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第19話 時を止める権能
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夜明けの光が学園の尖塔を黄金色に染める頃、エリアスは屋上に立っていた。
風はまだ冷たい。だが、その胸の奥には確かな熱が宿っている。
女神ルミナの記憶を見たあの日から、彼の中の何かが変わった。
半神としての“記録”を継ぎながらも、彼は人としての在り方を手放さなかった。
だが、その力はもはや自分の制御を超えて膨張しつつあった。
何もしていないのに、周囲の時間が時折止まる。光が歪み、風が凍る瞬間さえある。
「……今の俺は、“半分の神”ってところか。」
自嘲気味に呟いた声に、背後から柔らかな足音が近づく。
「神なんか呼びたくもないけどね。」
声の主はカレン教官だった。
彼女は冷える風の中でも凛とした姿で立っていた。
「学園中があなたの噂で持ちきりよ。学院長は『観測対象』から『特異指定』に変えた。もう王都の諜報局まで動いている。」
「……つまり、俺はもう“危険物”扱いか。」
「危険というより、扱いきれない存在。あなたが敵になるか味方になるか、それを判断するために監査官が来るわ。」
「監査官?」
「王立教会からよ。――“時の聖職者”と呼ばれている。」
その名を聞いた瞬間、エリアスの胸の奥に奇妙な違和感が走った。
「時、か。」
彼は空を見上げる。その瞬間、周囲の時間がふっと止まった。
雲も、鳥も、カレンの髪も、すべてが静止する。
「……まただ。」
だが今回は違った。
この停まった世界の中で、自分の意識は完全に澄んでいた。
過去、未来、現在――あらゆる“流れ”が一枚の紙のように重なって見えている。
そして、聞こえてきた。
あの日と同じ、だが少し低く落ち着いた声が。
『それが、あなたに与えられた“第二の権能”。時を定義から外す力。』
ルミナの声。
記憶の奥、光の中に沈んだはずの彼女の存在が、再び彼の心に響いていた。
「時を……止める?」
『正確には、“時間”という概念の記述を一時的に無効化している。あなたが存在する限り、この世界はあなたの筆先で動く。』
「……本当に、人をやめる一歩手前だな。」
自嘲がこもる吐息。
しかし、目の前で止まった風を見ながら、心のどこかで恐れではなく静謐を感じていた。
『あなたは恐れてないのね。』
「怖いよ。でも同時に……美しい。止まった世界は、何も壊そうとしない。誰も争わない。」
『そう。だけど、止まっている限り何も“生まれない”の。時間は残酷だけど、優しさでもある。あなたがその流れを選ぶのよ。』
やがて、彼が息を吸い込む。
意識を緩めると、再び風が流れ出す。カレンの髪が揺れ、世界が動き始めた。
彼女は何も気づかぬまま、息を続けた。
「……あなた、自分の身を守りなさい。彼らは“神話級”の存在を恐れている。」
「俺を殺せる者なんて、いないと思うけどな。」
「だから怖いのよ。」
カレンの声には、わずかな哀しみが滲んでいた。
* * *
翌日、王立教会の監査官が学園に到着した。
真っ黒な修道服に金の刺繡、肩に「時の砂」を象徴する砂時計のピン。
名をリュシアン・ベルトードという。
白髪の男で、瞳には冷たい蒼が宿っていた。
第一講堂で学院長と対面した彼は、簡潔に言った。
「“神授者”の力、その実態を確認する。それが聖座からの命令です。」
そして、その視線が静かにエリアスへと向けられた。
まるで過去も未来も見通すような目だった。
「あなたの名は?」
「エリアス・グランベル。」
「なるほど……名は知っている。禁忌書庫を破り、神格を継承した少年。」
周囲の教師陣が息を飲む。
リュシアンは無言で金の時計を取り出し、軽く振った。
銀の針が音もなく動き、やがてぴたりと止まる。
「――この時間は止まった。」
静止した世界。
すべての者が動かない中、エリアスだけが呼吸をしていた。
「……俺以外が止まるのは、初めてだな。」
リュシアンが薄く笑う。
