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第18話 ルミナの記憶
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禁忌の書庫が崩壊してから三日。
学園は沈黙していた。
公式発表では「小規模な魔力暴走」──あくまでそう説明されていたが、関係者は全員が知っていた。
あれはただの事故ではない。
“灰星組のエリアス・グランベル”が引き起こした、世界の境界を揺るがす出来事だった。
だが当の本人は、静かに保健塔の一室で目を覚ました。
* * *
白い天井。
眩しい光。
あの書庫の爆光の記憶がまだ目の奥に残っている。
エリアスはしばらく動けず、自分の手の甲を見つめた。
そこには、金と黒が交錯した紋章──書庫で現れた“神言の欠片”がまだ刻まれていた。
扉が開き、ミリアとリオが駆け込んでくる。
「ようやく目が覚めたか!」
「全く、死んだかと思ったわよ!」
リオは安堵の表情を隠せず、ミリアは呆れと心配が混ざったような声を出した。
エリアスは微笑し、上体を起こす。
「すまない。心配かけた。」
「謝るのはこっちだろ!」リオが声を張る。「お前が光に消えたあの瞬間、まるで世界そのものが止まったんだ!」
「……学園全体に神気反応が走ったのよ。」ミリアが低く言う。「今は学院長と王室が動いてる。明日にも事情聴取が入るはず。」
エリアスはわずかに眉を寄せた。
この数日で自分がどれだけのことをしてしまったか、今さらながらに実感が押し寄せてくる。
『それでもあなたは後悔していない。そうでしょう?』
胸の奥から、懐かしい声が囁く。
「ルミナ……?」
ミリアとリオは顔を見合わせた。
「また例の“女神の声”か?」
「ルミナってあの神剣の……」
エリアスは手を胸に当てる。
確かに感じる。かつてよりも近く、深く、優しく。
まるで誰かの心臓の鼓動が、自分の胸で鳴っているようだった。
『あなたの中に少しずつ戻ってきてるの。あの瞬間、書庫で私の“記録”が開かれた。今、あなたに見せたい景色がある。』
「景色?」
『私が生まれた時の記憶。私の全てをあなたに理解してほしい。』
次の瞬間、光が視界を覆った。
リオたちの声が遠のき、世界が柔らかな風に溶ける。
* * *
目を開けると、そこは遥かな空の上だった。
雲が金色に輝き、無限の光が降り注ぐ。
その中央に一人の女性が立っている。
白い衣をまとい、淡々たる微笑を浮かべる。
それはこの世界で最初に見た時と同じ姿──神剣ルミナ。
「ここは……」
「神代の“記述層”。私が生まれた場所よ。」
足元を見やる。そこに広がるのは、限りなく続く光の海。
その海の中には、かすかに“文字”が流れていた。
それは書かれた言葉ではなく、生命や思念の軌跡そのもの。
「私たち神は、“書記”たちによって創られたの。」
「……創られた?」
「そう。神とは純粋な願いの集合体。あなたの先祖――“原初の書記”たちが、人々の希望と恐れを記述して形にした存在、それが私たち。」
エリアスは息を呑んだ。
ルミナがゆっくりと振り返る。その瞳には、かすかな悲しみが宿っていた。
「だけど、やがて人は神を恐れ始めた。自分たちが生み出したものを抑えようとして、“神封録”を作ったの。
あなたが書庫で見たあの黒い書が、まさにそれよ。」
「じゃあ、あれは神との契約じゃなく……封印?」
「正確には“分離”ね。神々の叡智を人の手から切り離し、それぞれの意志を断った。
私はその時分離された“光の記述”──神の側に残った唯一の記録。」
周囲の空気が震え、彼の周りに光の粒子が寄せ集まってくる。
その光のひとつひとつに、人の夢、涙、笑顔が見える。
「この光は全部、人々の記憶?」
「そう。神は人の想念から生まれ、人は神の影響を受けて変わる。
けれどその循環が壊れた今、人の世界は“記憶の欠損”を起こしている。だからあなたが必要なの。新たな書記としてのあなたが。」
「俺が……?」
「あなたは“記す者”であると同時に、“選ぶ者”。
つまり、どの記憶を残し、どの希望を未来に繋げるかを決める立場にある。
私が導けるのはここまで。あとはあなた自身が“何を願うか”次第よ。」
ルミナは一歩近づき、手を差し伸べた。
その手の中に小さな光の粒が現れる。
「これは私の“記録核”。あなたが望むなら、これをあなたの中に宿せる。
そうすれば、あなたは完全な“書き換え”を得られる。神の領域に踏み込む力よ。」
