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第10話 ギルド登録。「Fランクですが、試験場のゴーレムを粉砕しても良いですか?」
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辺境の森での一方的な蹂躙劇(獣王ガロンは現在、我が家の庭で『強制労働』の呪いにより畑を耕している)から数日後。
僕は再び辺境都市テラを訪れていた。
今回は一人ではない。リーリヤと、人間に化けたシロ(という設定の大型犬のフリをしたフェンリル)も一緒だ。
目的は、先日暫定的にFランク登録された僕の「昇格試験」を受けるためだ。
「主様、本当にFランクでよろしいのですか? ギルドの規定では、実力次第でいきなりBランクやAランクへの昇格も可能ですが……」
リーリヤが不安げに尋ねてくる。
彼女は変装用のローブを纏い、フードでエルフ耳を隠しているが、その美貌と気品は隠しきれず、すれ違う人々が二度見していく。
「いや、いきなり高ランクだと目立つし、面倒な依頼を押し付けられそうだからね。地道にいくよ」
僕は答えた。
先日、ギルドの測定水晶を粉砕した件で「測定不能」のレッテルを貼られているが、書類上はFランクのままだ。
だが、オーク・キングの討伐実績や、水晶粉砕のインパクトにより、ギルドマスターから「特別昇格試験を受けてみないか?」と打診されたのだ。
試験内容は『模擬戦』。
相手はギルドが保有する訓練用ゴーレムだという。
「まあ、適当にやってDランクくらいになれれば十分かな」
そう考えていたのだが、現実はそう甘くなかった。
◆ ◆ ◆
テラの冒険者ギルド裏にある訓練場。
そこには、僕の試験を見物しようと多くの冒険者が集まっていた。
「おい、あれがあの『水晶壊し』の新人か?」
「見た目は優男だが、オーク・キングを一撃でやったって噂だぞ」
「どうせまぐれだろ。付与術師なんて裏方職が、まともに戦えるわけねえ」
野次馬たちの視線が痛い。
中央には、身長3メートルほどの岩石でできたゴーレムが立っていた。
『アイアン・ゴーレム』。物理耐性が高く、魔法防御もそこそこある、中級冒険者向けの相手だ。
「ルールは簡単だ。このゴーレムを機能停止させるか、あるいは10分間攻撃を耐え凌げば合格だ」
試験官を務めるのは、あの強面のギルドマスター、ガルドだ。
彼は腕組みをして、僕を値踏みするように見ている。
「準備はいいか? 坊主」
「はい、いつでも」
僕は杖(ただの木の棒に『強度強化』をかけたもの)を構えた。
本来なら魔法で攻撃するべきだが、派手な魔法を使うとまた目立つので、今回は「殴って」倒すことにした。
付与術師といえば、自身の身体能力を強化して戦う『殴りエンチャンター』というスタイルも珍しくはないからだ。
「始めッ!」
ガルドの合図と同時に、ゴーレムが動き出した。
ズシン、ズシンと重い足音を響かせ、巨大な石の拳を振り上げて迫ってくる。
速度は遅いが、その破壊力は城壁をも砕くと言われている。
「うわっ、結構速いな」
僕は軽くバックステップでかわす。
ドォォン!!
ゴーレムの拳が地面に叩きつけられ、クレーターができた。
観衆からどよめきが起きる。
「さて、反撃といこうか」
僕は杖に魔力を込めた。
使うのは基本中の基本、『筋力強化(ストレングス)』と『硬化(ハードニング)』のみ。
ただし、出力はMAXだ。
「ふんッ!」
僕は踏み込み、ゴーレムの懐に入り込んだ。
そして、ただの木の棒で、ゴーレムの脚部を水平に薙ぎ払った。
パァァァァンッ!!
