「君の魔力はゴミだ」と婚約破棄された聖女ですが、拾われた先の辺境で氷の公爵様に溺愛されています。今さら国が滅びそうと言われても知りません

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第1話 「魔力ゼロ」の聖女、婚約破棄される

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王立学園の卒業パーティーが開かれている大広間は、むせ返るような香水の匂いと、着飾った貴族たちの熱気で満ちていた。
豪奢なシャンデリアが放つ光が、令嬢たちの宝石をきらきらと反射させる。
軽やかなワルツの調べ、グラスが触れ合う軽快な音、楽しげな談笑。
この国、サンクチュアリ王国の未来を担う若者たちの門出にふさわしい、輝かしい夜だった。

ただ一人、私――エミリア・ローズブレイドを除いては。

私は会場の隅、柱の影に隠れるようにして立っていた。
手にしたグラスの中身は、もう随分と温まっている。
身につけているのは、聖女の証である純白のドレスだ。
けれどそれは、周囲の令嬢たちが競って着ているような流行のスタイルではない。刺繍もフリルも極限まで削ぎ落とされた、修道服に近い質素なものだった。

「地味ねぇ」
「あれで次期王妃だなんて、カイル殿下がお気の毒」
「本当に聖女なの? 何も奇跡を起こせないって噂よ」

扇で口元を隠した令嬢たちのひそひそ話が、容赦なく鼓膜を叩く。
私は唇を噛み締め、視線を床に落とした。

慣れている。こんな陰口は、もう何年も前から日常茶飯事だ。
私はこの国の「聖女」として認定されているけれど、人々の前で派手な奇跡を見せたことがない。
怪我を一瞬で治す治癒魔法も、夜空を焦がすような攻撃魔法も、私には使えなかった。

私ができるのは、ただ祈ることだけ。
毎朝、日が昇る前から神殿の冷たい石畳に膝をつき、大地の豊穣を祈る。
来る日も来る日も、雨の日も雪の日も。
そうすれば、なぜか作物は実り、この国は飢饉知らずでいられた。

けれど、それは「地味」なのだ。
誰も私の祈りが成果に結びついているとは信じていない。
ただの偶然、あるいは気候が良いだけだと、誰もがそう思っていた。

(……そろそろ、帰りたいな)

ため息をつきかけた、その時だった。
突如として、楽団の演奏が止まった。
ざわめきが波紋のように広がり、やがて静寂へと変わる。

カツ、カツ、カツ。

大理石の床を叩く、自信に満ちた足音が響き渡る。
会場の中央に進み出てきたのは、金髪を煌めかせた見目麗しい青年――この国の第一王子、カイル・サンクチュアリだった。
私の婚約者でもある彼が、壇上に上がり、会場を見下ろす。

そして、その隣には、豪奢なピンク色のドレスを纏った愛らしい少女が寄り添っていた。
ふわふわとした銀髪に、甘えるような大きな瞳。
私の義理の妹、ソフィアだ。

嫌な予感がした。
背筋を冷たいものが駆け抜ける。心臓が早鐘を打ち始める。
カイル殿下の視線が、群衆の中から私を探し出し、冷酷に射抜いた。

「エミリア・ローズブレイド! 前へ出ろ!」

雷のような怒声が広間に響いた。
人々がさっと左右に分かれ、私への道を作る。
突き刺さるような視線の中、私は震える足で壇上の前へと進み出た。
カーテシーをして顔を上げると、そこには軽蔑の色を隠そうともしないカイル殿下の顔があった。

