転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

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第1話 追放された少年

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 風が泣いていた。  

 王都エルディア──その外れにある小さな屋敷の中庭で、ひとりの少年が膝をついていた。  
 名はエリアス・グランベル。  
 名門グランベル伯爵家の三男として生まれたが、いま、その名を捨てる瞬間を迎えている。  

「おまえのような無能に、我が家の名など不要だ。」

 冷ややかな声が響いた。声の主は、実の父であり当主のフェルディナンド・グランベル伯爵だった。  
 その隣には長兄のガイゼル、次兄のロイド、そして冷たい視線を隠しもしない母が立っている。  
 目に映るすべてが、彼にとってはもう「家族」ではなかった。

「あなた……本当にこの子を追い出すの? まだ十二歳なのに……」

 ただひとり、メイドのマリアだけが声を震わせて庇った。  
 しかし伯爵の威圧的な眼差しが彼女の言葉を消す。マリアは唇を噛んで俯いた。

「グランベル家では魔力の才こそがすべて。だがエリアス、おまえはその血を汚した。神聖魔力すら持たぬ失敗作だ。」

 父の言葉が胸を貫いた。  
 魔力測定儀で示された数値は、確かに常人以下だった。  
 六歳のときから何度も測り直したが、一度も数値は上がらなかった。  
 彼自身も悔しかった。努力もした。  
 だが、結果は残酷だった。世界が「無能」と断じた少年に、彼らはもう価値を見出せなかったのだ。

「……わかりました、お父様。」

 エリアスは静かに立ち上がった。  
 その声には怒りも涙もなかった。ただ、すべてをあきらめた透明な響きがあった。

「この家を出ます。ご迷惑をおかけしました。」

 背に笑いが突き刺さる。長兄のガイゼルが唇を歪めた。

「どうせどこに行っても生きてはいけまい。貴族の名を捨てた無能など、誰も雇わんさ。」

 ロイドが肩をすくめ、母も静かにその場を通りすぎた。  
 マリアだけが小さく震える声で言った。

「……どうか、ご無事で。」

 それが、彼に向けられた最後の優しさだった。

 * * *

 薄暗い夜の森を、ひとりの少年が歩いていた。  
 背には古びた布袋、手にしたのは母が最後に残してくれた木のペンダント。  
 星の光がわずかに道を照らしているが、足取りは重く、顔には疲労と絶望が刻まれていた。

(俺は、本当に無能なのか……?)

 自嘲のようなつぶやきが漏れる。  
 幼い頃、魔法学者に「魔力量は微量」と断じられたときから、彼は笑われ、疎まれ、存在を否定され続けた。  
 それでも剣術も学び、書物も貪った。だがなにひとつ形にはならなかった。  

 魔法を使えぬ貴族など存在価値がない──。  
 この国ルクシールでは、それが常識だった。

 だが、なぜか心のどこかで確信していた。  
 「何かが違う」と。  
 自分の中にある違和感、小さな震えのようなものが、ずっと胸の奥で眠っているのを感じていたのだ。  
 けれど、それが何か分からないまま十年以上が過ぎた。

「……寒いな。」

 白い息を吐きながら、彼は木陰へと腰を下ろした。  
 焚き火を起こす術も知らない。最低限の生活技術さえ、貴族の身では必要とされなかった。  
 闇の中で震えながら、彼はただ天を見上げた。

 そのとき、風が変わった。  
 森の奥から、かすかな声が聞こえた気がした。  
 囁くような、歌うような、不思議な響き。

『……エリアス……こちらへ……』

「え……?」

 思わず立ち上がる。耳を澄ませば、確かに聞こえた。  
 人の声、それも女の声。だが周囲に人影はない。  
 気づけば感情よりも本能が動いていた。足が勝手にその声の方へと向かっていた。

 木々を抜け、枯葉を踏みしめながら進むと、月光を浴びた古い石造りの建物が現れた。  
 苔むした柱、崩れた屋根、そして中央にある巨大神像。  
 それは見たこともない女神の像だった。  