エリアスはその光をじっと見つめた。
確かに心のどこかが、その力を求めていた。
もし手にすれば、世界を救えるかもしれない。けれど同時に失うものもある。
「……もし、受け取らなかったら?」
ルミナは微笑む。
「人のままでいられる。けれど、その代わりに多くのものを失うでしょう。あなたの見た“未来”は、力なしでは抗えない。」
「選ばなきゃ、いけないのか。」
「ええ。記録者としても、人としても。あなたがどんな未来を望むのか……私はそれを見届けたい。」
風が吹く。
無数の文字が空を舞い、ひとつずつ静かに散っていく。
その中で、エリアスは短く息を吐いた。
「……俺は、人としてこの力を理解したい。だから、全部は受け取らない。
一部だけ、記録として預からせてくれ。ルミナ、君が見てきた世界を、俺が学びたいんだ。」
ルミナの瞳が揺れる。驚きと、ほんの少しの喜びが混ざっていた。
「――あなたは本当に、優しいのね。」
光の粒が二人の間で分かたれ、ひとつがエリアスの胸へ、もうひとつがルミナの掌へ戻る。
静かに交わる光が、まるで契約の証のように輝いた。
「これで、あなたは“半神書記”として目覚める。
けれど、もう私の声は以前のようには届かない。あなたが自ら感じ、選ぶ番だから。」
「それでもいい。たとえ離れても、君の言葉は――俺の中で生き続ける。」
ルミナが微笑む。
その表情はどこまでも穏やかで、人にも似た優しさに満ちていた。
「ありがとう、エリアス。あなたが選んだこの“半分”の未来が、世界に希望を残すことを願っている。」
光が弾け、景色が霧のようにほどける。
そして、現実の時間がゆっくりと戻ってきた。
* * *
保健塔の部屋に光が差し込む。
ミリアが声をかける。
「……戻った? 突然うなされてたのよ。」
「いや、大丈夫だ。」
エリアスは微笑みながら立ち上がる。
胸の中で、微かな光が脈打っている。
その光が確かに言っていた。――“もう導く必要はない”と。
窓の外、夜明けの空が燃えるような朱色に染まっていた。
彼の瞳も、その色を映すように深く光る。
(これが、ルミナの記憶……神が残した叡智の形。)
呟いたとき、風が一陣吹き抜け、白いカーテンが揺れた。
「これからが、本当の始まりだな。」
女神の笑みはもう聞こえなかった。
けれど、確かに心の奥で、彼女が微笑んでいる感覚があった。
そして少年は再び歩き出す。
神の叡智を半分だけ抱え、人として世界を記すために。
学園は沈黙していた。
公式発表では「小規模な魔力暴走」──あくまでそう説明されていたが、関係者は全員が知っていた。
あれはただの事故ではない。
“灰星組のエリアス・グランベル”が引き起こした、世界の境界を揺るがす出来事だった。
だが当の本人は、静かに保健塔の一室で目を覚ました。
* * *
白い天井。
眩しい光。
あの書庫の爆光の記憶がまだ目の奥に残っている。
エリアスはしばらく動けず、自分の手の甲を見つめた。
そこには、金と黒が交錯した紋章──書庫で現れた“神言の欠片”がまだ刻まれていた。
扉が開き、ミリアとリオが駆け込んでくる。
「ようやく目が覚めたか!」
「全く、死んだかと思ったわよ!」
リオは安堵の表情を隠せず、ミリアは呆れと心配が混ざったような声を出した。
エリアスは微笑し、上体を起こす。
「すまない。心配かけた。」
「謝るのはこっちだろ!」リオが声を張る。「お前が光に消えたあの瞬間、まるで世界そのものが止まったんだ!」
「……学園全体に神気反応が走ったのよ。」ミリアが低く言う。「今は学院長と王室が動いてる。明日にも事情聴取が入るはず。」
エリアスはわずかに眉を寄せた。
この数日で自分がどれだけのことをしてしまったか、今さらながらに実感が押し寄せてくる。
『それでもあなたは後悔していない。そうでしょう?』
胸の奥から、懐かしい声が囁く。
「ルミナ……?」
ミリアとリオは顔を見合わせた。
「また例の“女神の声”か?」
「ルミナってあの神剣の……」
エリアスは手を胸に当てる。
確かに感じる。かつてよりも近く、深く、優しく。
まるで誰かの心臓の鼓動が、自分の胸で鳴っているようだった。
『あなたの中に少しずつ戻ってきてるの。あの瞬間、書庫で私の“記録”が開かれた。今、あなたに見せたい景色がある。』
「景色?」
『私が生まれた時の記憶。私の全てをあなたに理解してほしい。』
次の瞬間、光が視界を覆った。
リオたちの声が遠のき、世界が柔らかな風に溶ける。
* * *
目を開けると、そこは遥かな空の上だった。