乾いた音が響いたかと思うと、次の瞬間にはゴーレムの下半身が消失していた。
いや、消失したのではない。
粉砕され、砂利となって四散したのだ。
ズズズ……。
支えを失ったゴーレムの上半身が、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。
その断面は、まるで鏡のように滑らかだった。
シーン……。
訓練場が静寂に包まれた。
誰も言葉を発しない。
ただ、目の前の光景――岩の塊が一撃で砂になった事実を受け入れられずにいた。
「……あ、やりすぎた?」
僕は冷や汗をかいた。
手加減したつもりだったが、この木の棒、思ったより伝導率が良かったらしい。
というか、ゴーレムが脆すぎたのか?
「……ご、合格」
ガルドが掠れた声で宣言した。
「い、一撃……だと……?」
「おい、今の見たか? 魔法の詠唱もなしに……」
「付与術師って、あんな職業だったっけ……?」
ざわめきが波紋のように広がる。
僕は「やっちゃった感」満載で、そそくさとその場を去ろうとした。
「待て」
ガルドが呼び止めた。
「お前、ランクはFだが……実力はA、いやそれ以上かもしれん。特別にBランクへの即時昇格を認める」
「えっ、Bですか? いや、それはちょっと……」
「拒否権はない。お前のような化け物を低ランクに置いておくと、他の新人が自信を喪失する。それに、お前には頼みたい『特務依頼』がある」
「特務依頼?」
嫌な予感がする。
ガルドはニヤリと笑い、一枚の羊皮紙を取り出した。
「最近、この街の地下下水道で、妙な魔力反応が観測されている。調査隊を送ったが、誰も戻ってこない。……お前の力を見込んで、この調査を依頼したい」
「下水道……ですか」
臭いし汚いし、一番やりたくない仕事だ。
だが、断ればBランク昇格の話も流れそうだし、何よりギルマスの圧が凄い。
「……報酬は?」
「金貨100枚だ」
「やります」
即答だった。
背に腹は代えられないし、金貨100枚あれば家のリフォーム(温水プール増設)ができる。
◆ ◆ ◆
その頃、テラの下水道。
そこには、なんと勇者ライオネルたちの姿があった。
「ぐえぇ……臭い……」
ライオネルが鼻をつまみながら歩いている。
彼らは北への旅路の資金が尽き、ココノエ村からテラへと流れてきていたのだ。
そして、手っ取り早く稼げる仕事として、ギルドの掲示板にあった『下水道調査(誰でも可、日当即払い)』に飛びついたのである。
皮肉にも、アレンが受けた「特務依頼」の前段階の調査員として。
「なんで俺たちが……勇者だぞ……」
「文句言わないでよ。昨日の宿代も払えなかったんだから……」
フィオナも涙目で杖を突いている。
マリアは無言で聖水を撒きながら歩いていたが、その聖水もただの水道水だ。
「おい、何かいるぞ」
前方の暗闇に、ブヨブヨとした塊が見えた。
スライムだ。
しかし、通常のスライムではない。
ドス黒い色をしており、表面には無数の目玉のような模様が浮き出ている。
『カオス・スライム』。突然変異種だ。
「汚ねえスライムだな。燃やしてやる!」
フィオナが杖を振るう。
「『火の玉(ファイアボール)』!」
小さな火球が飛んでいく。
ボシュッ。
スライムに当たったが、燃えるどころか、火球がスライムの体内に吸収されてしまった。
「な、何!?」
「魔法が効かない!? 物理でいくぞ!」
ライオネルが斬りかかる。
鉄の剣がスライムに食い込む。
