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第20話 運命を知る預言者
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冬の風が学園の塔の隙間を吹き抜ける。
朝靄はまだ冷たく、昨夜降った雪の名残が石畳に残っている。
それでも、この日だけは全校生徒が早くから集まっていた。
理由は一つ。――王都の中央教会から、神聖預言者エリシア・ノルフェンが来訪する、という報せだった。
彼女は“未来を見る者”として名高く、その預言は王族ですら逆らえないほど精確だと噂されていた。
「神の声を聴く少女、か。」
訓練場の端でエリアスは小さく呟いた。
ルミナの声が胸の奥で囁く。
『あなたも似たようなものよ。記録者が過去を知るなら、預言者は未来の“記述”を覗く存在。』
「つまり対になる者ってことか。」
『ええ。あなたの“記述の筆”に対して、彼女は“運命のインク”を持つ。ふたりが出会えば、世界の軌跡が揺らぐ。』
「……俺は、もう揺らす側なんだけどな。」
苦い笑みを浮かべたそのとき、校庭の鐘が鳴り響いた。
教会の馬車が到着し、純白の布を被った少女が降り立つ。
雪のような髪に金の瞳、透けそうなほど繊細な肌。
その存在自体が、まるで異界の光だった。
* * *
講堂にて。
学院長ヴァルディオが壇上に立ち、来賓である預言者を紹介する。
「彼女は神聖預言教会より派遣されたエリシア。
本日は王都と学園の未来、ひいては神授者への指針を示すために来訪いただいた。」
その言葉に、ざわめきが走る。
「神授者」――その名が示すのは、他でもないエリアス。
静かな足音が響く。
エリシアはまっすぐに壇上を歩み、銀糸のマントを翻して聴衆を見渡す。
その瞳がエリアスを見つけた瞬間、光が一瞬だけ揺れた。
誰も動かぬまま、彼女は微笑むように口を開く。
「世界の記述は綻びている。
“書き換えの子”が現れ、神々の頁が震えている。
そして――その者が最後の選択を誤れば、世界は一度リセットされる。」
その声の透明さは恐怖よりも確信をもたらした。
講堂が水を打ったように静まり返る。
「まさか……リセット?」
「世界が……滅ぶってことか?」
生徒たちのざわめきが再び起き始めたころ、学院長が震える声で尋ねた。
「その“書き換えの子”とは、誰のことだ?」
エリシアの瞳が迷いなく一点を見つめる。
そこにはエリアスがいた。
「彼よ。無自覚最強の記述者。世界の未来を左右する者。」
場の空気が凍りついた。
同時に幾人かの貴族生徒が席を蹴り立ち上がる。
「やっぱり……! あいつが厄災の元だ!」
「追放するべきだ! 今のうちに!」
その怒声の中でエリアスだけが微動だにしなかった。
静かすぎるほどの声で、彼は問う。
「……俺が、未来を壊す?」
エリシアは首を横に振った。
「違う。“壊すことができる”の。あなたが書く筆が、善にも悪にもなり得る。
あなたより後に現れる“二本目の筆”が、それを決定づける。」
「二本目の……?」
その言葉にルミナが低く囁く。
『やはり来たか。“影の記述者”。かつて神々が恐れ封じた、もう一人の書記。』
「影?」
『“存在を否定された綴り手”。神の欠片の闇を継ぐ者よ。あなたの力が光の記述なら、そちらは“消去の言葉”。』
エリアスは息を吐いた。
「つまり、俺の対になる存在…? “消す者”が現れると。」
エリシアは頷く。
「運命は収束している。あなたが書を閉じるか、影が頁を破るか。どちらにしても、一本の物語は終わる。」
その言葉を聞いた瞬間、空気が震えた。
講堂の窓ガラスが一斉に割れ、風が吹き荒れる。
ルミナの声が鋭く響く。
『エリアス、下がって! 神気の衝突――!』
彼は片手を掲げた。
金と黒の光が交錯し、衝撃波が押し寄せる前に止まる。
その一瞬、世界が静止する。
時間すら息を止めた世界。
その中で、エリアスの瞳とエリシアの瞳だけが動いていた。
「……やっぱり、異質ね。」
エリシアの声が震える。
「あなただけが“時の外側”に立てる。」
「すまないな。反射的にやっただけさ。」
そう言いながら、彼は凍りついた空気を指で軽く払った。
割れた破片が空中で戻り、音もなく元に収まる。
世界が再び動き出す。
生徒たちは今の出来事を奇跡のように感じていた。
誰もが、何も言えない。
