敵を9割弱体化させていた呪術師、追放される。勇者が雑魚敵に負ける中、俺は即死チートで無双する~戻れと言われても、魔王の娘と幸せなので~

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第1話 「地味で暗い」と追放された最強のデバッファー

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「悪いがクロウ、お前は今日でクビだ」

王都へ帰還する道中、最後の野営地となる森の中で、勇者カイルは焚き火の明かりに照らされたその端整な顔を歪め、冷淡に言い放った。

突然の宣告だった。
だが、言われた俺――呪術師のクロウにとっては、心のどこかで予期していたことでもあった。

俺は焚き火にくべていた薪の手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
目の前には、この国で最強と謳われるSランクパーティー『光の剣』のメンバーたちが並んでいる。

黄金の髪に輝く聖剣を携えた勇者カイル。
慈愛の聖女として国民に愛されるアリシア。
鉄壁の防御を誇る重戦士ガンツ。
そして、天才魔法使いのリナ。

誰もが華やかで、実力も折り紙付きだ。
黒いローブに身を包み、常に顔色が悪く、目つきの悪い俺とは住む世界が違うように見えるだろう。

「……理由を聞いてもいいか?」

俺が淡々と尋ねると、カイルはフンと鼻を鳴らした。

「理由? そんなもの、お前が一番よくわかっているんじゃないか? お前は役に立っていないんだよ」

「役に立っていない、か」

「ああ、そうだ。今回の遠征でもそうだ。俺たちが必死に剣を振るい、魔法を放っている間、お前は何をしていた? 後ろの方でボソボソと気味の悪い呪文を呟いていただけじゃないか」

カイルの言葉に、重戦士のガンツが野太い声で同調する。

「全くだぜ。俺が最前線で魔物の攻撃を受け止めてるのによ、お前の援護は目に見えねぇんだ。魔法使いのリナみたいにド派手な火球を飛ばすわけでもなし、聖女のアリシアみたいに傷を癒やすわけでもなし。ただ突っ立ってるだけじゃねぇか」

「それに……生理的に無理なのよね、その陰気な雰囲気」

魔法使いのリナが、蔑むような視線を俺に投げかける。

「あんたの使う『呪術』って、見てて寒気がするのよ。敵を呪うとか、英雄である私たちには相応しくないわ。もっとこう、キラキラした魔法じゃないと」

「ふふっ、リナったら言い過ぎよ」

聖女アリシアがクスクスと笑いながら、カイルの腕に抱きついた。

「でも、カイル様の仰る通りですわ。クロウさんの魔法は効果が分かりにくいですし……それに最近、私たちのレベルも上がってきましたの。もう、クロウさんのような地味な支援職はいりませんわ。私には『全体強化(バフ)』もありますし」

聖女の言葉に、カイルは満足げに頷いた。

「そういうことだ。俺たちはこれから魔王討伐という大義に向けて、さらに上のランクを目指す。はっきり言って、お前の存在は『光の剣』の恥なんだよ。Sランクパーティーに、地味な呪術師がいるなんて噂されたら、俺たちのブランドに傷がつく」

彼らの言い分は、あまりにも一方的で、そして無知だった。
俺は小さくため息をつく。

「俺の呪術が地味で見えにくいのは認める。だが、俺は常に『災厄の呪い(カラミティ・カース)』を発動していた。あれのおかげで、お前たちは――」

「あー、もういい、もういい! 言い訳は聞きたくない!」

カイルは俺の言葉を遮り、手を振って追い払う仕草をした。

「お前のその『敵が弱くなる』とかいう呪いだろ? そんなもの、あってもなくても変わらない誤差みたいなもんだ。俺たちが強いから魔物が弱く感じる、ただそれだけのことだろ?」

「……誤差、か」

「そうだ。俺の聖剣にかかれば、どんな魔物も一撃だ。お前の呪いなんて必要ない。分かったらさっさと荷物をまとめて出ていけ。手切れ金代わりに、そこにある食料の残りはくれてやる」