だが、手応えがない。
ヌルリと剣が滑り、逆にスライムがライオネルの腕に絡みついてきた。
「うわっ! 離れろ! 溶ける! 鎧が溶ける!」
酸性の粘液が、安物の革鎧をジュウジュウと溶かしていく。
ライオネルは半狂乱になって剣を捨て、スライムを引き剥がそうとする。
「ヒール! ヒール!」
マリアが回復魔法をかけるが、焼け石に水だ。
「くそっ、撤退だ! 逃げるぞ!」
またしても逃走。
彼らは命からがら下水道から這い出してきた。
全身ドロドロ、装備は全損、報酬はもちろんゼロだ。
「……もう嫌だ」
路地裏で膝を抱えるライオネル。
「アレン……お前は今、どこで何をしてるんだ……? 俺たちを笑っているのか……?」
被害妄想が加速する。
実際には、アレンは今、そのすぐ近くのギルドでBランク昇格を祝われていたのだが。
◆ ◆ ◆
翌日。
僕はリーリヤとシロを連れて、下水道の入り口に立っていた。
ガルドから渡された地図を手に、意気揚々と潜入を開始する。
「うっ、やっぱり臭いな」
「主様、ご安心ください。『空気清浄(エア・クリーン)』の結界を展開しました」
リーリヤが涼しい顔で言う。
彼女もすっかり僕の付与魔法の使い方をマスターし(というか、僕が教えた通りに真似ているだけだが)、自分なりのアレンジを加えているようだ。
おかげで、下水道の中とは思えないほど爽やかな空気が満ちている。
「ありがとう。助かるよ」
「主様のお役に立てるなら、下水道の泥水すら聖水に変えてみせます!」
忠誠心が暴走気味だが、頼もしい。
シロも「ここなら獲物がいそうだ」と鼻を鳴らしている。
奥へ進むと、昨日の勇者パーティが遭遇したカオス・スライムの群れが現れた。
数十匹はいるだろうか。通路を埋め尽くしている。
「うわ、気持ち悪いな」
「主様、私がやります!」
リーリヤが一歩前に出る。
「『風よ、切り裂け! ウィンド・スラッシュ!』」
カマイタチが発生し、スライムたちを切り刻む。
しかし、スライムは液体状のため、切ってもすぐに再生してしまう。
しかも、分裂して数が増えた。
「くっ、物理的な攻撃は効きにくいようです!」
「スライムには熱か冷気だよ。シロ、いけるか?」
「ワンッ!」
シロが大きく息を吸い込む。
そして、吐き出したのは『絶対零度のブレス』。
ヒュオオオオッ!!
通路が一瞬で氷の世界に変わった。
スライムたちは悲鳴を上げる間もなくカチコチに凍りつき、美しい氷の彫像と化した。
「よし、粉砕処理だ」
僕が指をパチンと鳴らすと、振動魔法が発生し、凍ったスライムたちが粉々に砕け散った。
キラキラと氷の粒が舞う。
「綺麗ですね……下水道とは思えません」
リーリヤがうっとりしている。
確かに、幻想的な光景だ。
だが、奥からさらに強大な気配が近づいてくるのを、僕は感じていた。
「……親玉のお出ましかな」
通路の奥から、ヘドロの塊のような巨体が現れた。
直径5メートルはある巨大スライム『キング・カオス・スライム』だ。
その体内には、消化されなかった冒険者の武器や防具が浮かんでいる。
その中には、見覚えのある安物の鉄の剣もあった(ライオネルが捨てたやつだ)。
「グボボボボ……」
不気味な音を立てて迫ってくる。
「主様、あれは……魔法耐性が異常に高いです! 私の風魔法も、シロの氷結ブレスも、おそらく半減されます!」
「なるほど、厄介だな」
僕は考えた。
魔法が効かないなら、物理で殴るか?