ただ一人、王女セレナだけがエリアスを見つめ、小さく呟いた。
「やっぱり……この人は、希望ね。」
* * *
式が終わり、預言者エリシアは校庭の奥でエリアスを待っていた。
冬の木々に囲まれた静かな場所。
彼女は柔らかな声で言う。
「……あなた、どうして止めたの?」
「予言を信じなかったから。」
「でも、あなたは“未来を見ない”人じゃない。過去と今を見て生きる人。」
エリアスは小さく笑う。
「未来なんて、書き換えればいいと思ってる。俺は、決められた物語より“選び取る物語”が好きなんだ。」
エリシアは瞳を細めた。
「そう……だったら、ひとつ預言を変えてみせて。」
「できるならな。でもそのために、影の記述者の正体を知らないと。」
彼の言葉に、エリシアの表情が曇った。
「……名を“ノイン”。かつてあなたと同じ血を引いた双子の魂。」
「双子だと……?」
「神々が“完全な書”を作るために一人の魂を二つに分けた。そのうちの一つがあなた。もう一つが、影。今は地上に降り、理を壊そうとしている。」
エリアスの胸に、理解と恐怖が混ざった。
もう一人の自分。
光を継ぐ者と、闇を継ぐ者。
「――ルミナ。」
『分かってる。いずれその存在はあなたの前に現れる。二人が交わると、“世界の筆”が完成する。』
エリシアは静かに歩み寄り、そっと彼の胸に触れた。
暖かな光が流れ込み、心が穏やかになる。
「これが私の祝福。“運命の残響”よ。
あなたが選ぶ未来が、世界にとって最悪の結末でないように、最後の言葉を刻むわ。」
「預言者らしくないな。」
「そう。私はただの女だから。未来を決めるのは、あなたであってほしい。」
風が吹き、エリシアの白い髪が揺れる。
朝の光が二人を包み、雪の結晶が淡く舞い落ちた。
『エリアス。運命の頁は、もうめくられ始めている。』
ルミナの声が遠ざかる。
エリアスは拳を握り、静かに応える。
「だからこそ――俺が書き直す。
どんな“終わり”が待っていようと、人が笑える未来に。“世界は書き換えられる”って証明してやる。」
預言者は微笑み、深く頭を垂れた。
「その言葉が、私の未来を変えるかもしれない。」
そして、光が彼女の周囲を包み、次の瞬間、彼女の姿は消えた。
空にはただ一つ、冷たい太陽が昇っていた。
――この時、誰も知らない。
この出会いこそが、後に“二つの神格が交わる夜”の始まりとなることを。
朝靄はまだ冷たく、昨夜降った雪の名残が石畳に残っている。
それでも、この日だけは全校生徒が早くから集まっていた。
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彼女は“未来を見る者”として名高く、その預言は王族ですら逆らえないほど精確だと噂されていた。
「神の声を聴く少女、か。」
訓練場の端でエリアスは小さく呟いた。
ルミナの声が胸の奥で囁く。
『あなたも似たようなものよ。記録者が過去を知るなら、預言者は未来の“記述”を覗く存在。』
「つまり対になる者ってことか。」
『ええ。あなたの“記述の筆”に対して、彼女は“運命のインク”を持つ。ふたりが出会えば、世界の軌跡が揺らぐ。』
「……俺は、もう揺らす側なんだけどな。」
苦い笑みを浮かべたそのとき、校庭の鐘が鳴り響いた。
教会の馬車が到着し、純白の布を被った少女が降り立つ。
雪のような髪に金の瞳、透けそうなほど繊細な肌。
その存在自体が、まるで異界の光だった。
* * *
講堂にて。
学院長ヴァルディオが壇上に立ち、来賓である預言者を紹介する。
「彼女は神聖預言教会より派遣されたエリシア。
本日は王都と学園の未来、ひいては神授者への指針を示すために来訪いただいた。」
その言葉に、ざわめきが走る。
「神授者」――その名が示すのは、他でもないエリアス。
静かな足音が響く。
エリシアはまっすぐに壇上を歩み、銀糸のマントを翻して聴衆を見渡す。
その瞳がエリアスを見つけた瞬間、光が一瞬だけ揺れた。
誰も動かぬまま、彼女は微笑むように口を開く。
「世界の記述は綻びている。
“書き換えの子”が現れ、神々の頁が震えている。
そして――その者が最後の選択を誤れば、世界は一度リセットされる。」
その声の透明さは恐怖よりも確信をもたらした。
講堂が水を打ったように静まり返る。
「まさか……リセット?」
「世界が……滅ぶってことか?」
生徒たちのざわめきが再び起き始めたころ、学院長が震える声で尋ねた。
