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第21話 千年の因果を断つ者
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雪の降る王都は、冬の静寂の中にあった。
だがその静けさの裏に、不穏なざわめきが流れていた。
空の奥、見えない裂け目が微かに歪み、月と星の光がねじれている。
ルミナの声がエリアスの耳元に響く。
『世界の“糸”が揺れているの。あなたが禁忌の書を開いた時から、千年前に封じられた記憶が動き始めた。』
「つまり、過去の影響が現代に波及している?」
『ええ。そしてそれを繕うには、因果の断層を正さなければならない。千年前——“始まりの記述者”の時代に、何かが起きた。』
「千年前……。神々が姿を消した時代。」
『そう。彼らは消えたんじゃない。“人々の記録から”消されたの。』
「ならば行くしかないな。過去そのものへ。」
ルミナの声が一瞬揺れる。
『時の流れを越えるのは、まだ危険よ。あなたの存在が不安定になったばかりだもの。』
「でも放っておけば、この時代も崩壊する。影の記述者が現れるなら、奴はきっと“過去の誤り”を利用する。」
エリアスの視線が遠くの空を捉える。
夜空はどこまでも深く、まるで記述の墨が溶け出したように黒かった。
* * *
翌日、学園の裏山にある古代の祭殿。
“時の祭壇”と呼ばれるその場所は、学院長ヴァルディオでさえ通行を許されていない。
だが、エリアスの前では門の結界が音もなく解けた。
「……やっぱり、俺を待ってたみたいだな。」
青白い光が足元を照らす。
一歩ごとに浮かび上がる文字列——それは神言構文の亜種。
人の目には単なる模様にしか映らないが、彼にははっきりと読めた。
『〈記述者の血を継ぐ者〉』
『〈我らの道を繋ぐ者〉』
「これが“時の書層”への導きか。」
ルミナの声が慎重に響く。
『エリアス、これより先は過去と現在の狭間。世界の“筆”がまだ乾いていない場所。
もし間違えば、あなたという存在の記述そのものが消える。』
「消えてもいいさ。真実を知るためなら。」
彼が最後の段を踏むと、眩い光が爆ぜた。
風が逆流し、時間が逆巻く。
瞬きの間に、周囲の雪が溶け、季節が戻り、そして――世界が反転した。
* * *
気がつくと、エリアスは草原に立っていた。
青空が広がり、遠くにはまだ若い王都の影が見える。
神殿の塔は建設途中で、空気そのものが新しい。
「ここが……千年前の世界。」
『“神々が消える前の時代”。あなたの血に刻まれた原点よ。』
そこへ、天を裂くような音が響いた。
空の高みから光が降り注ぎ、ひとりの男が現れる。
白金の髪、淡く光る瞳。
それはエリアスに酷似していた。
「……まさか。」
ルミナが震えるように呟く。
『彼が――“最初の記述者”。始まりのエリアス・ノル・グランベル。あなたの祖であり、神界に最初の文字を刻んだ者。』
男はゆっくりと歩み寄り、静かに微笑んだ。
「よく来たな、未来の私。」
その声は澄んでおり、不思議と懐かしい。
「お前は……俺の前世?」
「そう呼んでも構わない。だが、お前と私は別の存在だ。私は神々と語り、そして“過ち”を犯した者。」
「過ち?」
男の手に一冊の書が握られていた。
それは黒と金が混ざる不完全な書で、見覚えがあった。
「“原初の書”……!」
ルミナが震えるように言う。
『あれが全ての元凶。神々の名を一つにまとめ、人が神を操ろうとした禁断の書物。あなたの一族はそれを封じるために生まれたの。』
男――始まりのエリアスは、疲れ切った微笑みを浮かべた。
「私は神々の名を統一しようとした。人が神に届くための架け橋を作るために。
だが、それは“影”を生んだ。我が半身、ノインという存在を。」
「やはり、闇の記述者は……」
「ああ。私の書を覗き見たもう一人の私。神々の拒絶によって私は彼を切り離したが、その怨嗟は千年を超えて今に届いている。」
風が凪ぎ、空の色が赤に変わる。
どこからか呻きのような声が響いた。
「……俺を忘れるな……“筆を裏切った者”よ。」
エリアスは振り向く。
そこに現れたのは、黒衣の少年。
自分と瓜二つの顔を持ちながら、瞳だけが深淵の赤に染まっている。
「ノイン……。」
ルミナが鋭く叫ぶ。
『エリアス、離れて! あれは実体のない怨念核――概念そのものよ!』
だがもう遅かった。