いや、スライムに打撃は効果が薄い。
なら、どうするか。
「……浄化しちゃえばいいんじゃない?」
僕は単純な答えにたどり着いた。
スライムといえど、このドス黒い色は汚染されている証拠だ。
綺麗にしてあげれば、大人しくなるかもしれない。
「『超・浄化(エクストラ・ピュリファイ)』」
僕の手から、太陽のような眩い光が放たれた。
それは、アンデッドを一瞬で昇天させるほどの神聖魔法の輝き。
光がキングスライムを包み込む。
「グ、ギャアアアアッ!?」
スライムが悶え苦しむ――かと思いきや、その身体から黒い靄が抜け出ていく。
ドロドロだった身体が、次第に透き通った水色に変わっていく。
悪臭が消え、代わりにミントのような爽やかな香りが漂い始めた。
数秒後。
そこには、プルプルと震える巨大なゼリーのような、可愛らしいスライムが鎮座していた。
つぶらな瞳で僕を見つめている。
「……あれ? 魔物じゃなくなった?」
「主様……これは、魔物の『穢れ』そのものを消滅させ、精霊に近い存在へと昇華させたのですか……?」
リーリヤが呆れている。
キングスライム改め、『キング・ソーダ・スライム(命名:僕)』は、嬉しそうに僕に擦り寄ってきた。
ひんやりとして気持ちいい。
「よし、お前もウチに来るか? 夏場のクッションにちょうど良さそうだ」
「プルルッ!(喜びの舞)」
こうして、またしてもペット(?)が増えた。
下水道の調査依頼は、「原因不明の浄化現象により、魔物がいなくなりました」という報告で完了した。
ギルドマスターは首を傾げていたが、金貨100枚はきっちり支払われた。
◆ ◆ ◆
一方、宿屋でふて寝していた勇者ライオネル。
彼は夢を見ていた。
アレンが戻ってきて、土下座して謝る夢だ。
「勇者様、僕が悪かったです。どうかパーティに戻してください」と。
そこでライオネルは、「フン、仕方ないな」と笑って許してやるのだ。
だが、目が覚めると現実は残酷だ。
腹は減り、金はない。
装備もなくなり、プライドもズタズタだ。
「……おい、起きろ」
ライオネルは仲間を叩き起こした。
「テラにはもう居られない。俺たちの噂が広まってる。『スライムに負けた勇者』なんて陰口を叩かれてるんだ」
「……どこへ行くの?」
フィオナが虚ろな目で尋ねる。
「北だ。……もっと北へ行く。ココノエ村の先、未開の森へ」
「そ、そこは魔王軍がいるって……」
「関係ない! ここにいても死ぬだけだ! 一か八か、古代の遺跡を目指すんだ!」
彼らは夜逃げ同然に宿を抜け出し、北へ向かう街道へと足を踏み出した。
それは、アレンの住む家へと続く一本道。
運命の再会へのカウントダウンが始まっていた。
続く
僕は再び辺境都市テラを訪れていた。
今回は一人ではない。リーリヤと、人間に化けたシロ(という設定の大型犬のフリをしたフェンリル)も一緒だ。
目的は、先日暫定的にFランク登録された僕の「昇格試験」を受けるためだ。
「主様、本当にFランクでよろしいのですか? ギルドの規定では、実力次第でいきなりBランクやAランクへの昇格も可能ですが……」
リーリヤが不安げに尋ねてくる。
彼女は変装用のローブを纏い、フードでエルフ耳を隠しているが、その美貌と気品は隠しきれず、すれ違う人々が二度見していく。
「いや、いきなり高ランクだと目立つし、面倒な依頼を押し付けられそうだからね。地道にいくよ」
僕は答えた。
先日、ギルドの測定水晶を粉砕した件で「測定不能」のレッテルを貼られているが、書類上はFランクのままだ。
だが、オーク・キングの討伐実績や、水晶粉砕のインパクトにより、ギルドマスターから「特別昇格試験を受けてみないか?」と打診されたのだ。
試験内容は『模擬戦』。
相手はギルドが保有する訓練用ゴーレムだという。
「まあ、適当にやってDランクくらいになれれば十分かな」
そう考えていたのだが、現実はそう甘くなかった。
◆ ◆ ◆
テラの冒険者ギルド裏にある訓練場。
そこには、僕の試験を見物しようと多くの冒険者が集まっていた。
「おい、あれがあの『水晶壊し』の新人か?」
「見た目は優男だが、オーク・キングを一撃でやったって噂だぞ」
「どうせまぐれだろ。付与術師なんて裏方職が、まともに戦えるわけねえ」
野次馬たちの視線が痛い。
中央には、身長3メートルほどの岩石でできたゴーレムが立っていた。
『アイアン・ゴーレム』。物理耐性が高く、魔法防御もそこそこある、中級冒険者向けの相手だ。
「ルールは簡単だ。このゴーレムを機能停止させるか、あるいは10分間攻撃を耐え凌げば合格だ」
試験官を務めるのは、あの強面のギルドマスター、ガルドだ。
彼は腕組みをして、僕を値踏みするように見ている。
「準備はいいか? 坊主」
「はい、いつでも」
僕は杖(ただの木の棒に『強度強化』をかけたもの)を構えた。
本来なら魔法で攻撃するべきだが、派手な魔法を使うとまた目立つので、今回は「殴って」倒すことにした。
付与術師といえば、自身の身体能力を強化して戦う『殴りエンチャンター』というスタイルも珍しくはないからだ。
「始めッ!」
ガルドの合図と同時に、ゴーレムが動き出した。
ズシン、ズシンと重い足音を響かせ、巨大な石の拳を振り上げて迫ってくる。
速度は遅いが、その破壊力は城壁をも砕くと言われている。
「うわっ、結構速いな」
僕は軽くバックステップでかわす。
ドォォン!!