「その“書き換えの子”とは、誰のことだ?」
エリシアの瞳が迷いなく一点を見つめる。
そこにはエリアスがいた。
「彼よ。無自覚最強の記述者。世界の未来を左右する者。」
場の空気が凍りついた。
同時に幾人かの貴族生徒が席を蹴り立ち上がる。
「やっぱり……! あいつが厄災の元だ!」
「追放するべきだ! 今のうちに!」
その怒声の中でエリアスだけが微動だにしなかった。
静かすぎるほどの声で、彼は問う。
「……俺が、未来を壊す?」
エリシアは首を横に振った。
「違う。“壊すことができる”の。あなたが書く筆が、善にも悪にもなり得る。
あなたより後に現れる“二本目の筆”が、それを決定づける。」
「二本目の……?」
その言葉にルミナが低く囁く。
『やはり来たか。“影の記述者”。かつて神々が恐れ封じた、もう一人の書記。』
「影?」
『“存在を否定された綴り手”。神の欠片の闇を継ぐ者よ。あなたの力が光の記述なら、そちらは“消去の言葉”。』
エリアスは息を吐いた。
「つまり、俺の対になる存在…? “消す者”が現れると。」
エリシアは頷く。
「運命は収束している。あなたが書を閉じるか、影が頁を破るか。どちらにしても、一本の物語は終わる。」
その言葉を聞いた瞬間、空気が震えた。
講堂の窓ガラスが一斉に割れ、風が吹き荒れる。
ルミナの声が鋭く響く。
『エリアス、下がって! 神気の衝突――!』
彼は片手を掲げた。
金と黒の光が交錯し、衝撃波が押し寄せる前に止まる。
その一瞬、世界が静止する。
時間すら息を止めた世界。
その中で、エリアスの瞳とエリシアの瞳だけが動いていた。
「……やっぱり、異質ね。」
エリシアの声が震える。
「あなただけが“時の外側”に立てる。」
「すまないな。反射的にやっただけさ。」
そう言いながら、彼は凍りついた空気を指で軽く払った。
割れた破片が空中で戻り、音もなく元に収まる。
世界が再び動き出す。
生徒たちは今の出来事を奇跡のように感じていた。
誰もが、何も言えない。
ただ一人、王女セレナだけがエリアスを見つめ、小さく呟いた。
「やっぱり……この人は、希望ね。」
* * *
式が終わり、預言者エリシアは校庭の奥でエリアスを待っていた。
冬の木々に囲まれた静かな場所。
彼女は柔らかな声で言う。
「……あなた、どうして止めたの?」
「予言を信じなかったから。」
「でも、あなたは“未来を見ない”人じゃない。過去と今を見て生きる人。」
エリアスは小さく笑う。
「未来なんて、書き換えればいいと思ってる。俺は、決められた物語より“選び取る物語”が好きなんだ。」
エリシアは瞳を細めた。
「そう……だったら、ひとつ預言を変えてみせて。」
「できるならな。でもそのために、影の記述者の正体を知らないと。」
彼の言葉に、エリシアの表情が曇った。
「……名を“ノイン”。かつてあなたと同じ血を引いた双子の魂。」
「双子だと……?」
「神々が“完全な書”を作るために一人の魂を二つに分けた。そのうちの一つがあなた。もう一つが、影。今は地上に降り、理を壊そうとしている。」
エリアスの胸に、理解と恐怖が混ざった。
もう一人の自分。
光を継ぐ者と、闇を継ぐ者。
「――ルミナ。」
『分かってる。いずれその存在はあなたの前に現れる。二人が交わると、“世界の筆”が完成する。』
エリシアは静かに歩み寄り、そっと彼の胸に触れた。
暖かな光が流れ込み、心が穏やかになる。
「これが私の祝福。“運命の残響”よ。
あなたが選ぶ未来が、世界にとって最悪の結末でないように、最後の言葉を刻むわ。」
「預言者らしくないな。」
「そう。私はただの女だから。未来を決めるのは、あなたであってほしい。」
風が吹き、エリシアの白い髪が揺れる。
朝の光が二人を包み、雪の結晶が淡く舞い落ちた。
『エリアス。運命の頁は、もうめくられ始めている。』
ルミナの声が遠ざかる。
エリアスは拳を握り、静かに応える。
「だからこそ――俺が書き直す。
どんな“終わり”が待っていようと、人が笑える未来に。“世界は書き換えられる”って証明してやる。」
預言者は微笑み、深く頭を垂れた。
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そして、光が彼女の周囲を包み、次の瞬間、彼女の姿は消えた。
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