地面に放り投げられたのは、数日分の硬くなったパンと干し肉が入った袋だけ。
装備や分配金の話は一切ない。
まあ、期待するだけ無駄か。

俺はゆっくりと立ち上がった。
怒りは不思議となかった。あるのは、呆れと、そして奇妙なほどの「解放感」だ。

「分かった。パーティーを抜けるよ」

「おう、やっと理解したか。せいぜい野垂れ死なないように、安全な街道を通って帰るんだな」

「忠告どうも。……最後に一つだけ言っておく」

俺は荷物を背負い、背を向けたまま彼らに告げた。

「俺の呪術は、お前たちが思っているような『微弱な支援』じゃない。それがなくなった時、後悔しないように気をつけるんだな」

「ハッ! 負け惜しみか? 惨めだなあ、おい!」

背後からカイルたちの嘲笑が聞こえてくる。
俺は振り返ることなく、闇の深い森の奥へと歩き出した。

   ◇

焚き火の明かりが見えなくなるまで歩き、俺は適当な木の下に腰を下ろした。

「……はあ、せいせいした」

口から出たのは、偽りのない本音だった。

俺の固有スキル『災厄の呪い(カラミティ・カース)』。
それは、俺を中心とした半径数百メートル以内にいる敵対存在の全ステータスを低下させる、広域常時発動型の呪術だ。

カイルたちは「誤差」だと言っていた。
「あってもなくても変わらない」と。

とんでもない勘違いだ。

俺のスキルによる低下率は、実に『90%』。
つまり、敵の攻撃力も、防御力も、俊敏性も、すべて10分の1にまで削ぎ落としていたのだ。

彼らがこれまで遭遇してきたSランクの魔物たち。
本来ならば、カイルの聖剣で一撃で倒せるような相手ではない。
ガンツの盾で無傷で受け止められるような攻撃ではない。

すべては、俺が極限まで敵を弱体化させていたからこそ成り立っていた「無双ごっこ」だったのだ。

「しかも、あのバカ勇者ときたら、俺への負担を全く考えずに突っ込むからな……」

範囲指定と敵味方識別(フレンドリーファイア)の制御には、並外れた精神集中力が必要だ。
俺が少しでも気を抜けば、その凶悪なデバフは味方にも降りかかる。
それを防ぐために、俺は常に神経をすり減らしながら、彼らの戦闘を陰から支えていたのだ。

「お前の魔法は地味だ」と言われたあの言葉を思い出す。
当然だ。
敵が弱くなる瞬間なんて、視覚的に派手なエフェクトが出るわけじゃない。
ただ、剣が通りやすくなり、敵の動きが鈍くなり、魔法が効きやすくなるだけ。
その恩恵が当たり前になりすぎて、彼らは自分たちの実力だと錯覚してしまった。

「ま、いい勉強代だと思えばいいか」

俺は乾いたパンをかじりながら、夜空を見上げた。

これで、俺は自由だ。
誰かのために神経をすり減らす必要もない。
自分の身を守るためだけに、力を使えばいい。

「……さて、と」

俺はパンを飲み込み、立ち上がった。
この森――『魔の樹海』は、夜になるとSランク相当の魔物が徘徊する危険地帯だ。
カイルたちは野営をしているが、俺は一人。
当然、魔物の標的になりやすい。