ゴーレムの拳が地面に叩きつけられ、クレーターができた。
観衆からどよめきが起きる。
「さて、反撃といこうか」
僕は杖に魔力を込めた。
使うのは基本中の基本、『筋力強化(ストレングス)』と『硬化(ハードニング)』のみ。
ただし、出力はMAXだ。
「ふんッ!」
僕は踏み込み、ゴーレムの懐に入り込んだ。
そして、ただの木の棒で、ゴーレムの脚部を水平に薙ぎ払った。
パァァァァンッ!!
乾いた音が響いたかと思うと、次の瞬間にはゴーレムの下半身が消失していた。
いや、消失したのではない。
粉砕され、砂利となって四散したのだ。
ズズズ……。
支えを失ったゴーレムの上半身が、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。
その断面は、まるで鏡のように滑らかだった。
シーン……。
訓練場が静寂に包まれた。
誰も言葉を発しない。
ただ、目の前の光景――岩の塊が一撃で砂になった事実を受け入れられずにいた。
「……あ、やりすぎた?」
僕は冷や汗をかいた。
手加減したつもりだったが、この木の棒、思ったより伝導率が良かったらしい。
というか、ゴーレムが脆すぎたのか?
「……ご、合格」
ガルドが掠れた声で宣言した。
「い、一撃……だと……?」
「おい、今の見たか? 魔法の詠唱もなしに……」
「付与術師って、あんな職業だったっけ……?」
ざわめきが波紋のように広がる。
僕は「やっちゃった感」満載で、そそくさとその場を去ろうとした。
「待て」
ガルドが呼び止めた。
「お前、ランクはFだが……実力はA、いやそれ以上かもしれん。特別にBランクへの即時昇格を認める」
「えっ、Bですか? いや、それはちょっと……」
「拒否権はない。お前のような化け物を低ランクに置いておくと、他の新人が自信を喪失する。それに、お前には頼みたい『特務依頼』がある」
「特務依頼?」
嫌な予感がする。
ガルドはニヤリと笑い、一枚の羊皮紙を取り出した。
「最近、この街の地下下水道で、妙な魔力反応が観測されている。調査隊を送ったが、誰も戻ってこない。……お前の力を見込んで、この調査を依頼したい」
「下水道……ですか」
臭いし汚いし、一番やりたくない仕事だ。
だが、断ればBランク昇格の話も流れそうだし、何よりギルマスの圧が凄い。
「……報酬は?」
「金貨100枚だ」
「やります」
即答だった。
背に腹は代えられないし、金貨100枚あれば家のリフォーム(温水プール増設)ができる。
◆ ◆ ◆
その頃、テラの下水道。
そこには、なんと勇者ライオネルたちの姿があった。
「ぐえぇ……臭い……」
ライオネルが鼻をつまみながら歩いている。
彼らは北への旅路の資金が尽き、ココノエ村からテラへと流れてきていたのだ。
そして、手っ取り早く稼げる仕事として、ギルドの掲示板にあった『下水道調査(誰でも可、日当即払い)』に飛びついたのである。
皮肉にも、アレンが受けた「特務依頼」の前段階の調査員として。
「なんで俺たちが……勇者だぞ……」
「文句言わないでよ。昨日の宿代も払えなかったんだから……」
フィオナも涙目で杖を突いている。
マリアは無言で聖水を撒きながら歩いていたが、その聖水もただの水道水だ。
「おい、何かいるぞ」
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スライムだ。
しかし、通常のスライムではない。
ドス黒い色をしており、表面には無数の目玉のような模様が浮き出ている。
『カオス・スライム』。突然変異種だ。
「汚ねえスライムだな。燃やしてやる!」
フィオナが杖を振るう。
「『火の玉(ファイアボール)』!」
