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第2話 神様から最強の力を貰いましたが使い道がありません
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翌朝、亮は鳥の鳴き声で目を覚ました。窓の外には青い空が広がり、二つの月はすでに姿を消している。ベッドから起き上がり、体を伸ばす。昨日と同じく、疲れはまったく感じない。むしろ、体の隅々までエネルギーが満ちているような感覚があった。
「さて、今日も仕事か」
村長から与えられた小さな家の階段を降り、外に出る。朝露に濡れた草の上を歩き、村の中心にある広場へ向かう。すでに何人かの村人が朝の仕事を始めていた。
「おはよう、佐藤さん!」
食堂で働いていたリナが、籠にパンを詰めながら明るく声をかけてくる。その隣には、昨日案内してくれた兵士のマルクも立っていた。
「おはようございます。今日はどんなお手伝いが必要ですか?」
「実はな、佐藤」とマルクが少し難しい表情で口を開く。「昨夜、村の外れにある畑が荒らされたんだ。どうやら、夜行性のモンスター、『ノーブルラビット』の仕業らしい」
「ノーブルラビット? ウサギみたいなやつですか?」
「そうだ。見た目は可愛いが、群れで行動し、鋭い牙で作物を食い荒らす厄介者だ。通常なら一人の兵士で追い払える程度の弱い魔物だが……」
マルクは言葉を濁す。
「どうかしたんですか?」
「実は、昨日から村の主力の兵士二人が王都への用事で不在なんだ。俺一人では、村の警備とモンスター退治を同時に行うのが難しい。できれば、佐藤に手伝ってほしいんだが……戦闘経験はないと言っていたな?」
亮は少し考えた。地球では喧嘩すらしたことがない。ましてやモンスターと戦うなんて、想像もつかない。
「でも、佐藤さん力持ちだし、大丈夫だと思うよ!」とリナが元気に言う。「それに、ノーブルラビットは本当に弱いモンスターなんだ。牙はあるけど、人間を襲うことはほとんどないし」
「そうなのか……」
「そうだ。俺が先導する。佐藤は後ろから様子を見るだけでいい。危険を感じたらすぐに逃げてくれ。その力持ちの脚なら、あのウサギどもより速く走れるはずだ」
マルクの言葉に、亮は軽く頷いた。村人たちに親切にしてもらった恩返しにもなる。それに、本当に危険なら逃げればいいだけだ。
「わかりました。手伝います」
「ありがとう。では、準備を整えて村の外れへ行こう」
マルクは腰に剣を差し、亮に代わりに木の棒を一本渡した。
「これがお前の武器だ。殴るより、突くほうが効果的だ。ノーブルラビットは鼻先を突かれると驚いて逃げる習性がある」
「了解です」
三人で村を抜け、街道を少し歩いた先にある畑へ向かう。朝日が昇り、金色の光が広がる草原。どこか地球の田舎を思わせるのどかな風景だが、空に浮かぶ二つの月の記憶が、ここが異世界であることを思い出させる。
畑に近づくと、荒らされた跡がはっきりと見て取れた。作物が根こそぎ引き抜かれ、土が無造作に掘り返されている。そして、その跡の先に、十匹ほどのウサギがいた。
しかし、それは地球のウサギとは明らかに違っていた。体長は一メートル近くあり、耳はピンと立ち、目は赤く光っている。そして、口元からは鋭い牙が二本、にゅっと飛び出していた。
「あれがノーブルラビットか……可愛いとは言い難いな」
「見た目はともかく、本当に弱い。俺が正面からおびき寄せている間に、佐藤は後ろに回って退路を塞いでくれ。逃げ道を塞げば、おのずと森の方へ逃げていく」
「わかりました」
マルクが剣を抜き、ゆっくりとウサギたちに近づいていく。ウサギたちは警戒しながらも、人間に向かって低い唸り声を上げる。
「こっちだ、小僧ども!」
マルクが剣を振って威嚇すると、ウサギの群れは一斉に跳躍し、マルクに向かって突進してきた。意外な速さだ。マルクは構えていた剣で一匹を薙ぎ払い、もう一匹の牙をかわす。
「佐藤、今だ! 後ろへ回れ!」
亮は言われた通り、畑の端を回ってウサギたちの後ろへ回り込む。しかし、その瞬間、一匹のウサギが亮に気づき、鋭い目でこちらを睨んできた。
「わっ!」
反射的に木の棒を構える。ウサギは跳躍し、亮の顔面めがけて牙を向けてきた。時間の流れがゆっくりになるような感覚。咄嗟に、棒でウサギの鼻先を突く。
ゴツン――
という鈍い音がした。
ウサギは空中でぴたりと動きを止め、そのまま地面に落ちた。ぴくりとも動かない。
「し、死んだ……?」
亮は青ざめて棒から手を離す。殺してしまった。生き物を殺してしまった。地球では虫すら殺すのが苦手だったのに。
「佐藤、大丈夫か?」
マルクが駆け寄ってくる。他のウサギたちは森へ逃げ去ってしまっていた。
「こ、これは……俺が……」
「いや、違う。見てみろ」
マルクが地面に落ちたウサギの体をひっくり返す。そこには、額に小さな石がめり込んでいた。血がにじんでいる。
「これは……石?」
「ああ。お前が棒で突いた瞬間、俺が投げた石がこいつの額に当たったんだ。偶然が重なっただけだ。気にするな」
マルクはそう言って、ウサギの死骸を拾い上げる。
「ノーブルラビット一匹の毛皮と肉は、村の食堂で十分な食料になる。お前の手柄だよ、佐藤」
「でも、俺が殺したわけじゃないですよね? ただ棒を突き出しただけです」
「戦いとはそういうものだ。直接手を下さなくとも、お前の行動が結果を生んだ。それが戦場というものさ」
マルクの言葉に、亮は複雑な気持ちになる。でも、少なくとも自分が直接殺したわけではないという事実は、少し心を軽くしてくれた。
「それにしても……お前の反応、速かったな。普通の人間なら、あんな飛び込みに反応できないぞ」
「え? そうでしょうか? ただ、咄嗟に動いただけですけど……」
「いや、速かった。まるで、最初からウサギの動きを読んでいたかのようだった」
亮は自分の手を見つめる。確かに、ウサギが跳躍した瞬間、その軌道がはっきりと見えたような気がする。時間がゆっくりに感じられたのも気のせいではないかもしれない。
「不思議だな……」
「何がだ?」
「いや、なんでもないです」
村に戻り、食堂で朝食を食べながら、亮は考えていた。昨日からずっと、違和感がある。疲れを感じない。重い物が軽々と持てる。ウサギの動きがスローモーションに見えた。これらはすべて、偶然なのだろうか?
