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第1話 スキルが『草むしり』だったので、幼馴染の勇者に捨てられました
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「……えー、鑑定の結果が出ました」
王都にある冒険者ギルドの奥まった部屋、『天啓の間』。
神官がおそるおそる告げた言葉に、その場にいた全員の視線が集中する。
俺、ノエル・スプリングフィールドは、固唾を飲んでその次の言葉を待った。
「ノエル様のスキルは……『草むしり』。ランクは……測定不能(判定外)のGランク、です」
静寂が落ちた。
針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの沈黙だった。
「……は?」
誰かが間の抜けた声を上げた。
それは、俺の隣に立っていた、煌びやかな鎧に身を包んだ金髪の青年――この国の『勇者』に選ばれた、幼馴染のジークだった。
「おい神官、なんだそのふざけたスキルは。草むしり? 庭師の真似事か?」
「も、申し訳ありません勇者様! しかし、水晶にははっきりと……!」
ジークの苛立ちを含んだ声に、神官が縮み上がる。
俺はと言えば、呆然と自分の手のひらを見つめていた。
草むしり。
それが、俺の人生を決定づける天啓(スキル)だというのか。
この世界では、十五歳になると神殿でスキルを授かる儀式がある。
剣聖、賢者、聖女……強力な戦闘スキルを授かった者は、国からの支援を受け、栄光ある冒険者としての道が約束される。
特に今年は豊作だった。
幼馴染のジークは『聖剣使い』。
同じく幼馴染で聖女のミリアは『大聖女』。
俺たちと一緒にパーティを組んでいた魔法使いのレオンは『賢者』。
まさに、伝説級のパーティが誕生しようとしていた。
俺を除いて。
「ぷっ、くくく……! 草むしりだってよ! 聞いたかミリア! ノエルの奴、雑草抜き係がお似合いだって神様に言われちまったぜ!」
賢者のレオンが腹を抱えて笑い出した。
いつも俺のことを「才能がない」と見下していた彼にとって、これほど愉快なことはないのだろう。
聖女のミリアは、気まずそうに視線を逸らした。
そして、勇者のジークは――。
「……ノエル」
「あ、ああ……ジーク」
「悪いが、今日でお前をパーティから追放する」
氷のように冷たい声だった。
俺たちは物心ついた頃から一緒だった。木の枝を剣に見立てて遊び、「いつか一緒に世界を救おう」と誓い合った仲だった。
だが、聖剣に選ばれ、国から莫大な予算と名誉を与えられてからのジークは変わってしまった。
効率と成果、そして名声を何よりも重んじるようになったのだ。
「待ってくれジーク! スキルが戦闘向きじゃなくても、俺は今まで通り荷物持ちでも、料理番でもなんでもやる! 剣術だって、基礎ならお前と互角に打ち合えていただろ!?」
「それはスキルのない子供の頃の話だ」
ジークは冷徹に切り捨てた。
「これからの戦いは、魔王軍との死闘になる。Gランクの生産職、それも『草むしり』ごときがいていい戦場じゃない。お前がいるだけで、パーティの『格』が下がるんだよ」
「格、って……」
「それに、お前の分の食費や宿代も馬鹿にならない。その予算で、もっとマシなポーションを買った方が有意義だ。……わかるだろ?」
ジークの視線には、かつての友情など欠片も残っていなかった。
あるのは、不用品を見るような冷ややかな侮蔑だけ。
「……わかったよ」
俺は拳を握りしめ、唇を噛んだ。
ここで縋り付いても惨めなだけだ。
何より、幼馴染にここまで言われて、厚かましく居座るほどの図太さは俺にはなかった。
「今までありがとうな、ノエル。精々、田舎でいい野菜でも育ててくれよ。ああ、雑草抜きの手間が省けて農家には喜ばれるかもな! ははは!」
レオンの嘲笑を背に、俺はギルドを後にした。
ミリアは最後まで、俺の方を見ようとはしなかった。
◇
王都を追い出された俺は、トボトボと街道を歩いていた。
手切れ金として渡されたのは、銀貨が数枚だけ。宿に泊まれば三日と持たない。
「さて、これからどうするか……」
故郷の村には戻れない。
「勇者パーティの一員として王都に行く」と大見得を切って出てきた手前、どの面下げて帰ればいいのかわからない。