小さな火球が飛んでいく。
ボシュッ。
スライムに当たったが、燃えるどころか、火球がスライムの体内に吸収されてしまった。
「な、何!?」
「魔法が効かない!? 物理でいくぞ!」
ライオネルが斬りかかる。
鉄の剣がスライムに食い込む。
だが、手応えがない。
ヌルリと剣が滑り、逆にスライムがライオネルの腕に絡みついてきた。
「うわっ! 離れろ! 溶ける! 鎧が溶ける!」
酸性の粘液が、安物の革鎧をジュウジュウと溶かしていく。
ライオネルは半狂乱になって剣を捨て、スライムを引き剥がそうとする。
「ヒール! ヒール!」
マリアが回復魔法をかけるが、焼け石に水だ。
「くそっ、撤退だ! 逃げるぞ!」
またしても逃走。
彼らは命からがら下水道から這い出してきた。
全身ドロドロ、装備は全損、報酬はもちろんゼロだ。
「……もう嫌だ」
路地裏で膝を抱えるライオネル。
「アレン……お前は今、どこで何をしてるんだ……? 俺たちを笑っているのか……?」
被害妄想が加速する。
実際には、アレンは今、そのすぐ近くのギルドでBランク昇格を祝われていたのだが。
◆ ◆ ◆
翌日。
僕はリーリヤとシロを連れて、下水道の入り口に立っていた。
ガルドから渡された地図を手に、意気揚々と潜入を開始する。
「うっ、やっぱり臭いな」
「主様、ご安心ください。『空気清浄(エア・クリーン)』の結界を展開しました」
リーリヤが涼しい顔で言う。
彼女もすっかり僕の付与魔法の使い方をマスターし(というか、僕が教えた通りに真似ているだけだが)、自分なりのアレンジを加えているようだ。
おかげで、下水道の中とは思えないほど爽やかな空気が満ちている。
「ありがとう。助かるよ」
「主様のお役に立てるなら、下水道の泥水すら聖水に変えてみせます!」
忠誠心が暴走気味だが、頼もしい。
シロも「ここなら獲物がいそうだ」と鼻を鳴らしている。
奥へ進むと、昨日の勇者パーティが遭遇したカオス・スライムの群れが現れた。
数十匹はいるだろうか。通路を埋め尽くしている。
「うわ、気持ち悪いな」
「主様、私がやります!」
リーリヤが一歩前に出る。
「『風よ、切り裂け! ウィンド・スラッシュ!』」
カマイタチが発生し、スライムたちを切り刻む。
しかし、スライムは液体状のため、切ってもすぐに再生してしまう。
しかも、分裂して数が増えた。
「くっ、物理的な攻撃は効きにくいようです!」
「スライムには熱か冷気だよ。シロ、いけるか?」
「ワンッ!」
シロが大きく息を吸い込む。
そして、吐き出したのは『絶対零度のブレス』。
ヒュオオオオッ!!
通路が一瞬で氷の世界に変わった。
スライムたちは悲鳴を上げる間もなくカチコチに凍りつき、美しい氷の彫像と化した。
「よし、粉砕処理だ」
僕が指をパチンと鳴らすと、振動魔法が発生し、凍ったスライムたちが粉々に砕け散った。
キラキラと氷の粒が舞う。
「綺麗ですね……下水道とは思えません」
リーリヤがうっとりしている。
確かに、幻想的な光景だ。
だが、奥からさらに強大な気配が近づいてくるのを、僕は感じていた。
「……親玉のお出ましかな」
通路の奥から、ヘドロの塊のような巨体が現れた。
直径5メートルはある巨大スライム『キング・カオス・スライム』だ。
その体内には、消化されなかった冒険者の武器や防具が浮かんでいる。
その中には、見覚えのある安物の鉄の剣もあった(ライオネルが捨てたやつだ)。
「グボボボボ……」
不気味な音を立てて迫ってくる。
「主様、あれは……魔法耐性が異常に高いです! 私の風魔法も、シロの氷結ブレスも、おそらく半減されます!」
「なるほど、厄介だな」
僕は考えた。
魔法が効かないなら、物理で殴るか?