「ねえ、佐藤さん」
リナがスープの入った器を運びながら話しかけてくる。
「村に来て二日目だけど、どう? この世界、気に入ってくれた?」
「え? あ、うん。みんな優しいし、空気も綺麗だし……悪くないです」
「よかった。実はね、佐藤さんみたいな『神々の導き』で来た人、十年前にも一人いたんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。その人はね、すごい魔法使いだったんだ。村のため、国のため、たくさん貢献して、今じゃ王都で大役人になってるんだって」
「魔法使い……か」
亮は自分の掌を見つめる。魔法なんて使える気はしない。せいぜい、ちょっと運動神経が良くなった程度だ。
「でも、佐藤さんはまだ自分の才能に気づいてないだけかもね。神様が『絶対無双』って言ったんでしょ? きっとすごい力を持ってるはずだよ」
「絶対無双……でも、俺には何もわからないんだよな。力の使い方も、どこまでが普通なのかも」
「なら、試してみればいいんじゃない?」
「試す?」
「うん。冒険者ギルドに行けば、いろいろ試せるよ。魔力測定とか、身体能力測定とか。それに、依頼を受ければ、自分の力がどの程度かわかるかもしれないし」
「冒険者ギルド……」
聞いたことはある。ファンタジー作品でおなじみの組織だ。依頼を受けて魔物を退治したり、護衛をしたりする冒険者が所属している。
「リバービュー村には小さな支部しかないけど、王都に行けば大きなギルドがあるよ。マルクさんも時々、王都のギルドに依頼を出しに行くんだって」
「そうなんだ……」
亮は考え込んだ。確かに、自分の力が何かを知るには、専門の機関で測定してもらうのが一番かもしれない。それに、このまま村で雑用を続けるのもいいが、せっかく異世界に来たのだから、もっといろいろな経験をしてみたい気もする。
「ありがとう、リナさん。冒険者ギルド、調べてみます」
「うん! 応援してるよ、佐藤さん!」
リナはにっこり笑って、次の客のところへと歩いていった。
その日の午後、亮は村長の家を訪ねた。
「村長、ちょっと相談があるんですが……」
暖炉の前で編み物をしていた村長は、優しげな目で亮を見つめる。
「おお、佐藤くん。どうしたんだ?」
「実は、自分の力が何かを知りたくて……冒険者ギルドに行ってみたいと思っているんですが、可能でしょうか?」
村長はしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
「ギルドか……確かに、お前の力を知るには良い方法かもしれないな。リバービュー村の支部は小さいが、王都のギルドならいろいろと測定もできるだろう」
「王都まで行く必要があるんですか?」
「いや、まずは村の支部で十分だろう。そこの長、グレイブという男がな、なかなかの目利きなんだ。お前の素質を見抜いてくれるはずだ」
「ありがとうございます。では、村のギルドに行ってみます」
「ああ。ただし、一つ忠告を。ギルドにはいろいろな人間がいる。中には、お前の素質を妬んで邪魔をしようとする者もいるかもしれない。気をつけるんだぞ」
「わかりました」
村長の忠告に感謝し、亮は村の外れにある冒険者ギルドへと向かった。木造の二階建ての建物で、看板には剣と盾が交差したマークが描かれている。中に入ると、十人ほどの男女がテーブルに座り、酒を飲みながら談笑していた。皆、鎧や革の服を着ており、腰には剣や斧を下げている。本物の冒険者たちだ。
「新人か?」
カウンターの向こうから、髭面の男が声をかけてきた。年齢は四十代後半くらいだろうか。左目に傷跡があり、いかにも歴戦の冒険者という風貌だ。
「あの、村長のハインリヒさんに勧められて来ました。自分の力が何かを知りたくて……」
「力の測定か。なら、まずは登録からだな。名前は?」
「佐藤亮です」
「サトウ・リョウ……か。変わった名前だな。よし、まずは魔力測定から行こう」
男――グレイブは、カウンターの奥から水晶のような石を取り出す。
「この石に手をかざせ。魔力があれば、石が光る」
亮は言われた通り、石に手をかざす。しばらく待つが、石はまったく光らない。
「……光りませんね」
「魔力なし、か。では、次は身体能力だ」
グレイブは外へ出るよう促し、ギルドの裏手にある訓練場へと案内する。そこには的や木人、走るコースなどが用意されていた。
「まずは走力。あの旗まで全力で走れ」
百メートルほど先に立てられた旗を目指し、亮は走り出す。風を切る感覚。足が地面を蹴るたびに、驚くほど体が前に進む。あっという間に旗に到達し、振り返る。
「……どうでしたか?」
グレイブは時計のような道具を見つめ、目を見開いていた。
「十秒……だと? 百メートルを十秒で走ったのか?」
「え? 早い方ですか?」
「早いどころか、王都の騎士団の精鋭でも十五秒はかかる距離だぞ? お前、本当に素人か?」
「はい。地球という星から来ました」
「地球……聞いたことのない星だな。では、次は腕力だ」