それに、噂好きな村人たちのことだ。「草むしりのスキルで追い出された」なんて知れたら、両親まで笑いものにされてしまう。
「誰もいない場所で、ひっそりと暮らすしかないか」
俺は地図を広げた。
王国の北外れ。そこには、人が寄り付かない広大な未開拓領域がある。
通称『魔の森』。
強力な魔物が生息し、生い茂る植物は毒を持ち、一度入れば二度と帰ってこられないと言われる場所だ。
「ここなら、誰にも会わずに済むだろうし……土地代もかからない」
死ぬかもしれない。
でも、勇者たちに嘲笑されながら生きるくらいなら、誰も知らない場所で野垂れ死ぬ方がマシだ。
自暴自棄に近い感情で、俺は北へと足を向けた。
◇
数日後。
俺は『魔の森』の入り口に立っていた。
「うわぁ……」
思わず声が出る。
鬱蒼と茂る木々は太陽の光を遮り、森の中は昼間でも薄暗い。
そこかしこから、得体の知れない獣の唸り声や、何かが這いずり回る音が聞こえてくる。
そして何より――。
「雑草が、酷すぎる」
俺は顔をしかめた。
道なんてものは存在しない。
人の背丈ほどもあるシダ植物や、棘だらけのツル、不気味な色の花を咲かせた草が、視界を埋め尽くしている。
これでは、一歩進むだけで服がボロボロになってしまうだろう。
「……せっかくだし、使ってみるか」
俺は目の前に生い茂る、太いツルに手を伸ばした。
スキル『草むしり』。
発動の仕方は習っていないが、体の中に奇妙な感覚があった。
対象を「不要な雑草」と認識し、取り除くイメージを持つ。
「ふんっ」
俺はツルを掴んで、軽く引っぱった。
普通なら、大人の腕ほどの太さがあるツルだ。鎌や鉈を使っても切断するのに骨が折れるだろう。
だが。
ブチブチブチブチィッ!!
「……え?」
凄まじい音が響き渡った。
俺が軽く引いただけで、そのツルは地面から抵抗なく抜け――いや、抜けたなんてレベルではなかった。
視界の先、数十メートルにわたって絡み合っていたツルの群生が、まるで一本の糸だったかのように、ズルズルと連鎖して引っこ抜かれたのだ。
ドササササッ!
目の前に、山のようなツルの残骸が積み上がる。
そして、俺の前には綺麗に整地された獣道が出来上がっていた。
「……なんだこれ」
俺は自分の手を見た。
力はほとんど入れていない。
ただ、「邪魔だから退いてほしい」と思っただけだ。
《スキル『草むしり』の効果により、対象:キラーアイビー(変異種)を除草しました》
《経験値を獲得しました》
《レベルが上がりました》
頭の中に、無機質な声が響いた。
キラーアイビー?
確か、冒険者ランクC相当の魔物植物じゃなかったか?
巻き付かれたら最後、骨まで溶かして養分にされるという。
それが、こんなにあっさりと?
「ま、まあ……植物だしな。『草むしり』の対象内ってことか」
俺は気を取り直して、森の中へと進んだ。
歩くたびに、邪魔な草木を『むしる』。
太さ数メートルの巨木が道を塞いでいれば、「これは景観を損ねる雑草だ」と念じて触れるだけで、ズボォォッ! という地鳴りとともに根っこごと引っこ抜けた。
毒の沼地があれば、「苔が生えてて汚い」と手をかざせば、沼の水ごと不純物が「除草」され、透き通った真水に変わった。
《対象:ポイズントレント(Aランク)を除草しました》
《対象:カオス・スライム(Bランク)を洗浄・除草しました》
《レベルが著しく上昇しました》
「うん、快適になってきたな」
気づけば、俺が歩いた後には、王宮の庭園も裸足で逃げ出すような、美しい緑の小道が出来上がっていた。
どうやら俺のスキルは、俺が「庭の雑草(不要なもの)」と認識すれば、問答無用で排除できるらしい。
しかも、引っこ抜いた植物や魔物は、光の粒子となって消えるか、あるいはドロップアイテムのような素材に変化して残った。
「お、このキラーアイビーの繊維、すごく丈夫で柔らかいな。ベッドの材料に良さそうだ」
「こっちのトレントの木材は、いい香りがする。薪にするのは勿体ないから、家の柱にしよう」
俺は手に入れた素材を亜空間収納(インベントリ)――いつの間にか使えるようになっていた――に放り込みながら、森の奥深くへと進んだ。
そして、森の中央付近にある開けた場所に出た時だった。
ズズズズズ……ッ。
地面が大きく揺れた。
地震か?