ノインの指先が動いた瞬間、空間が裂ける。
過去と現在が混ざり合い、時間の幕がずれる。
「未来の自分か。面白い……俺の欠片がこんなにも強く育ったとは。」
「お前は過去の残骸だ。もう終わった時代に戻れ。」
エリアスは剣を構えた。
神剣ルミナの刃が光を放つ。
だがノインの手にも、黒き剣が現れる。
その名を呼ぶように、彼は囁いた。
「“虚剣イグノス”。消去の記述。”」
雷鳴のような音が空に走る。
二つの剣がぶつかり、世界が閃光に包まれる。
空が裂け、海が逆流する。
過去の世界が崩壊し始めた。
「あれは……因果の連鎖を切っているの!」ルミナの悲鳴が響く。
『エリアス、このままでは現代の記録まで消える!』
「分かってる!」
彼は神言構文を描き始めた。
光の文字が周囲に広がり、空間を補修する。
だが、ノインの笑みが闇の奥で広がる。
「無駄だ。“書き換える者”の力は同質。互いの筆は、相殺される運命なのさ。」
「だったら、“過去そのもの”を書き換える!」
神剣が輝く。
そして、彼は宣言した。
「――時の定義、更新。“千年前の因果は過去に留まる”。」
爆発的な光が広がり、闇が弾けた。
世界が逆再生を始める。
ノインの体が霧のように崩れ、笑い声だけが残る。
「いいだろう……その“記述”、いつか必ず破るさ。お前が愛するもの全てと共に……。」
声が消えた。空の裂け目が閉じ、空気が安定する。
* * *
光が収まり、再び静寂が降りる。
始まりのエリアスは重く息をついた。
「……お前は、私の罪を断ち切ってくれた。」
「違う。俺はまだ、因果の一部を繕っただけだ。」
「ならば、言葉を贈ろう。――“記述者は常に孤独だ。だが、孤独が世界を繋ぐ。”」
その言葉と共に、男の姿は光に包まれて消えた。
ルミナが呟く。
『あなたは“千年の因果”を断った。けれど、その余波はまだどこかに残っている。』
「きっとノインが完全に消えたわけじゃない。いつかまた現れる。」
『その時こそ、書き換えの最終章ね。』
エリアスは剣を納め、見上げた空の青を見つめた。
それは柔らかく、どこまでも広い。
過去を救った代わりに、未来への新たなページが生まれたのだ。
「……千年前の因果は終わった。でも、俺の物語はまだ続く。」
彼の言葉とともに、風が光となって舞い上がった。
その光は、現代の空へと続く一本の道となり――少年は“時の綴り手”として再び歩き出すのだった。
だがその静けさの裏に、不穏なざわめきが流れていた。
空の奥、見えない裂け目が微かに歪み、月と星の光がねじれている。
ルミナの声がエリアスの耳元に響く。
『世界の“糸”が揺れているの。あなたが禁忌の書を開いた時から、千年前に封じられた記憶が動き始めた。』
「つまり、過去の影響が現代に波及している?」
『ええ。そしてそれを繕うには、因果の断層を正さなければならない。千年前——“始まりの記述者”の時代に、何かが起きた。』
「千年前……。神々が姿を消した時代。」
『そう。彼らは消えたんじゃない。“人々の記録から”消されたの。』
「ならば行くしかないな。過去そのものへ。」
ルミナの声が一瞬揺れる。
『時の流れを越えるのは、まだ危険よ。あなたの存在が不安定になったばかりだもの。』
「でも放っておけば、この時代も崩壊する。影の記述者が現れるなら、奴はきっと“過去の誤り”を利用する。」
エリアスの視線が遠くの空を捉える。
夜空はどこまでも深く、まるで記述の墨が溶け出したように黒かった。
* * *
翌日、学園の裏山にある古代の祭殿。
“時の祭壇”と呼ばれるその場所は、学院長ヴァルディオでさえ通行を許されていない。
だが、エリアスの前では門の結界が音もなく解けた。
「……やっぱり、俺を待ってたみたいだな。」
青白い光が足元を照らす。
一歩ごとに浮かび上がる文字列——それは神言構文の亜種。
人の目には単なる模様にしか映らないが、彼にははっきりと読めた。
『〈記述者の血を継ぐ者〉』
『〈我らの道を繋ぐ者〉』
「これが“時の書層”への導きか。」
ルミナの声が慎重に響く。
『エリアス、これより先は過去と現在の狭間。世界の“筆”がまだ乾いていない場所。
もし間違えば、あなたという存在の記述そのものが消える。』
「消えてもいいさ。真実を知るためなら。」
彼が最後の段を踏むと、眩い光が爆ぜた。
風が逆流し、時間が逆巻く。
瞬きの間に、周囲の雪が溶け、季節が戻り、そして――世界が反転した。
* * *
