転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

eringi

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第17話 禁忌の書庫への招待

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 女神ルミナから“神言構文”を授けられた夜以降、エリアスの世界は一変した。  
 魔法の理が鮮明に見える。風を操る術式が風の理屈ごと理解でき、炎の魔法式が燃焼の構造美として脳裏に浮かぶ。  
 まるで、世界の裏側に薄い幕があり、それが透明になったようだった。  

 けれど、彼のその才能を完全に受け入れる者はいなかった。  
 学園では相変わらず、彼に対して静かな畏怖と距離が流れていた。  
 それでも、彼は焦らない。目的は力の誇示ではなく、その根にある“理”への理解。  

* * *  

 放課後の灰星組の教室。  
 エリアスは机に広げた図式から目を上げた。  
 ミリア、リオ、レオナが集まっており、三人とも真剣な顔をしている。  

「つまり……この新しい術式、空間を記述ごと塗り替えるんだな?」  
 リオが額を掻きながら呟く。  
「危険すぎるわよ。」レオナが溜息をついた。「私たちが見てても、扱いを間違えたら学園の一角が吹き飛ぶわ。」  

 エリアスは微笑む。  
「分かってる。でも、これは今後の鍵になる。元々封印理論に使われてた魔法陣に“逆位変換”を加えたら、解放にも応用できると思ったんだ。」  

 ここ最近、彼は学園の魔法理論書を読み漁っていた。  
 その中で見つけた封印系魔法の構造にひとつの違和感を覚えたのが始まりだ。  

 封印とは留めるものだ。しかし、そこに記されていた符号の一部は明らかに“記録”のための文字だった。  
 つまり、それは誰かの意思を“保存する装置”と同義だったのだ。  

 ルミナの声が心に響く。  
『あなたが感じた違和感は正しい。封印魔法の端には“古の書記”たちが遺した文脈がある。学園の『禁忌書庫』には、その本流の記録も眠っているはずよ。』  
「禁忌書庫……?」  

 リオが思わず顔を上げた。  
「おい、それって、学園で最も立ち入りが制限されてる場所だぞ。教師ですら許可を取らないと入れない。」  
 レオナが頷く。「噂だけど、王室保管の“真理書 fragment”がそこに納められてるとか。」  

 エリアスは立ち上がった。  
「なら確かめるしかない。」  

 三人が一斉に目を見開く。  
 ミリアが真剣な声で言う。  
「待って。本気なの? 禁忌書庫はただの資料庫じゃない。魔封印の結界で守られている。触れただけで即座に“無限牢”に飛ばされるって聞くわ。」  

 それでもエリアスは迷わなかった。  
 彼の目はまっすぐ前を見ている。  

「前にルミナが言ったんだ。神々は人に世界の修正を託したって。なら、俺の力がそのための鍵なら……閉ざされた理を開くのが役目だ。」  

 リオは腕を組み、やがて悩んだ末に笑う。  
「しゃーねぇ。止めても無駄そうだ。俺も行く!」  
 レオナが頭を抱えた。  
「馬鹿みたい……でも、放っておくともっと危なっかしいことするから、監視役として行くわ。」  
 ミリアも溜息をつきながら微笑む。  
「全く……この灰星組、どうして真面目に授業だけ受けていられないのかしら。」  

 こうして“灰星組潜入チーム”の準備が始まった。  

* * *  

 夜。  
 王立魔導学園は昼の喧騒が嘘のように静まり返り、白い塔のような建物が青白い月光を受けて沈黙している。  
 その地下層、誰も近づかぬ回廊を、四人の影が駆けていた。  

 エリアスは掌をかざし、薄い空気膜のようなものを展開する。  
「無音結界。これで足音は漏れない。」  
「準備が良すぎるんじゃないの?」とレオナが囁く。  
「用意はしておく性格なんだ。」  
「真面目っていうより、何でもできる便利屋って感じね。」  

 やがて、鉄と魔力の混ざった扉が姿を現した。  
 中央には複雑な刻印と、三重の封印輪が絡んでいる。  
 ミリアが息を呑んだ。  
「これね……“禁忌書庫”。この先は教師クラス以上でも無断入室禁止。」  
 リオが口笛を吹く。「どう見ても触ったら死ぬやつだ。」  