いや、違う。
目の前の地面が隆起し、土砂を撒き散らしながら、巨大な影が姿を現したのだ。
全長二十メートルはあろうかという巨体。
岩石のような皮膚。
頭にはねじれた角が生え、その口からは灼熱の息が漏れている。
「グルルルルルルァァァァァッ!!!」
咆哮一発で、周囲の木々が薙ぎ倒される。
凄まじい風圧に、俺は手で顔を覆った。
「うわ、土埃がすごいな」
現れたのは、巨大なトカゲ――いや、どう見てもドラゴンだった。
『アースドラゴン』。
大地の魔力を食らい、その堅牢な鱗はミスリルの剣すら弾き返すという、Sランク指定の災害級魔獣だ。
ドラゴンは、自分の縄張りに侵入したちっぽけな人間を見下ろし、嘲笑うように鼻を鳴らした。
その眼光だけで、普通の人間なら恐怖で心臓が止まるだろう。
だが、俺の感想は違った。
「……なんだこのデカい雑草(害獣)は。せっかく整地したのに、また穴だらけにしやがって」
俺にとって、ここはこれからの生活拠点、いわば「庭」だ。
そこに勝手に穴を掘り、土を撒き散らす存在。
それはもはや、庭の景観を乱す「雑草」であり「害虫」と同義だった。
「グルァッ!?」
ドラゴンが首を傾げた。
目の前の人間が、自分を見ても逃げ出さず、あろうことか呆れたような顔で近づいてくることに困惑しているようだ。
俺はドラゴンの足元まで歩み寄ると、その極太の足首に手を触れた。
「ちょっと退いてくれよ。そこ、日当たりがいいからトマトを植えようと思ってたんだ」
俺はイメージする。
庭に生えた、頑固で太い雑草を引っこ抜くイメージ。
根っこから、一本残らず、綺麗さっぱりと。
スキル発動――『草むしり』。
「ギャッ!?」
ドラゴンの目が飛び出んばかりに見開かれた。
俺が足首を掴んで軽く持ち上げると、数千トンはあるはずのドラゴンの巨体が、まるで発泡スチロールのように宙に浮いたのだ。
「よい、しょっと!」
ズボォォォォォォォォォォンッ!!!