ガサリ、と茂みが揺れた。

現れたのは、巨大な狼型の魔物『シャドウウルフ』。
闇に溶け込む黒い毛並みと、鋼鉄すら噛み砕く牙を持つ、凶悪な捕食者だ。
しかも、三匹いる。

普通なら、一人で遭遇すれば絶望する状況だ。
だが、俺は動じない。

「グルルルゥ……!」

シャドウウルフたちが、獲物を見つけた喜びによだれを垂らしながら飛びかかってくる。
その速度は疾風の如く――ではない。

俺の目には、止まっているかのように遅く見えた。

「ああ、そうか」

俺は迫りくる牙を、半歩下がるだけで避けた。
そして、すれ違いざまに、その鼻先へ軽く指を触れる。

「これまでは味方を巻き込まないように『弱体化』だけに留めていたけど……一人なら、手加減はいらないんだったな」

俺の中で、リミッターが外れる音がした。

スキル発動、『腐敗の呪い』。

「ギャンッ!?」

俺が触れた瞬間、シャドウウルフの巨体がどす黒く変色した。
強靭な肉体は瞬く間に腐り落ち、骨すらも風化し、地面に落ちる前にただの灰となって崩れ去った。

残りの二匹が、空中で無理やり軌道を変えて逃げようとする。
本能で悟ったのだろう。目の前の人間が、自分たちよりも遥かに上位の捕食者であると。

「逃がすかよ。……『視線(ゲイズ)』」

俺がギロリと睨みつけると、逃げようとした二匹の動きがピタリと止まった。
空中で硬直した彼らの心臓が、俺の魔力干渉によって強制的に停止させられたのだ。

ドサッ、ドサッ。
物言わぬ肉塊となった魔物たちが地面に転がる。

「……すごいな」

自分の手を見つめる。
パーティーにいた頃は、彼らを強化するために魔力のほとんどを『災厄の呪い』の維持と制御に使っていた。
だが今は、その膨大な魔力をすべて『攻撃』への転用――すなわち、より直接的で凶悪な『死の呪い』へと回すことができる。

弱体化どころではない。
触れれば腐り、見れば死ぬ。
即死チートと呼んでも差し支えない力が、今の俺にはある。

「これなら、ここより深い層へも行けそうだな」

俺は灰となったシャドウウルフの残骸を跨ぎ、さらに森の奥へと足を進めた。
カイルたちが進もうとしているルートとは真逆。
より危険で、誰も立ち入らない未踏の領域へ。

そこには、俺を呼ぶような微かな魔力の気配があった。

   ◇

一方その頃。
俺を追放した勇者パーティー『光の剣』の野営地では、異変が起きていた。

「おい、なんだこの気配は……?」

最初に気づいたのは、見張りに立っていた重戦士のガンツだった。
森の空気が重い。
肌にまとわりつくような殺気が、四方八方から押し寄せてくる。

「どうしたのよ、ガンツ。うるさいわね」

テントから出てきた魔法使いのリナが、眠たげに目を擦る。
だが、次の瞬間、彼女の顔色が蒼白になった。

「な、なによこれ……魔力の反応が、多すぎる……!」

「敵襲か!?」

勇者カイルと聖女アリシアも飛び出してくる。
彼らが武器を構えたその時、森の闇から無数の赤い瞳が浮かび上がった。

現れたのは、先ほど俺が瞬殺したのと同じ『シャドウウルフ』の群れだ。
その数、およそ二十匹。

「チッ、雑魚が群れやがって! 数が多いだけだ、蹴散らすぞ!」

カイルは強気に叫び、聖剣を抜いて先頭の狼に斬りかかった。
いつもの彼なら、その一振りで三匹はまとめて両断していただろう。
カイル自身も、そのつもりだった。

だが。

ガキィィィン!!

「なっ……!?」

聖剣が、シャドウウルフの爪と衝突し、甲高い金属音を上げて弾かれたのだ。
カイルの手首に強烈な痺れが走る。

「は、弾かれた!? バカな、俺の聖剣だぞ!?」

「グルアァァッ!」

狼はカイルの隙を見逃さず、その鋭い牙で勇者の鎧に喰らいついた。
ミスリル製の最高級鎧が、まるで紙切れのように易々と食い破られる。

「ぐああああああッ!!」

「カイル様ッ!?」

カイルの悲鳴が森に響き渡る。
信じられない光景に、ガンツが盾を構えて割り込んだ。

「どけッ! シールドバッシュ!」

ガンツが全体重を乗せて盾を叩きつける。
以前なら、これで魔物は吹き飛び、気絶していたはずだ。
しかし、シャドウウルフはわずかにたじろいだだけで、即座に体勢を立て直し、逆にガンツの盾ごと彼を吹き飛ばした。

「ぐふッ……!? お、重い!? こいつら、こんなに馬鹿力だったか!?」

ガンツが地面を転がり、巨木に激突する。

「な、なんなのよこいつら! 動きが速すぎて照準が合わないじゃない!」

リナが火球を放つが、狼たちは残像を残すほどの超高速で回避し、魔法は虚しく木々を焦がすだけだ。
これまで彼らが戦ってきた「遅くて脆い」シャドウウルフとは、次元が違っていた。