「エミリア。貴様との婚約を、この場を持って破棄する!」

予想はしていた。けれど、実際に言葉にされると、胸の奥が抉られるような痛みが走った。
会場がどっとどよめく。

「で、殿下……。それは、どういう……」
「言葉通りの意味だ! 貴様のような無能な女を、いつまでも王家に置いておくわけにはいかん!」

カイル殿下は、隣にいるソフィアの腰を抱き寄せ、勝ち誇ったように言った。

「見ろ、このソフィアの愛らしさを。そして彼女の才能を! ソフィアこそが、真に国を救う聖女にふさわしい!」

ソフィアが恥ずかしそうに頬を染め、殿下の胸に顔を埋める。
その口元が、私にだけ見える角度で、にやりと歪んだのを私は見逃さなかった。

「エミリア、貴様には失望した。聖女として認定されてから三年、貴様は何をした? 何もしていない! ただ神殿に引きこもり、税金で飯を食っていただけではないか!」

「ち、違います! 私は毎日祈りを捧げて……」

「祈りだと? そんなもので腹が膨れるか! 国民が求めているのは、目に見える奇跡だ! ソフィアのように!」

カイル殿下が合図をすると、ソフィアが一歩前に出た。
彼女が右手を掲げる。

「えいっ」

可愛らしい掛け声とともに、彼女の手のひらから小さな光の球が生まれた。
それはふわりと浮かび上がり、天井付近でパァンと弾けて、花火のように美しい火花を散らした。

「おお……!」
「なんて美しい光魔法だ!」
「これぞ聖女様の御力!」

会場中が拍手喝采に包まれる。
たったあれだけの、何の実用性もない初歩的な光魔法。
けれど、人々にとっては、私の地味な祈りよりも、この分かりやすい光のほうが「聖女らしい」のだ。

カイル殿下は満足げに頷き、再び私を睨みつけた。

「見たか、この差を。先日の魔力測定の結果も出ている。ソフィアの魔力値は『80』。対して貴様は……『0(ゼロ)』だ!」

「ゼロ……?」

そんなはずはない。
魔力がなければ、祈りを捧げても神に通じることはない。
私が祈るたび、体の中から温かい力が大地へ流れ込んでいくのを、私は確かに感じていたのだから。

「測定器の故障では……」

「黙れ! 王家御用達の魔導具を疑うのか! 貴様は魔力がないくせに聖女の地位にしがみつき、あまつさえ優秀な妹であるソフィアを妬み、虐げてきたそうだな!」

「なっ……!?」

身に覚えのない罪状に、私は言葉を失った。
虐げていた? 私がソフィアを?
逆だ。
父が再婚してソフィアと継母が家に来てから、屋根裏部屋に追いやられたのは私だ。
新しいドレスなど買ってもらえず、ソフィアのお古を着せられていたのは私だ。
「聖女」として神殿に入ったことで、ようやく屋根裏生活から抜け出せたというのに。

「ソフィアから全て聞いているぞ。お気に入りのドレスを切り刻んだり、階段から突き落とそうとしたりしたそうだな」

「そんなこと、していません! 信じてください、殿下!」

「ソフィアが嘘をつくとでも言うのか!」

カイル殿下の怒声に、ソフィアが涙目で訴える。

「いいの、カイル様……。お姉様は、魔力がないことがコンプレックスで……だから私につらく当たって……。でも私、お姉様の分まで頑張るから……」

けなげな少女を演じるソフィアに、周囲の貴族たちは同情の眼差しを向け、私には軽蔑の視線を投げる。

「なんてひどい女だ」
「無能な上に性格も悪いなんて」
「魔力ゼロの聖女なんて、詐欺じゃないか」
「税金泥棒め」

罵声が四方八方から飛んでくる。
弁解しようにも、誰も私の言葉を聞こうとはしない。
味方は、一人もいなかった。

孤立無援。
冷たい汗が背中を伝う。
私がこれまで捧げてきた祈りは、流してきた汗は、擦りむいた膝の痛みは、何一つ彼らに届いていなかった。
この国のためにと、自分の青春の全てを犠牲にしてきたのに。

カイル殿下が、まるで汚いものを見るような目で私を見下ろし、冷徹に宣告した。

「エミリア・ローズブレイド。貴様を『聖女』の任から解く! 並びに、国家反逆罪および王族への不敬罪に準ずる罪として、国外追放を命じる!」

国外追放。
それは死刑に次ぐ重い罰だ。

「ただし、慈悲深いソフィアの願いにより、命だけは助けてやる。今日この瞬間より、貴様は平民以下の存在だ。着の身着のまま、今すぐこの城から出て行け!」

「今すぐ……ですか?」

「そうだ。荷物をまとめる時間など与えん。貴様の持ち物は全て、国費で購入したものだからな。そのドレス一枚で出て行くがいい」

外は雪が降っている。
今は冬の真っ只中だ。
コートもなしに放り出されれば、凍え死ぬかもしれない。
それでも、カイル殿下の表情に慈悲の色はなかった。

「……わかりました」

私は、静かに頭を下げた。
不思議と、涙は出なかった。
むしろ、心のどこかでほっとしていたのだ。

もう、祈らなくていい。
誰も感謝してくれない、成果を認めてくれない場所で、膝から血を流して祈り続ける日々に、もう戻らなくていいのだ。
そう思ったら、絶望よりも先に、重い鎖から解き放たれたような開放感が胸に広がった。