 エリアスは手を前に出す。  
「大丈夫。見るだけだ。」  

 指先が空気をなぞる。  
 瞬間、光の線が扉全体に広がった。  
 複雑な紋様が分解され、構文の意味が彼の脳裏に流れ込む。  

「“開く者は己の定義を捨てよ”……か。なるほど。」  
『それは神言結界の構文よ。自己の存在を一瞬だけ消すことで、門の認識から外れる仕組み。あなたなら通れる。』  

 ルミナの囁きに頷くと、エリアスは短く息を吸った。  
 そして呟く。  
「自己定義、一時停止。」  

 光が彼の身体を包み込む。  
 一瞬、世界から“エリアス”という存在の名が消えた。  
 彼は気配ごと霧のように薄れ、次の瞬間、扉の向こう側へ静かに溶け込んだ。  

 三人は息を呑む。  
「え、今……消えた?」  
 レオナが目を凝らす。“何も”いない。だが扉は、開いている。  
 ミリアは微笑した。  
「成功したのね。ほんとにこの人、常識って言葉知らないわ。」  

* * *  

 扉の向こうは広大な螺旋回廊だった。  
 本棚が幾重にも並び、天井の見えないほど高く積まれた書物たちが光を失って眠っている。  
 空気そのものが重く、息を吸うたびに知識の粒子が肺を刺すようだった。  

 エリアスは足元の石板に目を落とした。  
 そこには、古い神言文字が刻まれている。  
「“記述は罪を越えず。記録は神の贈り物なり”……」  
『この書庫は、神の時代に作られた“観測装置”でもあるの。ここですべての出来事が“記録”される。あなたが言う力の本源も、ここから始まっている。』  

 彼は無意識に歩みを進めた。  
 足を止めたのは、書棚の奥、灰色の石台が鎮座する場所。  
 そこには一冊の黒い書が置かれていた。  

 タイトルも著者も刻印もない、ただの無名の書物。  
 しかし、近づいた瞬間、彼の中で何かが共鳴した。  

「……これは……俺の“書式”?」  

 ルミナが静かに息を呑む。  
『まさか、残っていたのね……“原初の草稿”――あなたの一族の始まりが記した、最初の書き換え記録。』  

 エリアスは指先を震わせながらその本に触れた。  
 空気が裂けるような音が響き、ページが勝手に開く。  
 淡い灯が溢れ、無数の図式と数式が宙に踊る。  

 その一枚に、見覚えのある紋章が刻まれていた。  
 それは――神剣ルミナの柄に刻まれた文字と同じもの。  

「繋がっていたのか……お前もこの“書”から生まれたんだな。」  
『ええ。私は人の意志から生まれた存在。あなたたち“書き換えの子ら”の願いそのもの。』  

 エリアスがページをめくると、一つの記述が目に飛び込む。  

《最初の書記は神と対話した。だが神は試す。もし人が神を超えるなら、その代償は“永劫の孤独”であると。》  

 読み上げた途端、書庫全体が光り出す。  
 あらゆる書物が音もなく震え、空中に浮かび上がった。  
 ミリアたちが追って到着した瞬間、彼らの視界にその光景が映る。  

「な、なにこれ……!」  
 リオが叫ぶ。  
 レオナが顔を覆う。  
「世界が……動いてる……!」  

 エリアスの体が光に包まれる。  
『あなたの魂が、“記述の根”と繋がり始めている……! 離れて!』  

 だが彼は動かなかった。  
 むしろ、その光の中に身を委ねた。  
「俺はもう逃げない。理解したいんだ、この力も、この世界も――そして神すらも。」  

 眩い光が爆発し、書庫全体が静寂に沈んだ。  

* * *  

 次に意識が戻ったとき、エリアスは地面に横たわっていた。  
 ミリアが焦った声で名を呼ぶ。  
「エリアス! 大丈夫!?」  
「……ああ、少し眩暈がするだけだ。」  

 彼の瞳がゆっくりと開く。  
 その奥には金と黒が混ざった二色の光が宿っていた。  

 そして、手の中に一枚の紙片が残されていた。  
 それは黒い書の最後のページから剥がれ落ちたもの。  

 そこには、こう書かれていた。  

《継承者よ。次なる頁は“神々の記録庫”に眠る。行け、人の子。記述を完成させよ。》  

 風が吹き抜ける。  
 書庫の静寂を破るように、ルミナの声がかすかに囁いた。  

『始まったのね。“神界への扉”――あなたが開いた、禁忌の道が。』  

 その言葉を最後に、書庫の灯が一つずつ消えていく。  
 やがて暗闇だけが残り、エリアスはその中心で拳を握った。  

「……この先に、俺の答えがある。」  

 禁忌の扉は開かれた。  
 そして彼の運命もまた、静かに新しい章へと書き換わっていく。
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