グレイブは木人に拳を叩き込むよう指示する。亮は軽く構え、拳を繰り出す。
ドンッ――
という鈍い音と共に、木人の頭部が粉々に砕け散った。腕に衝撃はまったく感じない。
「……これは」
グレイブがゆっくりと近づき、粉々になった木人の残骸を拾い上げる。
「この木人は、オークの木で作られている。普通の冒険者なら、斧でようやく傷が付く程度の硬さだ。それを素手で……」
「すみません、壊してしまって……」
「いや、謝ることはない。これは……すごい素質だ。お前、本当に自分の力に気づいていないのか?」
「え? ただ、普通に拳を出しただけですけど……」
グレイブはしばらく亮の顔をじっと見つめた後、深いため息をついた。
「佐藤亮。お前はおそらく、この世界でもトップクラスの身体能力を持っている。走力、腕力、反応速度――すべてが規格外だ。だが、お前自身がそれを自覚していない。不思議な話だ」
「神様が『絶対無双の力』を授けたと言っていたんですが……それがこれなんでしょうか?」
「絶対無双……か。なるほど、そういうことか」
グレイブは何かを悟ったように頷く。
「おそらく、お前の力は『無自覚』という形で発動しているのだろう。危険を感じた瞬間、あるいは必要と感じた瞬間、無意識のうちに最適な力が発揮される。だから、お前自身は『普通にやっただけ』と感じる。だが、その『普通』が、常人には到底真似できないレベルなのだ」
「そんな……」
「信じられないかもしれないが、事実だ。お前は今、この村で雑用をしているが、その力を使えば、王都でも一目置かれる存在になれる。いや、それどころか……」
グレイブは言葉を濁す。
「とにかく、まずは冒険者として登録するか? 最初は雑用の依頼から始めるといい。徐々に自分の力に気づいていくはずだ」
「……わかりました。登録します」
グレイブは書類を取り出し、亮の情報を記入していく。名前、年齢、出身地。職業欄には「無職」と書かれる。
「とりあえず、ランクは最低の『ブロンズ』からだ。実績を積めば、シルバー、ゴールド、プラチナと上がっていく」
「ブロンズ……ですか」
「気にするな。皆、そこから始める。お前なら、すぐにランクを上げられるだろう」
グレイブは笑みを浮かべ、一枚の金属製のプレートを渡す。上面には剣と盾のマークと、「佐藤亮 ブロンズ」と刻まれていた。
「これがお前の冒険者証だ。依頼を受けるとき、酒場に入るとき、いろいろな場面で必要になる。無くすなよ」
「ありがとうございます」
プレートを手に取り、じっと見つめる。これが、異世界での自分の新たな身分証。サラリーマンから冒険者へ。人生の転機だ。
「さて、ちょうど良い依頼がある。受けてみないか?」
グレイブが掲示板を指差す。そこにはたくさんの紙が貼られており、その一つに「ゴミ掃除」と書かれていた。
「村の外れにある古い井戸の掃除だ。落ち葉やゴミを片付けるだけの簡単な仕事。報酬は銀貨五枚。初心者向けだ」
「銀貨五枚……どのくらいの価値ですか?」
「食堂で三日間、三食食べられるくらいだな」
「わかりました。受けます」
「よし。井戸は村を出て東へ三十分ほど歩いた森の入り口にある。気をつけて行け」
亮は冒険者証をポケットにしまい、村を出る。東へ向かい、街道を外れて森の小道を進んでいく。鳥の声が響き、木漏れ日が地面に斑模様を作っている。のどかな風景だが、どこか不気味な雰囲気も感じられた。
三十分ほど歩くと、確かに古い井戸が見えてきた。石造りで、かなり年季が入っている。周囲には落ち葉が積もり、ゴミも散らばっている。
「これが依頼の井戸か……」
手袋をはめ、落ち葉をかき集め始める。単純作業だが、地球でのデスクワークよりはずっと気持ちが良い。体を動かすのは悪くない。
ゴミを拾い、落ち葉をまとめ、井戸の周りをきれいにしていく。一時間ほど作業したところで、井戸の中からかすかな水音が聞こえてきた。
「水が湧いてるのか……」
井戸の中を覗き込む。暗くてよく見えない。石を一つ投げ入れると、しばらくしてポチャンという音がした。かなり深いようだ。
「このくらいきれいになれば十分かな」
作業を終え、村へ戻ろうとしたその時だった。
井戸の中から、かすかな光が漏れてきた。最初は気のせいだと思ったが、確かに青白い光が、井戸の底からじわりじわりと立ち上っている。
「なんだ、あれ……」
不思議に思い、再び井戸を覗き込む。光は次第に強まり、やがて井戸の縁まで到達する。そして、光の中から、小さな生物が現れた。
それは、羽の生えた小さなドラゴンのような姿をしていた。体長は二十センチほど。全身が青く光り、大きな目がきょろきょろと周囲を見回している。
「き、君は……」
小さなドラゴンは亮を見つめ、ふわりと空中に浮かび上がった。そして、小さな声で話し始めた。
「あら? あなた、人間? でも、なんか……違う匂いがするわね」
「え? 話せるの? 君は……」
「私はリトプスよ。この井戸の守り主。千年に一度、井戸の水が満ちる時に目覚めるの」
「千年に一度……じゃあ、俺が掃除したから目覚めたとか?」
