったかもしれない。今日も同じ偶然が起きる保証はない。

「……でも、普通に暮らしたいだけなのに」

呟きながら、太郎は森へ向かう準備を始めた。

一時間後、街外れの森の入り口には、二十人以上の見物人が集まっていた。噂を聞きつけた冒険者や街の住人たちだ。先ほどの男——自己紹介によるとBランク冒険者のガルドという——が、得意げに腕組みして立っている。

「よう、来たな。逃げずに来てくれてありがとうよ」

「来ましたよ。約束通り」

「いい覚悟だ。じゃあ早速始めようぜ。ルールは簡単だ。スライム十匹を、武器なしで触れずに倒せ。ただし、こちらから触れられてもダメだ。触れられたら負けだからな」

「……わかりました」

「それと、これも条件だ」

ガルドは袋からロープを取り出し、太郎の両手首を後ろ手に縛り始めた。

「な、何するんですか!」

「触れられないようにするためだろ? 手を使えたら触れちゃうかもしんねえしな」

「それは……」

「文句あるか? 触れずに倒せるって言うなら、手が使えなくても関係ねえだろ?」

周囲からも「そうだそうだ」と声が上がる。太郎は反論できなかった。

「……わかりました」

両手を縛られた状態で、太郎は森の中へと導かれた。すでに十匹のスライムが、木の根元で蠢いている。透き通ったゼリー状の体が、陽光を受けてきらきらと光っている。

「よし、行くぞ!」

ガルドがスライムの群れを棒でつついた。刺激を受けたスライムたちが、ゆっくりと太郎の方向へと這い寄ってくる。

「まずい……」

太郎は後ずさる。手は縛られて使えない。触れずに倒す方法なんてない。昨日の偶然が再現される保証もない。

「どうした? 倒せよ! 触れずに!」

ガルドの嘲笑が背中を刺す。スライムが一匹、太郎の足元まで迫ってきた。透明な体が、太郎の靴に触れる直前——

ぶわっ。

スライムが消えた。

「……え?」

太郎は目を丸くする。周囲もざわめいた。

「今、消えた?」

「見た? 俺も見たぞ!」

「偶然か?」

二匹目のスライムが迫ってくる。太郎は動けずにいた。スライムが足元に——

ぶわっ。

またも消滅した。

「な、何だこりゃ……」

ガルドの笑みが消える。三匹目、四匹目……スライムは次々と太郎に近づき、触れそうな瞬間に消えていく。五匹、六匹、七匹——

十匹目のスライムが消えた時、森は静寂に包まれた。

「……終わった」

太郎はぽつりと言った。周囲はしばらく沈黙した後、どよめきが起こった。

「や、やった! 本当に消えた!」

「触れずに倒した! 噂は本当だったんだ!」

「神の加護だ! 間違いなく神の加護だ!」

ガルドは青ざめていた。

「な、何だよこれ……マジックか? 幻覚か?」

「幻覚じゃないよ」

冷静な声が響いた。振り返ると、昨日会ったエリーゼが立っていた。彼女はガルドを鋭い視線で見据える。

「ガルド。卑劣な真似はやめなさい」

「エ、エリーゼさん……!」

ガルドの態度が一変し、腰が低くなった。どうやらエリーゼはそれなりに有名な冒険者のようだ。

「この新人をからかって、何が面白いんですか?」

「い、いや、ただの冗談で……」

「冗談にしては度が過ぎる。しかも、手を縛るとは……」

エリーゼは太郎のロープを解きながら、ガルドを睨みつけた。

「今すぐ謝りなさい。でないと、ギルドに報告しますよ」

「し、謝ります! ごめんなさい!」

ガルドは土下座同然の姿勢で謝罪した。周囲からも「ざまぁみろ」という声が漏れる。

「……許します」

