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第2話 朽ちた神殿と囁く声
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夜が明ける前、エリアスは森を抜けていた。
森の奥に残された神殿の光は、まだ彼の心に鮮やかに残っている。
神剣ルミナの声が、彼の胸の奥で穏やかに響くたび、不思議と不安が和らいでいった。
『眠れましたか、エリアス?』
「うん、ほんの少しだけ。でも、変な夢を見た。白い場所で、誰かが俺の名前を呼んでた。」
『それは、あなたの力が目覚め始めている証よ。あなたの中の“書き換え”は、まだ完全ではないものの、確かに動き出している。』
淡い光が胸の中で脈動するように感じられた。
それが安心感にもなり、かつ恐怖でもあった。
無力だった自分が、いきなり「神の力」を持ったなど、まだ実感がない。
「……こうして話してると、本当に現実じゃないみたいだな。」
『現実です、エリアス。神々の側にいた時代から、私はずっとあなたの血脈を見守ってきました。あなたの家系は、かつて“光の書記”と呼ばれた一族の末裔です。』
「光の書記……?」
『世界の理を記し、運命を紡いだ者たち。あなたのように、現実を書き換える力を継いでいました。ですが、千年前の大戦でその血は途絶えたと思われていたの。』
ルミナの声が少しだけ懐かしさを帯びていた。
彼女もまた、千年を超えて生き、孤独に待ち続けていたのだろう。
エリアスは黙って一歩踏み出した。
苔むした階段を降りながら、夜明け前の青白い光の中で目を細める。
「……俺なんかが、そんな大層な力を持ってるなんて、信じられないよ。」
『謙虚ですね。でもそれは武器になります。驕る者はその力に呑まれる。あなたは違う。』
「褒められても、あんまり実感ないよ。」
苦笑しながら髪をくしゃりと撫でた。
ひんやりと冷たい風が頬をかすめ、木々の隙間から朝の光が差し込んでくる。
森の外には、王都へ続く長い街道が伸びていた。
その先には、魔導学園、そしてかつて彼を嘲る者たちがいる。
「……行くか。」
ルミナが静かに答える。『ええ、行きましょう。』
* * *
王都エルディアは、朝日を受けて美しく輝く都市だった。
高くそびえる城壁の中に街並みがぎっしりと詰まり、青い屋根と白い石畳が秩序正しく並んでいる。
だが、エリアスの心は晴れなかった。
自分がかつて暮らした家が、このどこかにあると思うと、胸の奥が痛んだ。
街の入口で、旅人風の格好をした門番が声をかけてきた。
「おい、少年。身分証はあるか?」
問いに、エリアスは肩にかけた皮袋を探った。
そこから出したのは、一枚の木札。古びたそれには、薄く文字が刻まれている。
「ただの旅人です。働ける場所を探してます。」
門番は眉をしかめ、木札を手に取ると、光を当てて読み取った。
そして「ふうん」と短く唸り、札を返した。
「入っていい。ただし王都では魔導学園の入学試験がもうすぐ始まる。宿は混んでる、気をつけな。」
「あ、ありがとうございます。」
門をくぐると、広場の喧噪が押し寄せてきた。
露店が立ち並び、果物、魔道具、獣皮の防具などが売られている。
子どもが走り、商人が叫び、魔法の火花が舞う。
この街の空気は、貴族の屋敷とは全く違っていた。生きる匂いがした。
(俺が学園に……入れるのか?)