「そうね。井戸が汚れていては、私は目覚められないもの。ありがとう、人間さん」
リトプスはくるくると空中を舞い、亮の周りを飛び回る。
「でも、あなた……本当に不思議な人ね。この世界の法則に縛られていない感じがするわ。まるで、世界そのものより上位の存在みたい」
「上位の存在……? 俺はただの無職ですよ?」
「ふーん……無自覚なのね。面白いわ」
リトプスは亮の肩にちょこんと止まる。
「ねえ、これからどうするの? この村にずっといるつもり?」
「いや、まだわからないです。とりあえず、冒険者として活動して、自分の力が何かを知りたいと思っています」
「力……か。あなたの場合、力を使うより、『使わない』ことを学んだほうがいいかもね」
「使わない?」
「そう。あなたの力は……あまりにも大きすぎるの。使い方を間違えれば、この世界ごと壊してしまうかもしれないわ」
リトプスの言葉に、亮は思わず笑ってしまった。
「そんな大げさな。俺はただの普通の人間ですよ? 昨日も今日も、雑用しかしてませんし」
「ふふ、そうね。あなたにはまだわからないわ。でも、その無自覚さが、あなたを守っているのかもしれない」
リトプスはふわりと飛び立ち、井戸の方へ戻ろうとする。
「ねえ、リトプスさん」
「なあに?」
「もしよかったら、しばらく一緒にいてくれませんか? この世界のこと、いろいろ教えてほしいんです」
リトプスはしばらく考え込んだ後、にっこりと笑った。
「いいわよ。千年ぶりの目覚めだし、ちょっとくらい遊んでもいいかしら。でも、一つ条件があるわ」
「なんですか?」
「私のことは、他の誰にも言わないこと。特に、魔法使いや神官には絶対に見つからないようにしてね。彼らは私を捕まえて、力を使おうとするから」
「わかりました。秘密にします」
「約束よ」
リトプスは再び亮の肩に止まり、小さな体を丸めて休むように目を閉じた。
「さて、村に戻りましょうか」
亮は井戸の掃除を終え、リトプスを肩に乗せたまま村へと戻った。帰り道、リトプスは時々目を覚まし、この世界の不思議な植物や動物について教えてくれた。亮は初めて知る異世界の知識に、次第に引き込まれていく。
村に戻り、ギルドで依頼の完了報告をする。
「おお、無事に終わったか。井戸の掃除、どうだった?」
「はい。きれいになりました」
「よし。では、報酬の銀貨五枚だ」
グレイブから硬貨を受け取り、ポケットにしまう。初めての収入。額は小さいが、自分で働いて得たお金という実感があった。
「ところで、佐藤」
グレイブが少し表情を曇らせる。
「王都から使者が来た。近々、隣国の王女がこの国を訪問するらしい。その警備のため、王都の騎士団が各地の村から優秀な人材を募集しているそうだ」
「王女の訪問……ですか」
「ああ。お前のような素質があれば、推薦してもいい。王都に行けば、もっと大きな舞台で活躍できるかもしれない」
「王都……」
亮は肩のリトプスに目を向ける。小さなドラゴンはぴくりとも動かないふりをしているが、耳をぴんと立てて会話を聞いているのがわかった。
「……考えてみます」
「無理にとは言わん。だが、お前の力はこの小さな村に留めておくには惜しい。いずれは、もっと大きな世界で羽ばたいていくべき人間だ」
グレイブの言葉に、亮は複雑な気持ちになる。地球では、自分の居場所を見つけるのに苦労した。会社でも家庭でも、どこか自分が場違いな気がしていた。この異世界で、本当に自分の居場所を見つけられるのだろうか。
その夜、村長から借りた家の二階で、亮はベッドに横たわっていた。肩にはリトプスが丸くなって眠っている。
「ねえ、リトプスさん」
「……ふにゃ?」
「この世界で、俺はどんな風に生きていけばいいんでしょうか」
リトプスは目を細め、小さな声で囁く。
「あなたは……ただ、あなたらしく生きればいいのよ。力を使おうとしなくても、あなたの存在そのものが、この世界を変えていくわ。だから、悩まなくていいの。自然体でいれば、きっとうまくいくわ」
「自然体で……か」
「そう。あなたはすでに最強なんだから。あとは、それに気づくだけよ……」
リトプスの声は次第に小さくなり、再び深い眠りに落ちていく。亮は窓の外に浮かぶ二つの月を見つめ、静かに目を閉じた。
最強。その言葉の重みを、まだまったく理解していなかった。
(続く)
「さて、今日も仕事か」
村長から与えられた小さな家の階段を降り、外に出る。朝露に濡れた草の上を歩き、村の中心にある広場へ向かう。すでに何人かの村人が朝の仕事を始めていた。
「おはよう、佐藤さん!」
食堂で働いていたリナが、籠にパンを詰めながら明るく声をかけてくる。その隣には、昨日案内してくれた兵士のマルクも立っていた。
「おはようございます。今日はどんなお手伝いが必要ですか?」
「実はな、佐藤」とマルクが少し難しい表情で口を開く。「昨夜、村の外れにある畑が荒らされたんだ。どうやら、夜行性のモンスター、『ノーブルラビット』の仕業らしい」
「ノーブルラビット? ウサギみたいなやつですか?」