「……神殿、か?」

 王都近郊には数多くの聖堂があるが、これはそのどれとも異なる。  
 崩れ落ちた柱には、今では使われていない古代文字が刻まれていた。  
 荘厳で、そしてどこか懐かしい気配。  
 胸の奥が不意に熱を帯びる。

『来てくれたのね……』

 再び、声が響いた。  
 今度ははっきりと耳元で聞こえる。  
 驚いて振り向くと、神像の前に淡い光が揺らめいた。  
 それはやがて女性の姿を取る。透き通るような金髪、白い衣、そして何よりも慈愛に満ちた微笑み。

「……あなたが呼んだのか?」

 声を震わせながら尋ねると、光の女は頷いた。

『そう、ようやく見つけたわ。  
 あなたは、私に選ばれし器。』

「俺が……? 何を言ってるんだ。俺はただの……」

『いいえ、違うの。あなたの中には“原初の力”が眠っている。  
 世界を記す者──“書き換え”の聖印を継ぐ者よ。』

 言葉の意味が理解できなかった。  
 だが、胸の奥で何かが共鳴する。  
 まるで忘れていた鼓動が、いま蘇るかのように。

「俺に……力があるっていうのか?」

『そう。けれど、それを呼び覚ますには供物が必要。』

「供物……?」

『あなたの心。絶望も、悲しみも、すべて私に委ねなさい。』

 女神が手を差し出す。指先が光を帯び、その光が彼の胸に触れた瞬間──。  
 頭の中で、何かが弾けた。  
 あらゆる記憶が走馬灯のように駆け巡り、意識の奥底で封印が砕ける音がした。

『さあ、名を呼びなさい。私の名を。』

「な、名……?」

『ルミナ。私は光を司る神剣ルミナ。あなたに仕える意思を持つ存在。』

 次の瞬間、神像の足元の地面が裂け、古びた剣が姿を現した。  
 錆びつき、朽ち果てて見えたそれが、エリアスの手が触れた瞬間、光を放つ。  
 金色の刃、白銀の柄、そして内側で輝く脈動──まるで命そのものだった。  

『契約は成立した。あなたは、私の主。』

 眩い光が神殿を満たした。  
 風が吹き荒れ、枯れた草が舞う。  
 目を閉じたエリアスの体が宙に浮き、胸の奥に灼けるような印が刻まれた。  

 ──世界の法を、書き換える力。  

 その言葉が脳に響いた瞬間、全身を駆け巡る力に膝をつく。  
 苦痛ではなく、解放。  
 息を吐いたとき、彼は気づいていた。  
 これまで世界になかった「新しい魔力」が、自分の中で流れていることに。

「これが……俺の力……?」

『そう。あなたは“無能”ではなかった。  
 世界の枠が、あなたを測れなかっただけ。』

 ルミナの声が優しく響く。  
 エリアスの頬を涙が伝った。  
 悔しさ、悲しさ、そして安堵。すべてがごちゃまぜになって溢れた。

(俺は……生きていていいんだな。)

 月光が神殿を照らす。  
 少年はゆっくりと立ち上がり、その手に光る剣を握った。  
 その瞬間、森の向こうで雷鳴が轟いた。まるで世界そのものが、新たな主の誕生を告げているようだった。

「ルミナ。俺は、強くなりたい。俺を捨てた奴らを見返すためじゃない。……俺自身のために。」

『その願い、確かに聞いたわ。さあ行きましょう、エリアス。あなたの物語は、ここから始まるのだから。』

 風が吹き抜けた。  
 廃墟の神殿が再び静寂に包まれる。  
 少年は歩き出す。背負うものはもう何もない。  
 ただ、自ら掴んだ運命が、その胸に宿っていた。  

 ──そして翌日。  
 王都魔導学園の入学試験場に、ひとりの“元貴族”が姿を現すことになる。  
 その名は、エリアス・グランベル。  
 人々はまだ知らない。  
 この無能と呼ばれた少年こそが、後に世界を塗り替える“最強”となることを。

 風が再び、祝福のように吹き抜けた。  

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