「我ら教会も“時の神格”に通じる術を持っている。あなたと同じだ。」
「同じ、ね。けど、俺は神を装うつもりはない。」
「なら、“人”として答えよう。“人の力で時を止められる理由”を。」
空気が震える。
黄金と銀の光が衝突し、講堂の床が軋む。
静止した世界の中で、ふたりの時だけがぶつかり合っていた。
「あなたの時間は……人よりも早く過ぎている。」リュシアンが呟く。「まるで、自分の命を燃やすように。」
「時を止めるって、そういうことさ。止まった分だけ、俺の時間が削れる。」
「いずれ、存在すら薄れるぞ。」
「構わないよ。俺が選んだ道だ。」
リュシアンは目を細めた。
そして微かに笑う。
「自己犠牲か。では、教会があなたを敵とする理由も消えるかもしれない。」
針が再び動き出し、時間が戻る。
誰もが何も感じぬまま、世界の音が蘇った。
カレンが息を吐く。「話は終わり?」
リュシアンは淡く頷く。
「ええ。だが彼は、“世の記録”を背負った存在だ。このまま放置すれば、世界の均衡が崩れる。いずれ教会が正式な処置を下すでしょう。」
学院長の顔が暗くなる。
エリアスはただ静かに席を立った。
* * *
その夜。
学園の屋上で、彼は再び“時”を凍らせていた。
街の灯は凍り、風も月も止まっている。
永遠とも思える静寂の中で、エリアスは空を見上げる。
『あなた、寂しい?』
「多分……少しな。」
『世界が停まると、音も呼吸も消える。けれど、それは“記録の余白”なのよ。本当の創造は、そこから始まる。』
「余白……か。」
彼はゆっくりと手を伸ばす。
その指先から零れる光が、静止した月の輪郭をなぞる。
時間が止まっていても、世界だけは確かに“存在”している。
「俺はこの止まった針の間で、未来を書き足してみせる。どれだけ時間を削っても、それが人としての証明になるなら。」
淡い風が再び吹いた。
世界が動き出し、止まっていた灯が瞬き始める。
その場に残るのは、ひとつの言葉。
「――時を止めようとする者が、誰よりも未来を望んでいるなんて。皮肉だな。」
夜の風が笑うように吹き抜ける。
彼はその中で、ただ前を見据えた。
新たな力――“時を止める権能”。
それは、彼に自由と孤独を与える二重の祝福だった。
風はまだ冷たい。だが、その胸の奥には確かな熱が宿っている。
女神ルミナの記憶を見たあの日から、彼の中の何かが変わった。
半神としての“記録”を継ぎながらも、彼は人としての在り方を手放さなかった。
だが、その力はもはや自分の制御を超えて膨張しつつあった。
何もしていないのに、周囲の時間が時折止まる。光が歪み、風が凍る瞬間さえある。
「……今の俺は、“半分の神”ってところか。」
自嘲気味に呟いた声に、背後から柔らかな足音が近づく。
「神なんか呼びたくもないけどね。」
声の主はカレン教官だった。
彼女は冷える風の中でも凛とした姿で立っていた。
「学園中があなたの噂で持ちきりよ。学院長は『観測対象』から『特異指定』に変えた。もう王都の諜報局まで動いている。」
「……つまり、俺はもう“危険物”扱いか。」
「危険というより、扱いきれない存在。あなたが敵になるか味方になるか、それを判断するために監査官が来るわ。」
「監査官?」
「王立教会からよ。――“時の聖職者”と呼ばれている。」
その名を聞いた瞬間、エリアスの胸の奥に奇妙な違和感が走った。
「時、か。」
彼は空を見上げる。その瞬間、周囲の時間がふっと止まった。
雲も、鳥も、カレンの髪も、すべてが静止する。
「……まただ。」
だが今回は違った。
この停まった世界の中で、自分の意識は完全に澄んでいた。
過去、未来、現在――あらゆる“流れ”が一枚の紙のように重なって見えている。
そして、聞こえてきた。
あの日と同じ、だが少し低く落ち着いた声が。
『それが、あなたに与えられた“第二の権能”。時を定義から外す力。』
ルミナの声。
記憶の奥、光の中に沈んだはずの彼女の存在が、再び彼の心に響いていた。
「時を……止める?」
『正確には、“時間”という概念の記述を一時的に無効化している。あなたが存在する限り、この世界はあなたの筆先で動く。』