「ギ、ギャアアアアアアアアアアッ!?」
俺はそのまま、ドラゴンを空に向かって放り投げた。
いや、感覚としては「引っこ抜いた」に近い。
大地に根を張るように存在していたドラゴンの概念そのものを、この空間から「除草」したのだ。
ドラゴンは悲鳴を上げながら、空の彼方へと飛んでいき――やがてキラリと光って消えた。
《対象:アースドラゴン(Sランク)を除草しました》
《経験値を大量に獲得しました》
《称号『竜を刈り取る者』を獲得しました》
《ドロップアイテム:竜の極上肉(A5ランク)、竜の牙、竜の鱗を入手しました》
ドサッ、ドササッ。
空から、きれいに解体されたお肉の塊や、素材が降ってきた。
「おお、なんか肉が落ちてきた。……これ、食えるのかな?」
俺は落ちてきた霜降りのブロック肉を拾い上げた。
鑑定してみると、『最高級アースドラゴンのテール肉。滋養強壮に良く、焼くだけで絶品』と出た。
「ラッキーだ。今日の夕飯はステーキだな」
俺は近くにあった手頃な岩に腰掛け、魔法で火をおこすと、ドラゴン肉を焼き始めた。
ジュウウゥゥ……という食欲をそそる音と、濃厚な脂の香りが森に広がる。
一口食べると、口の中でとろけるような旨味が爆発した。
「うまっ! なんだこれ、王都の高級レストランでもこんな肉出ないぞ」
俺は夢中で肉を頬張った。
こんなに美味いものが食べられるなら、森での生活も悪くないかもしれない。
勇者パーティを追い出された時は絶望したけど、案外、俺にはこういうスローライフが向いているのかもしれないな。
誰もいない静かな森で、畑を耕し、たまに出る雑草(ドラゴン)をむしって食べる。
うん、悪くない。
「よし、明日はあっちのエリアを開拓して、小屋でも建てよう」
俺は満腹のお腹をさすりながら、星空を見上げた。
その夜、俺はふかふかの草のベッド(キラーアイビー製)で、泥のようにぐっすりと眠った。
◇
一方その頃。
俺を追放した勇者ジークたちは、王都近くの初級ダンジョンで立ち往生していた。
「おい! なんだこのイバラは! 切っても切ってもキリがないぞ!」
ジークが聖剣を振り回し、顔を真っ赤にして叫ぶ。
ダンジョンの通路を塞ぐ、無数のイバラ。
それは本来、冒険者なら誰でも対処できる程度の障害物だった。
「くそっ、私の火魔法でも焼き切れないわ! 水分を含みすぎているのよ!」
「きゃっ! 服が、服が引っかかって破けちゃう!」
賢者のレオンが焦り、聖女のミリアが悲鳴を上げる。
今まで、こうした移動の障害となる草木や障害物は、すべてノエルが移動しながら無言で処理していたのだ。
彼がいなくなって初めて、彼らは気づき始めていた。
自分たちの進む道が、なぜいつも歩きやすかったのかを。
そして、その「当たり前」が失われた時、自分たちがどれほど無力であるかを。
「ええい、ノエルの奴はどこに行ったんだ! あいつがいないと、前に進めんじゃないか!」
ジークの苛立たしい叫び声が、薄暗いダンジョンに虚しく響き渡った。
続く
王都にある冒険者ギルドの奥まった部屋、『天啓の間』。
神官がおそるおそる告げた言葉に、その場にいた全員の視線が集中する。
俺、ノエル・スプリングフィールドは、固唾を飲んでその次の言葉を待った。
「ノエル様のスキルは……『草むしり』。ランクは……測定不能(判定外)のGランク、です」
静寂が落ちた。
針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの沈黙だった。
「……は?」
誰かが間の抜けた声を上げた。
それは、俺の隣に立っていた、煌びやかな鎧に身を包んだ金髪の青年――この国の『勇者』に選ばれた、幼馴染のジークだった。
「おい神官、なんだそのふざけたスキルは。草むしり? 庭師の真似事か?」
「も、申し訳ありません勇者様! しかし、水晶にははっきりと……!」
ジークの苛立ちを含んだ声に、神官が縮み上がる。
俺はと言えば、呆然と自分の手のひらを見つめていた。
草むしり。
それが、俺の人生を決定づける天啓(スキル)だというのか。
この世界では、十五歳になると神殿でスキルを授かる儀式がある。
剣聖、賢者、聖女……強力な戦闘スキルを授かった者は、国からの支援を受け、栄光ある冒険者としての道が約束される。
特に今年は豊作だった。
幼馴染のジークは『聖剣使い』。