「そうだ。見た目は可愛いが、群れで行動し、鋭い牙で作物を食い荒らす厄介者だ。通常なら一人の兵士で追い払える程度の弱い魔物だが……」
マルクは言葉を濁す。
「どうかしたんですか?」
「実は、昨日から村の主力の兵士二人が王都への用事で不在なんだ。俺一人では、村の警備とモンスター退治を同時に行うのが難しい。できれば、佐藤に手伝ってほしいんだが……戦闘経験はないと言っていたな?」
亮は少し考えた。地球では喧嘩すらしたことがない。ましてやモンスターと戦うなんて、想像もつかない。
「でも、佐藤さん力持ちだし、大丈夫だと思うよ!」とリナが元気に言う。「それに、ノーブルラビットは本当に弱いモンスターなんだ。牙はあるけど、人間を襲うことはほとんどないし」
「そうなのか……」
「そうだ。俺が先導する。佐藤は後ろから様子を見るだけでいい。危険を感じたらすぐに逃げてくれ。その力持ちの脚なら、あのウサギどもより速く走れるはずだ」
マルクの言葉に、亮は軽く頷いた。村人たちに親切にしてもらった恩返しにもなる。それに、本当に危険なら逃げればいいだけだ。
「わかりました。手伝います」
「ありがとう。では、準備を整えて村の外れへ行こう」
マルクは腰に剣を差し、亮に代わりに木の棒を一本渡した。
「これがお前の武器だ。殴るより、突くほうが効果的だ。ノーブルラビットは鼻先を突かれると驚いて逃げる習性がある」
「了解です」
三人で村を抜け、街道を少し歩いた先にある畑へ向かう。朝日が昇り、金色の光が広がる草原。どこか地球の田舎を思わせるのどかな風景だが、空に浮かぶ二つの月の記憶が、ここが異世界であることを思い出させる。
畑に近づくと、荒らされた跡がはっきりと見て取れた。作物が根こそぎ引き抜かれ、土が無造作に掘り返されている。そして、その跡の先に、十匹ほどのウサギがいた。
しかし、それは地球のウサギとは明らかに違っていた。体長は一メートル近くあり、耳はピンと立ち、目は赤く光っている。そして、口元からは鋭い牙が二本、にゅっと飛び出していた。
「あれがノーブルラビットか……可愛いとは言い難いな」
「見た目はともかく、本当に弱い。俺が正面からおびき寄せている間に、佐藤は後ろに回って退路を塞いでくれ。逃げ道を塞げば、おのずと森の方へ逃げていく」
「わかりました」
マルクが剣を抜き、ゆっくりとウサギたちに近づいていく。ウサギたちは警戒しながらも、人間に向かって低い唸り声を上げる。
「こっちだ、小僧ども!」
マルクが剣を振って威嚇すると、ウサギの群れは一斉に跳躍し、マルクに向かって突進してきた。意外な速さだ。マルクは構えていた剣で一匹を薙ぎ払い、もう一匹の牙をかわす。
「佐藤、今だ! 後ろへ回れ!」
亮は言われた通り、畑の端を回ってウサギたちの後ろへ回り込む。しかし、その瞬間、一匹のウサギが亮に気づき、鋭い目でこちらを睨んできた。
「わっ!」
反射的に木の棒を構える。ウサギは跳躍し、亮の顔面めがけて牙を向けてきた。時間の流れがゆっくりになるような感覚。咄嗟に、棒でウサギの鼻先を突く。
ゴツン――
という鈍い音がした。
ウサギは空中でぴたりと動きを止め、そのまま地面に落ちた。ぴくりとも動かない。
「し、死んだ……?」
亮は青ざめて棒から手を離す。殺してしまった。生き物を殺してしまった。地球では虫すら殺すのが苦手だったのに。
「佐藤、大丈夫か?」
マルクが駆け寄ってくる。他のウサギたちは森へ逃げ去ってしまっていた。
「こ、これは……俺が……」
「いや、違う。見てみろ」
マルクが地面に落ちたウサギの体をひっくり返す。そこには、額に小さな石がめり込んでいた。血がにじんでいる。
「これは……石?」
「ああ。お前が棒で突いた瞬間、俺が投げた石がこいつの額に当たったんだ。偶然が重なっただけだ。気にするな」
マルクはそう言って、ウサギの死骸を拾い上げる。
「ノーブルラビット一匹の毛皮と肉は、村の食堂で十分な食料になる。お前の手柄だよ、佐藤」
「でも、俺が殺したわけじゃないですよね? ただ棒を突き出しただけです」
「戦いとはそういうものだ。直接手を下さなくとも、お前の行動が結果を生んだ。それが戦場というものさ」
マルクの言葉に、亮は複雑な気持ちになる。でも、少なくとも自分が直接殺したわけではないという事実は、少し心を軽くしてくれた。
「それにしても……お前の反応、速かったな。普通の人間なら、あんな飛び込みに反応できないぞ」
「え? そうでしょうか? ただ、咄嗟に動いただけですけど……」
「いや、速かった。まるで、最初からウサギの動きを読んでいたかのようだった」
亮は自分の手を見つめる。確かに、ウサギが跳躍した瞬間、その軌道がはっきりと見えたような気がする。時間がゆっくりに感じられたのも気のせいではないかもしれない。
「不思議だな……」
「何がだ?」
「いや、なんでもないです」
村に戻り、食堂で朝食を食べながら、亮は考えていた。昨日からずっと、違和感がある。疲れを感じない。重い物が軽々と持てる。ウサギの動きがスローモーションに見えた。これらはすべて、偶然なのだろうか?