太郎はそう言った。怒りはない。ただ面倒くさいだけだ。

「本当に、普通に暮らしたいだけなのに……」

その呟きを、エリーゼは聞き逃さなかった。

「太郎さん……あなた、自分の力に気づいてないの?」

「力なんてありませんよ。ただの偶然です」

「偶然で十匹のスライムが全部、触れずに消えるわけないでしょう?」

「……たまたまです」

太郎は首を振った。特別な力など認めたくない。認めたら、普通ではいられなくなるから。

「わかりました。でも……」

エリーゼは少し寂しそうに言った。

「無理に隠さなくてもいいんですよ。あなたの力は、誰かを助けるためにあるかもしれないんですから」

その言葉に、太郎は答えられなかった。

騒動が収まり、人々が帰っていく中、エリーゼだけが残った。

「太郎さん、今から依頼に行かない? 一人じゃ危険かもしれないから、私が同行しますよ」

「いえ、今日はもう……」

「じゃあ、せめて一緒に街まで帰りましょう。噂が広まった今、一人で歩くのは危険です」

エリーゼの言う通りだった。太郎は渋々頷いた。

二人で街へ向かう途中、エリーゼがぽつりと呟いた。

「私、実は剣の腕には自信があったんです。父親から厳しく鍛えられて、二十歳でCランクに昇格できた。自負していました」

「すごいじゃないですか」

「でも……昨日、あなたを見て思ったんです。私の剣なんて、あなたの前では何の意味もないかもしれないって」

「そんなことないです。エリーゼさんは立派な冒険者ですよ?」

「でもあなたは……触れずに魔物を倒せる。そんな力、聞いたことない」

「だから偶然だって……」

太郎は言いかけたが、そこで声を止めた。

前方の道に、三人組の男たちが立ちはだかっていた。皆、荒々しい風体で、腰には短剣を差している。盗賊か、あるいは——

「おい、お前が噂の新人か?」

リーダー格の男がにやりと笑った。

「魔物を触れずに倒せるんだってな。なら、俺たちの依頼も受けてくれよ」

「依頼?」

「そうだ。金を払うから、俺たちの護衛を頼む。魔物が出る道を通るんだ」

「……断ります」

太郎は即答した。明らかに怪しい。護衛依頼ならギルドを通すのが普通だ。

「断る? 生意気言ってんじゃねえよ」

男たちはゆっくりと包囲するように近づいてくる。

「エリーゼさん、逃げてください。僕が引き止めます」

「馬鹿言わないで! 私が相手するから——」

エリーゼが剣に手をかけようとしたその時だった。

男たちの足元から、小さなスライムが五匹ほど這い出てきた。おそらく森から迷い込んだのだろう。

「なんだよ、スライムか。邪魔だな」

リーダー格の男が蹴り飛ばそうとした。だが、その瞬間——

ぶわっ、ぶわっ、ぶわっ。

スライムたちが次々と消滅した。男たちは固まる。

「今……消えた?」

「お、お前ら、何をしやがった!」

男たちは太郎とエリーゼを睨みつける。だが二人は動いていない。

「……噂は本当だったのか」

リーダー格の男の顔から血の気が引いていく。

「触れずに魔物を消す力……こ、これは……」

男たちは恐怖の表情を浮かべ、そのまま逃げ去っていった。森へと消えていく背中は、先ほどの傲慢さが嘘のようだった。

「……逃げましたね」

太郎はぽつりと言った。

「太郎さん……」

エリーゼが真剣な表情で太郎を見つめた。

「これは偶然じゃない。絶対に」

「……」

太郎は答えなかった。だが内心では、自分でも疑問を感じ始めていた。昨日も今日も、魔物が消える。手を縛られても、消える。これは本当に偶然なのか?