同じく幼馴染で聖女のミリアは『大聖女』。
俺たちと一緒にパーティを組んでいた魔法使いのレオンは『賢者』。
まさに、伝説級のパーティが誕生しようとしていた。
俺を除いて。
「ぷっ、くくく……! 草むしりだってよ! 聞いたかミリア! ノエルの奴、雑草抜き係がお似合いだって神様に言われちまったぜ!」
賢者のレオンが腹を抱えて笑い出した。
いつも俺のことを「才能がない」と見下していた彼にとって、これほど愉快なことはないのだろう。
聖女のミリアは、気まずそうに視線を逸らした。
そして、勇者のジークは――。
「……ノエル」
「あ、ああ……ジーク」
「悪いが、今日でお前をパーティから追放する」
氷のように冷たい声だった。
俺たちは物心ついた頃から一緒だった。木の枝を剣に見立てて遊び、「いつか一緒に世界を救おう」と誓い合った仲だった。
だが、聖剣に選ばれ、国から莫大な予算と名誉を与えられてからのジークは変わってしまった。
効率と成果、そして名声を何よりも重んじるようになったのだ。
「待ってくれジーク! スキルが戦闘向きじゃなくても、俺は今まで通り荷物持ちでも、料理番でもなんでもやる! 剣術だって、基礎ならお前と互角に打ち合えていただろ!?」
「それはスキルのない子供の頃の話だ」
ジークは冷徹に切り捨てた。
「これからの戦いは、魔王軍との死闘になる。Gランクの生産職、それも『草むしり』ごときがいていい戦場じゃない。お前がいるだけで、パーティの『格』が下がるんだよ」
「格、って……」
「それに、お前の分の食費や宿代も馬鹿にならない。その予算で、もっとマシなポーションを買った方が有意義だ。……わかるだろ?」
ジークの視線には、かつての友情など欠片も残っていなかった。
あるのは、不用品を見るような冷ややかな侮蔑だけ。
「……わかったよ」
俺は拳を握りしめ、唇を噛んだ。
ここで縋り付いても惨めなだけだ。
何より、幼馴染にここまで言われて、厚かましく居座るほどの図太さは俺にはなかった。
「今までありがとうな、ノエル。精々、田舎でいい野菜でも育ててくれよ。ああ、雑草抜きの手間が省けて農家には喜ばれるかもな! ははは!」
レオンの嘲笑を背に、俺はギルドを後にした。
ミリアは最後まで、俺の方を見ようとはしなかった。
◇
王都を追い出された俺は、トボトボと街道を歩いていた。
手切れ金として渡されたのは、銀貨が数枚だけ。宿に泊まれば三日と持たない。
「さて、これからどうするか……」
故郷の村には戻れない。
「勇者パーティの一員として王都に行く」と大見得を切って出てきた手前、どの面下げて帰ればいいのかわからない。
それに、噂好きな村人たちのことだ。「草むしりのスキルで追い出された」なんて知れたら、両親まで笑いものにされてしまう。
「誰もいない場所で、ひっそりと暮らすしかないか」
俺は地図を広げた。
王国の北外れ。そこには、人が寄り付かない広大な未開拓領域がある。
通称『魔の森』。
強力な魔物が生息し、生い茂る植物は毒を持ち、一度入れば二度と帰ってこられないと言われる場所だ。
「ここなら、誰にも会わずに済むだろうし……土地代もかからない」
死ぬかもしれない。
でも、勇者たちに嘲笑されながら生きるくらいなら、誰も知らない場所で野垂れ死ぬ方がマシだ。
自暴自棄に近い感情で、俺は北へと足を向けた。
◇
数日後。
俺は『魔の森』の入り口に立っていた。
「うわぁ……」
思わず声が出る。
鬱蒼と茂る木々は太陽の光を遮り、森の中は昼間でも薄暗い。
そこかしこから、得体の知れない獣の唸り声や、何かが這いずり回る音が聞こえてくる。
そして何より――。
「雑草が、酷すぎる」
俺は顔をしかめた。
道なんてものは存在しない。
人の背丈ほどもあるシダ植物や、棘だらけのツル、不気味な色の花を咲かせた草が、視界を埋め尽くしている。
これでは、一歩進むだけで服がボロボロになってしまうだろう。
「……せっかくだし、使ってみるか」
俺は目の前に生い茂る、太いツルに手を伸ばした。
スキル『草むしり』。
発動の仕方は習っていないが、体の中に奇妙な感覚があった。
対象を「不要な雑草」と認識し、取り除くイメージを持つ。
「ふんっ」
俺はツルを掴んで、軽く引っぱった。
普通なら、大人の腕ほどの太さがあるツルだ。鎌や鉈を使っても切断するのに骨が折れるだろう。
だが。
ブチブチブチブチィッ!!