「ねえ、佐藤さん」
リナがスープの入った器を運びながら話しかけてくる。
「村に来て二日目だけど、どう? この世界、気に入ってくれた?」
「え? あ、うん。みんな優しいし、空気も綺麗だし……悪くないです」
「よかった。実はね、佐藤さんみたいな『神々の導き』で来た人、十年前にも一人いたんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。その人はね、すごい魔法使いだったんだ。村のため、国のため、たくさん貢献して、今じゃ王都で大役人になってるんだって」
「魔法使い……か」
亮は自分の掌を見つめる。魔法なんて使える気はしない。せいぜい、ちょっと運動神経が良くなった程度だ。
「でも、佐藤さんはまだ自分の才能に気づいてないだけかもね。神様が『絶対無双』って言ったんでしょ? きっとすごい力を持ってるはずだよ」
「絶対無双……でも、俺には何もわからないんだよな。力の使い方も、どこまでが普通なのかも」
「なら、試してみればいいんじゃない?」
「試す?」
「うん。冒険者ギルドに行けば、いろいろ試せるよ。魔力測定とか、身体能力測定とか。それに、依頼を受ければ、自分の力がどの程度かわかるかもしれないし」
「冒険者ギルド……」
聞いたことはある。ファンタジー作品でおなじみの組織だ。依頼を受けて魔物を退治したり、護衛をしたりする冒険者が所属している。
「リバービュー村には小さな支部しかないけど、王都に行けば大きなギルドがあるよ。マルクさんも時々、王都のギルドに依頼を出しに行くんだって」
「そうなんだ……」
亮は考え込んだ。確かに、自分の力が何かを知るには、専門の機関で測定してもらうのが一番かもしれない。それに、このまま村で雑用を続けるのもいいが、せっかく異世界に来たのだから、もっといろいろな経験をしてみたい気もする。
「ありがとう、リナさん。冒険者ギルド、調べてみます」
「うん! 応援してるよ、佐藤さん!」
リナはにっこり笑って、次の客のところへと歩いていった。
その日の午後、亮は村長の家を訪ねた。
「村長、ちょっと相談があるんですが……」
暖炉の前で編み物をしていた村長は、優しげな目で亮を見つめる。
「おお、佐藤くん。どうしたんだ?」
「実は、自分の力が何かを知りたくて……冒険者ギルドに行ってみたいと思っているんですが、可能でしょうか?」
村長はしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
「ギルドか……確かに、お前の力を知るには良い方法かもしれないな。リバービュー村の支部は小さいが、王都のギルドならいろいろと測定もできるだろう」
「王都まで行く必要があるんですか?」
「いや、まずは村の支部で十分だろう。そこの長、グレイブという男がな、なかなかの目利きなんだ。お前の素質を見抜いてくれるはずだ」
「ありがとうございます。では、村のギルドに行ってみます」
「ああ。ただし、一つ忠告を。ギルドにはいろいろな人間がいる。中には、お前の素質を妬んで邪魔をしようとする者もいるかもしれない。気をつけるんだぞ」
「わかりました」
村長の忠告に感謝し、亮は村の外れにある冒険者ギルドへと向かった。木造の二階建ての建物で、看板には剣と盾が交差したマークが描かれている。中に入ると、十人ほどの男女がテーブルに座り、酒を飲みながら談笑していた。皆、鎧や革の服を着ており、腰には剣や斧を下げている。本物の冒険者たちだ。
「新人か?」
カウンターの向こうから、髭面の男が声をかけてきた。年齢は四十代後半くらいだろうか。左目に傷跡があり、いかにも歴戦の冒険者という風貌だ。
「あの、村長のハインリヒさんに勧められて来ました。自分の力が何かを知りたくて……」
「力の測定か。なら、まずは登録からだな。名前は?」
「佐藤亮です」
「サトウ・リョウ……か。変わった名前だな。よし、まずは魔力測定から行こう」
男――グレイブは、カウンターの奥から水晶のような石を取り出す。
「この石に手をかざせ。魔力があれば、石が光る」
亮は言われた通り、石に手をかざす。しばらく待つが、石はまったく光らない。
「……光りませんね」
「魔力なし、か。では、次は身体能力だ」
グレイブは外へ出るよう促し、ギルドの裏手にある訓練場へと案内する。そこには的や木人、走るコースなどが用意されていた。
「まずは走力。あの旗まで全力で走れ」
百メートルほど先に立てられた旗を目指し、亮は走り出す。風を切る感覚。足が地面を蹴るたびに、驚くほど体が前に進む。あっという間に旗に到達し、振り返る。
「……どうでしたか?」
グレイブは時計のような道具を見つめ、目を見開いていた。
「十秒……だと? 百メートルを十秒で走ったのか?」
「え? 早い方ですか?」