いや、スライムに打撃は効果が薄い。
なら、どうするか。
「……浄化しちゃえばいいんじゃない?」
僕は単純な答えにたどり着いた。
スライムといえど、このドス黒い色は汚染されている証拠だ。
綺麗にしてあげれば、大人しくなるかもしれない。
「『超・浄化(エクストラ・ピュリファイ)』」
僕の手から、太陽のような眩い光が放たれた。
それは、アンデッドを一瞬で昇天させるほどの神聖魔法の輝き。
光がキングスライムを包み込む。
「グ、ギャアアアアッ!?」
スライムが悶え苦しむ――かと思いきや、その身体から黒い靄が抜け出ていく。
ドロドロだった身体が、次第に透き通った水色に変わっていく。
悪臭が消え、代わりにミントのような爽やかな香りが漂い始めた。
数秒後。
そこには、プルプルと震える巨大なゼリーのような、可愛らしいスライムが鎮座していた。
つぶらな瞳で僕を見つめている。
「……あれ? 魔物じゃなくなった?」
「主様……これは、魔物の『穢れ』そのものを消滅させ、精霊に近い存在へと昇華させたのですか……?」
リーリヤが呆れている。
キングスライム改め、『キング・ソーダ・スライム(命名:僕)』は、嬉しそうに僕に擦り寄ってきた。
ひんやりとして気持ちいい。
「よし、お前もウチに来るか? 夏場のクッションにちょうど良さそうだ」
「プルルッ!(喜びの舞)」
こうして、またしてもペット(?)が増えた。
下水道の調査依頼は、「原因不明の浄化現象により、魔物がいなくなりました」という報告で完了した。
ギルドマスターは首を傾げていたが、金貨100枚はきっちり支払われた。
◆ ◆ ◆
一方、宿屋でふて寝していた勇者ライオネル。
彼は夢を見ていた。
アレンが戻ってきて、土下座して謝る夢だ。
「勇者様、僕が悪かったです。どうかパーティに戻してください」と。
そこでライオネルは、「フン、仕方ないな」と笑って許してやるのだ。
だが、目が覚めると現実は残酷だ。
腹は減り、金はない。
装備もなくなり、プライドもズタズタだ。
「……おい、起きろ」
ライオネルは仲間を叩き起こした。
「テラにはもう居られない。俺たちの噂が広まってる。『スライムに負けた勇者』なんて陰口を叩かれてるんだ」
「……どこへ行くの?」
フィオナが虚ろな目で尋ねる。
「北だ。……もっと北へ行く。ココノエ村の先、未開の森へ」
「そ、そこは魔王軍がいるって……」
「関係ない! ここにいても死ぬだけだ! 一か八か、古代の遺跡を目指すんだ!」
彼らは夜逃げ同然に宿を抜け出し、北へ向かう街道へと足を踏み出した。
それは、アレンの住む家へと続く一本道。
運命の再会へのカウントダウンが始まっていた。
続く
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魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした
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〔『仮面の王と風吹く国の姫君』の続編となります。できるだけこちらだけでわかるようにしています。が、気になったら前作にも立ち寄っていただけると嬉しいです〕〔ただ、ネタバレ的要素がありますのでご了承ください〕
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
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となります。
「役立たず」と追放されたが、俺のスキルは【経験値委託】だ。解除した瞬間、勇者パーティーはレベル1に戻り、俺だけレベル9999になった
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これは、最強の力を取り戻した俺が、雪山の守り神である銀狼(美少女)や、封印されし魔神(美少女)を従えて無双し、新たな国を作る物語。
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