「……え?」
凄まじい音が響き渡った。
俺が軽く引いただけで、そのツルは地面から抵抗なく抜け――いや、抜けたなんてレベルではなかった。
視界の先、数十メートルにわたって絡み合っていたツルの群生が、まるで一本の糸だったかのように、ズルズルと連鎖して引っこ抜かれたのだ。
ドササササッ!
目の前に、山のようなツルの残骸が積み上がる。
そして、俺の前には綺麗に整地された獣道が出来上がっていた。
「……なんだこれ」
俺は自分の手を見た。
力はほとんど入れていない。
ただ、「邪魔だから退いてほしい」と思っただけだ。
《スキル『草むしり』の効果により、対象:キラーアイビー(変異種)を除草しました》
《経験値を獲得しました》
《レベルが上がりました》
頭の中に、無機質な声が響いた。
キラーアイビー?
確か、冒険者ランクC相当の魔物植物じゃなかったか?
巻き付かれたら最後、骨まで溶かして養分にされるという。
それが、こんなにあっさりと?
「ま、まあ……植物だしな。『草むしり』の対象内ってことか」
俺は気を取り直して、森の中へと進んだ。
歩くたびに、邪魔な草木を『むしる』。
太さ数メートルの巨木が道を塞いでいれば、「これは景観を損ねる雑草だ」と念じて触れるだけで、ズボォォッ! という地鳴りとともに根っこごと引っこ抜けた。
毒の沼地があれば、「苔が生えてて汚い」と手をかざせば、沼の水ごと不純物が「除草」され、透き通った真水に変わった。
《対象:ポイズントレント(Aランク)を除草しました》
《対象:カオス・スライム(Bランク)を洗浄・除草しました》
《レベルが著しく上昇しました》
「うん、快適になってきたな」
気づけば、俺が歩いた後には、王宮の庭園も裸足で逃げ出すような、美しい緑の小道が出来上がっていた。
どうやら俺のスキルは、俺が「庭の雑草(不要なもの)」と認識すれば、問答無用で排除できるらしい。
しかも、引っこ抜いた植物や魔物は、光の粒子となって消えるか、あるいはドロップアイテムのような素材に変化して残った。
「お、このキラーアイビーの繊維、すごく丈夫で柔らかいな。ベッドの材料に良さそうだ」
「こっちのトレントの木材は、いい香りがする。薪にするのは勿体ないから、家の柱にしよう」
俺は手に入れた素材を亜空間収納(インベントリ)――いつの間にか使えるようになっていた――に放り込みながら、森の奥深くへと進んだ。
そして、森の中央付近にある開けた場所に出た時だった。
ズズズズズ……ッ。
地面が大きく揺れた。
地震か?
いや、違う。
目の前の地面が隆起し、土砂を撒き散らしながら、巨大な影が姿を現したのだ。
全長二十メートルはあろうかという巨体。
岩石のような皮膚。
頭にはねじれた角が生え、その口からは灼熱の息が漏れている。
「グルルルルルルァァァァァッ!!!」
咆哮一発で、周囲の木々が薙ぎ倒される。
凄まじい風圧に、俺は手で顔を覆った。
「うわ、土埃がすごいな」
現れたのは、巨大なトカゲ――いや、どう見てもドラゴンだった。
『アースドラゴン』。
大地の魔力を食らい、その堅牢な鱗はミスリルの剣すら弾き返すという、Sランク指定の災害級魔獣だ。
ドラゴンは、自分の縄張りに侵入したちっぽけな人間を見下ろし、嘲笑うように鼻を鳴らした。
その眼光だけで、普通の人間なら恐怖で心臓が止まるだろう。
だが、俺の感想は違った。
「……なんだこのデカい雑草(害獣)は。せっかく整地したのに、また穴だらけにしやがって」
俺にとって、ここはこれからの生活拠点、いわば「庭」だ。
そこに勝手に穴を掘り、土を撒き散らす存在。
それはもはや、庭の景観を乱す「雑草」であり「害虫」と同義だった。
「グルァッ!?」
ドラゴンが首を傾げた。
目の前の人間が、自分を見ても逃げ出さず、あろうことか呆れたような顔で近づいてくることに困惑しているようだ。
俺はドラゴンの足元まで歩み寄ると、その極太の足首に手を触れた。
「ちょっと退いてくれよ。そこ、日当たりがいいからトマトを植えようと思ってたんだ」
俺はイメージする。
庭に生えた、頑固で太い雑草を引っこ抜くイメージ。
根っこから、一本残らず、綺麗さっぱりと。
スキル発動――『草むしり』。
「ギャッ!?」
ドラゴンの目が飛び出んばかりに見開かれた。
俺が足首を掴んで軽く持ち上げると、数千トンはあるはずのドラゴンの巨体が、まるで発泡スチロールのように宙に浮いたのだ。
「よい、しょっと!」
ズボォォォォォォォォォォンッ!!!