立ち止まり、視線を上げると、王都の中央に巨大な塔のような建物が見えた。
そこが「王立魔導学園」。
ルクシール全土から才能ある者たちが集う場所。
上位クラスは王侯貴族や王族で占められ、最下層には平民出身の者たちが集まる。
彼は少しの間、塔を見上げたまま、ただ息を吸い込んだ。
ここが、再び立ち上がるための舞台になる。
『大丈夫です。エリアス、あなたなら必ず。』
ルミナの声が背中を押す。
勇気を取り戻したように、彼は学園の方へと足を進めた。
* * *
受付に並ぶ列の中で、周囲の視線が痛かった。
周りの受験者たちは、金糸の制服や立派な杖を持つ貴族ばかり。
対して彼は、古びた布服に旅人の靴。明らかに異質だった。
「見ろよ、あの服。どこの貧民だ?」
「まさか受験のつもりか? あれで? 笑わせるな。」
嘲笑が耳に刺さる。
それでもエリアスは表情を崩さなかった。
ルミナの声が、心の奥でささやく。
『誇りを持ちなさい、エリアス。あなたは誰よりも強い。』
(……強い、か。いつか本当にそう言える日が来るのかな。)
やがて受付の番が回ってきた。
中年の女性職員が書類を手にして、気だるそうに顔を上げる。
「名前と出身は?」
「エリアス。出身は……」
一瞬、言葉が詰まる。
グランベル家出身と言えば、今ごろ噂が広まるだろう。
あの家がどれほど体面を重んじているか、彼は知っていた。
「……辺境の村です。」
「ふうん、年齢は?」
「十五です。」
「じゃあ、魔力量を測るわね。手をかざして。」
机の上に置かれた水晶球に手をかざす。
空気が小さく振動し、光が水晶の中に揺らめいた。
測定結果が表示され、周囲の空気がざわつく。
「……数値、ゼロ?」
「はっ、やっぱりただの無魔か。」
「ゼロなんて初めて見たぞ。」
笑い声が広がる。その中心で、職員も困ったように彼を見た。
「悪いけど、この学園は魔力量ゼロの者は……」
その瞬間、エリアスの胸がかすかに光った。
ルミナの声が静かに響く。
『私の力を少しだけ貸します。誇りを失わないで。』
次の瞬間、水晶球がまばゆい光を放った。
爆音のような衝撃とともに、数値が跳ね上がる。
「なっ、なにこれ……!?」
「測定器の故障か!? スケールの上限を超えてる!」
受付が騒然となる中、エリアスは黙って立ち尽くしていた。
光はすぐに収まり、水晶球はひび割れながらも淡く輝いている。
職員が震える手で書類を取り直した。
「……と、とにかく、特例として試験を受けなさい。」
「……ありがとうございます。」
彼は礼をして、その場を離れた。
背後で人々がざわめく。
「あいつ、何者だ?」
「測定器を壊したって、どういう……?」
彼の耳には、その声も遠く響いていた。
ただ、胸の中に確かな熱がある。
もう“無能”とは呼ばせない。
彼の歩く道を照らすのは、もはや他人の言葉ではなく、自分の意志だ。
『よくやりました、エリアス。ほんの少しだけ力を流しただけよ。それでも世界は震えた。』
「はは……これで“入試前”だって言うんだから、先が思いやられるな。」
苦笑しながら、学園の奥へ進む。
天空に伸びる塔の上には、金色の紋章が輝いていた。
それは王国の象徴、そして――新たな宿命の扉。
エリアス・グランベル。
追放された少年の歩みは、まだ始まったばかりだった。
誰も知らない未来へと続くその一歩が、やがて世界を揺るがすことになるとも知らずに。
風が吹いた。
ルミナの声がわずかに笑って、囁いた。
『これから面白くなりますよ、エリアス――。』
森の奥に残された神殿の光は、まだ彼の心に鮮やかに残っている。
神剣ルミナの声が、彼の胸の奥で穏やかに響くたび、不思議と不安が和らいでいった。
『眠れましたか、エリアス?』
「うん、ほんの少しだけ。でも、変な夢を見た。白い場所で、誰かが俺の名前を呼んでた。」
『それは、あなたの力が目覚め始めている証よ。あなたの中の“書き換え”は、まだ完全ではないものの、確かに動き出している。』
淡い光が胸の中で脈動するように感じられた。
それが安心感にもなり、かつ恐怖でもあった。
無力だった自分が、いきなり「神の力」を持ったなど、まだ実感がない。
「……こうして話してると、本当に現実じゃないみたいだな。」
『現実です、エリアス。神々の側にいた時代から、私はずっとあなたの血脈を見守ってきました。あなたの家系は、かつて“光の書記”と呼ばれた一族の末裔です。』
「光の書記……?」
『世界の理を記し、運命を紡いだ者たち。あなたのように、現実を書き換える力を継いでいました。ですが、千年前の大戦でその血は途絶えたと思われていたの。』
ルミナの声が少しだけ懐かしさを帯びていた。
彼女もまた、千年を超えて生き、孤独に待ち続けていたのだろう。
エリアスは黙って一歩踏み出した。
苔むした階段を降りながら、夜明け前の青白い光の中で目を細める。
「……俺なんかが、そんな大層な力を持ってるなんて、信じられないよ。」
『謙虚ですね。でもそれは武器になります。驕る者はその力に呑まれる。あなたは違う。』
「褒められても、あんまり実感ないよ。」
苦笑しながら髪をくしゃりと撫でた。
ひんやりと冷たい風が頬をかすめ、木々の隙間から朝の光が差し込んでくる。
森の外には、王都へ続く長い街道が伸びていた。
その先には、魔導学園、そしてかつて彼を嘲る者たちがいる。
「……行くか。」
ルミナが静かに答える。『ええ、行きましょう。』
* * *
王都エルディアは、朝日を受けて美しく輝く都市だった。
高くそびえる城壁の中に街並みがぎっしりと詰まり、青い屋根と白い石畳が秩序正しく並んでいる。
だが、エリアスの心は晴れなかった。
自分がかつて暮らした家が、このどこかにあると思うと、胸の奥が痛んだ。
街の入口で、旅人風の格好をした門番が声をかけてきた。
「おい、少年。身分証はあるか?」
問いに、エリアスは肩にかけた皮袋を探った。
そこから出したのは、一枚の木札。古びたそれには、薄く文字が刻まれている。
「ただの旅人です。働ける場所を探してます。」
門番は眉をしかめ、木札を手に取ると、光を当てて読み取った。
そして「ふうん」と短く唸り、札を返した。
「入っていい。ただし王都では魔導学園の入学試験がもうすぐ始まる。宿は混んでる、気をつけな。」
「あ、ありがとうございます。」
門をくぐると、広場の喧噪が押し寄せてきた。
露店が立ち並び、果物、魔道具、獣皮の防具などが売られている。
子どもが走り、商人が叫び、魔法の火花が舞う。
この街の空気は、貴族の屋敷とは全く違っていた。生きる匂いがした。
(俺が学園に……入れるのか?)