「……でも、普通でいたいんです」

太郎の呟きに、エリーゼは少し驚いた表情を見せた。

「普通でいたい?」

「ええ。特別な力なんて欲しくない。ただ、平和に暮らしたいだけなんです」

エリーゼはしばらく沈黙した後、静かに言った。

「……わかりました。あなたの気持ちは尊重します」

「ありがとう」

「でも、一つだけ約束してください」

「なんですか?」

「もし誰かが危険にさらされた時、あなたの力を使ってください。普通でいることより、誰かの命を救うことの方が大切だと思うから」

その言葉に、太郎は胸が締めつけられる思いがした。

元の世界でも、太郎は目立たぬよう生きてきた。特別な才能もなく、平凡な学生として過ごしてきた。異世界に来て、ようやく「普通」でいられると思ったのに——

「……わかりました。その時は考えます」

それが精一杯の返事だった。

街に帰り着き、エリーゼと別れた後、太郎は自宅に戻った。夕日が差し込む部屋で、一人考え込む。

「特別な力……本当に持ってるのかな?」

もし持っているなら、なぜ神様は「普通に生きろ」と言ったのか? 矛盾している。

「……もしかして、神様も気づいてない?」

バグ。ゲームでよくある現象だ。想定外の不具合。もしかして、自分の転生もそんな「バグ」だったのかもしれない。

「……考えても仕方ないか」

太郎は頭を振った。特別な力があろうがなかろうが、明日もまた普通の一日が来る。それだけを考えていればいい。

翌朝、太郎は再びギルドに向かった。噂はさらに広まっていたようで、ギルドに入るなり注目を集める。

「あ、噂の新人だ!」

「魔物を触れずに倒すんだって?」

「弟子にしてくれって頼んでみる?」

太郎は無視して掲示板に向かう。今日は特に簡単そうな依頼——薬草採取——を選ぶことにした。魔物と戦う必要のない依頼なら、騒動にもならないだろう。

「これにします」

バルトに依頼書を提出する。

「薬草採取か……賢明な選択だな」

バルトは苦笑いしながら依頼を受理した。

「ただし、採取場所が森の奥だからな。用心しろよ」

「わかりました」

太郎は森へ向かった。薬草は街から少し離れた森の奥、小川の近くに生えているという。道中、他の冒険者たちが魔物と戦っている光景を何度か見た。皆、剣を振ったり魔法を使ったりして戦っている。当たり前の光景だ。

「俺だけが特別なんて、ありえないよな……」

呟きながら森を歩いていると、前方から悲鳴が聞こえた。

「きゃあああ!」

女性の声だ。太郎は駆け寄った。

森の奥、木々に囲まれた小川のほとりで、少女が三匹の牙狼に囲まれていた。十五歳くらいだろうか。銀色の髪を後ろでまとめ、剣を構えているが、明らかに不利な状況だ。足を負傷しているようで、よろめきながら後退している。