「ギ、ギャアアアアアアアアアアッ!?」
俺はそのまま、ドラゴンを空に向かって放り投げた。
いや、感覚としては「引っこ抜いた」に近い。
大地に根を張るように存在していたドラゴンの概念そのものを、この空間から「除草」したのだ。
ドラゴンは悲鳴を上げながら、空の彼方へと飛んでいき――やがてキラリと光って消えた。
《対象:アースドラゴン(Sランク)を除草しました》
《経験値を大量に獲得しました》
《称号『竜を刈り取る者』を獲得しました》
《ドロップアイテム:竜の極上肉(A5ランク)、竜の牙、竜の鱗を入手しました》
ドサッ、ドササッ。
空から、きれいに解体されたお肉の塊や、素材が降ってきた。
「おお、なんか肉が落ちてきた。……これ、食えるのかな?」
俺は落ちてきた霜降りのブロック肉を拾い上げた。
鑑定してみると、『最高級アースドラゴンのテール肉。滋養強壮に良く、焼くだけで絶品』と出た。
「ラッキーだ。今日の夕飯はステーキだな」
俺は近くにあった手頃な岩に腰掛け、魔法で火をおこすと、ドラゴン肉を焼き始めた。
ジュウウゥゥ……という食欲をそそる音と、濃厚な脂の香りが森に広がる。
一口食べると、口の中でとろけるような旨味が爆発した。
「うまっ! なんだこれ、王都の高級レストランでもこんな肉出ないぞ」
俺は夢中で肉を頬張った。
こんなに美味いものが食べられるなら、森での生活も悪くないかもしれない。
勇者パーティを追い出された時は絶望したけど、案外、俺にはこういうスローライフが向いているのかもしれないな。
誰もいない静かな森で、畑を耕し、たまに出る雑草(ドラゴン)をむしって食べる。
うん、悪くない。
「よし、明日はあっちのエリアを開拓して、小屋でも建てよう」
俺は満腹のお腹をさすりながら、星空を見上げた。
その夜、俺はふかふかの草のベッド(キラーアイビー製)で、泥のようにぐっすりと眠った。
◇
一方その頃。
俺を追放した勇者ジークたちは、王都近くの初級ダンジョンで立ち往生していた。
「おい! なんだこのイバラは! 切っても切ってもキリがないぞ!」
ジークが聖剣を振り回し、顔を真っ赤にして叫ぶ。
ダンジョンの通路を塞ぐ、無数のイバラ。
それは本来、冒険者なら誰でも対処できる程度の障害物だった。
「くそっ、私の火魔法でも焼き切れないわ! 水分を含みすぎているのよ!」
「きゃっ! 服が、服が引っかかって破けちゃう!」
賢者のレオンが焦り、聖女のミリアが悲鳴を上げる。
今まで、こうした移動の障害となる草木や障害物は、すべてノエルが移動しながら無言で処理していたのだ。
彼がいなくなって初めて、彼らは気づき始めていた。
自分たちの進む道が、なぜいつも歩きやすかったのかを。
そして、その「当たり前」が失われた時、自分たちがどれほど無力であるかを。
「ええい、ノエルの奴はどこに行ったんだ! あいつがいないと、前に進めんじゃないか!」
ジークの苛立たしい叫び声が、薄暗いダンジョンに虚しく響き渡った。
続く
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彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
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