「早いどころか、王都の騎士団の精鋭でも十五秒はかかる距離だぞ? お前、本当に素人か?」
「はい。地球という星から来ました」
「地球……聞いたことのない星だな。では、次は腕力だ」
グレイブは木人に拳を叩き込むよう指示する。亮は軽く構え、拳を繰り出す。
ドンッ――
という鈍い音と共に、木人の頭部が粉々に砕け散った。腕に衝撃はまったく感じない。
「……これは」
グレイブがゆっくりと近づき、粉々になった木人の残骸を拾い上げる。
「この木人は、オークの木で作られている。普通の冒険者なら、斧でようやく傷が付く程度の硬さだ。それを素手で……」
「すみません、壊してしまって……」
「いや、謝ることはない。これは……すごい素質だ。お前、本当に自分の力に気づいていないのか?」
「え? ただ、普通に拳を出しただけですけど……」
グレイブはしばらく亮の顔をじっと見つめた後、深いため息をついた。
「佐藤亮。お前はおそらく、この世界でもトップクラスの身体能力を持っている。走力、腕力、反応速度――すべてが規格外だ。だが、お前自身がそれを自覚していない。不思議な話だ」
「神様が『絶対無双の力』を授けたと言っていたんですが……それがこれなんでしょうか?」
「絶対無双……か。なるほど、そういうことか」
グレイブは何かを悟ったように頷く。
「おそらく、お前の力は『無自覚』という形で発動しているのだろう。危険を感じた瞬間、あるいは必要と感じた瞬間、無意識のうちに最適な力が発揮される。だから、お前自身は『普通にやっただけ』と感じる。だが、その『普通』が、常人には到底真似できないレベルなのだ」
「そんな……」
「信じられないかもしれないが、事実だ。お前は今、この村で雑用をしているが、その力を使えば、王都でも一目置かれる存在になれる。いや、それどころか……」
グレイブは言葉を濁す。
「とにかく、まずは冒険者として登録するか? 最初は雑用の依頼から始めるといい。徐々に自分の力に気づいていくはずだ」
「……わかりました。登録します」
グレイブは書類を取り出し、亮の情報を記入していく。名前、年齢、出身地。職業欄には「無職」と書かれる。
「とりあえず、ランクは最低の『ブロンズ』からだ。実績を積めば、シルバー、ゴールド、プラチナと上がっていく」
「ブロンズ……ですか」
「気にするな。皆、そこから始める。お前なら、すぐにランクを上げられるだろう」
グレイブは笑みを浮かべ、一枚の金属製のプレートを渡す。上面には剣と盾のマークと、「佐藤亮 ブロンズ」と刻まれていた。
「これがお前の冒険者証だ。依頼を受けるとき、酒場に入るとき、いろいろな場面で必要になる。無くすなよ」
「ありがとうございます」
プレートを手に取り、じっと見つめる。これが、異世界での自分の新たな身分証。サラリーマンから冒険者へ。人生の転機だ。
「さて、ちょうど良い依頼がある。受けてみないか?」
グレイブが掲示板を指差す。そこにはたくさんの紙が貼られており、その一つに「ゴミ掃除」と書かれていた。
「村の外れにある古い井戸の掃除だ。落ち葉やゴミを片付けるだけの簡単な仕事。報酬は銀貨五枚。初心者向けだ」
「銀貨五枚……どのくらいの価値ですか?」
「食堂で三日間、三食食べられるくらいだな」
「わかりました。受けます」
「よし。井戸は村を出て東へ三十分ほど歩いた森の入り口にある。気をつけて行け」
亮は冒険者証をポケットにしまい、村を出る。東へ向かい、街道を外れて森の小道を進んでいく。鳥の声が響き、木漏れ日が地面に斑模様を作っている。のどかな風景だが、どこか不気味な雰囲気も感じられた。
三十分ほど歩くと、確かに古い井戸が見えてきた。石造りで、かなり年季が入っている。周囲には落ち葉が積もり、ゴミも散らばっている。
「これが依頼の井戸か……」
手袋をはめ、落ち葉をかき集め始める。単純作業だが、地球でのデスクワークよりはずっと気持ちが良い。体を動かすのは悪くない。
ゴミを拾い、落ち葉をまとめ、井戸の周りをきれいにしていく。一時間ほど作業したところで、井戸の中からかすかな水音が聞こえてきた。
「水が湧いてるのか……」
井戸の中を覗き込む。暗くてよく見えない。石を一つ投げ入れると、しばらくしてポチャンという音がした。かなり深いようだ。
「このくらいきれいになれば十分かな」
作業を終え、村へ戻ろうとしたその時だった。
井戸の中から、かすかな光が漏れてきた。最初は気のせいだと思ったが、確かに青白い光が、井戸の底からじわりじわりと立ち上っている。
「なんだ、あれ……」
不思議に思い、再び井戸を覗き込む。光は次第に強まり、やがて井戸の縁まで到達する。そして、光の中から、小さな生物が現れた。
それは、羽の生えた小さなドラゴンのような姿をしていた。体長は二十センチほど。全身が青く光り、大きな目がきょろきょろと周囲を見回している。
「き、君は……」