立ち止まり、視線を上げると、王都の中央に巨大な塔のような建物が見えた。
そこが「王立魔導学園」。
ルクシール全土から才能ある者たちが集う場所。
上位クラスは王侯貴族や王族で占められ、最下層には平民出身の者たちが集まる。
彼は少しの間、塔を見上げたまま、ただ息を吸い込んだ。
ここが、再び立ち上がるための舞台になる。
『大丈夫です。エリアス、あなたなら必ず。』
ルミナの声が背中を押す。
勇気を取り戻したように、彼は学園の方へと足を進めた。
* * *
受付に並ぶ列の中で、周囲の視線が痛かった。
周りの受験者たちは、金糸の制服や立派な杖を持つ貴族ばかり。
対して彼は、古びた布服に旅人の靴。明らかに異質だった。
「見ろよ、あの服。どこの貧民だ?」
「まさか受験のつもりか? あれで? 笑わせるな。」
嘲笑が耳に刺さる。
それでもエリアスは表情を崩さなかった。
ルミナの声が、心の奥でささやく。
『誇りを持ちなさい、エリアス。あなたは誰よりも強い。』
(……強い、か。いつか本当にそう言える日が来るのかな。)
やがて受付の番が回ってきた。
中年の女性職員が書類を手にして、気だるそうに顔を上げる。
「名前と出身は?」
「エリアス。出身は……」
一瞬、言葉が詰まる。
グランベル家出身と言えば、今ごろ噂が広まるだろう。
あの家がどれほど体面を重んじているか、彼は知っていた。
「……辺境の村です。」
「ふうん、年齢は?」
「十五です。」
「じゃあ、魔力量を測るわね。手をかざして。」
机の上に置かれた水晶球に手をかざす。
空気が小さく振動し、光が水晶の中に揺らめいた。
測定結果が表示され、周囲の空気がざわつく。
「……数値、ゼロ?」
「はっ、やっぱりただの無魔か。」
「ゼロなんて初めて見たぞ。」
笑い声が広がる。その中心で、職員も困ったように彼を見た。
「悪いけど、この学園は魔力量ゼロの者は……」
その瞬間、エリアスの胸がかすかに光った。
ルミナの声が静かに響く。
『私の力を少しだけ貸します。誇りを失わないで。』
次の瞬間、水晶球がまばゆい光を放った。
爆音のような衝撃とともに、数値が跳ね上がる。
「なっ、なにこれ……!?」
「測定器の故障か!? スケールの上限を超えてる!」
受付が騒然となる中、エリアスは黙って立ち尽くしていた。
光はすぐに収まり、水晶球はひび割れながらも淡く輝いている。
職員が震える手で書類を取り直した。
「……と、とにかく、特例として試験を受けなさい。」
「……ありがとうございます。」
彼は礼をして、その場を離れた。
背後で人々がざわめく。
「あいつ、何者だ?」
「測定器を壊したって、どういう……?」
彼の耳には、その声も遠く響いていた。
ただ、胸の中に確かな熱がある。
もう“無能”とは呼ばせない。
彼の歩く道を照らすのは、もはや他人の言葉ではなく、自分の意志だ。
『よくやりました、エリアス。ほんの少しだけ力を流しただけよ。それでも世界は震えた。』
「はは……これで“入試前”だって言うんだから、先が思いやられるな。」
苦笑しながら、学園の奥へ進む。
天空に伸びる塔の上には、金色の紋章が輝いていた。
それは王国の象徴、そして――新たな宿命の扉。
エリアス・グランベル。
追放された少年の歩みは、まだ始まったばかりだった。
誰も知らない未来へと続くその一歩が、やがて世界を揺るがすことになるとも知らずに。
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