「……本当に、人をやめる一歩手前だな。」
自嘲がこもる吐息。
しかし、目の前で止まった風を見ながら、心のどこかで恐れではなく静謐を感じていた。
『あなたは恐れてないのね。』
「怖いよ。でも同時に……美しい。止まった世界は、何も壊そうとしない。誰も争わない。」
『そう。だけど、止まっている限り何も“生まれない”の。時間は残酷だけど、優しさでもある。あなたがその流れを選ぶのよ。』
やがて、彼が息を吸い込む。
意識を緩めると、再び風が流れ出す。カレンの髪が揺れ、世界が動き始めた。
彼女は何も気づかぬまま、息を続けた。
「……あなた、自分の身を守りなさい。彼らは“神話級”の存在を恐れている。」
「俺を殺せる者なんて、いないと思うけどな。」
「だから怖いのよ。」
カレンの声には、わずかな哀しみが滲んでいた。
* * *
翌日、王立教会の監査官が学園に到着した。
真っ黒な修道服に金の刺繡、肩に「時の砂」を象徴する砂時計のピン。
名をリュシアン・ベルトードという。
白髪の男で、瞳には冷たい蒼が宿っていた。
第一講堂で学院長と対面した彼は、簡潔に言った。
「“神授者”の力、その実態を確認する。それが聖座からの命令です。」
そして、その視線が静かにエリアスへと向けられた。
まるで過去も未来も見通すような目だった。
「あなたの名は?」
「エリアス・グランベル。」
「なるほど……名は知っている。禁忌書庫を破り、神格を継承した少年。」
周囲の教師陣が息を飲む。
リュシアンは無言で金の時計を取り出し、軽く振った。
銀の針が音もなく動き、やがてぴたりと止まる。
「――この時間は止まった。」
静止した世界。
すべての者が動かない中、エリアスだけが呼吸をしていた。
「……俺以外が止まるのは、初めてだな。」
リュシアンが薄く笑う。
「我ら教会も“時の神格”に通じる術を持っている。あなたと同じだ。」
「同じ、ね。けど、俺は神を装うつもりはない。」
「なら、“人”として答えよう。“人の力で時を止められる理由”を。」
空気が震える。
黄金と銀の光が衝突し、講堂の床が軋む。
静止した世界の中で、ふたりの時だけがぶつかり合っていた。
「あなたの時間は……人よりも早く過ぎている。」リュシアンが呟く。「まるで、自分の命を燃やすように。」
「時を止めるって、そういうことさ。止まった分だけ、俺の時間が削れる。」
「いずれ、存在すら薄れるぞ。」
「構わないよ。俺が選んだ道だ。」
リュシアンは目を細めた。
そして微かに笑う。
「自己犠牲か。では、教会があなたを敵とする理由も消えるかもしれない。」
針が再び動き出し、時間が戻る。
誰もが何も感じぬまま、世界の音が蘇った。
カレンが息を吐く。「話は終わり?」
リュシアンは淡く頷く。
「ええ。だが彼は、“世の記録”を背負った存在だ。このまま放置すれば、世界の均衡が崩れる。いずれ教会が正式な処置を下すでしょう。」
学院長の顔が暗くなる。
エリアスはただ静かに席を立った。
* * *
その夜。
学園の屋上で、彼は再び“時”を凍らせていた。
街の灯は凍り、風も月も止まっている。
永遠とも思える静寂の中で、エリアスは空を見上げる。
『あなた、寂しい?』
「多分……少しな。」
『世界が停まると、音も呼吸も消える。けれど、それは“記録の余白”なのよ。本当の創造は、そこから始まる。』
「余白……か。」
彼はゆっくりと手を伸ばす。
その指先から零れる光が、静止した月の輪郭をなぞる。
時間が止まっていても、世界だけは確かに“存在”している。
「俺はこの止まった針の間で、未来を書き足してみせる。どれだけ時間を削っても、それが人としての証明になるなら。」
淡い風が再び吹いた。
世界が動き出し、止まっていた灯が瞬き始める。
その場に残るのは、ひとつの言葉。
「――時を止めようとする者が、誰よりも未来を望んでいるなんて。皮肉だな。」
夜の風が笑うように吹き抜ける。
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