気がつくと、エリアスは草原に立っていた。
青空が広がり、遠くにはまだ若い王都の影が見える。
神殿の塔は建設途中で、空気そのものが新しい。
「ここが……千年前の世界。」
『“神々が消える前の時代”。あなたの血に刻まれた原点よ。』
そこへ、天を裂くような音が響いた。
空の高みから光が降り注ぎ、ひとりの男が現れる。
白金の髪、淡く光る瞳。
それはエリアスに酷似していた。
「……まさか。」
ルミナが震えるように呟く。
『彼が――“最初の記述者”。始まりのエリアス・ノル・グランベル。あなたの祖であり、神界に最初の文字を刻んだ者。』
男はゆっくりと歩み寄り、静かに微笑んだ。
「よく来たな、未来の私。」
その声は澄んでおり、不思議と懐かしい。
「お前は……俺の前世?」
「そう呼んでも構わない。だが、お前と私は別の存在だ。私は神々と語り、そして“過ち”を犯した者。」
「過ち?」
男の手に一冊の書が握られていた。
それは黒と金が混ざる不完全な書で、見覚えがあった。
「“原初の書”……!」
ルミナが震えるように言う。
『あれが全ての元凶。神々の名を一つにまとめ、人が神を操ろうとした禁断の書物。あなたの一族はそれを封じるために生まれたの。』
男――始まりのエリアスは、疲れ切った微笑みを浮かべた。
「私は神々の名を統一しようとした。人が神に届くための架け橋を作るために。
だが、それは“影”を生んだ。我が半身、ノインという存在を。」
「やはり、闇の記述者は……」
「ああ。私の書を覗き見たもう一人の私。神々の拒絶によって私は彼を切り離したが、その怨嗟は千年を超えて今に届いている。」
風が凪ぎ、空の色が赤に変わる。
どこからか呻きのような声が響いた。
「……俺を忘れるな……“筆を裏切った者”よ。」
エリアスは振り向く。
そこに現れたのは、黒衣の少年。
自分と瓜二つの顔を持ちながら、瞳だけが深淵の赤に染まっている。
「ノイン……。」
ルミナが鋭く叫ぶ。
『エリアス、離れて! あれは実体のない怨念核――概念そのものよ!』
だがもう遅かった。
ノインの指先が動いた瞬間、空間が裂ける。
過去と現在が混ざり合い、時間の幕がずれる。
「未来の自分か。面白い……俺の欠片がこんなにも強く育ったとは。」
「お前は過去の残骸だ。もう終わった時代に戻れ。」
エリアスは剣を構えた。
神剣ルミナの刃が光を放つ。
だがノインの手にも、黒き剣が現れる。
その名を呼ぶように、彼は囁いた。
「“虚剣イグノス”。消去の記述。”」
雷鳴のような音が空に走る。
二つの剣がぶつかり、世界が閃光に包まれる。
空が裂け、海が逆流する。
過去の世界が崩壊し始めた。
「あれは……因果の連鎖を切っているの!」ルミナの悲鳴が響く。
『エリアス、このままでは現代の記録まで消える!』
「分かってる!」
彼は神言構文を描き始めた。
光の文字が周囲に広がり、空間を補修する。
だが、ノインの笑みが闇の奥で広がる。
「無駄だ。“書き換える者”の力は同質。互いの筆は、相殺される運命なのさ。」
「だったら、“過去そのもの”を書き換える!」
神剣が輝く。
そして、彼は宣言した。
「――時の定義、更新。“千年前の因果は過去に留まる”。」
爆発的な光が広がり、闇が弾けた。
世界が逆再生を始める。
ノインの体が霧のように崩れ、笑い声だけが残る。
「いいだろう……その“記述”、いつか必ず破るさ。お前が愛するもの全てと共に……。」
声が消えた。空の裂け目が閉じ、空気が安定する。
* * *
光が収まり、再び静寂が降りる。
始まりのエリアスは重く息をついた。
「……お前は、私の罪を断ち切ってくれた。」
「違う。俺はまだ、因果の一部を繕っただけだ。」
「ならば、言葉を贈ろう。――“記述者は常に孤独だ。だが、孤独が世界を繋ぐ。”」
その言葉と共に、男の姿は光に包まれて消えた。
ルミナが呟く。
『あなたは“千年の因果”を断った。けれど、その余波はまだどこかに残っている。』
「きっとノインが完全に消えたわけじゃない。いつかまた現れる。」
『その時こそ、書き換えの最終章ね。』
エリアスは剣を納め、見上げた空の青を見つめた。
それは柔らかく、どこまでも広い。
過去を救った代わりに、未来への新たなページが生まれたのだ。
「……千年前の因果は終わった。でも、俺の物語はまだ続く。」
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