「今日まで、この国のために尽くしてまいりました。その事実に、一点の曇りもありません」

私は顔を上げ、凛とした声で言った。
予想外の反応だったのか、カイル殿下がわずかに眉をひそめる。
泣き叫んで縋り付いてくると思っていたのだろう。

「ふん、最後まで強がりを。魔力ゼロのゴミが何を言うか」
「さようなら、カイル殿下。ソフィア。……どうか、お元気で」

私は背を向け、歩き出した。
振り返らない。
背後でソフィアが「やっと消えてくれた」と呟くのが聞こえた気がしたけれど、もう関係ない。

重い扉を衛兵が開ける。
吹き込んでくる冷たい風が、私の頬を叩いた。
温かい会場から、極寒の闇へ。

城門を出て、王都の大通りを歩く。
雪は激しく降りしきり、薄手のドレス一枚の体を容赦なく冷やしていく。
足の感覚はすぐに消え、吐く息は白く凍りつく。

「寒い……」

行く当てなどない。
実家に戻ったところで、継母とソフィアに洗脳された父が私を受け入れるはずもない。
所持金もない。
本当に、私は「ゴミ」のように捨てられたのだ。

ガタガタと震えが止まらない。
視界が白く霞んでいく。
このまま雪に埋もれて死ぬのだろうか。
それもまた、運命なのかもしれない。
誰も愛してくれなかった人生だった。
誰からも必要とされなかった人生だった。

(でも……悔しいな)

意識が遠のく中で、私は思った。
私は、誰かに「ありがとう」と言ってほしかっただけなのに。
温かいスープを飲んで、「美味しいね」と笑い合いたかっただけなのに。
そんなささやかな幸せすら、私には許されなかった。

ふらりと体が傾く。
膝から力が抜け、私は雪の中に倒れ込んだ。
冷たい。痛い。
ああ、これで終わりなんだ。

瞼が重く閉じていく。
意識が闇に溶けていく寸前。

ザッ、ザッ、ザッ。

雪を踏みしめる音が聞こえた。
誰か、来たのだろうか。
こんな雪の夜に、物好きなことだ。

「……おい」

低く、けれど深い響きを持つ男の声が、頭上から降ってきた。
私は最後の力を振り絞って、うっすらと目を開けた。

ぼやけた視界の先に、黒い影が立っている。
闇夜のような漆黒のコート。
月光を反射して輝く銀色の髪。
そして、凍てつくような氷の瞳。

「こんなところで何をしている。死にたいのか」

その男は、私の前に片膝をつき、顔を覗き込んできた。
美しい、と思った。
まるで死神のように恐ろしく、けれど息を呑むほどに美しい男だった。

「……すて、られ……ました」

かすれた声で答える。
男の眉がぴくりと動いた。

「捨てられた?」

「わたしは……魔力ゼロの、ゴミ……だから……」

自嘲気味にそう告げて、私は力尽きた。
完全に意識を手放すその瞬間、男の大きな手が私の体を抱き上げたのを感じた。

「ゴミ、か……。なら、俺が拾っても文句はないな」

耳元で聞こえたその声は、驚くほど温かかった気がする。
それが、私の新しい運命の始まりだった。

この時の私はまだ知らない。
自分が捨てられたことで、この国が破滅へと向かい始めたことを。
そして、私を拾ったこの男こそが、「氷の死神」と恐れられる辺境の怪物、アレクセイ・ヴォルグ公爵であることを。
さらには、私の魔力が「ゼロ」どころか、世界を揺るがすほどの力であったことを。

続く
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