雲が金色に輝き、無限の光が降り注ぐ。
その中央に一人の女性が立っている。
白い衣をまとい、淡々たる微笑を浮かべる。
それはこの世界で最初に見た時と同じ姿──神剣ルミナ。
「ここは……」
「神代の“記述層”。私が生まれた場所よ。」
足元を見やる。そこに広がるのは、限りなく続く光の海。
その海の中には、かすかに“文字”が流れていた。
それは書かれた言葉ではなく、生命や思念の軌跡そのもの。
「私たち神は、“書記”たちによって創られたの。」
「……創られた?」
「そう。神とは純粋な願いの集合体。あなたの先祖――“原初の書記”たちが、人々の希望と恐れを記述して形にした存在、それが私たち。」
エリアスは息を呑んだ。
ルミナがゆっくりと振り返る。その瞳には、かすかな悲しみが宿っていた。
「だけど、やがて人は神を恐れ始めた。自分たちが生み出したものを抑えようとして、“神封録”を作ったの。
あなたが書庫で見たあの黒い書が、まさにそれよ。」
「じゃあ、あれは神との契約じゃなく……封印?」
「正確には“分離”ね。神々の叡智を人の手から切り離し、それぞれの意志を断った。
私はその時分離された“光の記述”──神の側に残った唯一の記録。」
周囲の空気が震え、彼の周りに光の粒子が寄せ集まってくる。
その光のひとつひとつに、人の夢、涙、笑顔が見える。
「この光は全部、人々の記憶?」
「そう。神は人の想念から生まれ、人は神の影響を受けて変わる。
けれどその循環が壊れた今、人の世界は“記憶の欠損”を起こしている。だからあなたが必要なの。新たな書記としてのあなたが。」
「俺が……?」
「あなたは“記す者”であると同時に、“選ぶ者”。
つまり、どの記憶を残し、どの希望を未来に繋げるかを決める立場にある。
私が導けるのはここまで。あとはあなた自身が“何を願うか”次第よ。」
ルミナは一歩近づき、手を差し伸べた。
その手の中に小さな光の粒が現れる。
「これは私の“記録核”。あなたが望むなら、これをあなたの中に宿せる。
そうすれば、あなたは完全な“書き換え”を得られる。神の領域に踏み込む力よ。」
エリアスはその光をじっと見つめた。
確かに心のどこかが、その力を求めていた。
もし手にすれば、世界を救えるかもしれない。けれど同時に失うものもある。
「……もし、受け取らなかったら?」
ルミナは微笑む。
「人のままでいられる。けれど、その代わりに多くのものを失うでしょう。あなたの見た“未来”は、力なしでは抗えない。」
「選ばなきゃ、いけないのか。」
「ええ。記録者としても、人としても。あなたがどんな未来を望むのか……私はそれを見届けたい。」
風が吹く。
無数の文字が空を舞い、ひとつずつ静かに散っていく。
その中で、エリアスは短く息を吐いた。
「……俺は、人としてこの力を理解したい。だから、全部は受け取らない。
一部だけ、記録として預からせてくれ。ルミナ、君が見てきた世界を、俺が学びたいんだ。」
ルミナの瞳が揺れる。驚きと、ほんの少しの喜びが混ざっていた。
「――あなたは本当に、優しいのね。」
光の粒が二人の間で分かたれ、ひとつがエリアスの胸へ、もうひとつがルミナの掌へ戻る。
静かに交わる光が、まるで契約の証のように輝いた。
「これで、あなたは“半神書記”として目覚める。
けれど、もう私の声は以前のようには届かない。あなたが自ら感じ、選ぶ番だから。」
「それでもいい。たとえ離れても、君の言葉は――俺の中で生き続ける。」
ルミナが微笑む。
その表情はどこまでも穏やかで、人にも似た優しさに満ちていた。
「ありがとう、エリアス。あなたが選んだこの“半分”の未来が、世界に希望を残すことを願っている。」
光が弾け、景色が霧のようにほどける。
そして、現実の時間がゆっくりと戻ってきた。
* * *
保健塔の部屋に光が差し込む。
ミリアが声をかける。
「……戻った? 突然うなされてたのよ。」
「いや、大丈夫だ。」
エリアスは微笑みながら立ち上がる。
胸の中で、微かな光が脈打っている。
その光が確かに言っていた。――“もう導く必要はない”と。
窓の外、夜明けの空が燃えるような朱色に染まっていた。
彼の瞳も、その色を映すように深く光る。
(これが、ルミナの記憶……神が残した叡智の形。)
呟いたとき、風が一陣吹き抜け、白いカーテンが揺れた。
「これからが、本当の始まりだな。」
女神の笑みはもう聞こえなかった。
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