「いやあああッ! 来ないで、来ないでぇッ!」

回復魔法をかけようとしたアリシアが、迫りくる狼の群れを見てパニックに陥り、尻餅をつく。

「くそっ、どうなってるんだ!? なんで急に強くなってやがる!」

カイルは肩から血を流しながら、必死に剣を振るう。
だが、一匹を相手にするのがやっとだ。
残りの十九匹が、包囲網を狭めてくる。

恐怖。
これまで感じたことのない、圧倒的な「死」の予感が彼らを支配する。

「(まさか……)」

カイルの脳裏に、去り際のクロウの言葉が過った。

『俺の呪術は、お前たちが思っているような微弱な支援じゃない』
『それがなくなった時、後悔しないように気をつけるんだな』

「あいつの……せいだとでも言うのか……!?」

そんなはずはない。
あんな陰気で地味な男に、これほどの力があったはずがない。
カイルはそう自分に言い聞かせようとしたが、目の前の現実はあまりにも残酷だった。

クロウがいなくなった瞬間、世界は本来の姿を取り戻したのだ。
Sランクの魔物が持つ、真の絶望的な強さを。

「撤退だッ! 全力で逃げろおおおッ!!」

プライドも名誉もかなぐり捨て、勇者カイルは悲鳴のような撤退命令を下した。
だが、本来の俊敏性を取り戻したシャドウウルフたちが、逃げる彼らを易々と見逃すはずもなかった。

森に響くのは、かつて最強と呼ばれた者たちの、情けない絶叫だけだった。

   ◇

そんな元仲間たちの惨状など知る由もなく。

俺は森の最深部にある、古代の遺跡のような場所に辿り着いていた。
先ほど感じた「呼ばれるような気配」の正体。
それは、蔦に覆われた巨大な石扉の向こうから漂ってきていた。

「……強力な結界だな」

石扉には、幾重にも及ぶ封印の魔法が施されていた。
聖属性の封印。おそらく、教会や勇者といった類いの力で封じられたものだろう。
普通なら開けることは不可能だ。

だが、今の俺には関係ない。

「どんな強固な結界も、魔力で構成されている以上、劣化させれば崩れる」

俺は扉に手を触れた。

スキル『崩壊の呪い』。

ピキピキ、と音を立てて、数百年は保つはずだった封印の術式が急速に風化し、ボロボロと崩れ落ちていく。
数秒後、重厚な石扉は音もなく内側へと開いた。

中から溢れ出たのは、冷たく、それでいてどこか甘美な闇の魔力。
月の光が差し込む部屋の中央には、一本の巨大な水晶柱があり、その中に一人の少女が閉じ込められていた。

「……綺麗だ」

思わず息を呑むほどの美貌だった。
透き通るような銀色の髪、陶器のように白い肌。
豪奢な黒いドレスを纏い、眠るように瞳を閉じている。
頭には、禍々しくも美しい二本の角が生えていた。

ただの人間ではない。
魔族……いや、それ以上の存在。

俺が近づくと、水晶の中で少女がゆっくりと瞼を開いた。
鮮血のように赤い瞳が、俺を捉える。

『……ほう? 我の封印を解く者が現れるとはな』

頭の中に直接響く声。
威厳がありながらも、どこか好奇心を含んだ響きだ。

『人間よ。名はなんと言う?』

「……クロウだ。通りすがりの呪術師だよ」

『呪術師……ククッ、面白い。その身から溢れる瘴気、人間とは思えぬほどに濃密だ。気に入ったぞ』

少女は妖艶に微笑むと、水晶越しに俺に手を差し伸べるような仕草をした。

『我はセリス。かつて魔王と呼ばれた父を持つ、正当なる後継者だ。……どうだ、クロウよ。その力、我のために使ってみぬか?』

それは、世界を敵に回すかもしれない誘い。
だが、勇者に追放され、人間に失望した今の俺にとっては、どんな勧誘よりも魅力的に響いた。

俺はニヤリと笑い、水晶に手を触れた。

「ああ、いいぜ。お前の方が、あの勇者どもよりよっぽど見る目がありそうだ」

パリーンッ!!

盛大な音を立てて水晶が砕け散る。
舞い散る光の欠片の中で、魔王の娘が解き放たれる。

追放された最強の呪術師と、封印されし魔王の娘。
世界を恐怖と混乱、そして爽快なほどの蹂躙へと導く最強のコンビが、ここに誕生したのだった。
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