小さなドラゴンは亮を見つめ、ふわりと空中に浮かび上がった。そして、小さな声で話し始めた。
「あら? あなた、人間? でも、なんか……違う匂いがするわね」
「え? 話せるの? 君は……」
「私はリトプスよ。この井戸の守り主。千年に一度、井戸の水が満ちる時に目覚めるの」
「千年に一度……じゃあ、俺が掃除したから目覚めたとか?」
「そうね。井戸が汚れていては、私は目覚められないもの。ありがとう、人間さん」
リトプスはくるくると空中を舞い、亮の周りを飛び回る。
「でも、あなた……本当に不思議な人ね。この世界の法則に縛られていない感じがするわ。まるで、世界そのものより上位の存在みたい」
「上位の存在……? 俺はただの無職ですよ?」
「ふーん……無自覚なのね。面白いわ」
リトプスは亮の肩にちょこんと止まる。
「ねえ、これからどうするの? この村にずっといるつもり?」
「いや、まだわからないです。とりあえず、冒険者として活動して、自分の力が何かを知りたいと思っています」
「力……か。あなたの場合、力を使うより、『使わない』ことを学んだほうがいいかもね」
「使わない?」
「そう。あなたの力は……あまりにも大きすぎるの。使い方を間違えれば、この世界ごと壊してしまうかもしれないわ」
リトプスの言葉に、亮は思わず笑ってしまった。
「そんな大げさな。俺はただの普通の人間ですよ? 昨日も今日も、雑用しかしてませんし」
「ふふ、そうね。あなたにはまだわからないわ。でも、その無自覚さが、あなたを守っているのかもしれない」
リトプスはふわりと飛び立ち、井戸の方へ戻ろうとする。
「ねえ、リトプスさん」
「なあに?」
「もしよかったら、しばらく一緒にいてくれませんか? この世界のこと、いろいろ教えてほしいんです」
リトプスはしばらく考え込んだ後、にっこりと笑った。
「いいわよ。千年ぶりの目覚めだし、ちょっとくらい遊んでもいいかしら。でも、一つ条件があるわ」
「なんですか?」
「私のことは、他の誰にも言わないこと。特に、魔法使いや神官には絶対に見つからないようにしてね。彼らは私を捕まえて、力を使おうとするから」
「わかりました。秘密にします」
「約束よ」
リトプスは再び亮の肩に止まり、小さな体を丸めて休むように目を閉じた。
「さて、村に戻りましょうか」
亮は井戸の掃除を終え、リトプスを肩に乗せたまま村へと戻った。帰り道、リトプスは時々目を覚まし、この世界の不思議な植物や動物について教えてくれた。亮は初めて知る異世界の知識に、次第に引き込まれていく。
村に戻り、ギルドで依頼の完了報告をする。
「おお、無事に終わったか。井戸の掃除、どうだった?」
「はい。きれいになりました」
「よし。では、報酬の銀貨五枚だ」
グレイブから硬貨を受け取り、ポケットにしまう。初めての収入。額は小さいが、自分で働いて得たお金という実感があった。
「ところで、佐藤」
グレイブが少し表情を曇らせる。
「王都から使者が来た。近々、隣国の王女がこの国を訪問するらしい。その警備のため、王都の騎士団が各地の村から優秀な人材を募集しているそうだ」
「王女の訪問……ですか」
「ああ。お前のような素質があれば、推薦してもいい。王都に行けば、もっと大きな舞台で活躍できるかもしれない」
「王都……」
亮は肩のリトプスに目を向ける。小さなドラゴンはぴくりとも動かないふりをしているが、耳をぴんと立てて会話を聞いているのがわかった。
「……考えてみます」
「無理にとは言わん。だが、お前の力はこの小さな村に留めておくには惜しい。いずれは、もっと大きな世界で羽ばたいていくべき人間だ」
グレイブの言葉に、亮は複雑な気持ちになる。地球では、自分の居場所を見つけるのに苦労した。会社でも家庭でも、どこか自分が場違いな気がしていた。この異世界で、本当に自分の居場所を見つけられるのだろうか。
その夜、村長から借りた家の二階で、亮はベッドに横たわっていた。肩にはリトプスが丸くなって眠っている。
「ねえ、リトプスさん」
「……ふにゃ?」
「この世界で、俺はどんな風に生きていけばいいんでしょうか」
リトプスは目を細め、小さな声で囁く。
「あなたは……ただ、あなたらしく生きればいいのよ。力を使おうとしなくても、あなたの存在そのものが、この世界を変えていくわ。だから、悩まなくていいの。自然体でいれば、きっとうまくいくわ」
「自然体で……か」
「そう。あなたはすでに最強なんだから。あとは、それに気づくだけよ……」
リトプスの声は次第に小さくなり、再び深い眠りに落ちていく。亮は窓の外に浮かぶ二つの月を見つめ、静かに目を閉じた。
最強。その言葉の重みを、まだまったく理解していなかった。
(続く)
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