「危ない!」

太郎は叫びながら走り出す。牙狼たちが少女に襲いかかろうとする——

その瞬間、太郎の周囲の空間が歪んだように見えた。

ぶわっ、ぶわっ、ぶわっ。

三匹の牙狼が、触れることなく次々と消滅した。少女は呆然と立ち尽くす。

「だ、大丈夫ですか?」

太郎が声をかけると、少女はゆっくりと太郎を見上げた。蒼い瞳が、驚きと困惑に満ちている。

「あ、あなたは……」

「大丈夫ですか? 怪我は?」

「足を……でも、命は……」

少女はよろめいた。太郎は慌てて支える。

「座って休んでください。僕が薬草を持ってきますから」

「薬草……?」

「ええ、実は今日、薬草採取の依頼を受けてて……」

太郎は小川の近くに生えている薬草を摘み、少女の足の傷に当てた。薬草には止血と治癒の効果があるという。

「……ありがとう」

少女は礼を言い、改めて太郎を見つめた。

「あの魔物たち……あなたが消したの?」

「え? いや、偶然です。たまたま弱ってて……」

「嘘よ」

少女はきっぱりと言った。

「私は剣術を十五年間、父から鍛えられてきた。魔物の強さはわかる。あの牙狼たちは全盛期だった。弱ってなんていなかった」

「……」

「それに、消える瞬間、あなたの周りの空気が歪んだの。私が見たわ」

太郎は言葉に詰まった。この少女は鋭い。

「……名前は?」

「アイリス。アイリス・ホワイト。ホワイト伯爵家の令嬢よ」

「伯爵家の令嬢が、なぜ一人で森に?」

「修行よ。父が『一人で魔物を倒せなければ剣士として認めない』と言ったから」

「無茶ですね……」

「そうね。でも、それが父の教育方針なの」

アイリスは苦笑いした。

「……あなた、名前は?」

「田中太郎。ただのDランク冒険者です」

「ただの……? 魔物を触れずに消せる人が、ただの冒険者わけないでしょう」

「だから偶然だって……」

「信じないわ。絶対に特別な力を持ってる」

アイリスは真剣な眼差しで太郎を見つめた。

「私、あなたの弟子になります」

「え?」

「あなたの力の秘密を知りたいの。それに……」

アイリスは少し照れくさそうに頬を染めた。

「昨日から噂を聞いてて、会いたかったの。『触れずに魔物を倒す少年』って……ロマンがあるでしょう?」

太郎は困惑した。弟子? 自分が? 普通の冒険者が?

「……断ります。僕には教えることなんてありません」

「ダメよ。私は決めたの。あなたの弟子になるって」

「勝手に決めないでください」

「じゃあ、こうしましょう」

アイリスはにっこりと笑った。

「あなたが私の剣の腕を褒めてくれたら、弟子を諦める。でも、もし私の剣が気に入ったら、弟子にしてください」

「そんな……」

「条件はこれだけ。簡単でしょ?」

アイリスは立ち上がり、木の枝を拾って構える。

「見てて。私の剣技を」

足を負傷しているにもかかわらず、アイリスは枝を剣のように扱い、周囲の木の葉を一瞬で切り裂いた。枝なのに、刃物のように鋭く——

「す、すごい……」

思わず漏れた言葉に、アイリスは満足げに笑った。

「気に入った?」

「……上手いです。天才ですね」

「ありがとう。でも——」

アイリスは太郎に近づき、真剣な表情で言った。

「私の剣は、あなたの力の前では無力だった。だからこそ、あなたの弟子になりたいの。あなたの力の秘密を知りたい。そして……」

彼女は少し声を落とした。

「その力で、この国の危機を救えるかもしれないって、父が言ってたの」

「国の危機?」

「魔王軍が国境を越えてくるかもしれないって……噂されてるの」

太郎は固まった。魔王軍。ゲームやアニメでよく聞く単語だ。だが、この世界では現実の脅威らしい。

「……僕には関係ないですよ」

「そうじゃないわ。あなたの力なら——」

「普通でいたいんです」

太郎はきっぱりと言った。

「特別な力なんて欲しくない。魔王軍だろうが何だろうが、僕は普通の冒険者として暮らしたいだけなんです」

アイリスはしばらく沈黙した後、静かに言った。

「……わかりました。無理強いはしないわ」

「ありがとう」

「でも——」

アイリスはにっこりと笑った。

「私は諦めない。いつか、あなたの力の必要性をわかってもらうまで」

「……面倒な人ですね」

「あなたも面倒な人よ。特別な力を持ちながら、普通を装おうとするなんて」

二人はしばらく見つめ合った後、同時に笑い出した。

「……とりあえず、薬草採取、手伝ってくれる?」

「いいわよ。その代わり、街まで護衛してよね。足、まだ痛いから」

「……わかりました」

太郎はため息をつきながら、アイリスと共に森を歩き始めた。

「普通の一日のはずだったのに……」

「でも、楽しかったでしょ?」

アイリスの笑顔に、太郎は思わず頬を緩ませていた。

——気づけば、太郎の周りにはすでに一人の少女が寄り添っていた。そして、この出会いが、やがて多くの少女たちを引き寄せる最初のきっかけとなるとは、当の太郎はまだ知る由もなかった。

「明日も、普通でありますように……」

太郎の願いは、すでに叶わなくなろうとしていた。

(続く)
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